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29 ベロ痛い
しおりを挟むビィゼト兄上が迎えに来た時、僕は一人掛け椅子に足を乗せて腕で抱えて座っていた。待ち時間はそう無かったことからミリュミカは兄上が来るのを察してナリシュ王太子殿下に教えたんだろうね。
そう考えるとナリシュ王太子殿下のベ、べ、ベロチューはかなりギリギリセーフだったはず。まだ舌がジンジンする。酷いよ!
「どうしたんだ!?顔が赤いぞ!まさか発情期か?」
「発情期はこの前終わったから大丈夫だよぉ。」
慌てるビィゼト兄上には申し訳ないけど、理由は言えません!
これが秘密の時間なのかな?こうやってちょくちょく殿下は来るのかなぁ。次来た時はどうしたらいいんだろうと僕は悩んだ。
「すぐに帰るか……。」
ビィゼト兄上の呟きに、案内して来た人が慌てて止めていた。
僕達は目的地に向かいながら話していた。
「僕に挨拶?」
隣国の王太子殿下、お名前をメネヴィオ・キーゼアンといわれる。隣国サマファル国の王太子殿下で、アルの説明通り義弟の為に来訪したんだとか。
義弟がオメガとはどうやら言っていないらしいけど、ゲーム通りなら義弟のことを愛しているんだと思うよ。ヤバい奴だ。近寄るまい。
謁見の間で見たメネヴィオ王太子殿下は銀髪に翡翠色の瞳の綺麗系アルファって感じの人だった。十八歳でナリシュ王太子殿下と同じ歳だ。
ミントの香りがフワッとしてきて僕はダメだと思った。
アルファとオメガでは相性があってそれは匂いにも繋がっていると聞いている。今までこの匂いの人ダメーと思ったことは無かったけど、メネヴィオ王太子殿下のミントの香りは無理だった。スーとしてお腹を壊す感じがした。多分近くにいるの無理かも。
「ああ、断っているのにどうしてもと言われてな。挨拶だけしたら帰ろうか。」
「そうですね!そうしましょう!」
さっき式の時にお礼の言葉は受けたのに、二回も言わなくてもいいのにと思いながら僕達は王族が待つ応接室へ向かった。
貴賓用の応接室は超豪華だった。壁紙は刺繍入りの豪華なものだし柱は一本一本彫刻されている。天井は天使の天井画が描かれていて、調度品は重厚で趣のあるものばかり。大きな暖炉は本格的な冬になったらちゃんと使えるんだって。
どうやら僕が来るのを待っていたらしく、入室すると全員の視線が集まった。
あ、さっき別れたナリシュ王太子殿下がいる!何食わぬ顔で座りおってーーー!
でも僕は出来るオメガになるつもりだからちゃんと貴族の笑顔を浮かべていた。
他には国王陛下、リマレシア王妃陛下、ノルギィ王弟殿下、メネヴィオ王太子殿下、そして謎にネイニィがいた。なんでいるの?
「待っていたぞ。」
国王陛下が声を掛けてくれたので、ビィゼト兄上と僕は前へ進んだ。空いている三人掛け用のソファを促され、そこに二人で着席する。
はぁしんど。
何気に僕はテーブルを見た。決してお腹が空いていたわけではないよ?お茶とお茶菓子があったら目が行くよね?
「…………………。」
下心………んにゃ、真心クッキーが何気に一緒に並べられているような…。単に似てるだけ?王宮お抱えの料理人があんな素朴なクッキー作るだろうか?
国王陛下とビィゼト兄上は色々話しているけど、僕はクッキーに釘付けになっていた。
チラッとナリシュ王太子殿下を見ると、微笑んで会話を聞いている風の殿下の目が僕を見返した。視線に気付いたらしい。笑顔のままでもその瞳の奥から一瞬笑顔が消える。
あーーーー、本物なのね~~~。
ネイニィ凄いな。王宮料理人と肩を並べて自分のクッキー置けちゃうんだ!
「そこでどうだろうか。メネヴィオ王太子殿下が是非オリュガ・ノビゼル子息の腕前を拝見したいと言っているんだが。」
漸く本題に入るらしい。メネヴィオ王太子殿下は僕が本当に強いのか見たいってこと?疑われているとか?オメガの僕がククコとハクコを本当に討伐出来るのか疑ってるのかな?
「オリュガはオメガです。本日はもう疲れたようですので体調も良くありません。」
ビィゼト兄上がやんわりと断ろうとしている。挨拶だけと言われたから渋々僕を連れてきたのに、何を言うんだこの野郎って感じで国王陛下を見ている。
兄上……、そんな顔で国の王様見て大丈夫?
