偽りオメガの虚構世界

黄金 

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60 変化した日常

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 十二月、朝から教室の雰囲気がガラリと変わった。
 まず朝から見目麗しいカップルが窓際でお喋りをしている。
 まん丸に太っていた鳳蝶が、徐々に痩せて来ているのは皆知っていた。十一月に入り体調を崩し休みがちになり、お弁当のおかずを分けてもらえなくなった男子達は、鳳蝶の帰りを待っていた。
 三週間程バース性異常で入院していると聞いて、鳳蝶がオメガであると周知されたわけだが、元々の見た目がアレだったし、あまり話題にはならなかった。
 へぇ~そうなんだ?くらいな感じだったのだが…………。

 久しぶりに出て来た鳳蝶は、あなた誰?という状態だった。
 元々太っている割には目はパッチリとしていた。それがクリクリ二重に長い睫毛、伸びた髪は天パでクルッと巻いていて、それを無造作に一つ結びをしているのだが、天使の様に可愛い鳳蝶になっていた。
 結ぶにはまだ短い髪なので、横髪は顔に垂れて頬に掛かり、何とも言えない色っぽさが出ていた。
 オメガと言うにはまだ少しぽっちゃりとしているが、色白で薄い茶色の巻毛が相待って、宗教画に描かれている羽の生えた天使に見える。少し膨よかなのも、童顔な為か余計に天使っぽい。
 しかもフラフラと遊び歩いていた青海光風と、仲良さげにお喋りしているのだ。
 番になったと聞いて皆仰天した。
 あの、青海光風が湯羽鳳蝶しか見ていない。
 それまで光風は来るもの拒まず、去るもの追わず、そんな軽い人間だった。
 美しい見た目とアルファという性、華道家としての実績も年々増す中、近寄る人間も多かったのだが、今や全て塩対応。用がないなら話し掛けるなと言わんばかり。
 逆に一緒にいる鳳蝶の方が気を遣って間に入る事も多い。

 そんな二人がいる教室に後から入ってくるのが雲井識月と仁彩の二人。
 夏休みに行われた陣取りゲームで綺麗と評される様になったと思ったら、従兄弟の識月が常に張り付く様になった。
 こちらはまだ番にはなっていないが、秒読みだと言われている。
 雲井仁彩は顔の左側面に火傷痕が残るものの、綺麗できめ細かい肌とのギャップが人の視線を誘う。
 少し釣り上がった黒目がちの目が印象的で、緩くフワッとした髪は猫毛なのか柔らかそうだ。顔の造作も雲井識月同様綺麗な顔立ちをしている。
 仁彩の横には今や常に識月がいる。
 いない時は湯羽鳳蝶か浅木楓がいるので誰も入り込める隙がない。
 入学当初から雲井仁彩は何故か孤立していた。直接圧力が掛かるわけでも、識月が声掛けをしたわけでもないのに、仁彩に構う人間は現れ無かった。唯一が湯羽鳳蝶だけだった。これが無言の圧力かと皆思っていたし、何故湯羽鳳蝶だけ近寄れるのかと不思議だったのだが、オメガ同士だから許可されていたのかと今なら理解出来る。
 
 そんな二組のカップルの間に平然と入り込むのが浅木楓だ。
 楓は元からオメガと堂々と公言するし、アルファやベータとも淫らに付き合いを繰り返していた。
 見た目は潤んだ黒い瞳の可愛らしい小動物的な容姿をしている所為か、騙される人間は後を絶たない。

 他にもアルファやオメガは沢山いるのに、このクラスの人間は濃ゆい。
 
 


「法村先生、今年の修学旅行はよろしくお願いしますよ!」

 法村巧(ほうむらたくみ)はかの有名なクラスの担任をしている。性別は男性アルファ、年齢二十八歳独身。
 この高校は公立高校だ。
 進学高ではあるが、県内でもそこまで高い水準の高校ではない。進学する者もいれば就職に進む者もいる。一流大学に進む者も片手の指で数える程度。そんな普通の高校だった。
 今が異常なのだ。
 それは一年と数ヶ月前、今の二年生が高校受験時に遡る。
 入試も終わり、毎年追加試験的な後期試験があるのだが、そこに火傷の治療で試験を受けれなかったからと雲井仁彩が希望してきた事から始まる。
 家庭の事情から従兄弟の雲井識月も追加希望してきた。そこから良家子息子女主にアルファ、オメガ性の希望が殺到した。
 学校側はビビりまくった。
 こんな何の変哲もない公立高校に、高位アルファやオメガが来ても困る!!
 ……………とは言えないので定員ギリギリまで入学させるしかなかった。
 後、雲井仁彩に関しては火傷の事もあるし、どこかから圧力でもあったのか、かなりギリギリの採点結果であるにも関わらず入学が決まっていた。
 雲井識月は言わずもがなだ。
 
