偽りオメガの虚構世界

黄金 

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61 良い夢も悪い夢も

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 放課後、楓は担任に呼び出されていた。
 17時ともなると外は薄暗くなりつつある。
 オメガならば一人でフラフラと人気の無い学校を歩くべきでは無いが、楓はそんな事一向に気にしない。

「失礼しまーす。」
 
 呼び出された相談室にノックもなく入った。毎度の事なので気にもしない。
 
「おー、来たか。お前またテスト受けてないのがあるな。」

 法村はアルファながら話し易い。アルファ特有の高圧的な性格も無く、オメガやベータにも接し易い人柄だ。
 実は生徒に人気がある。
 本人もそこは自覚があるらしく、優しく頼れるアルファの先生であろうとしている。

「だあって、おウチの用事があってぇ。後で受けたよ?」

「あのなぁ、後で受けると仮成績になって順位やら何やらに入れれんだろうが。」

「そこを担任の力で成績に入れるのが先生の力の見せ所でしょ?」

 楓は中に進み机に乗り上げると、電子ペンで法村の顎をクイっと上げた。
 その目は先程までの一生徒としてのあどけない顔では無く、支配者の顔になる。
 顎を上げられた法村は若干青褪めて顔を顰めた。

 まさか浅木楓に弱点を振り翳して、脅されるとは思っていなかった。
 あのフリフィアの浅木家の子供とは知っていたが、まだ高校生。しかもオメガだ。こんな脅しを当たり前の様にやる奴なんて思いもせず、まんまと脅しに屈してしまった。

「変態ショタって流しちゃおっかなぁ?」

 楓の横にスクリーンが現れ、画像が流れる。
 法村の性癖は中学、高校生でも幼い容姿の者が好みだ。それも男の子の方がいい。別に大人でも女性でも出来ないわけでは無いが、好みからいくとそうなので、欲の発散にフリフィアを使っていた。
 あそこは治外法権。少々の違法は見逃される。
 法村が未成年に手を出す教員でも捕まらないのはフリフィアのお陰だ。まぁ、もっぱら遊ぶのは仮想空間にしているので、本体の方の年齢は知らないのだが…。
 転任した学校に浅木楓がいると知り、直ぐに行くのを止めたのだ。
 万が一ということもある。バラされてもあそこで起こったことは罪に問われないが、確実に職は失う。
 法村はこの教員という仕事は好きだった。
 湯羽鳳蝶の様にタイプの子供もいる。生徒に手を出した事はない。だが鳳蝶は病気がある事も担任として知っていたし、好みでもあるので他の生徒より気掛けていた。
 まぁ、あの青海光風の不気味な瞳を見て、あまり関わるのは宜しくないと思ったが…。
 そういう諸々を浅木楓はやって来て脅して来たのだ。

 他にも何人かアルファ教員もオメガ教員も入って来たのに、脅す教員は法村に搾られていた。

「すみません、ごめんなさい、ちゃんとやります。」

 今回も法村は楓の成績を入れるしかなかった。







 今日も担任を揶揄って遊んで満足した楓は、機嫌良く地下への階段を降りて行った。
 下に行くほど饐えた臭いが増してくる。
 換気はされているのだが、それ以上に強烈な臭いが染み付いた場所だった。
 そんな場所であっても、楓には慣れたもので、平気でその場に何時間でも居る事が出来る。

「……………っ…………ぁぁ……、っあ、あぐぅ……っ!」

 パチュパチュと水が擦れる音と、肌が合わさる音。
 一つの部屋に入ると、一組の男女が目合っていた。まだ十代の少女とそれよりも二回りは年上の男性。

 
 少女は絶えず起こる発情に身体は疼き、湧き上がる快感とも取れる悪寒に侵されていた。
 抵抗も出来ない。
 薬で延々と続く発情期に、泉流歌は苦しみ、番でもないアルファに救いを求め続けていた。

