21 / 79
21 皓月の思惑
しおりを挟む何も無い空間。
ほんのりと地面が薄青く光っている為明るいが、上も前後左右も何も無く、ただただ遥か彼方まで闇が続いているような空間に麻津史人は降り立った。
「こんばんは。」
誰にともなく挨拶をする。
今日は用事があると言って『another stairs』には入らないと皆んなには言ってきた。
スウっと影が現れ人の形をとる。
それは雲井皓月、識月の父親だ。
識月と顔はそっくりながらも、皓月の方が大人で貫禄もある。その瞳は容赦なく人を射抜き、普段顔を合わせている識月も、まだまだ子供なのだなと思わせるものがあった。
皓月の隣にもう一人現れる。
優しげな切長の大きな目は黒く潤み、二人はどことなく似ているが、こちらは背も低く温和な性格が顔に現れていた。
どことなく見た事がある顔だなと感じたが、史人は初対面だった。
「こんばんは。僕は雲井雫と言います。」
「初めまして。麻津史人と言います。」
相手から名乗ったので名乗り返したが、雲井と聞いて皓月の親族なのだなと思い立つ。だから似ているのだ。
「久しぶりだ。それで、識月の様子を報告してもらおうか。」
史人はアルバイトをしていた。
史人の姓はアルファではあるが、家は母子家庭で裕福では無い。
オメガの母が番でも無い男から襲われて産まれた子供だ。だから史人には父親がいなかった。
学費を稼ぐ必要があったのだが、思わぬところから申し出があった。
雲井識月を監視し報告して欲しい。
今家を離れている息子の監視をすれば、報酬として学費と生活費を援助してくれると言うものだった。
史人は一も二もなく請け負った。
そうしなければ母の負担は減らない。
アルファであるばかりに周囲から高等教育の必要性を説かれ、余裕のない財力から学費を払う日々だった。
どうせ家を飛び出した放蕩息子の監視だろうとタカを括っていたのもあった。
しかし高校に入学し、当の雲井識月を見て失敗したなと思った。
自分よりもかなり高位のアルファなのだ。
放蕩息子?とんでもない!
おそらく識月は史人が監視役についている事を知っている。それで泳がされていると思うのだが、特に責められるわけでも辞めさせられる訳でも無かった。
きっと探られても平気なのと、多少の好意なのだろうと思っている。
識月の邪魔さえしなければ止められる事も無さそうなので、史人はしれっと定期的に近状報告を行っていた。
「報告データの内容通りですが、確実では無かったので載せませんでしたが、今度の他校合同陣取りゲームで何かを調べたいのでは無いかと思っています。」
皓月はそのイベント内容を把握していたのか、詳しく聞いてこなかった。
相変わらず抜け目のない大人だと、史人は早く帰りたいとソワソワする。
一応報告はしているが、史人は雲井家のお家事情等全く知らない。判断材料も無いので見たままを報告している。
そういう報告が欲しいから同じ学年の史人に声が掛かったのだろうが、史人にとっては訳もわからない状況なので面白くも無い。
「あの…………。」
史人は思わず手を挙げて質問する。
視線で促されたので思いっきって言ってみる事にした。
「もう少し状況を説明して頂けるとそれに沿った監視が出来ないでしょうか?」
一応クラスは違えど休み時間のたびに識月の所に遊びに行くし、『another stairs』も一緒にやっている。元々暇つぶしでやっていたゲームだったので無課金遊びをしていたのだが、今回識月が始めたと聞いて、一緒にやれとそこそこいい装備をくれたのは皓月だった。
「…………そうだな。私の目的を教えておこうか。」
どうやら良い情報を教えてくれるらしい。
言ってみるもんだなと史人は思った。
「現状我が家は夫婦別居中でね、識月は母について行っている。」
史人は識月と皓月が別々に暮らしている事すら知らなかった。
識月は人を蔑ろにする人柄では無いが、仲良くなっても一線を引く。それは頭の回る用心深いアルファ全てに言える事かもしれない。
あのお喋りな青海ですら家の事は何一つ教えてくれないのだ。勿論、自分が母子家庭である事も言ったことはないが。
「成程、だから大事な一人息子に監視を?」
皓月は口の端を上げて笑う。
「そう、大事な跡取りなのだよ。」
え?本当に大事って思ってる?