 法村はアルファなだけあって、公立高校でも超進学高と言われる場所ばかりで勤務していたのだが、昨年度急な辞令によりこの高校へ転任してきた。
 一年時はそうでもなかったが、実績を見込まれてか若いからか、この特殊なクラスに配属された。
 どのクラスもアルファオメガはバラけている。しかし、ここにいるのは一味も二味も違う。
 アルファに雲井識月青海光風、オメガに雲井仁彩と浅木楓、湯羽鳳蝶。
 クラス分け表が配信された時、法村はガクッと来た。
 元々この高校にはアルファはあまりいないのが通例だった。家の事情や下位アルファなどがポツポツと入るくらい。本来なら母子家庭アルファの麻津史人や素行の悪いアルファ数名程度の筈だったのだが、雲井家の登場により増えに増え、しかもその二人がいる担任になったのだ。がっくりこないわけがない。
 面倒なクラスになったと思った。
 しかも校長は青海や浅木といった問題児も突っ込んできた。ヤケクソ気味である。

「………………はぁ。」

 それでも多少の楽しみはあったのだが、法村が気に入っていた湯羽鳳蝶は問題児の青海と番になったというし、楽しみ半減だ。
 教卓に着いて早々、法村は溜息をついた。

「先生、大丈夫?」

 当の湯羽鳳蝶は麗しい見た目に早変わりし、キラキラと溜息をついた法村を見上げて席に着いている。
 名前の通り蝶が羽化したかの如く、美しくなった。
 これがあの青海の所為かと思うとガッカリする。
 
「ああ、何でもない。ちょっと修学旅行が気が重くてなー。」

 そう言うと、鳳蝶はああ、と納得顔をした。このクラスは識月のお陰で統率は取れているのだが、青海と浅木二人の行動が予測つかないのだ。
 法村は鳳蝶が教卓の近くの席なので気軽に喋っていたのだが、視線を感じてギクリとする。
 窓側に目をやると、青海光風がジッと見ていた。
 ビビるからそんな底の知れない目で見ないで欲しい。

「さーて、修学旅行に着いては配信通りだ。各自確認しててくれよー。」

 ささっと目を離して連絡事項を伝えた。
 





「法村先生を睨んでただろ?」

 昼休み鳳蝶は光風を注意していた。担任に圧をかけるなんて鳳蝶の中ではとんでもない事なのだ。

「……え~、あいつ鳳蝶の事お気に入りだったんだよ?」

「そおかぁ?」

 鳳蝶は不思議そうにしていたが、この事実は全員知っていた。
 割とあからさまだった。
 成績が良いのと大人しいので単に生徒として気に入っているのかと思われていたが、実はオメガだからだったのかと認識が改められている。

「鳳蝶はやっぱり変なのに好かれがちだよね~。」

 楓はシシシと笑いながら、今日もカフェテラスのランチボックスを食べていた。
 鳳蝶は大きな袋から三段弁当を取り出す。
 一段を光風に渡して、後の二段は自分の前に置いた。

「鳳蝶がぽっちゃりの域を出れない理由はここにあるよねぇ~。」

 楓の茶化しに鳳蝶は気まずそうにした。
 オメガ性が安定したお陰で、薬が不要になった。薬の副作用も無くなったし、元々オメガは太りにくい。なのに鳳蝶の体重はある一定の所から動かないのだ。

「いいんだよ~。鳳蝶は今くらいが丁度いいもん。柔らかくて舐めても齧っても美味しいよ~。」
 
「ひぇっ!?」

 光風の場所を考えない発言に、鳳蝶は悲鳴を上げた。

「舐めるのはともかく齧るのは項に一回だけにしなよ。」

 楓も普通に返していた。
 この二人は似たもの同士なところがある。

「も、もう食えよ!」

 鳳蝶はいつもパンを食べていた光風にお弁当を作ることにした。元々三段あったうちの一段を丸々光風用にしたのだ。
 オニギリは季節を取り入れてサバとカリカリ梅干しのオニギリとシャケをほぐして入れた海苔オニギリ。蓮根と人参のきんぴら、鱈の竜田揚げ、卵焼き、ポテトの豚バラ巻き、ウインナー、飾りにミニトマトとブロッコリーを入れてある。
 
