偽りオメガの虚構世界

黄金 

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50 鳳蝶の体調

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「鳳蝶、眠たい?」

「疲れてるならもう少し待つよ。」

 一瞬ここが何処だったか迷う。
 揺れる紅葉の波。
 光風が見せてくれたあの花の空間だった。
 何故こんな所にいるのか…。

「無理はしなくていいよ。ここが落ち着くなら僕も待つよ。」
 
 仁彩が穏やかに話し掛けてくる。

「そうそう、鳳蝶は頑張り過ぎ!たまには休憩しないと!」

 楓もあっけらかんと言っているが、その顔は心配だと語り掛けていた。

「オレ、何でここにいんの?」

 よく思い出せない。
 ここはホテルのロビーでは無い。なのにあの紅葉の波と花の空間にいる。
 仁彩と楓が目配せしあった。仁彩は説明下手なので、楓が話す事にした様だ。

「ここは病院の仮想空間の中だよ。鳳蝶は朝起きなかったんだ。それで鳳蝶の両親が救急を呼んで今治療中。もう三日経つよ。漸く身体が落ち着いて来たから、僕達が代表で迎えに来た。」

 それを聞いて一気に思い出す。
 あの日ホテルから帰って抑制剤を飲んで寝た。案の定効きが悪くて身体が火照り、眠れなかった。
 いつの間にか意識が無くなっていた?もしかして眠ったのではなく、気絶したのだろうか。

「鳳蝶、一緒に起きれる?あんまり長くこの仮想空間使うと依存して戻れなくなるんだって言われて、鳳蝶のお母さん達に頼んで入れさせてもらったんだよ。」

 仁彩はさぞかし心配したのだろう。
 涙目で帰ろうと訴えている。
 オレは迷わず帰ると返事すると、二人は明らかに安堵した。
 楓も普段は人の事など考えていない様な行動ばかりだが、実はよく人を見て動いてくれる人間なんだと今は知っている。

「ごめん、心配かけたな。」
 
 二人の好意が嬉しかった。
 三人で手を繋ぐと意識が浮上する感覚が起きる。
 目が覚めるのだ。








 目を開けると病室の白い天井が見えた。
 隣には一緒に寝転がる仁彩。反対側には椅子に座って突っ伏している楓がいた。

「ぷはぁっ!次は突っ伏すの無し!息止まる!」

「鳳蝶!鳳蝶!おはよう!大丈夫!?」

 一気に騒がしい。

「うん……、平気。」

 笑いながら返事をすると二人は良かったと喜び合う。
 
「陽臣生徒会長と光風が来るって言って煩かったんだよ。もち断ったけど。」

「識月君に二人は任せて来たんだ~。」

 二人がここに?見舞いか?

「鳳蝶やっぱ変なのに好かれるなぁ~。どっちも執着系。」

「執着?そんな感じしねーけど?」

「僕だって鳳蝶いないと嫌だよぉ~!執着してるもんっ!」

 仁彩は執着の意味を理解しているのだろうか。

「やば~!鳳蝶は自分の事になると鈍ちんかぁ!おもしろぉ~!」

 喧しく喋る二人はやって来た医師と看護師によってポイと廊下に追い出された。









 識月は頼まれた二人を前に、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
 場所は生徒会室。
 今日目覚めそうだと鳳蝶の親から仁彩に連絡が入り、楓と二人で早退して病院に行った。
 楓には八尋という無敵に近い護衛と、物理的に影に潜む護衛もついている。仁彩の事を友人と認識している様で、必ず守るからと言っていた。
 識月も父皓月程では無いが、楓とは仕事絡みでの付き合いがある。純粋無垢な仁彩には合わないかと思ったが、あまり深く物事を考えない仁彩は意外と性格が合っていた。

「なぁんで俺まで断られるかなぁ?」
 
「十中八九お前の所為だからだろう?」

 光風の文句に陽臣が毒付いている。
 陽臣は史人とは違う意味で人当たりがいい。学校の為に一肌脱ぐ努力は聖人に近いが、中身の性格まで聖人では無い。
 鳳蝶の前では大人しいのは過去の因縁の所為だと識月は知っていた。仁彩の友人枠として鳳蝶を認定した時に、ざっと過去の事も調べていた。
 仁彩は鳳蝶の過去は知らないので、態々教えるつもりはない。本人が話したくなったら話すだろうと思っている。

 ピピっと音が鳴り、識月はスクリーンを広げた。
 仁彩から鳳蝶が目を覚まして今受診中だと連絡が入る。
 二人はそんな識月にどうしたんだと詰め寄った。
 
「体調は戻ったらしい。目が覚めて今診察を受けている。」

 二人はそうかと喜んでいるが、湯羽鳳蝶のフェロモン異常を引き起こしているのは自分達だと気付いているのだろうか?