とても慈しんでとかでは無いなと思う。
「あれには不要なものを排除し、全ての資産と権限を持って私の元へ帰ってきてもらわねばならない。」
ここで史人に疑問が湧く。不要なものとは?別居中の母親のことだろうか。今の言い方だと母親は要らないと言っている様に聞こえる。とても仲を取り戻したいという雰囲気には感じない。
ただ後を継ぐ識月という存在がいると言っているだけに聞こえた。
そして識月が持ち帰る資産と権限とは、母方のものでは無いだろうか?血の繋がりから持ってくるものとなると、そうとしか思えなかった。
そして識月が既に手掛けている事業がそれにあたりそうだなと史人は考えた。
こんな親からあんな化け物みたいに優秀なアルファが生まれるのかと感心する。
識月は決して冷酷でも非情でも無い。どうかすれば優しいのかもしれないが、そこには大局を見て合理的に事柄を進める印象もある。先を読む力と言うべきなのだろうか。
「もう少し利口に動くかと思っていたんだが、母に同情したのか出てしまってね。」
「……はぁ。」
母子家庭の史人としては母を大事にする行動は当たり前なのだが、この男からすると愚行という事らしい。
「帰ってこいと言われないので?」
なんとなく気になった事を問う。
「言えば帰ってくるだろうが、それではダメなんだよ。」
うーん、分からん。帰ってくるならそれで良いと思うのだが。
「アルファの執着は理解出来るか?」
次は史人が皓月に問われたが、話には聞いても史人は誰かに執着した事はないので分からなかった。素直に首を振ると、皓月はまた口の端だけ上げて笑った。
「君は若くて賢い。環境からそんな余裕もないのだろうが、覚えておくと良い。誰かに執着した時、アルファは本能でその存在だけを守ろうとする。親も兄弟も友人も、必要ならば切り捨てる。」
そう言うものだとは知っている。
その激情を自分も持つ日が来るのかは甚だ疑問だが、それが識月とどう言う関係があるのだろう?
その執着を持って識月に母を捨てさせる?
「抱える物が大きければ大きい程、その執着は必要になってくる。大切な者がただ一言何かを欲すれば、何が何でも叶えたくなる。創造も破滅も全てを。」
史人にはよく分からない感覚だった。
だが雲井家という巨大な富を持つ家には必要な事なのかもしれない。
自分のように一般家庭よりも低い水準に生まれたアルファには、到底追いつかない感情だった。
皓月はそう史人に語りながらも、隣に立つ細い身体の腰を大事に引き寄せていた。
成程、皓月の執着はそこにあるのだなと納得する。
小柄で愛らしい容姿から、皓月の番だろうと思われる。
今日はこの講習を受ける為に呼び出されたのだろうか。
史人からしてみれば、そんな諸刃の剣の様な激情はごめん被りたい。
しかしこの番いのオメガの方は何となく見た事がある。彼自身は初対面だろうけど……。
そう、何となくジンに似ている。
ジンの方が背も高く体格もしっかりしているが、きっとこの人がベータ姓にするとあんな感じになるのではないだろうか。
「えっと重ね重ね聞いて申し訳ないんですけど………。」
気になるとついつい質問する性格の史人は、我慢出来ずに番いのオメガの顔を見ながら問い掛けた。
黒い潤んだ瞳がにこりと笑う。
「どうぞ?」
「あ、すみません。『another stairs』はされてませんか?……その、ジンという人にとても似ていて。」
その人はクスクスと可愛らしく笑った。
この笑う顔から、違うのだなと確信を持った。ジンとは表情が全然違うのだ。
「『another stairs』はしてるけど、ジンは別人だよ。そうか、似てるのか……。年齢的なものかな?」
「あの子は人見知りするからね。」
「ああ、話さなければ分かりにくいか。」
目の前の番は何が楽しいのか皓月と仲良さげに話している。
「とりあえず、私は識月に良い形で戻ってきて欲しい。それだけだ。」
締め括りとばかりにそう言い残して二人は忽然と消えた。
良い形って……、親を捨てて番いを連れて帰ってこいとか?
「…………あんなのが親とは、識月も苦労するね。」
自分には訳の分からないアルファの親がいなくて良かったと思う史人だった。
154
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
狂わせたのは君なのに
一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
ゲーム世界の貴族A(=俺)
猫宮乾
BL
妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる