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番外編
162 ツィーニロの黄玉⑧
しおりを挟む学院での生活が始まった。
今までチュレジュは王宮の奥深くでひっそりと静かに過ごしていたので、急に溢れるような人の多さにちょっと疲れていた。
「チュレジュ殿下、今日のランチをご一緒に。」
「いえ、私と共に。我が家の個室にご用意しておりますので。」
主にアルファからの誘いが多い。
「はいはいはーい。チュレジュは俺と食べんの!散った散った!」
ミフィケが集まったアルファ達を追い払うのが日常になっていた。
「クソッ、邪魔だ!」
「オメガの分際で……っ!」
いや、アンタらが言い寄ってる殿下もオメガですが?とミフィケは思いつつ、次々と足を引っ掛け転ばせていく。
「うわぁ、コロコロだね~。」
「あー、はいはい、コロコロですよ~。」
ミフィケはチュレジュの手を取って走り出した。
毎度毎度こうなのだ。
朝はツィーニロが荷物を持って教室まで送り届け、ミフィケはチュレジュを荷物諸共受け取り、昼はシカヒィーロがランチを用意しているので王族専用の個室まで連れて行く。
放課後はまた指定の場所までツィーニロが迎えに来るので、そこに送り届けるのがミフィケの役割だった。
護衛というより世話係だ。
「ミフィケのおかげで僕楽しいよ。」
「うーん、そりゃ良かった。いろんな人達が喜ぶぜ。」
そりゃーもうチュレジュのことを心配する人間は多い。過保護過ぎる。
バーンと王族用の個室に入ると、シカヒィーロが万全の態勢で待ち構えていた。並んだ食事に温かいお茶、快適に保たれた室内はクロスからクッションからカーテンに至るまで美しく整えられている。
この人、影だよな?
ミフィケはシカヒィーロの本職をちゃんと知っている。何故ならシカヒィーロは自分の先輩であり、ミリュミカは自分の師匠でもあるからだ。
頼み込んでミリュミカに弟子入りし、今回与えられた任務がチュレジュ殿下の護衛だった。共にシカヒィーロやツィーニロ魔法師団長までいると聞いて、その過保護っぷりに呆れたが、殿下の魔力と聖魔獣について説明を受け、これも仕方ない処置かと思った。
魔力とは感情に左右されやすい。訓練を受けた軍人なら制御の仕方も覚えるが、チュレジュ殿下には無理だなとミフィケだって思う。絶対的に戦闘向きではない。
魔力が不安定にならないよう見張るのも仕事のうちだった。初日に王族の婚約者という立場を狙うアルファ貴族共に囲まれて、魔力が揺らいだ時に咄嗟に庇ったことで分かったが、チュレジュ殿下は兎に角人慣れしていない。
何とか慣れさせたいが、うじゃうじゃと王族に人が群がってくる。追い払うので精一杯だった。
はぁ、と溜息を吐きながら、今日も何とか昼まで無事に過ごせたなと安堵する。
「チュレジュ様、ランチの用意出来てますよ。」
「わぁい!」
「ミフィケ様もどうぞ?」
「………様いらないです。」
「私にこそ敬語は必要ありません。」
ニコリと完璧な笑顔で着席させられた。そしてシカヒィーロからマナーを再教育される。おかしい、これはチュレジュ殿下の護衛任務だったはずなのに!何で俺はマナーを仕込まれてるんだ!
「ほらほら、殿下を見習い上品に。」
「ふふふ~、僕が唯一ミフィケに勝ってるところ。」
目の前に座るチュレジュのマナーは、シカヒィーロが幼少期から教え込んでいるおかげか完璧だった。それを必死に真似る。一応一通り出来るのだが、雑だと言われて学院のランチで教育される羽目になっている。
「美味しいねぇ。」
「…………ほんとだねぇ。」
ミフィケはまたハァと溜息を吐いた。
最近学院の中である噂が出回っている。
『リーニィー・リフィッツエ伯爵子息をロラシュ王太子殿下とツィーニロ魔法師団長が取り合っている。しかもリーニィー・リフィッツエ伯爵子息を想っているツィーニロ魔法師団長を、権力を使ってチュレジュ・カフィノルア第二王子殿下が横恋慕して言いなりにしようとしている。』
という根も葉もない噂だ。
入学式後の馬車乗り場で、ツィーニロ魔法師団長が第二王子を抱っこして連れ帰ったのが、変な形で噂になったらしい。
それを聞いてミフィケは頭を捻る。
あの時のツィーニロ魔法師団長に、リーニィー・リフィッツエに対する好意的な態度があっただろうかと。
どちらかと言えばリーニィー・リフィッツエの方が嫉妬していた。
この四人は幼馴染のはずだ。元々仲は良かったと聞いているが、チュレジュとリーニィーに関しては違うのかもしれないとミフィケは思っている。
「要注意人物。」
チュレジュの周りにある悪意は全て排除しなければ。
今まで王宮の奥深くにいたチュレジュには、敵も味方もほぼいないのだが、現在アルファを虜にしている為敵が増えつつある。
ぼんやりした性格と、優しげな容姿がアルファのツボにハマるらしい。守ってあげたい!そんな目で近寄るアルファが後を絶たない。何ならベータでもやってくる。なにしろ今現在チュレジュはフリーだ。チュレジュの愛を得られれば、その後ろについてくるものは大きい。
