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番外編
122 王弟殿下の紅玉④
しおりを挟むあれ?このオメガの青年は?
男爵と共に捕まるかと思っていた青年は残されていた。
「ああ、彼も男爵に利用されてたからね。捕まえる必要はないかなと思って。本物の息子は男爵邸でゴロゴロしてたから、ここに来たのはあっちの本物にしておこうかなと思うんだ。」
ええ?……まぁ、いいか。
「君は?」
利用されていたのか。そうかもしれない。顔つきからも意思が弱そうに見えるし、とても悪事を働ける人間には見えない。
青年は子供をヤビラに返すと、ニンレネイに向けてぺこりと頭を下げた。
「あの、僕はペルリャと言います。」
「ペルリャ……。」
ニンレネイの頭の中で、ザーーー……、と音を立てて人名が流れる。オメガのペルリャ。二十代前半。ラスラナテル侯爵領に住むオメガのペルリャ?
ニンレネイはハッとした。
「まさかっ……!」
「領主様のおかげて折角卒業出来たのに犯罪の片棒を担ぐことになり申し訳有りません………。」
ニンレネイは領内から優秀な者を拾い上げて学院へ通わせ、卒業後は個人がやりたいことを基本やらせるが、なければ領内で役職に就かせ働けるようにしていた。この支援事業はラスラナテル侯爵位を継ぐ前からやっていたことで、自分の領地になるのだからと早くから取り組んだ内容の内の一つだった。
ペルリャはオメガ枠で入学させた一人だった。
毎年数人学院には送っているので、一度だけ顔合わせをするが、ペルリャと会ったのはペルリャが入学する時なので、かなり前になる。
六年前、ニンレネイは十三歳だ。一度しか会っていないし、お互い顔も体格も変わったので気付けなかった。
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不運としか言いようがない。
「……そうか。すまなかった。オメガ性の支援者の卒業後の動きを追うべきだった。」
気にはなっていたのだが、支援が終われば後は個人の自由でもある。向こうから相談があれば勿論動くが、なければ手が出せない状況だった。
今日は何事も上手くいかない。
表情には出ていないが、ニンレネイが気落ちしていることを察したオリュガは、努めて明るく話しかけた。
「今からやればいいんだよっ!ニンレネイ兄上っ!」
ニコッと笑うオリュガに、ニンレネイも少し微笑む。
「とりあえずヤビラと子供をこの屋敷に滞在させてはどうかな?」
「あ、そうですね。子供の名前をお聞きしても?」
ニンレネイは気を取り直し、子供を抱いて会話が終わるのを待っていたヤビラに話しかけた。
「はい、この子はツィーニロと言います。」
名を呼ばれたと勘違いした子供は、二パッと笑って父親を見上げていた。
ツィーニロの存在は今後どういう扱いにするか決定してから公にすることにして、それまでラスラナテル侯爵領で預かることになった。
あの容姿では王族に迎えた方がいいだろうという意見は一致したが、誰かの子供ということにも出来ない。一旦国王陛下と話し合い、然るべき用意が必要だった為、直ぐには王城に連れて行けなかった。
そのまま潜伏先をラスラナテル侯爵領にしておいた方が無難だろうということになり、ニンレネイがそれを請け負った。
「ヤビラは何故この先も隠して育てようとしないんだ?」
他国に行くという手もある。アニナガルテ王国の中ではカフィノルア王家の容姿については有名だが、遠い地を目指せば誰も知らない場所もあるのではないだろうかと思い尋ねた。
ナリシュ王太子殿下とオリュガ達が帰った後、ニンレネイはヤビラと話をしていた。
ヤビラは困ったように微笑んだ。
「俺はもう長くないんです。」
「え?」
病気だという。妻も出産で死に、ツィーニロには自分しかいないのに、もう長くない。だから安心して育ててくれる人を探していた。
ヤビラはそう話した。
「………最後まで一緒にいられるようにしよう。」
ニンレネイがそう約束すると、ヤビラは嬉しそうにまた笑った。
「王弟殿下が領主様を選んだのは正解ですね。」
その笑顔は何故か嬉しそうだった。
ノルギィは終始無言で仕事に取り組んでいた。
元々そう喋るわけではないが、行動が派手な為よく喋っている印象がある。しかし実際はあまり喋らない。
