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番外編
203 ロラシュの迷黒玉④
しおりを挟む精神支配型が言う通り、この世界に調整システムが残っているのならば、強制力が働いてミフィケは十歳で見つけてもらえるのだろうか。
「……………さみー…。」
アレから三度目の冬が来る。もう十歳だ。
未だにミフィケはこの町にいた。
ミフィケは資料通りならばロイデナテル侯爵家の息子だろう。
産まれたばかりの赤ん坊の頃の記憶は薄れ、確かにどこかに運ばれたような気もするが、殆ど思えていなかった。
覚えているのは、ごく最近のことと、前世の記憶。寧ろ前世の記憶の方が大人で長かった分たくさん残っていた。
「……………疲れた。」
町から出ることが出来なかった。
レプテェン伯爵領はそれなりに広い土地を持っているが、冬は雪に閉ざされ領の外に行くのが難しい。
領民は夏に作物を作り蓄えて、冬はジッと雪が通り過ぎるのを待つのだ。
親のいない子供は皆冬に死んでいく。
帰る家がないので雨風凌げる場所を奪い合い、身を寄せ合いながら生きていた。
孤児院はあるが、親がいないからと簡単には入れなかった。ちゃんと預ける人間がいないと受け付けない。
ミフィケが最初孤児院に入れたのは、あの老人が有金を全部孤児院に寄付したおかげだった。ミフィケがオメガでまだ幼いから、引き取り手が現れるかもという期待もあったようだった。
奴隷ではないが、田舎ではオメガの子供を所有物のように持つ貴族や金持ちがいるのだと最近知った。
同じように道端で暮らす奴から、金持ちに売られそうになったことがあった。
奴隷は禁止されているが、孤児を引き取ったという名目を掲げて堂々とオメガを集めるらしい。そして要らなくなれば娼館に売られるのだと聞いた。
ミフィケを騙して金持ちに売ろうとした奴から吐かせた。
お金を貯めたい。保護者のいない子供は馬車に乗せてもらえなかった。
ここから王都は遠い。子供の足でどこまで行けるのか見当が付かない。
大人でも徒歩で行こうとする者はいないと聞いた。危険だと。
新王が即位してから制度が徹底され、盗賊まがいの人間が減り治安はかなり良くなったらしい。だが魔獣はそんなこと関係なく出てくる。
馬車ならば護衛が共についてくるからまだいいが、その馬車に乗れないので立ち往生するしかなかった。
ロイデナテル侯爵家にも行けない。王都にも行けない。
強制力があるならシステム働けよと思う。
もう誰でもよかった。ミフィケを救ってくれるなら。
ウトウトと眠気が襲った。
ミフィケは町を覆う塀の上にいた。塀の上には塔が立っていて、ミフィケは塔の影に隠れて雪を凌いでいた。
今年の雪は酷い。降り始めたなと思ったら、猛吹雪がきた。
大雪が続いて死者が増えていた。主に路上にいる子供達が真っ先に死んでいって、最近数が減ったなと思う。
ミフィケもそのうち凍死しそうだと思いながら、かじかんだ手を擦り合わせた。
最近変な奴らから後をつけられていた。
気配を殺すのが上手くて、動きが早く、ミフィケがどんな所を通ってもついてくるのだ。
最初は漸くロイデナテル侯爵家が見つけてくれたのかと思った。だったら早く捕まえてもらおうと。
しかしよく考えると、ロイデナテル侯爵家は自領で騎士を抱える家系だったはず。
追いかけてくる奴らはどう見ても騎士の動きではなかった。
トゼーテが金を使って怪しい組織に頼んだかとも思ったが、レプテェン伯爵家がそんな資金を持っているとは思えない。娘のルジェッテがよくドレスを新調したいと駄々を捏ねていたくらいだ。
怪しすぎてミフィケは逃げ回っていた。
そして行き着いた先がこの塔だ。
塔の中には見張りの兵士がいるので、見つからないよう身を潜めていた。ちょうど窪みがあって、小柄なミフィケなら入っていられた。
ミフィケの手持ちはマントと小さいバックだけだ。その中に小銭と食べかけのパンと水が入っている。着替えとか日用品とか何もない。
今は冬で漸く手に入れたパンなので、少しずつ食べていた。
早く春が来ればいいのにと思う。
そうしたら十歳を過ぎて、変な期待も捨てて、この町を飛び出してみよう。
途中で魔獣が出て死んだら諦めよう。
どうせこの世界はゲームの世界だ。
一度死んだのだから、別にいいだろうと思った。
どれくらいそうしていただろうか。
コクっと頭が落ちて目が覚めた。寝ていたらしい。こんな寒い場所で寝るなんて、凍死するようなものだ。頭が落ちて驚いてしまい、心臓がドクドクとしていた。
身体の中から寒い。
感覚が薄れて、吹雪の音が遠くから聞こえる。
「………………。」
あーーーー………、もうダメかも……。
そんな気持ちが大きかった。春になる前に、町の外に出る前に、自分はここで死ぬのだと思った。
前世と同じでいいこと何もねーなと、他人事のように評価した。
ボンヤリと横殴りに降る雪を見ていて、今は夜なのか昼なのかも分からなかった。
空にはどんよりと黒い雲が低く厚く覆っている。
………………?