 座敷牢にお座なり程度に敷かれた布団の上で、流歌は鉄製の格子の向こう側に現れた小柄な人影に目を向けた。
 サラサラの黒髪に潤んだ瞳の浅木楓だ。
 流歌は楓の事を全く知らない。
 何故ここに居るのかも、こんな事をしているのかも分からない。
 苦しい程の快感に思考する事も出来ない。
 自分に覆い被さるのが誰かも分からず、虚ろに楓を見ていた。

「ふふ、どうかな?まぁ確実に孕んでるとは思うんだけど。」
 
 楓の後ろに八尋が現れた。
 半透明の姿は彼が実在する人間ではない事を物語っている。

「主人様。確実に着床しています。発情は一旦取りやめますか?」

「ん、そうだね。せっかく身籠った赤ちゃんを流しても困るしね。」

「……………あか、ちゃん………?」

 楓と八尋のやり取りを聞いて、流歌は何の事かと呟いた。
 赤ちゃん?誰の?

 君のだよ。と笑いながら楓が囁いた。

「雲井家がさ、近親婚で出来る子供に問題が無いか遺伝子を確認してたんだよね。まぁ、そこはほぼ問題無さそうだったんだけど………。じゃあ親子ならどおなのかなって、試したくなったんだよね。」

 楓の潤んだ瞳がキラキラと輝く。
 純粋な探究心。試したくなったからやってみた。ただそれだけ。
 ちょうど良い具合に良い材料が手に入った。

「…………おや、こ…………?」

「そお~、親子だよ。」

 流歌の発情促進剤は薄れつつあった。
 自分は誰に身体を慰めてもらっていた……?
 親子という楓の言葉に、流歌の顔は恐怖で引き攣る。
 楓は優しく笑顔になった。
 流歌は自分に繋がる場所を見て、その相手の顔を見た。

「ーーーーーーーーーっっ!?」

 悲鳴を上げようとして出なかった。
 その見知った顔に、流歌の瞳はブレた。

 楓は可笑しそうに笑って、八尋に命令する。

「少し眠ってもらおうか。後何回産んでもらおうかなぁ?産んだ子はアルファかオメガの可能性高いよね。そうしたら言い値で買うって人がいっぱいいるんだよ。既に予約殺到。だってフリフィアで産まれた戸籍を自由に出来る子供なんだ。色んな使い道があるんだろうねぇ。」

 楽しそうに流歌が理解できる様に言葉を紡ぐ。
 流歌の首につけられた首輪から極小の針が出て睡眠安定剤が投与された。
 楓の命令を汲み取った八尋の操作だ。

「父親はどうしますか?」

 父親はアルファだった。番以外のしかも実の娘に手を出した事実に気付いた父親は、娘より早くに理性を手放していた。
 
「こっちには後三回くらい試してもらいたかったのに、もう使い物にならなそうだね。年もとってるしねぇ。欲しがる奴に売ろうか?」

 楓の判断に、八尋は恭しく首を垂れる。

 その内容を聞きながら、流歌は混乱していた。
 これは夢だと、現実では無いと信じ込もうとする。きっと誰かの仮想空間に迷い込んだのだ。パパがお仕置きだって、我儘ばかり言う流歌に、反省させる為に入れたんだ。
 これは、悪い夢だ。

「ふふ、可哀想に……。」

 楓は実に楽しそうに笑って流歌を見下ろした。
 ここはフリフィアなのだ。
 良い夢も、悪い夢も見放題だ。







 夜の九時。
 『another  stairs』に潜る。
 この時間を指定しあったわけでも無いのに、皆この時間に入るのが通常になった。

 楓は本垢でしか『another  stairs』に入らない。だからオメガである事も容姿もそのままだ。
 楓が入ったのは以前ログアウトした場所だ。
 たまにしか入らないので何処だったかなと見渡す。普通の町の路地。緩やかな坂と石畳。鳳蝶の喫茶店の近くだった。

「やあ、珍しいね。」

 声を掛けてきたのは麻津史人だった。今はサブ垢のフミの姿をしている。

「君こそ、ここで会うのも珍しいけど、学校でも最近は見掛けないね。」

「仕方ないよ。失恋した陽臣に付き合ってそっちに行けないんだ。」

 鳳蝶に振られた陽臣は、鳳蝶と光風が番になったと聞いて、更に気落ちした。
 生徒会長としての責務はしっかりとこなしているし、学力も相変わらず優秀なのだが、どこか腑抜けてしまった。