相手に喋らせるように誘導し、情報を聞き出すのが巧みな人間だった。
それがここ最近ずっと大人しい。
ラスラナテル侯爵領に残ったニンレネイには数人影の護衛を残してきたが、ノルギィは溜まった執務を王城で片付けていた。
「少し休憩する。皆んなも出て行っていい。」
そう告げると文官達は静かに書類を片付け出て行った。
魔法師団はタフィマ副団長に任せている。
ノルギィはややショックを受けていた。それはニンレネイが自分を疑っていたのだと気付いたからだ。
あの子供をノルギィの隠し子だと思ったから直接話してくれなかった。そう気付いて、ノルギィは逃げるように王城へ帰って来てしまった。
何か話したそうに見ていたが、言葉が詰まって出てこなかった。こんなことは初めてだった。
帰ってきて憂さ晴らしにクリズス男爵を痛めつけて鉱山に親子諸共強制労働送りにしてやったが、こんなことで気分が晴れることはない。
座っていた執務椅子を動かし、下の方にある大きな引き出しを開ける。中には資料や本、魔導具等が入っており、その中に入っていた箱を取り出す。
箱の中には手紙が入っていた。手紙は全て開けられ空になった封筒は立てて日付順に並べ、中に入っていた手紙も、広げて届いた順に重ねていた。
辺境伯爵領に行った春から最近まで、ずっと手紙でやり取りを繰り返していた。時には贈り物なんかもつけて送ると、ニンレネイからも何かしら送り返してくる。
そんな正攻法をとったのは初めてだったのだが、そのやり取りは楽しかった。
手紙の束を取り出し、パラパラと一枚ずつ捲っていく。
最初の頃はまだまだ堅苦しい内容だった。まず時候の挨拶から始まり、相手の近状を褒め称える。よくある貴族の手紙だ。
返事を返す時は、ニンレネイよりも少し砕けた調子で返していった。軽すぎず、堅すぎず。それを繰り返していくと、ニンレネイも同じような文体となり、今では出だしから会話文のような始まりになっていた。
一番上の手紙、つまり最後に届いた手紙の出だしは、ふざけてないで真面目に帰ってくるように!という始まりだった。その前に送った自分の手紙の内容が、早く君を抱きたいと書いたからだろう。きっと林檎のように赤くなるに違いないと思って書いた。
日付的にこの後にヤビラが子供を連れて訪れたのが分かる。
物思いに耽りながら手紙を読んでいると、背後から気配を感じた。魔力を練って炎を撃つ。パァンと弾かれて火の粉が散った。
「室内で炎はどうかと思うなぁ~。手紙燃えちゃうよ?」
のんびりとした声と、楽しげな緋色の瞳に、ノルギィは面白そうに笑った。
「俺の背後を取ろうとはいい度胸じゃないか。」
窓が開いてそこからオリュガが顔を出していた。そして一緒にナリシュまでついてきている。
「お腹に私の子がいるのだから手加減して欲しいかな。」
「だったら窓から来るな。」
廊下から来ると遠いし、いろいろ申請やら許可やら取らなきゃで面倒なんだよ~とオリュガはぼやいている。
「誰の手紙読んでたの?」
ピョンと勝手に部屋に入り込み、二人は座っているノルギィの肩越しに手紙を覗き込んだ。
「へぇ……、ニンレネイの文書は堅苦しいものだと思っていたけど……。」
「え~~~?私的な手紙はなんか可愛らしい~~!」
確かにニンレネイの手紙は可愛い。
決してキャピキャピしているのではなく、深層の令嬢や清純無垢な少女と言った、とても丁寧でなんでもやってあげたくなるような文章を書くのだ。
それが癖になりノルギィもついつい筆が進み、文通のように手紙が続いていた。
「ふんふん、最初はいつも通りのニンレネイ兄上っぽいお堅い手紙だったんだ?あ、でも徐々に優しいというか柔らかいというか頼ってるというか?これわっ、これわぁ~!ええ~僕も欲しい~!僕もニンレネイ兄上に手紙送っちゃおうかなぁ~~!」
パラパラと勝手に読みながら、オリュガはキャッキャと興奮している。
「領地で新しい産業を残していきたいと思うのに何をしたら良いのか思いつかず困っています。……ああ、侯爵位はノビゼル公爵家に戻す予定だったね。去る前に何かいい産業を残してあげたいわけか…。ふう~ん、それで返事に魔虫の育成を勧めたと……。」
