偽りオメガの虚構世界

黄金 

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18 僕たちの距離

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 七月、それは夏休み前のちょっと浮かれる季節。
 僕の心はどんよりとしていた。

「しくしくしく、すっかり忘れてたもん。」

「もん、じゃねー。」

 スクリーンには数字の羅列と線グラフ。
 成績表に書かれた点数と評価に愕然とする僕。決して、けっして下の下ではない。でもギリギリ中の下辺りの僕の順位。

「数学と化学な。」

「あう。」

 流石に外は暑くてエアコンの効いた教室でお昼を過ごす様になった僕達。
 因みにアゲハの成績は高得点、高評価。
 アゲハはオメガでもいける大学目指すって言って頑張ってて偉い。将来はお父さんが経営しているレストランチェーン店の経営を手伝いたいって言ってた。
 僕の将来の夢はまだ無いなぁ~。
 仁彩にはそのうち良い伴侶あてがうからって伯父さんに言われたけど、父さんは自由恋愛で良いからねって言ってた。
 二人は僕が勉強で頑張れるとは全く思っていなさそうだった。自分でもそう思うけど。
 でも僕のこの火傷痕あっても良いって言ってくれる人現れるのかな?
 両耳を手でムニムニと触る。
 右耳はつるんとしてるけど、左耳はカサカサとした肌触りで形も少し歪になっている。
 火傷した時に耳の熱傷が酷かったのだ。
 だいぶ元の形に戻ったけど、やはり少し右と違う。
 オメガの取り柄は容姿だっていうのに、自分がオメガだと言うのは恥ずかしかった。
 




 午後の授業も終わり、アゲハと別れて玄関に向かう。
 アゲハは成績がいいので特別に進路指導相談を受けるのだという。まだ二年生だけど、本腰入れて受験に備える生徒は多い。

 階段をトントンと降りていると、後ろから聞き慣れた声が呼び止めた。

「おい……。」
 
 識月君だった。珍しい。
 学校で声を掛けられるなんて、前に父さんの発情期の現場を見にホテルに連れ出された日以来だった。
 僕は困惑して立ち止まり、階段の上にいる識月君を一瞬見つめたけど、慌てて顔を伏せた。開いた窓から風が入り、振り返った拍子に髪が広がったからだ。
 左髪を手で押さえて肌を隠す。
 識月君の足の辺りを見上げると、その場から降りてくる気はなさそうだった。

「あ、えと………、ど、どーしたの?」

 自分のどもる声に恥ずかしさが増す。
 ジンの時には普通に目を見て話せるのに、こっちではアルファの識月君を見る事が出来ない。

「この前、大丈夫だったのか?」

 ……この前?
 いつの事だろう?リアルで話しかけてくるという事は、こっちの話だろうけど、そもそも仁彩と識月はほぼ関わりがない。
 暫く考えて病院での事かな、と思い出す。
 伯母さんにバックの角で頭を殴られたけど、その事だろうか?

「えと、病院でのこと?だ、大丈夫だよ。家に帰った時には忘れてたし…。」

「…………そうか。すまなかった。」

 態々謝る為に追いかけて来たのだろうか?
 恐る恐る顔を上げると、識月君は僕を見てなかった。何か言いにくそうにはしてるけど。
 ああ、そうかと思った。
 伯母さんの事は秘密なのだ。それを黙ってて欲しいのか………。

「誰にも言わないから安心していいよ。」

 きっと言いにくいのだろうと思い、先に僕から言ってみた。識月君はちょっと目を見開いて僕の方を見たので、慌てて俯く。
 
「………よろしく。」

 僕は黙って頷いた。
 話は終わりだろうと思いまた玄関に向かって階段を降りて行く。
 これ以上話しているとジンだとバレるかもしれない。
 ホッと息を吐いて、まだ階段の上に立つ識月君を盗み見た。
 珍しく何か考え事をしているのか、手摺りに手をついたまま眉間に皺を寄せている。
 
 その表情は大人びたもので、『another  stairs』の中のツキとは違う、高位アルファそのもののオーラを纏っていた。
 誰も迂闊に心に入れない、孤高の存在。
 美しく凛々しいアルファが、仮想空間の中で子供みたいに笑うのだと知っている人間はごく僅かだ。
 それを引き出しているのは自分だけれども、リアルの仁彩にはそんな顔を見せてはくれない。

 アゲハは従兄弟の仁彩だと教えてみたらと言ったが、僕はそれによってあの無邪気な笑顔を見れなくなる事が怖い。
 クラスメイトにバレることよりも、お金を返せと言われる事よりも、何よりも、それが怖かった。







 この前の口止めをしなければと思っていたのに、なかなか仁彩は友人の湯羽鳳蝶と離れなかった。
 帰りに別れているのを見て、追いかけて来たら、ゆっくりと階段を降りる細い背中を見つけ声を掛けた。

