悪役令息が戦闘狂オメガに転向したら王太子殿下に執着されました

黄金 

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番外編

250 ハリュシュの雷雲玉⑫


 翌日起きると当たり前のようにハリュシュは同じベットの中で寝ていた。拒否する気も起きない。

「…………おはようございます!」

 ニコニコと悪びれなく笑う甥っ子に、キランシュは苦笑するしかなかった。



 朝から王都郊外にある魔法師団の駐屯地で、ノルギィ・クシェヌ大公と会う予定になっていた。
 現在駐屯地にいるのは影を兼任する者達ばかりだという。名目上は全軍出陣するにはアニナガルテ王国の防衛が薄くなるからという理由になっていたが、本当は魔法師団解体反対派に対する謹慎に近い。
 彼等の殆どが駐屯地に住居を持っているので、特殊な任務以外は今年に入ってからずっとこの駐屯地に留め置かれていた。

「つまりこのチクチクと刺さる視線は影達のものだと…。」

 一緒について来たアディ副団長がボヤいた。

「まったく……。こういう時こそ気配でも消して窺うくらいの心持ちがないのかな…?」

 低くキランシュが呟くと、アディはヒエっと慄いた。
 馬車で門を入り、直接建物の前に着くのかと思いきや、何故か途中で降ろされた。

「変ですね。いつもよりも雰囲気が重々しいです。」

 門から玄関までは植木や石塀が曲がりくねっており真っ直ぐではない。来客用の通路なので、駐屯地の造りを分かりにくくする為だろうが、途中で馬車を降ろされてしまうと玄関までの道のりが面倒になる。

「いつもはもっと歓迎されるのか?」

 キランシュが尋ねると、ハリュシュは首を振った。

「いえ、全く。いつもトゲトゲしいのは同じですが、ここまでではないという意味です。」

 あちこちから敵意が降り注いでいる。

「つまり私達がついて来たことに対する歓迎なんだな?」

 そうですとハリュシュは頷いた。
 さて、どういうつもりなのだろう?
 少しばかり思案するが、建物の中で待っているノルギィ・クシェヌ大公に会えば分かるだろう。

「ハリュシュ。」

 キランシュは手を出した。

「はい。」

 素直にハリュシュはキランシュの手のひらに自分の手を乗せる。その流れを見て、アディ副団長はお手をする犬だなと思った。

「金の剣を抜いてくれ。」

 キランシュに言われるがまま、ハリュシュは双剣金青の金の剣だけを抜いた。
 シュインと刃が鳴り、淡く光る。
 何も言わずにキランシュは自分の魔力をハリュシュに流した。
 金の剣から魔力が溢れ、バチ、バチチチーーと放電を始める。
 アディは咄嗟に自分の周りに防御結界を張った。

 バチチチチチーーーー!

 雷が舞い、四方八方に飛び散っていく。地を這い、木々にまで放電を飛ばしてあちこちに破裂音を響かせた。
 ギャッ!グワッ!という叫び声が複数聞こえ、ところどろこに爆発が起きる。

「よし、行くぞ。」

 今からキランシュ達が歩いていく馬車道には、罠や伏兵が待ち伏せしていた。
 それらを片付けながら行くのが時間の無駄だと考えたキランシュは、ハリュシュの魔力を使って一気に片付けてしまった。

「ええ~~~?なんで攻撃準備されてるんですかね?」

 アディ副団長は嫌そうに愚痴をこぼした。
 逆にハリュシュはワクワクと子供のように顔を輝かせている。

「まるで魔王城の魔王を倒しに行くようですね。」

 それは昔読んであげた絵本だろうとキランシュは思い呆れたが、ハリュシュはこの状況を楽しんでいるようだ。

「よくそんな嬉しそうな顔できますね。」

 アディ副団長が文句を言っている。

「面白そうだ。」

 ハリュシュは本気で思ってそうだ。こういうところがオリュガ王妃と一緒だ。

「ほら、さっさと行こう。」

 キランシュが歩き出すと、ハリュシュとアディ副団長は後からついてくる。

「魔王はクシェヌ大公ですね。」

「魔王って……。」

 ノリノリのハリュシュに、アディ副団長は苦い顔をしていた。



 正面門から正面玄関までの道を一望できる部屋から、先程魔王呼ばわりされたノルギィ・クシェヌ大公と大公妃ニンレネイが窓から見下ろしていた。
 外からはただの壁に見えるが、隠蔽魔法と防衛結界により守られた魔法師団長室になっている。
 
