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59 可愛い可愛い子
しおりを挟む今目の前には大きなシンボルツリーとなる高さ十メートルのもみの木の前に、鳳蝶は立っていた。
外から来たので、青いふわふわのポンチョ風コートと水色のマフラーはつけたままだ。
雲井家所有の超大型ホテルのメインロビーには、雪の世界が作られていた。
中央に大きなシンボルツリー、その周辺には同じもみの木の背の低いものが数本乱雑に並んでいる。
レンガで小道が作られ白い薔薇のアーチを潜って歩ける様になっていた。
木と小道の周りは白いキラキラと光る丸い白砂利を敷いてある。
光風が言っていた通り、雪の代わりにもみの木や砂利の要所要所に白い花が飾られていた。本当に遠目からは雪かなと勘違いしそうなくらいないっぱいだ。もみの木の葉でスポンジやチューブが隠れるので、結構やり易いと言っていた。
所々に飾られた銀やピンクの装飾が可愛らしい雰囲気を作っていた。
光風は今、奥のカウンターの方で識月と何やらやり取りをしている。
ここのレストランの個室で夕食を食べる予定だ。以前お見合いパーティーに来た時、陽臣と二人で食べているのを見て、実は光風は根に持っていた。
少し識月とやり取りがあると言うので、早めに来て鳳蝶は邪魔になるからと、光風が作ったロビーの花装飾を見ていたのだ。
どうやってこのアレンジを考えているのかと聞いたら、見えてるからぁと謎の答えが返ってきた。
お前は一体何を見ているんだ……。
光風の発言は謎が多い。
鳳蝶が小道のアーチから出ると、どこかで見た事がある様な同年代の少女と目があった。
お互いあっとなったが、どこで見たのかと鳳蝶は悩んだ。
「あなた、あの時の………。」
向こうは鳳蝶を知っていた様だ。
とりあえず誰か分からないので話し出すのを待つ事にする。少女は家族と来た様で、もしかしたら同じレストランではと思った。
「まさか、青海君に付き纏ってるの?」
突然光風の名前が出てきてハッと気付く。
お見合いパーティーで光風に侍っていたオメガだった。
「いや…………。」
一緒に来たと言おうとしたら、少女はツカツカと鳳蝶の前まで来た。ヒールの靴が滑らかなタイルの上を歩いてくるのでカッカッと音が鳴った。こうやって歩く人は鳳蝶は苦手だ。自己主張が激しい気がして、鳳蝶自身は歩く時は静かに歩く癖がついている。
「身の程を知りなさい!この前だって何で貴方なんかが青海君と一緒にいたのよっ!」
ドンっと突き飛ばされて鳳蝶はよろける。
女性の力なので転ぶ程ではないが、無遠慮に向けられる攻撃は、小学生時代を思い起こされて嫌だった。
少女の親らしき人が近付いてきて、どうしたのかと娘に聞いている。
彼女は鳳蝶が不審人物だと告げていた。
言い掛かりも甚だしい。
ロビーの正面玄関に立っていた警備員を、少女の親が呼びつけている。
鳳蝶を不審者だと告げているが、警備員は鳳蝶が先程光風と入って来たのを見ていたので、困った顔をした。
鳳蝶もどうしようかと困ってしまう。
あまり大きな騒ぎになって欲しくない。
「どうしたの?」
ちょうど良いところに光風が戻ってきた。
「あ、あの、」
さ、と言おうとして少女に邪魔される。
「あ、青海君っ、この人不審者でしょ?この前パーティーで直ぐに追い出してたでしょう?」
確かに光風は鳳蝶の手を引っ張ってパーティー会場から連れ出してしまった。
彼女はその時鳳蝶を睨んでいたオメガの内の一人だった。
あの時はもっと派手なパーティードレスを着ていたので、気付かなかったのだ。
光風は少女の手を振り解いて鳳蝶の隣に立った。
「大丈夫だった?待たせたねぇ。」
「ああ、いや待つのは別に大丈夫だけど……。」
光風は鳳蝶の腰を抱いて、見上げた鳳蝶を抱き寄せる。
その一連の流れで、少女の親らしき人は悟った。
「青海君っ、久しぶりだね!すまない、娘が何か勘違いしている様だ。」
「いいですよ。今後この様な事が無ければ。」
光風の無難な対応に、コイツこんな普通の人みたいに出来るんだなと鳳蝶は感心した。
いつもそうであった方がいいだろうに。
「そんなっ!勘違いなんてっ!」
「ばかっ!やめなさい!」
少女の親はグイグイと娘の腕を掴んで引っ張って行ってしまう。
何か言っているが、親がなんとか引き離そうと必死で笑えた。
「お前、そんな対応出来たんだな。」
「えぇ?酷いなぁ、出来るよう。」
先程の大人びた顔は消え去り、いつも通りの光風になった。
「どお?綺麗でしょ?」
十一月の紅葉の時の様に、光風はまた鳳蝶にどうかと聞いてきた。
白い花のクリスマス。聖夜の雪景色。そんな景色が目の前にある。
「………綺麗だよ。」
鳳蝶は笑顔で答えた。
あの日の自嘲の笑みとは違う、心からの感動の声。
光風も笑って鳳蝶を見る。
鳳蝶から漂う花の香りと、薄く透ける花の群れ。
追いかけて良かったのだと安堵した。
あの日、陽臣と一緒に鳳蝶の仮想空間に入った時、先に陽臣を行かせたのは、八尋と楓に頼み事をする為。
千里眼で鳳蝶を見つけた陽臣を確認して、八尋に呼びかけた。
この右目の千里眼はフリフィアにも繋がる。
『もし、俺が戻らなかったら花は飾らないでって父親に言って欲しい。………鳳蝶から一輪だけ俺に似合う花を飾って欲しい。』
八尋を通して、楓に頼んだ。
現れた八尋から楓の声が質問する。
『お前なら棺に溢れる程、花を入れて貰えるはずだけど?』
光風は自分自身に花が見えた事がない。
それは光風は自分を好きではないという事。
好きなものにしか花は見えない。
感動、喜び、楽しみ、驚き、何かしら心が騒ぐたびに花は溢れるのに、光風は自分に花が一つも見えなかった。
自分に似合う花なんて分からないから、鳳蝶に選んで貰いたかった。
何の花を選んでくれるだろう?