「陽臣がイジメなんかするから病気になったんだろぉ!?」

 光風が陽臣に噛み付かんばかりに怒っている。

「な、何で知ってるんだ!?」

 陽臣は驚いているが、識月もコレには驚いた。
 光風が他人に興味を持っているからだ。仕事でざっと特定の人物を調べる事はあっても、個人的に一人の人間の過去まで調べる人間では無い。

 これはもしかすると本当に本気?

 だとすると鳳蝶の身辺をある程度守る必要性が出てくる。
 湯羽鳳蝶に何かあれば仁彩が悲しむ。
 浅木楓と意思疎通を図り共通認識を持つ必要があるかもしれない。
 楓も鳳蝶を気に入っている。
 必ず手を貸してくるだろう。

「とにかくお前達は湯羽鳳蝶が回復するまで接触禁止だ。」

 こいつらのアルファのフェロモンは抑制剤で抑えられているとはいえ、鳳蝶の場合は僅かな揺さぶりでオメガ性が顔を出す。
 仁彩に任された以上見張っとかねばならない。

 二人は渋々と了解した。









 朝から飲む薬の量が減らない。
 ジャラジャラと重なる数種類の粒を、水で流し込んでいく。
 いつまでこの薬は続くのか。
 味も何も無いのに、喉から上がってくる薬臭さに、鳳蝶は食欲が落ちていた。

 鳳蝶は目が覚めてからも念の為一日入院し、自宅でも二日間自宅学習をした。授業はフィブシステムで授業風景を映し参加したので出席扱いにはなる。
 土日も挟んだので、丸々一週間以上学校に来ていなかった。
 久しぶりに登校した。
 クラスメイトからは病気で入院したと説明されていて心配されたが、まだ朝が早く人もまばらだった。

「もう体調戻ったの?」

 同じクラスなのでいるとは思っていたが、早く来ていたのか光風はいつもと変わりなく話しかけて来た。

「おう、なんかお見舞い止められてたらしいな。態々ありがとうな。」

 一応見舞いに来たいと言っていたらしいので、その気遣いを感謝する。

「ん~、出来れば許可して欲しかったかなぁ~。」

「あ、お前識月の許可貰ったの?」

 光風と話していると楓が寄って来た。
 今光風と二人きりは心が苦しいので楓の登場に安堵する。
 それに光風が気付いたのか、少しムッとしていた。

 楓が追い払ってくれると、次は陽臣がやって来た。

「鳳蝶、体調はいいのか?大丈夫か?」

「お、おう、平気。家でもゆっくり出来たし。お見舞い断って悪かったな。」

 陽臣まで来るとは思わず驚いたが、光風同様謝っておく。

「もう、鳳蝶は気を使い過ぎ。ほら、陽臣生徒会長も識月の許可とってるの?」

 楓はしっしっと手を振って戻れとジェスチャーをする。

「あのなぁ、心配で声くらい掛けてもいいだろ?」

 そう言いつつも識月の許可とやらが無かったのか渋々陽臣も去って行った。

「識月の許可制になってんの?」

「そーだよ~。仁彩のお願いに弱い男だよねぇ。」

 ケラケラと楓は笑っている。
 成程、仁彩が心配で従兄弟どのに頼んだのか。ちょっと嬉しくて笑うと、楓が頭をポンポンと撫でてきた。

「髪伸びてるね。」

「あー、切る暇なくて。」

「前髪だけ切れば?」

「なんで?天パだからクルクルして邪魔なんだけど。」

 そんな話をしていると、仁彩と識月が教室に入って来た。
 二人にもお礼を伝えると、やっぱり穏やかに二人とも構わないと笑って心配してくれる。
 こんなカップルいいなぁと羨ましくなる。
 自分にもそんな相手が出来るだろうかとふと窓側を向くと、光風と目が合う。
 こっち見てた?
 何でだろうと戸惑うと、目が逸らされた。女子に話しかけられて返事をしている。それはいつも通りの光景だった。




 

 あんまりにも光風がいつも通りなので油断していた。
 手を引っ張られてトイレに連れ込まれる。
 あらゆる所に監視カメラがあるフィブシステムも、トイレの個室には流石に無い。

 蓋をされた便座の上に座らされ、上から光風に見下ろされた。
 
「どう、したんだ?」

 光風は笑顔だった。でも何故か怖い。

「ん~。なかなかチャンスないから作っちゃった。」

 いつも側に居る楓はフリフィアに大物顧客が立て続けに来たと言って帰って行った。
 帰り際おかしいから気を付けろと言われた。
 識月と仁彩は新聞部とかいうのがゾロゾロとやって来て囲ってしまった。教室で待っててと言われて座って勉強していたら、無理矢理抱っこされてここまで連れて来られたのだ。