「久しぶりに会うな。」

「……そうだな。辺境に行ってからあまり王都には出てこないと聞いていたが、ハリュシュの為だろうか?」

「それ以外にあるまい。」

 ニンレネイにとっては、ハリュシュは可愛い弟オリュガの子供だ。ハリュシュは性格がオリュガに似ているところがある。だからこの状況をおそらく楽しんでいそうだなと心配になった。
 怪我とかしそうという話ではない。被害が大きくなりそうだからだ。

「今からでも止めませんか?」

 二人から少し離れて立っていたのは、ツィーニロ魔法師団長だ。
 クシェヌ大公と大公妃はツィーニロの養父になる。尊敬する両親なのだが、破天荒なクシェヌ大公には振り回されることが多い。ニンレネイ父様でも止められないのにツィーニロが止めれるわけがないとは思っているが、あまり事が大きくなって欲しくないツィーニロは計画を止めるよう言ってみた。
 魔法師団はツィーニロが率いているが、影を兼任する者達については未だクシェヌ大公の方が権利が強い。影達が主人をクシェヌ大公と決めている為というのがある。
 魔法師団としての仕事は責任を持って任務に当たってくれる彼等だが、裏の仕事に関してはツィーニロの意見は弱い。
 
「止めんなぁ。アイツらが主人を変える気にならんと話にならん。これ以上待っても平行線を辿り続ける。」

「それは、そうなんですが…。」

「やってみても損にはならんだろう。」

 そう言ったノルギィの顔は面白気に階下を眺めていた。
 先程地上一面に光が走った。
 目が眩むような光の強さを放つ放電は、仕掛けられた罠を全て無力化し、潜伏していた兵士を気絶させていた。
 命を取らなかったのはキランシュが調整したからだろう。
 面白いことをする…。
 さて、ここで高みの見物といこうか。
 三人は魔法師団長室で成り行きを見守ることにした。



 キランシュは剣を振りながら溜息を吐いた。
 外の馬車道から玄関までは罠も伏兵も無力化したが、建物の中にも影達が潜んで攻撃を仕掛けてくる。
 
「殺さずってのが面倒ですねぇ。」

 アディ副団長が鞘を抜かない状態で剣を振り襲いかかって来た一人を倒した。
 
「一応まだ仲間になる可能性があるからね。」

「なかったら切るんですかね?」

 タラリと汗を流すアディ副団長に、勿論だと頷く。キランシュは自分がそんなに優しい性格をしているつもりはない。

「奥に行くほど徐々に練度の高い影になっている気がします。」

 先頭を歩くハリュシュが振り返って報告した。その表情は楽しそうだ。

「分かってるなら油断してはダメだよ。」

 注意をすると、分かりましたと笑顔で返してきた。

「団長には忠実。」

 アディ副団長がボソリと呟く。

「進むとそのうち中ボスが出てくるかもしれませんね。」

 しかもハリュシュに余計な知恵をつけようとしている。
 パッとハリュシュの表情が期待に膨らんだ。

「なるほど!そうやって楽しませてくれるんだな!?」

「アディ副団長、余計なことは言わない。」

 楽しませる為に魔法師団の影達が襲ってきている訳がない。
 アディ副団長はハリュシュを揶揄って遊ぶ趣味ができたんだろうか。
 三階に上がると広いホールに出た。奥には扉がいくつか見え、索敵魔法で人がいることを確認する。おそらくクシェヌ大公達はその奥の扉の中にいるのだろう。こちらの様子を窺っているのが気配でわかる。
 問題はホールにいる影達だ。かなりの人数が待ち構えていた。

「中ボス?」

 ハリュシュが期待に満ちた顔をしていた。

「ハリュシュは魔法師団の副長には会ったことあるのか?」
 
「いえ、会ってくれませんでした。でも奥に大公達がいるならこの中にいそうですね。」

 皆黒い騎士服を着ている。特徴の薄い者達が多く、一般人に紛れやすい容姿をしていた。
 この中にいる副長を説得すればいいのか。さて、どう説得する?
 悩んでいると、三十代の男が前へ進み出てきた。