「ウチの嫁に欲しい………。」

 楓が涎を垂らしながら呟いた。

「あーげはっ、あーん。」

 口を開けて待ち構える光風に、鳳蝶はムググと呻き声を上げる。
 自分のお弁当分からポテトの豚バラ巻きを箸で摘み、光風の口に放り込んだ。

「じ、自分で食えよなっ!」

 恥ずかし気に顔を赤らめ悪態をつく鳳蝶に、楓諸共教室にいた生徒達が身を捩り悶えた。何故か女子も。

「………!くっ、視界の暴力!」

 バカップルか!と楓が文句を言っていたら、教室に仁彩と識月が入って来た。

「あれぇ?今日はこっち?」

 光風の問い掛けに、識月が頷いた。

「仁彩がお前達がこっちで食べるなら一緒に食べたいって。」

「鳳蝶っ!わぁ~いつにも増してお弁当美味しそう~。」

 鳳蝶のお弁当箱をのぞいて仁彩が鳳蝶の隣に座った。その反対側に識月が座る。二人が座った椅子は近くにいた生徒が自動的に用意してくれていた。
 その様子を見ながら流石雲井家、当たり前の様に受け入れている事に楓は感心する。仁彩はそれとなくお礼は言っていたが。

「じゃあ今度からこっちで食べるか?」

「うん!えへへ~嬉しいなぁ!」

 最近仁彩も料理の練習をしている。
 毎日カフェテラスに行っていたが、お弁当持参だったのだ。雫から識月くんと一緒になりたいなら料理家事くらい出来るようになりなさいと怒られたのである。

「どこ行ってたの?」

 ここで食べるなら何しに出て行っていたのかと楓が尋ねた。
 識月は仁彩が作ったお弁当を自分と仁彩の前に並べている。そのさりげない甲斐甲斐しさに、楓は識月が料理覚えた方が早いんじゃ?とつっこんでいた。

「…え?えーと、ね。法村先生がこの前のテスト結果でちょっとぉ~。」

「……………ああ、あれか。良かったのか?」
 
 鳳蝶は仁彩の成績を知っている。
 先週終わったテストの結果が早々とスクリーンで見れるようになっているのだが、仁彩の結果に鳳蝶は心配になった。

「まさか留年……。」

 鳳蝶の呟きに仁彩は慌てる。

「ち、違うから!流石にそれは無いよ!?赤点あるから本当は補習あるし修学旅行も居残り勉強言われてて………、でも大丈夫って言われたし!」

 法村先生はテスト前にそう匂わせていたのだ。成績下層組はそれにビビり頑張るしかなかった。

「どんくらいだったの?見せてよ。」

 楓はまさか見せてくれるとは思わず軽く言ってみたのだが、仁彩はいーよーと簡単に見せてくれた。
 
「………………。」

 そんな人を疑うことのない仁彩に、コイツだけは騙すまいと楓は心に決めた。隣の識月が怖い。
 皆んなで仁彩の成績表を覗き込む。

 ……………………。

 誰も言葉が出ずに無言が続いた。

「大丈夫だから、卒業出来ればいいから。」

 仁彩が何故皆んな何も言わないのか不安そうにすると、識月が仁彩の手を取って言い聞かせた。

「…………デロ甘かっ!」

 思わず鳳蝶がツッこんだ。
 鳳蝶の隣で光風が声も出ずに笑っている。一応識月に遠慮しているが、仁彩の成績が下すぎて笑いが抑えきれないでいた。

「識月君、ごめんね?」

 涙目で仁彩が謝っている。
 鳳蝶もついツッこんでしまったが、悲し気な仁彩に慌てた。

「いや、担任も大丈夫って言ったんだろ?いいって!とりあえず卒業出来る成績キープするよう識月に教えてもらえよ。俺も手伝うし!」

「鳳蝶~~~っ!」

 仁彩が鳳蝶に泣きつくのはお決まりのパターンになっているので、識月もこれには文句は言わない。

「でも良く法村センセ納得したね。」

 楓が不思議そうに聞くと、識月は事も無げにキッパリと言った。

「将来は結婚して家庭に入るから問題ない、と言ってある。」

 全員でなるほど、それなら卒業出来れば問題ないか………、と納得した。













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