ロイデナテル侯爵家とレクピドが開発を進めている付与魔法付きの糸を作る為に、魔虫の糸を集めていたはずだった。だが魔虫は虫だし飛んでいる。なかなか糸が集まらないという情報が入っていた。魔虫を捕まえて繁殖させれば採れるはずだが、それには広大な花畑がいる。花畑さえ管理できればいいので、平らな土地が多いラスラナテル侯爵領なら作れるのではないかと思った。魔虫は魔とはいうが、ちょっと大きくて毒を持つから魔がついているだけで、馴らせば飼えるはずだ。
それに奴隷競売所の摘発で、奴隷として捕まっていた者達に働き口を探さねばならない。ノビゼル公爵家が薬草事業を委託しているトーレロイ伯爵家でも雇用を促進しているが、とてもではないが全員までは手が回らない。ラスラナテル侯爵家でも花畑と魔虫を管理する為に人手がいることになるだろうから、新たな働き口とすればどうかと手紙に書いた。
その返事はとても喜んでいた。
早速専門家を呼んで検討してみると書いてあった。それはもう喜んでいるのが分かるくらい弾んだ返事だった。
「……ありがとうございます。王弟殿下から貰える助言にはいつも助けられています。早く直接話せればいいのにと思ってしまいます。そうしたらいつでも貴方が力になってくれるのではと思うと、安心してしまいます。…………私の、顔を直接見ても、こうやって優しく助言をくれたらいいのです、がぁ?…………ふふふふふ、ぷくくくく。ニンレネイ兄上、可愛い、乙女?こりゃ王弟殿下がまめまめしく手紙書くわけだよ………。僕、僕も書かなくちゃ…!」
「こらこら、実の弟にこんな文章書かないからね…?」
「いや、お前ら可哀想だからニンレネイの手紙読むな。」
流石に恥ずかしいだろうと気付き、慌てて奪い取り箱の中に片付ける。
ノルギィは他人から届く恋文に興味がなく、いつも放置後の破棄だったし、勝手に手紙を読まれても気にしたことがなかった。
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「でもなんかこの前会ってた時は二人とも仲良くなかったねー?」
オリュガはとことん突っ込んでくる。
ノルギィは痛いところを突かれてウグっと呻いた。この前とはラスラナテル侯爵領の本邸で会った時のことだろう。
隠し子がいてもおかしくないと思われていることに、我ながら動揺して碌に顔を合わせもせずに帰ってきてしまった時だ。
なんとなく含み笑いをされた気がして顔を上げると、ナリシュが面白そうに笑っている。その顔にイラァとした。自分達が上手くいっているからといって余裕で笑われるとイラついてくる。
「………王弟殿下でも普通に恋愛で戸惑うことがあるのだと思うと嬉しくなるね。」
「………………。」
今無性にコイツらを切りつけたくなった。
「兄上がねぇ~、ちょっと元気がないみたいなんだよ?」
え?どういうことだ?
「例の子供の件でやり取りしているんだけどね、昨日行って帰ってきたばかりなんだけど、普通に元気がなかったね。」
ナリシュはニンレネイと同じ歳だ。学院ではナリシュの側近とした側に仕え、今でも補佐として働いている。ノルギィよりよっぽど一緒に過ごした時間が長い。
「……………何か言ってたのか?」
二人は目を見交わせて、何やら頷いている。
「王弟殿下を怒らせちゃったかなぁって気にしてるんだよ。ニンレネイ兄上は基本的に強くて判断も早くて冷たい人って思われがちだけど、本音は優しいし仲の良い人から冷たくされるとなかなか立ち直れないんだよ。」
「早く復帰させてくれないと私も忙しくてたまらないんだけどね?」
そんなに……?
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というか、これはかなり好かれているということではないだろうか……?
それから…、とナリシュは続ける。
「ヤビラなんだけど……。」
「どうかしたのか?」
二人は言いにくそうにした。
「もう長くないそうなんだ。」
だから残されるツィーニロを心配して、山から出てきたのだという。
ニンレネイはヤビラの体調次第では領地から離れられないかもしれない。
「ニンレネイ兄上と話をするといいよ。兄上は僕達兄弟の中で一番優しいんだからっ!王弟殿下が会いに行かないと仲直りできないよ!」
「…………そうだな。」
オリュガの励ましに、ノルギィも少し微笑んで頷いた。
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