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49 本気でオマエなに?
しおりを挟む昨日学校を休んだ光風が、今日は登校して来た。
学校の光風はオレに対して興味が薄いらしく塩対応だ。話し掛けても虚しいので、こちらからは話しかけない事にしている。
…………が、今日のヤツは違った。
「何でお前までいるんだ?」
「ん?親交深めてみようと思って~。」
おかしいな…。コイツ、オレ見て可愛くない言ったよな?もっと可愛い子だと思ってたって残念がってたよな!?
「うわ、出た出た光風の意味分からん思考~。だから嫌なんだよね!」
最近一緒に食べている楓が嫌そうな顔をしている。コイツら仲良いんだか悪いんだか分からん。
パリパリとパンの袋を破りながら、光風はとんでもない事を言った。
「包丁君とセックスしてみたいんだけど~。」
「ぶっ!」
オレは齧ったオニギリを吹いた。
飛んだ米粒が楓のランチボックスに入ってしまい、ぎゃーと叫んでいる。
「…………!?はぁ!?え!?」
オレは何か言おうと思うが言葉にならず、叫び声しか上げれない。
教室に残っていた生徒達が光風のこの発言を聞いていたらしく、こちらを見て騒ついていた。
「………や、流石に鳳蝶が可哀想だよ?なんでここでそんな事言っちゃうかなぁ?あ、これ食べて良いよ。」
楓はオレが飛ばした米粒付きサンドイッチを、なんでか光風に渡していた。
そして何故か光風はそのサンドイッチを受け取って食べている。
普通それ食べるか?
「だぁって、思いついたらやってみたくなってさぁ。サブ垢ではいつもやってるじゃん。……ん?なんか、甘い味がする?」
光風は甘い、美味しいと言いながらペロリと食べてしまった。普通のキャベツたっぷりのカツサンドに見えたけど、甘いか?タレが甘かったのか?
とりあえずオレは無言を貫いた。
教室にいる生徒達が押し黙ってこちらの発言に注目しているのを感じるからだ。
やたらと笑顔で話し掛けてくる光風を無視するのには骨が折れた。
はあ、と息が上がる。
あまり期待する様な言動はやめて欲しい。
ただでさえ『another stairs』でミツカゼに会った後は苦しい。
せめてもの救いはリアルの光風は夜に仕事が多いので、一緒にゲームで遊ぶ頻度が少ない事だ。
ミツカゼのセックスは執念い。
仮想空間の身体とはいえ、多少は感覚を引き摺り、本体の方も熱が上がってしまうのだ。
その所為で抑制剤の量が増えていた。
朝に一錠飲んでいた分が、朝と晩の二回になった。
コレのせいで親が心配している。
明らかに身体が疑似発情期で疲れていた。
仮想空間でミツカゼに会うのを止めればいいのだろうが、止める事が出来ない。
疼く身体が仮想空間でも良いからと、アルファを求める。悪循環だ。
学校でリアルでもやろうと言われて、頷きそうになり、必死で我慢した。
光風のセックスはきっと思い付き。そこに恋愛要素はない。好きでもないけど、やってみたい。そんな雰囲気が見てとれた。
オレはきっと一度やってしまうとダメになる。
一人で立てなくなる。
自分と身体を繋げたアルファに身体が依存する。
そういう性格だと自分でも自覚しているから、誰かと付き合いたいとか親しくなりたいとかも思った事が無かったのに……。
「ま、このリアルのオレとやりたいなんて奴、そうそういないしな。」
今日かるーく誘って来た光風はノーカンだ。
鏡に映る正装姿。
淡い藍色のスーツ。首元と袖についたフリル付きのシャツ。タイには濃い青色のブローチ。
母さんが用意してくれた正装だった。着ないわけにはいかない。
髪は最近伸びてきてボサボサだ。面倒臭くて、櫛を通してそのまま行くことにした。
基本本人のみの参加になる。
相手がまだ決まっていないアルファとオメガが集うパーティーだ。初めて参加する訳だが、行きたくなかった。
イヤイヤながらもホテルに向かった。
着いて早々後悔する。
皆んな綺麗だ。眩しい。
しかも今ここで見たくない人間もいた。
青海光風は数人のオメガに囲まれソファにゆったりと座っていた。
気怠気に背もたれに腕を置き、軽く笑い合い談笑している。
開け放たれた両開きの大きな扉を入ると、奥の方にいる光風に直ぐに気付いた。
他の誰も目に入らず、何で自分も気付いてしまうのか。
はあ、と溜息を吐いて壁沿いに進んでいく。
飲み物をどうぞと言われてジュースを取った。飲んだら桃のジュースだった。