それをチュレジュは一切分かっていない。
そうやってミフィケはチュレジュの盾になろうと日々努力していた。
ミフィケとチュレジュは放課後勉強をしていた。チュレジュが友達と放課後勉強会をやってみたいと言ったからだ。
王族専用個室でシカヒィーロを教師に立てての勉強会。かなり本格的だった。そこらへんの教師より厳しい。
ミフィケも勉強はできる方だが、一度覚えたことをもう一度やるのは面倒臭いと感じる方だ。ちょっと参考資料探してきます~と図書室に一時避難した。シカヒィーロはやるとなったらとことん突き詰めてくるので厄介だ。
適当に何か探して持って行こうと、先程やっていた国史学の棚に向かい、高く並ぶ本を眺める。
手を伸ばしコレにしようかと指を掛けたところで、視界に派手な色がチラッと見える。
ピンクに金とか薄暗い図書室の中でも目立つよなぁ。本棚の間を真っ直ぐ近付いてくるのは、リーニィー・リフィッツエ伯爵子息だった。灰色の瞳はキラキラとして、これぞオメガという美しさだ。
「君さ、最近チュレジュに引っ付いてる子って君だよね?」
「はぁ、そうですけど?」
「僕はリーニィー・リフィッツエ。テイローラワ国リフィッツエ伯爵家の者だ。」
相手から名乗られてしまってはミフィケも名乗るしかない。それが貴族社会だ。
「ミフィケ・グレニエと申します。男爵家の出身です。」
「グレニエ男爵家?聞いたことないね。」
「辺境の片田舎ですから。」
リーニィーの眉が怪訝そうに歪むが、気を取り直したようにまた話し出した。
「ねぇ、どうしてチュレジュの護衛がツィーニロなのか知ってる?」
さてどうしようかとミフィケは思案する。リーニィーは他国の人間だ。いくら幼馴染でも説明する必要はない。あれば先に陛下達が教えているはずだ。ロラシュ王太子にすら説明されていないことを、リーニィーに言う必要はない。
「体調があまり良くないので。信頼のおける人物が良かったらしいですよ。」
ミフィケは一年生だが、リーニィーは二年生だ。一応先輩なので敬語で話す。
「なぜ?ツィーニロの部下でもいいよね?」
「さあ?そこは俺の知るところではないので。」
ミフィケは目の前の美しいオメガを観察した。ミフィケもオメガだが、その容姿には歴然とした差がある。大きくパッチリとした瞳はキラキラと輝き、滑らかな艶を放つストロベリーブロンドは長く、ほっそりとした四肢に流れて装飾品のようだ。
なんとも派手だなぁとミフィケは思う。
こんなに派手だと影にはなれない。
リーニィー・リフィッツエは最近よくチュレジュの前に現れる。主にツィーニロがやってくる登下校中に。
あ~この人ツィーニロ魔法師団長が好きなんだなと丸わかりだ。多分周りの学生達もそれを感じている。
ツィーニロはそんなリーニィーに話しかけられても全く動じない。正直何を考えているのか分からない。
チュレジュはそんな二人に挟まれて少し遠慮気味なのだが、ツィーニロが職務を全うしようと離さないので挟まれっぱなしだ。
ーーーツィーニロはリーニィー様のこと好きなんだよ?悲しいから離れたいのになんでかいつも真ん中にいるんだ………。ーーー
と、この前もメソメソしていた。
この人もどうにかしてツィーニロと二人きりになりたいのに、常にチュレジュがいるので動けないのだろう。
リーニィーにはロラシュ王太子がよくついてくるし、そんな四人の関係を見て変な噂が広まっているらしい。
それにリーニィーに対して好意的な内容なのは、リーニィーを応援する二年生の所為でもあった。
リーニィー・リフィッツエ伯爵子息は妙に人に人気がある。性別を超えて人を魅了する美しさなのだろうか。二年生の中でも首席を走り、武術も飛び抜けているらしい。魔法は聖属性を使い、他者の魔法を相殺するという特殊な力がある。
その相殺する魔法を使ってチュレジュの聖魔獣の力を抑えてみればという考えもあったらしいが、魔力の弱体化はチュレジュの身体を弱まらせるだろうという結論に至り、逆に脅威と捉えられているようだ。
普通は魔法のみを消す力だが、聖魔獣は魔力の塊なので、消されてしまうと同化しているチュレジュまで消滅しかねない。
そんなことからツィーニロは絶対にチュレジュを側から離さないのだと思う。
遠ざけても魔法行使されれば防げないかもしれないので、手元にいた方がいいと考えているのだろう。
流石にリーニィーがチュレジュを煙たがっているとは言っても、意味もなく魔法相殺をするとは思えないが、念には念をだろう。ミフィケもそれには賛成だ。
ミフィケからすると、よく分からないのはロラシュ王太子殿下の方だ。リーニィーを好きなのは知っているが、リーニィーがツィーニロに会いにくるのを止めるわけでもなく、嫉妬深く見ているわけでもない。
ロラシュ王太子も表情は固定だ。微笑み怖いな……。それがミフィケの感想だった。
「ねぇ、少しだけツィーニロと話したいんだけど、君がチュレジュを離れさせてよ。」
こっちも必死だなぁと思う。
王太子の方でよくないか?似たような見た目じゃ?