雪の中に黒い何かがあった。
それが近付いてくる。
……………人?
黒いマントに長く黒い髪。顔はよく見えない。ただ黒い影に見えた。
あ……………、最近追いかけて来てる奴ら?
逃げ、逃げなきゃ………。
ミフィケは無意識に魔力を身体の中に漲らせて逃げようとした。窪みの中から飛び出し、反対側へ走ろうとする。身体の感覚はほぼない。
「ーーーーーっ!」
身体が上手く動かず、石に躓き顔面から倒れていった。勢いがあったので、酷く打ち付けるだろうが、手は寒さで痺れて動かなかった。地面は硬く冷たい石畳だ。
ギュッとくる痛みに耐えるために目を瞑る。
「ーーーーっ、…………、………?………???」
打ち付けるはずの痛みはやってこなかった。
「?」
ミフィケは抱き止められていた。
「………逃げてはいけません。身体が冷たいですね。直ぐに戻りましょう。」
「???」
黒い影は背の高い男だった。前も後ろも同じ長さに伸ばした黒髪に、切長の目と端正な顔立ち。
歳はとっているが見たことがあった。
イゼアル・ロイデナテルだ。
あの気弱アルファだった。ミフィケの父親だ。
「さあ、私のマントを着なさい。」
着ていたマントを脱いで、それでミフィケを包んでくれた。打ち付けていた雪がマントで防がれ、しっかりと抱き上げられた。
たす、かった………?
自分は助かったのかもしれない。そう思ってしまうと、ミフィケはストンと意識を失った。
十年前、ノアトゥナが産んだ子供が連れ去られた。
連れ去った犯人は直ぐに特定出来たのに、不思議なことにその侍女は霞のように消えてしまった。
痕跡はあった。
着替えに使った宿や、子供を包んでいた布が売られていたから。
森の方に行ったという証言まであった。
それなのにその侍女は直ぐに見つからず、見つけた時は森の奥にある小屋の中で首を吊って死んでいた。
死ぬくらいなら連れ去らなければいいし、連れ去った子供は返してから死ねと思った。
ノアトゥナはショックで体調を崩した。
元々体格が小さく難産になりそうだと言われていた。それでも頑張って産んでくれたのに、その子がいなくなったのだ。
ナリシュ殿下と隊長も駆けつけ捜索に手を貸してくれた。隊長も弟のノアトゥナと同じ歳の子供を産むのだと言って喜んでいたのだ。隊長の方が先に出産を終えていたのだが、ロイデナテル侯爵領まで飛んでくるように駆けつけてくれた。
「ノアトゥナっ!」
「オリュガ兄上………。僕の赤ちゃん、赤ちゃん………!」
「………大丈夫だよ。僕達も手を貸すから…。ノアトゥナ、大丈夫だよ。きっと見つかるよ。」
ミリュミカが率いる影や、王家の影も動員して探したが、何故か子供は見つからなかった。
誰かの策略なのではなく、個人的な犯行や偶然が重なり行方が分からなくなったのだろうから、子供の特徴や年齢で探そうということになった。
森の中で獣に食われたのではという意見も出たが、それを聞いたノアトゥナが失神し、隊長にそいつは殴られていた。
獣が食い荒らすにしても、その残骸らしきものや血痕もないので、誰かに拾われた可能性を考えて、地道に探すことになった。
産まれた子供については秘匿することにした。大々的に探しても偽物が出るだろうというナリシュ殿下の意見と、将来見つかった時に、その子が行方不明になっていた期間を悪いように受け止められるのではとノアトゥナが心配したからだった。
産まれたあの子はオメガだった。産まれて直ぐに行う簡易的な検査で判明していた。本来なら数年後にもう一度行い決定するのだが、オメガならば婚姻に関わってくる。しかもロイデナテル侯爵家の子供だ。
ノアトゥナが難産になりそうだったので、騒がしい王都を離れて、妊娠発覚後直ぐにロイデナテル侯爵領で過ごしていたのだが、おかげで出産を知る人間は少ない。
秘匿しておいて、連れ戻したら親子共に療養していたことにしようという話になった。
それから月日は十年も過ぎた。
ノアトゥナはすっかり笑わなくなっていたのだが、ある報告を聞いて久しぶりに屋敷を出ると言った。
報告内容とは、今年王都の学院に入学したレプテェン伯爵子息の身辺調査内容だった。
領地でオメガの子供に執心している。
学院に来るまでずっと探し続けるほどで、伯爵家は漸く学院に入れたので、領地に帰ってこないよう配慮して欲しいという内容だった。
それは自分達で解決して欲しいと学院側が返すと、レプテェン伯爵は激怒したという話だった。