 叔父親子はあまり好きじゃない。
 この親子のせいで母がおかしくなったと言ってもいい。
 嫉妬に狂うなど愚かだと思うが、アルファは執着心が強い。母は父を誰よりも欲していた。
 物心つく頃にはそれは当たり前で、見上げる母の視線はいつも父、皓月のみを見ていた。
 誰よりも美しくあろうとした母。それは父を振り向かせる為のものと知っていた。
 母が父と雫叔父さんが番である事を知った日を、今でも覚えている。
 母にとって、実子である識月は皓月にとっても特別であるはずと信じていた。識月の誕生日パーティーに来ると思っていたのに、父は来なかった。
 その頃は識月自身も父を信じていた。
 大切にされていると、愛されていると思っていた。
 パーティーが終わるまで母は気丈に振る舞っていた。本当は来ない理由を知らなかったが、仕事が立て込み今日は来れないと、出席者に説明していた。
 母がそう言うので、識月もそうなんだろうと納得していた。
 父は忙しい。普段から家には帰って来ない事が多かった。

 父が帰って来たのは三日程経ってから、ふわりと香る匂いに、識月は初めてオメガの匂いを知った。年齢的に発情する事はないが、頭が揺さぶられるようだった。

『誰の、なの!?』

 今時自分のフェロモンの匂いを垂れ流すアルファもオメガもいない。
 フィブシステムによって管理されているし、抑制剤も多種多様な為、滅多な事では匂いが漏れる事はない。
 父が付けてきた匂いに、母は過敏に反応した。
 
『まさか、番を作ったの!?』

『お互い番を作る事を了承していた筈だ。』

 父の声は母を冷たく突き放していた。
 愛情もない。冷めた言葉。
 
 その日から母は父を見るたびに番と離れろと言い募っていた。母は誰が番になったのかを調べ、父が実の兄弟で番になっている事を知った。
 オメガにとって番解除は死ねという意味。
 解除されたオメガはもう二度と他のアルファと番えない。この仕組みを覆す医療技術は未だ解明されていない。
 
 気持ち悪い、実の兄弟がっ、そう叫ぶ母は、段々とおかしくなっていった。

 そして最後、離婚して離れに住み出した叔父に、熱湯をかけようとして仁彩に火傷を負わせた。
 怒り狂った父は母を本邸から追い出した。
 識月はその時家に居らず、母を止める事が出来なかった。
 父は識月に選べと言った。
 離婚はしない。元々母の実家の力を吸収する為の政略結婚だったので、別れる事はしないが、もう夫婦として共に暮らす事はない。
 父につくか、母につくか、選べと言われた。
 その場にいた母に縋り付かれて、母と共に識月は家を出た。
 
 識月に一緒にいてと、識月にまで居なくなられたら生きていけないと言われたから母についていった。
 それも今や記憶の混濁により、父皓月に間違われたり知らない人間と認識されたり、ほぼ介護になっている。
 父は入院させろと言ってきた。
 一応夫として母の状態を確認はしていたらしい。
 その為についこの前病院に行ったのだが、母は突然廊下を走り出し、歩いていた仁彩をバッグで殴った。
 母の奇行に驚き、あの時は咄嗟の判断が出来なかったが、後から仁彩に口止めしておくのを忘れていた事を思い出した。




 なんと言うべきか逡巡していると、仁彩の方から黙っておくと言ってきた。
 こちらの意向を汲み取ったらしい。
 学校の成績はあまり良くないようだが、そういう気の使い方は知っているのだなと思った。
 
 細く薄い肩は男性的ではなく、オメガと知っているものなら納得できるものだが、仁彩はベータで通している。
 左顔から背中にかけての火傷痕の所為で自信を無くしているのだろうが、母がつけたものの為、後ろめたさを覚えてあまり話し掛ける事はない。
 父に命令されて安全に学生生活を送れるよう見守っているだけだ。
 

 ほんの一瞬、目が合ったと思った。
 明るい窓の光で影になった仁彩の顔は見え難かったが、その眼差しに既視感を覚える。
 それがいつも会いたくて仕方がない人と同じようで、そんな馬鹿なと打ち消した。
 もう一度確認したかったが、仁彩は先に降りて行ってしまっていた。
 元々仲が悪いわけではないが、良いわけでもない。従兄弟とはいえほぼ他人だ。
 親の離婚で生家に帰ってきた時も、あっという間に識月母子は本邸を追い出されたので、殆ど話す暇も無かった。

 細い項は柔らかそうな黒髪で隠されている。確か首は髪とすくめた肩で庇われて、火傷にはなっていなかった筈だ。
 手を伸ばして確認するわけにもいかないし、出来る距離でもない。
 細い背中が更に下の階に消えて行く。
 軽い足音が消えるまで識月はそこに佇んでいた。












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