端の方に並べられた一人掛けソファに隠れる様に座る。
とりあえず参加名簿に名前は書いたので義務は果たした。いつ帰っても良いだろう。
何人かのアルファやオメガがコチラを見てクスクスと笑う。
こんな太ったオメガはあまりいない。珍しいのだろう。だから来たくなかった。
母さんもこの集まりに参加して父さんと知り合ったので、オレにも頑張って通って欲しいと思っているようなのだが、あまり頑張る気にはなれない。
そんな事なら一人で生きていける様に勉強を頑張って仕事をしたい。
それもこの過剰フェロモンの症状次第だろうけど……。
何人かのオメガの子達がコチラを見ながら笑って何か話しているのに気付いた。
コソコソしながらも聞こえる声で話す彼等から、何故あんなのが参加出来るのかと蔑む発言が聞こえた。
今日は厄日だ。
学校では光風の所為で、何であんなのがアルファの相手に?という視線で見られ、パーティーでは馬鹿にされ笑われる。
アルファもオメガも嫌いだ。
帰ることにした。
ジュースのコップを返却し、扉に向かう。
「ま、待って、鳳蝶っ。」
誰かが呼び止めて来た。
振り返ると陽臣だった。
「………来てたのか?」
「ああ、たまに来るんだ。鳳蝶は初めて?」
よく分かったなと思いながら頷く。
今日のパーティーの参加者は五百人くらいいる。鳳蝶が来てからまだ十五分くらいしか経っていないうえに、ほぼ壁にいたのだが、よくいる事に気付いたなと思った。
「少し食事しないか?何か食べた?」
食べていない。本当は気になっていたが、食べていたら更に笑われそうで嫌だった。
「あそこにカーテンで半個室になれるスペースがあるんだ。食事を取っていこう。」
食事に釣られてついつい承諾してしまった。
取りに行こうとすると、スタッフが用意してくれると言うのでお願いした。
前菜、スープ、肉料理、魚料理と次々に盛り付けて持って来てくれる。手配もスムーズで流れもいいし、盛られる皿も上品で綺麗だ。よく教育をされたスタッフに感心する。
鳳蝶の家も色々なレストランやカフェ、居酒屋等を経営しているので、少し眺めておく。自分のゲームの中の喫茶店も小規模ながら学ぶ事は多い。
「鳳蝶、眺めてばかりいないで食べたら?」
笑いながら陽臣が声を掛けて来て、手が止まっていた事に気付いた。
「……忘れてた。流石、美味しいな。」
「そうだね、雲井識月はどんな仕事内容にも手を抜かない。荒を探そうにも見つからないんだ。同じ歳だと思えないよ。」
それは同意見だが、それが従兄弟の仁彩の事となると抜けまくるから面白い。
学校のあの二人ののんびりとした雰囲気は好きだな思う。仲良いのは分かるが、人が引く程のイチャイチャっぷりを見せる訳でもなく、それでも雰囲気は甘い。
会話に混ざっても従兄弟どのは相手を不快にさせない術でもあるのか話しやすいのだと知った。
それをこっそり仁彩に褒めると、自分の事のように嬉しそうにしていて、こっちまでほっこりしてしまった。
思い出し笑いでクスリと笑うと、陽臣も少し笑った。
「良かった。誘おうか迷ったんだけど、少しは楽しんでくれて。」
鳳蝶も陽臣が過去の事を気にしているのには気付いている。それでも簡単に流せないでいる自分が小さいなとは思うが、どうしても陽臣に苦手意識が湧いてしまい、普段は近寄らない。
「ん、悪いな……。もうだいぶ経つのに。」
「……っ!鳳蝶が謝る必要はないよ。あの時は俺が付き纏い過ぎたんだ。………その、これからは仲良くして欲しい。」
実際今の陽臣は好青年だ。生徒会長として人望もあるし、成績もいい。
悪い奴ではない。
「そうだな。」
頷くと嬉しそうに笑った。
「良かった!……そうだ、気になる噂を聞いたんだけど、青海と仲がいいと言う話は本当か?」
「………それ、まさか今日の昼休みの話?」
「たぶん……。ベータのセフレと仲が良いと言われている。」
ベータのセフレ…………。
ここでオメガと言われないのは良かったのか悪かったのか……。
「セフレじゃないから。」
オレが否定すると、陽臣は明らかに安堵した。
「そうか!付き合ってるとかでは…?」
「いや、無いから。有り得ねーから。」
すかさず否定すると、目隠し用のレースのカーテンがシャッと開いた。
「え~~~?酷いよ~、本気だよ~?」
突然光風が乱入して来た。
これにはオレも陽臣も驚く。
「え?何でお前ここにいんの?」
さっき奥の方のソファでオメガ数人と戯れてたよな?セックスするならそいつらとやれ!