その内容で、レプテェン伯爵子息が執心しているオメガの子供が、屋敷を追い出された時八歳であり、それが二年前。その子の容姿が黒髪黒瞳だという。
ついでにと調査員は調査したのだろうが、そのオメガの子供は元々孤児院にいて、レプテェン伯爵子息が気に入って引き取った子供なのだという。
子供を孤児院に預けた人間は、細々と店も持たない流れの商人をしていた老人で、ロイデナテル侯爵領から来たのだと、生前話したらしい。
十年も前なので覚えている者はいなかったが、孤児院がつけている台帳にそう書かれていたとあった。
学院の調査員の調べる速度だったので、入学からそこまで調べるのに夏が過ぎていた。
そして王家の影がその情報を掴むのに二ヶ月かかっていた。
そんなところまで調べる範囲ではなかったので、仕方のないことだった。
「今年の北は気候が悪いのです。今レプテェン伯爵領は吹雪に覆われていますから、危ないので私が確認してくるまで待っていて下さい。」
イゼアルが行ってくると言うと、ノアトゥナは立ち上がって自分も行くと言い張った。
そうやって期待して何度も裏切られてきたのだが、ノアトゥナは毎回行くと言った。
ショックを受ける度に体調を崩すので心配だった。しかも雪が酷く寒いと聞く。
ダメだと言うが、ノアトゥナは絶対に行くと涙を浮かべて言い張るので、結局イゼアルが折れて連れて行くことになった。
案の定着いたレプテェン伯爵領は猛吹雪だった。
何とか町についてノアトゥナを宿に待機させ、イゼアルは町の外に出た。
子供は先行させていたミリュミカの影が追っていたのだが、これが物凄く難攻していた。その子供は町にずっといたのだが、すばしっこく気配にも敏感なのだという。
「子供は?」
吹雪の中尋ねると、町を覆う塀の上にいるのだという。見張の塔の下に窪みがあって、そこで吹雪を凌いでいると聞いて、そんな所にいては凍死するのではと思った。
「何故直ぐに助けないのですか?」
「用心深いのです。捕まえようとしたら直ぐに逃げるので捕まえられず、これ以上追えば居場所を見失いかねないのでここで待機しました。」
影でも追えないのかと感心しつつ、イゼアルは自分が行くことにした。
階段を使わず壁に片足をかけて、グッと足に力を入れる。ダンっと身体が浮いて、イゼアルは塀の上に着地していた。
子供は気配を読むのが上手い。だから一気に近くまで降り立つことにしたのだ。
子供はぼんやりとしていたが、イゼアルの姿を認めて驚愕していた。
ボサボサだが黒い髪に、自分そっくりの黒い瞳。
イゼアルも驚いた。
子供は慌てて逃げようとしたが、寒さで身体が固まっていたのか地面に激突する勢いで転ぼうとしていた。
身体強化を使って子供の側に駆け寄る。地面に叩きつける前に小さな身体を受け止めた。
紙切れのように軽いことに心が痛む。
見つけたことに安堵し、その身体の冷たさに恐怖した。
直ぐに連れ帰らないと!
子供は意識を失っていた。
宿に連れ帰るとノアトゥナはロビーで待っていた。
「アル君!」
「こんな寒い所で待ってはいけません。」
「子供は?どうだったの?見つけたの?」
不安と期待で顔を歪ませてノアトゥナは尋ねてきた。
イゼアルはマントを少し開けて目を瞑る子供を見せた。
ノアトゥナの緋色の瞳からポロポロと涙が溢れてくる。
「……………あ、…あ、う、アル、くん……。」
子供の顔はイゼアルにそっくりだった。間違えようもなく親子だと分かるほどに。
ノアトゥナは様々な気持ちが溢れて言葉にならなかった。
「ノアトゥナ、まずはこの子を治療しないとなりません。凍傷を治せますか?」
ノアトゥナが来て正解だったとイゼアルは思った。聖魔法使いは少ない。この町はレプテェン伯爵領主が治める直轄地だが、規模が小さく聖魔法使いが常駐しているようには見えない。
ノアトゥナはコクコクと頷いた。
勿論直ぐに直すつもりだ。
慌ただしく宿の中が動き出す。
ロイデナテル侯爵家が宿泊する宿一番の部屋に医師が駆けつけ、お湯を沸かせと従業員は走り回った。
凍傷や傷はノアトゥナが治せるが、衰弱は医師に任せるしかない。
ノアトゥナは子供の小さな手を握った。
ノアトゥナも小さい方なのだが、この子はもっと小さかった。
ポロポロと涙を流しながら治癒をするノアトゥナを、イゼアルは優しく抱きしめた。
顔を上げたノアトゥナが笑顔になる。
久しぶりに輝くような笑顔だった。
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