「チャンス?」

「うん、言ったでしょ?流石にここではやらないけど、少しだけ試させてよ。」

 ニコニコ笑う光風の瞳が深い気がする。
 リアルでは見た事なかったが、アゲハとしてはたまに見た事がある。
 何故こんな目でオレを見るのかは分からないが、この目で見られると動けなくなる。

 はっはっと息が上がってくる。

「あ、ほんとに少しの刺激もダメなんだねぇ~。残念。じゃあ味見程度にしとこうかなぁ。」

 意味が分からず顔を顰めていると、光風の顔が降りて来た。
 アルファは体格も良く見た目もいい。
 光風も美しい顔と均整の取れた身体をしていた。
 そんな人間に言い寄られて拒むのはかなりの胆力がいる。
 元々薬漬けの身体に最近の不調で、鳳蝶には拒むだけの力が出なかった。
 
 薄茶色の大きな目が見開かれる。
 顎を持たれて重なる唇に、鳳蝶の心が震えた。
 アルファだと、オメガ性が歓喜している。
 鳳蝶の理性はダメだと言うのに、アッサリと舌を迎え入れてしまい、鳳蝶の心はぐちゃぐちゃに掻き回された。

 耳のピアスからカチンと音が鳴る。
 緊急抑制剤が打たれたのだ。
 発情期が来ないように薬で抑えている努力が、一瞬で壊される。
 
「…………甘い。」

 唇が離れ、光風の呟きは歓喜に溢れていた。
 カタカタと鳳蝶の身体が震えているのに気付いていないのか、ペロリと唇を舐められた。
 抑制剤の投与により興奮が一旦鎮まり、鳳蝶は思いっきり光風をドンと突き飛ばした。
 鍵付きの取手は光風の身体で隠れてしまった為、鳳蝶は便座に乗り上げ光風を台座替わりに蹴り上げて、上の隙間から滑り出る。
 太った身体はギリギリ通れたが、制服は汚れ、ボタンは何処かに引っかかり外れてしまった。
 そんな事はどうでもいいので、とにかく鳳蝶は逃げた。
 心臓がドクドクと言っていた。
 この場から離れなければ、鳳蝶のフェロモンはまた出てしまう。
 一回の緊急抑制剤で引っ込む程、鳳蝶のフェロモン分泌は止まらないと説明を受けている。
 訳も分からず動揺し、鳳蝶は逃げ出した。とにかく逃げなければ、鳳蝶はこんな所で発情したくない。その一心で、必死に走った。
 





「……え、………えぇ!?」

 自分を蹴り上げて逃げた鳳蝶に、驚いた光風は一瞬動きが止まってしまった。
 逃げた鳳蝶を光風は追いかけた。もう一度確かめたかった。
 抱きしめてキスをして、それから、それから………!
 光風にもそれからどうしたいのか分からなかったが、とにかく今逃してはダメなのだと思い追いかけた。







 はぁはぁと息が上がり、身体が火照るのに、芯が冷えていく感覚がする。
 必死に足を動かして廊下を走った。
 足が重たく上がらない。
 カチン、カチンと何度かピアスから音が鳴っている。
 ピアスの緊急抑制剤は右と左で一回ずつしか出ない。空の作動音が何度も鳴っていた。
 教室はどっちだ?
 こっちであってる?
 目が霞みそうだ。
 光風の舌が入り込み、流れて喉を降りた唾液がまだ胃の中で暴れ回っている気がする。
 サブ垢のアゲハとしては何度も交わったが、リアルでは初めてだった。
 たった一度のキスで、頭が沸騰しそうな程苦しい。
 本当に仮想空間の中は性欲が半分なんだなと、冷静な思考も出てくる。 
 教室に戻ろうとして、仁彩の側にはアルファである識月がいる事を思い出す。迷惑はかけたく無い。だったら保健室に逃げ込む?
 ゼィゼィと喉は鳴るが、背後から光風が追いかけて来る気配を感じた。
 不思議だった。
 何故わかるのか。



「鳳蝶!?」

 呼び止めたのは楓の声だった。

「ーーーかえ、で!」

 戻って来たのか、楓が走って鳳蝶の方に近寄って来ていた。
 無我夢中で楓に抱きつく。
 楓はオメガだ。楓なら安心だ。
 鳳蝶の意識はズルズルと身体と共に落ちていく。
 ごめんと言いたいのにもう無理だった。
 







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