「そうか?元気そうに見えるが。」
「いえ、先程待っている間具合が悪くなったようです。」
それはナリシュ王太子殿下の所為だよー。と思いながら僕は出された紅茶を手に取った。カップも程よく温められて綺麗な薄い琥珀色の紅茶が淹れられている。
茶器の音を立てずに香りを嗅いで、自分のフェロモンの匂いと違うのかなぁとかどうでもいいことを考えていた。
「もう公爵の屋敷に使いを遣って双剣金青を持って来させたんだが。」
「私の許可なくそういうことはおやめ下さい。」
国王陛下とビィゼト兄上の攻防戦は続いているけど、僕はビィゼト兄上に従うよ~。と心の中で兄上を応援しつつ紅茶を楽しむ。
ナリシュ王太子殿下の部屋で飲んだ紅茶はもっと香り高くて味も濃かった。
「私は見てみたいのだけど?」
メネヴィオ王太子殿下まで国王陛下の加勢をしだした。僕はやってもいいんだけどなぁ。
この紅茶は上品過ぎて香りが薄く感じるなと思いつつ口をつける。
「…………くぷ。」
あ、変な声出しちゃった!
話し込んでいた国王陛下とメネヴィオ王太子殿下が目を見開き僕を見る。
「どうしたんだ?熱かったのか?」
僕は急いで首を振った。だってここで熱かったとか言おうものなら、何の罪もないメイドが罰を受けるかもしれない。
変な声が出たのは舌がヒリヒリしてるからだもん!
ナリシュ王太子殿下は斜め下を向いてプッと笑っている。酷い!
その様子をネイニィが見て険しい顔をしている。
気を取り直した国王陛下が僕に話し掛けてきた。
「子息はどうしたい?やはり今日は無理だろうか?」
命じたらいいのにちゃんと確認取るんだなぁ。そこは流石ナリシュ王太子殿下の父親って気がする。
まぁ、国王陛下も隣国サマファルの王太子殿下の頼みだから断りにくいし、かと言ってノビゼル公爵家当主からも嫌がられて板挟みなんだろう。
「僕はやってもいいですよ。」
というか是非やりたいなぁ。相手は誰だろう?人間?騎士?魔獣?国王陛下の後ろに騎士達が並んでるからそこらへんかな?
僕の視線を追って国王陛下が相手を教えてくれた。
「ファーブリマ騎士団長とだが。」
騎士団長?ん?薬の材料卸してくれない侯爵様?
ビィゼト兄上を見ると頷いた。
んー……。ちょうどいいんじゃない?
ビィゼト兄上とニンレネイ兄上はファーブリマ侯爵家との契約を解除して別の地域から購入するよう今手配している。今日はビィゼト兄上の代わりにニンレネイ兄上が視察に出かけて行った。
ファーブリマ騎士団長を観察してみても今のところ変わった様子はない。でも僕みたいなオメガを相手に納得してるのかな?
ビィゼト兄上には悪いけど僕はやる気満々だ。
騎士団の訓練場が王城の横に併設されているので、そこに向かうことになった。移動は馬車だ。
僕とビィゼト兄上は王族が退室してから出なきゃなので、皆んなが出るのを立って待っていた。
まずは国王陛下がメネヴィオ王太子殿下を案内して先に出て行こうとした。
「国王陛下、私はオリュガ子息に話がありますので別に移動してもよろしいですか?」
ナリシュ王太子殿下が国王陛下に話し掛けた。ネイニィとリマレシア王妃が驚いた顔をしている。何でそんなに驚くんだろう?
「婚約者候補なのだから当然だろう。一緒に馬車で向かうといい。」
国王陛下はそう言って出て行った。
「では我々も向かおうか。」
ノルギィ王弟殿下が何故かネイニィに話し掛けている。
「あ、はい。……そうだ!僕のクッキー食べましたか?」
ネイニィはテーブルに手を伸ばし自分が焼いたクッキーを一枚手に取った。それをノルギィ王弟殿下の口元に寄せていく。
え?食べさせる気?ここで?