「くくく、フミ君って男アルファの面倒をみるのが上手いね。」

 フミは肩をすくめた。

「俺の大事な人は識さんだけだよ?」

 少し前までの史人はアルバイトに明け暮れる、お金を集めるのが好きな人間だったのだが、今は優先順位が変わってしまった。
 識を語るフミの目は、うっとりとしていた。

「ふぅーん、ここにはファントムと入ったの?」

 フミは頷いた。
 識こと『another  stairs』のファントムは、今皓月の指示でプログラムの修繕を行なっている。
 識が眠った後、バグが発生した場所は直せるものは直していたが、何せ特殊過ぎて修理出来ない。そのままその空間は閉じて使用禁止にしていた。
 バグがあってもこの仮想空間はとてつもなく広い。そこを一部閉じたとしてもまだまだ余裕があった。
 研究チームが必死で修繕してはいたのだが、後から付け足したイベント内容によってはバグが発生する。
 穴だらけになった場所を閉じても、そのうち全体的に制御出来なくなる懸念があった。
 識はまさしく救世主。
 あちこちに出来たバグを識が直しつつ、研究チームに勉強会を開いている。
 覚えてお前らが直せと識は面倒臭がっていた。
 研究チームは目を白黒させながらついて行くので精一杯なのだが、識は彼等の言いたい事が理解出来なかった。それくらい能力の開きがある。
 だが識には何故分からないのかが理解出来ない。
 現時点では識が片っ端からプログラムを直す日々になっていた。

 それを楓は知っていたので、フミと一緒にファントムがいるのだろうと思っていた。

「喫茶店の中にいるよ。呼びに来たんだ。」

「チャットで呼び出さなかった理由は?」

 楓の質問にフミは笑った。

「………やっぱり君は頭がいいねぇ。学校の成績は中間あたりだけど、かなり手を抜いてるでしょ?」

「最終的に入りたい大学に受かればいいでしょ?」

 楓は肩をすくめた。なんで人の成績を知ってるんだと不満気に文句を言う。

「楓はずっと本垢で『another  stairs』に入っていたよね?サブ垢はどこにあるのかな?」

 楓は一度もサブ垢を使った事がない。
 誰もが楓は面倒臭がってサブ垢を作っていないのだと思っていた。
 ある日、識が言ったのだ。
 
『異分子がいるよ。』

 『another  stairs』の中にウィルスがいる。
 徐々に『another  stairs』に侵食している。バグからバグに渡り歩き、システムを乗っ取るウィルス。

「……………僕、サブ垢作ってないよ。」

 ニンマリと笑う楓の顔は、面白そうに歪んでいた。

「サブ垢という名のウィルスな。」

「ん~~、やっぱファントムにはあっさり分かっちゃうのかぁ~。八尋の総力を使って隠蔽したのにね。」

 楓の背後に八尋が現れる。
 現実とは違い、ここは仮想空間。さも実体と見まがうリアリティがありながら、人形の様に美しい姿をしている。

「さて、俺が楓をここで待ち構えた理由だけど、君の思惑がはっきりしないことには危ないって事で、俺が人身御供になったのさ。」

「すっかり雲井家の犬だねぇ。」

 フミは少し笑んだ表情のまま、楓の様子を伺っている。
 楓は浅木家の人間。フリフィアの統括を担っている。学校では友達として付き合ってはいても、フリフィアが関われば楓は豹変する事を皆知っている。

「まぁ、最初はアルバイト代の為だったけど、識さんの身元は皓月さんが握ってるからね。識さんも皓月さんに逆らう人じゃないし、一緒にいるしかないんだよね。」

 楓は相変わらずニマニマと笑っている。
 だがその瞳の奥は油断なく思考を巡らせていた。

「じゃ~申し訳ないんだけど、そのウィルス捕まえるの手伝って欲しいかなぁ~なぁんて!」

「……はぁ!?」
 
 楓の突拍子もない要求にフミは怪訝な顔をした。











 
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