何色?
形は、花弁は何枚?
大きさは?
他の人の選ぶ花はいらない。
鳳蝶が選んだ花が、俺の死んだ花になる。
死んだ花になれそうな気がする。
『鳳蝶が花をくれたら死んだ花になれるかもしれない。もし戻らなかったら鳳蝶に頼んでよ。』
死にそうになっても戻さないでと頼んだ。
生きている花を手に入れられないなら、鳳蝶の仮想空間で消えてもいい。
この雪の中に埋もれたら、鳳蝶の一部になれる様な気がした。
きっと鳳蝶は強い人だから、この仮想空間から出る日が来るだろう。その時鳳蝶が手に入らないのなら、このままここにいたいと思った。
鳳蝶は自分の所為で光風が死んだと思ったら、きっと望み通り一輪の花を飾ってくれるだろう。そうしたら、光風は『死んだ花』になれる。
『死なない様に戻れ。』
通信は切れたが聞いてくれるだろう。楓はダメな時はキッチリと断ってくる。
説得なんて得意ではない。むしろ苦手。
だから自分の気持ちを言う事にした。
鳳蝶と一緒にやりたい事を、光風なりに伝えてみたのだ。
上手く伝わった気はしないが、鳳蝶は心配顔で帰って来てくれた。
結果が良ければ全てOKだ。
「あ、そうだ、これ渡す。」
鳳蝶は小さな箱を渡して来た。
パカっと開く。
「指輪………。」
鳳蝶はピンク色に頬を染めていた。
花の意匠が施されたプラチナの指輪。幅が有り、花の模様が彫られていた。
「サザンカなんだって。急いだから出来合いのを買ったから……、でも花言葉は良いらしいから!」
サザンカの花言葉?確か永遠の愛とかなんとか言わなかっただろうか。
光風もあまり花言葉は気にしない方だ。気にしすぎるとアレジメントが上手くいかない。
「光風の父さんと、楓から色々聞いたんだ…。俺はお前の死体に花は飾りたくねーぞ。どうせなら、生きてろよ。…………………指輪なら枯れねーから、生きてはいねーけど、ずっと一緒にいられるって思うから……。」
鳳蝶はそう言いながら、ゴソゴソと自分のポケットからももう一つ小箱を出した。
小箱を開くと同じ指輪が出てくる。
光風に渡したものより細身だが、こちらにもサザンカが彫られていた。
「俺は正直お前の過去も、お前が言う『死んだ花』も『生きている花』もよく分かんねぇ。でも、死んでるより生きてる方がいいのは理解出来る。俺は生きたい。だから、俺と一緒に生きよう。」
鳳蝶は指輪を左手の薬指にはめた。光風が持ったまま固まっているので、勝手に光風の分も出してしまう。
「左手っ!」
強く言われて光風は左手を出した。
スルリと指輪ははまってしまう。
「おー、ピッタリ。」
「何でサイズ知ってるの?」
「楓に聞いた。指輪も助言もらった。あいつなんか色々雑学?あるよなぁ。」
「……………。」
「どったの?嬉しくねぇ?」
光風はゆっくりと首を振った。
はめられたお揃いの指輪からサザンカの花が溢れている。
「花が溢れてくる…………。」
光風の呟きに、鳳蝶はふぅんと相槌を打った。
「ありがとう、鳳蝶。俺の可愛い子。」
綻ぶ様に笑う光風に、鳳蝶も良かったと笑った。
二人は手を繋いで歩き出す。
白バラのアーチを潜り、美味しいディナーを食べよう。そう期待に顔を緩ませる鳳蝶が、光風は誰よりも何よりも可愛い生きている花だと思った。
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