「ああ、さっき食べたよ。」
そう言いながら王弟殿下は口を開けた。そしてカリッとクッキーを一口食べる。ネイニィの真心クッキーを。
ネイニィは微笑みながら残りのクッキーも手ずから食べさせてしまった。
僕達はそれを黙って見ていたわけだが、リマレシア王妃陛下の顔が怖い。ギリっと赤い唇を震わせている。
「わたくしは争いごとは嫌いです。」
そう言って側にいた眼鏡をかけた侍従に話し掛けて出て行ってしまった。
えー?ネイニィって王妃陛下の傘下って聞いてたのに仲悪いの?
ネイニィはナリシュ王太子殿下に一緒に行こうと言っていたけど、国王陛下から言われているのでと断っていた。今日はちゃんとネイニィが言うことを拒否している。
ネイニィは僕を睨みつけて出て行ってしまった。
僕達が戸惑っていると、ナリシュ王太子殿下が馬車を用意したから行こうと促した。部屋を出る前にテーブルから何かを一つ取って出てくる。
国王陛下とメネヴィオ王太子殿下を乗せた馬車と、ノルギィ王弟殿下とネイニィを乗せた馬車は別々に出発していた。
僕達は三台目の馬車に乗り込む。
馬車が走り出すとナリシュ王太子殿下は口を開いた。
「最近ネイニィと王弟殿下が近い。狩猟大会の後からなんだけどね。」
そう言いながら胸の内ポケットから小瓶を取り出す。
「報告は上がっている。リマレシア王妃陛下と王弟殿下が懇意になるのはあまり歓迎出来ないんだけどな。」
ビィゼト兄上が渋い顔をして腕を組んだ。
「我々も同じ気持ちですよ。」
話しながらもナリシュ王太子殿下は手のひらに小瓶の中身を出してしまう。中身は透明な液体で少しドロッとしていた。
何するんだろう?
しげしげと覗き込んでいると、ナリシュ王太子殿下が小さく笑う。
「近過ぎるよ。」
はっ!ついつい!
そう言いつつナリシュ王太子殿下は手のひらの液体に飴を乗せた。うさぎの形をした小さな水飴だった。
それを手のひらの上で液体と混ぜながら砕いて粉々にしていく。そしてグッと握り締めた。
「何してるの?」
我慢できずに聞いてしまう。
「舌が痛いんだよね?」
殿下のせいでね!むーと睨みつけると楽しそうに殿下は笑っていた。その様子をビィゼト兄上は静かに見守っている。
パッと手のひらが開くと、中にはコロンと飴玉が出来ていた。
「あれ?手品?」
僕が驚いてそう言うと、ビィゼト兄上が訂正する。
「違うだろう。回復薬と水飴を混ぜて飴玉の形にしたんだろうが、それは回復の効果は消えていないのか?」
「コツがあるんだ。知りたいかな?」
「我々も同じような物が出来ないか研究しているが、回復効果が薄れるんだがな。」
今のところ他国や国内での戦争はないので、回復薬を使うとなると魔獣討伐時が多い。後は医師が常備して治療に使うか、庶民にはちょっと高い物なので余裕がある人が一つくらい持っているかになる薬だ。
魔獣を討伐するとなると怪我はつきものだ。小さな怪我でも命取りになる可能性がある。だからビィゼトは持続性のある回復薬を作りたかった。
「交換条件を出してもいいだろうか。」
ナリシュ王太子殿下の言葉にビィゼト兄上は腕を組んだままジッと殿下を見つめた。
ふぅ、と兄上が息を吐く。
「何となく予想はつくが、それは後日書面で交わそうか。」
ビィゼト兄上が了承した!よっぽどこの回復薬の飴玉の作り方が知りたいんだなと思った。
「では後程………。オリュガ、口を開けて。」
ナリシュ王太子殿下の飴を持っていない方の手が僕の顎を軽く掴んだ。
飴くれるのかなと思い口を開けると、僕の期待通り飴がコロンと転がってきた。
「ちゃんと舐めてね。」
ゆっくり言い含めてくる。眼差しが優しく、少し口角を上げた表情が色っぽく感じる。今日キスしたばっかりなのに、そんな顔で見ないで欲しい。思い出しちゃうじゃないか!
「言い方がいやらしいな。」
ビィゼト兄上がツッコんできた。
コロコロと口の中で転がすと舌のヒリヒリがとれてきた。
「舌を出せる?」
ナリシュ王太子殿下から聞かれて飴を内頬に入れて舌をぺっと出す。
「うん、大丈夫そうだね。」
「ちょっと待ちなさい。何故仲良いんだ。急に近くないか?何故オリュガの舌が痛いんだと知っているんだ?」
ビィゼト兄上が演習場に着くまでずっと聞いてきたけど、僕からは何もいえませーん。
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