「出来かねます。魔法師団長は任務でチュレジュ殿下についておられます。それを妨げる行為は刑罰にあたります。」
ぐっ……とリーニィーは口を閉じた。悔しそうだ。
「いいよ。分かった…。」
プイッと走り去ってしまった。
軽い足音が遠ざかって行き、遠くでパタンと扉が閉まる音がした。この図書室は広いが、放課後ということもあり人は少なく静かだ。小さな物音でもよく響く。
「盗み聞きは良くないですねぇ。」
ミフィケは棚から本を取りながら、隣の列で盗み聞きをしていた人物に声を掛けた。
リーニィーも武術に優れているが、こっちの方が上なのだろう。リーニィーは気付いていなかった。
「……君が立ち去るまで待つつもりだったのに。」
コツコツと足音がして、棚の奥からロラシュ王太子殿下が現れた。
「最初からいましたか?気付いたのは途中からだけど。」
本当に綺麗に気配を消していた。気付いたのはリーニィーがツィーニロと話したいからチュレジュを離れさせてと言った時に、少しロラシュが動揺したから気配が漏れた所為だった。
「そうだよ。君は後から来たから盗み聞きではないね……。」
相変わらずロラシュ王太子は静かに微笑んだ表情だ。本当に王族って何考えてるか分かんねぇ~。
「ちゃんとリーニィーのこと好きなんだ?」
動揺したということはそういうことだろう。
「…………どうだろうね。」
ロラシュは窓の方まで歩き、ガラスに手をついてミフィケに尋ねた。
「………私はリーニィーを好きなのかな?」
いや、知らねーし。
そんなことミフィケに分かるわけがない。小さい頃から好きなんだと聞いている。リーニィーがツィーニロを好きでも諦めきれないから、いつもリーニィーの後をついて回ってたんじゃないのか?
ミフィケは少し考え、アホらし……、と考えを放棄した。
「告って玉砕したら?」
「…………ふふふ、断られたことあるんだよね。」
あ、あるのか!あ、でもアルファは執着酷いって聞くしなぁ。諦めきれないとか?
「……………リーニィーに言ったんだ。ツィーニロは諦めた方がいいよって。私と番になれば、また昔のように皆んな一緒だよって。」
「………………それは愛の告白ではねーな。」
はっきりと言い切るミフィケに、ロラシュはやっぱりそうかな?と微笑んだ。
ミフィケとロラシュが図書室で話している頃、リーニィーは苛立ちを抑えて静かに自分の寮へ帰ろうと向かっていた。
チュレジュに引っ付いているあの黒髪の一年生の言っていることは正しい。ただ納得出来ないだけだ。
リーニィーは昔からツィーニロが好きだった。
歳上で優しくて、頼りになるお兄さん。小さな我儘は許してくれて、やり過ぎなら怒ってくれる。
頭も良くて武力にも優れ、魔力も多い。およそ欠点が無いのではと思える人。
ロラシュだって同じだけど、年齢の差は大きい。
先に大人になっていくツィーニロに、リーニィーは惹かれていった。
だけどチュレジュがあまり集まりに参加出来なくなってから、ツィーニロはチュレジュにばかり構うようになった。
チュレジュがいる時は、全く相手にしてくれない。ロラシュがいるので寂しくは無いが、リーニィーが好きなのはツィーニロだ。
「なんでチュレジュばっかり……。」
チュレジュのことは嫌いでは無いが、チュレジュはいつもフラリといなくなり人を心配させる。
人に探させて遊ぶ時間が減ることも多かった。
皆んなに心配させるだけさせて、本人はケロッとしているのを見ると、イラつくこともあった。
そんな頼りないチュレジュをツィーニロはいつも気にかけて世話を焼く。
チュレジュがいなければその立場はリーニィーのものだろうに。
少しでも側にいたくてアニナガルテ王国に留学したのに、ツィーニロには全く会えないし、チュレジュ関連でないと話すことも出来ない。
それでも、それでも……。
両親との約束を思い出す。
『いい?思い通りにならなくても、好きな人が振り向いてくれなくても、決して道を間違えないようにね。』
テイローラワ国の両親は、昔アニナガルテ王国で罪を犯したとのだと教えてくれた。だからついていくことも様子を見にいくことも出来ないよと。
リーニィーを信じて留学には出すけれど、自分の力を間違った方向には使うなと言われている。でないとカフィノルア王家が黙っていないから。
よくは理解できなかったけど、リーニィーだって悪いことはしたくない。だから、正々堂々と頑張る!
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