「青海、マナー違反だぞ?個室スペースは無断で開けたら次回の参加資格無くなるぞ。」
「別にいいよ~。俺は仕事でここにいるんだもん。お見合い参加者じゃないの!」
そう言って肩に手を乗せてくる。
光風の行動がいまいち理解出来ない。
さ、帰ろうと言われて立ち上がらせられた。
「??何でオレがお前と帰るんだ?」
「まーまー、ほらほら、俺が口説き中なのによそ見は困るよぉ。」
口説いてる?何言ってるんだ?
「青海っ!」
止めようとする陽臣を置いて、光風はサッサとオレを引っ張って歩き出した。
途中で光風の周りに侍っていたオメガの子達が睨みつけて来たが、どうすることも出来ない。
振り解こうとするが力が強く、引っ張られるまま入って来た扉の外に出てしまう。
身長の高い光風の歩幅は広い。背の低いオレはずっと小走りでついていくしかなかった。
正面ロビーまで来て漸く手を離される。
そこには昼間より少し照明を落とし、秋の紅葉が上から垂れ下がる空間になっていた。
何故引っ張って連れて来られたのか意味が分からないが、この空間を見て息を止めて見上げてしまった。
「……凄っ……!」
オレの短い感嘆の声に、光風が嬉しそうに微笑む。いつもの何処か気の抜けた笑い方ではなく、自信に溢れた美しい微笑みだ。
「気に入った?コレ、アゲハがイメージなんだよ。」
オレ?……いや、こいつが言うアゲハは『another stairs』の中のアゲハだ。リアルのオレのことをちゃんと名前で呼ぶ事はない。
「アゲハがイメージ………。」
天井まである奥行きのある紅葉の波と、薄ピンクの大きな花。走る細い枝と様々な花達。裏側からライトを当てられ、仄かに色づく空間は綺麗だった。
コレが、アゲハ。
決して現実のオレではなく、作り物のオレを光風は見ている。
よく仁彩に自分が本物だと教えてみたらとは言っていたが、自分自身に当て嵌めてみると、他人事だったのだなと思い知る。
……言えないよな。
光風はオレが本体だと知っていて、偽りのオレの方を気に入っている。
鳳蝶自身もサブ垢は偽物だと理解していても、それでもいいと会ってしまう。
こんなアホらしい関係があるだろうか。
自嘲の笑みが漏れる。
「どう?綺麗でしょ?」
光風はオレが今、どんな気持ちでいるかなんて考えてもいないのだろう。
純粋に褒めて欲しいと顔に書いてある。
「うん、綺麗だな。」
オレは笑顔で褒めてあげよう。
偽りのオレを自分自身で綺麗だと褒める行為なんて、………なんてアホらしい。
自宅に帰り、夜分の薬を飲む為にコップに水を入れて部屋に戻る。
光風はホテルのタクシー乗り場まで送ってくれた。今日はもう『another stairs』に入らないのかと聞いて来た。
今日はもうログインしないと伝えると、残念そうにしていた。
そんなにアゲハに会いたいのだろうか。
中身は目の前にいるのに?
アゲハと鳳蝶、何が違う?
薬を握りしめて、思いっきり壁に叩き付けた。
今日の抑制剤も効かなそうだ………。
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