「我々は主様に忠誠を誓っている。主様がいる限り、ハリュシュ殿下に忠誠を誓うことはない。」

 ハリュシュに向かって男は宣言した。

「己の命を賭けての発言か?」

 ハリュシュの問い掛けに、全員が頷いた。
 その様子をキランシュは用心深く観察する。
 クシェヌ大公はハリュシュに影達を説得する機会をくれると同時に、影達が生き残れる機会を作ったのだろうと推測する。
 ここで彼等を説得出来なければ、彼等は処分されるし、ハリュシュは有能な配下を手に入れることが出来なくなる。
 影の教育は時間がかかるし、その間にも育ち切る前に命を落としていく者が多い。一昔前よりその教育は彼等の命を尊重するものに変わったが、それでも一般の兵士より過酷だ。
 出来れば手駒として残った方がいい。

「どうされますか?」

 ハリュシュの後ろで見ていたキランシュに、アディ副団長が尋ねてきた。

「…………そうだね。私とハリュシュでやってみるから、アディ副団長は壁側で待機。」

 命じるとアディ副団長は先程上がってきた階段近くの壁まで下がった。

「ハリュシュ。」

 キランシュが手を差し出すと、ハリュシュはハッとして自分の手を乗せてきた。

「ワン、と聞こえてきそう~。」

 離れたところでアディ副団長がポソっと呟いたが、幸いなことにキランシュ達には届かなかった。

「誘導する。」

 キランシュが言うと、ハリュシュは頷いた。
 キランシュはハリュシュの中に自分の魔力を流していく。混ぜて練り上げ、この前と同じ黒い雲を発生させる。
 室内なのに空気に湿り気が増し、雲からパリパリと雷が放電し始めた。

「なんだ?」

 前へ出て宣言していた影の男が緊張した面持ちで構えた。その様子を見つつも、雲の量を増やしていく。

「…………お前、副長ではないな?」

 男の顔が一気に緊張を増す。
 さて、本物はどれだろう?キランシュは目を走らせた。

「ハリュシュは誰だと思う?」

 ハリュシュに問うと、ハリュシュはコソッとキランシュに耳打ちした。

「うん、そうだね。」

 二人で笑い合う。
 バラっと影達が攻撃を始めた。各々の武器を手に取り、手を繋ぐキランシュとハリュシュに襲いかかる。
 ハリュシュは金の剣を抜き、真っ直ぐに胸に伸びてきた剣を弾き返した。
 キランシュは黒い雷雲を部屋全体に増やす。視界は霧の中のように霞がかり、人の姿がぼんやりと影になった。
 それでも襲いかかってくるのは、全員影として視界が悪い状況でも攻撃する術を身につけているからだろう。
 ハリュシュが攻撃をなす傍ら、キランシュはジッと霞の中を見ていた。

「我々にはこんな魔法、意味はない。」

 誰かが近くで小馬鹿にしたように呟いた。

「そうかな?」

「このホールでは得意の雷も効かない。」

 それはここに来て直ぐに気付いた。防御結界が張られている。だがこれでいいのだ。さっさと終わらせたい。

「こそこそと隠れるのが好きなようだから、隠してやっただけだ。」

「!」

 軽く挑発してみたが、流石に副長にもなると簡単には出てきてくれないようだ。
 ではもう一度。

「いずれ老いる大公にいつまでしがみつくつもりだ?衰退するばかりだぞ。」

 嘲りながら言ってみた。

「貴様っ!」

 グンっとナイフが飛んでくる。
 やっぱりそうか。
 確信したので、キランシュはパッと身体を動かした。ハリュシュの手を離したことにより、雲の発生が止む。

「クッ………!」

 苦しげな声と、ダンッと床に何かが打ち付けられる音が響く。

「動くな。」

 静かなキランシュの声がホールに響いた。
 霧は徐々に薄れ,キランシュが一人の影をうつ伏せに拘束し、片腕を捻り上げ喉を足で踏み潰している状況が露わになった。
 他の影達に動揺が走る。

「動けば彼の首の骨を踏み潰す。」
 
 普段穏やかなキランシュの表情は冷たく冴え冴えとしていた。口角は上がっているのに笑顔に見えない。

「……………っ!」

「お前がこの中で一番上だよな?反発している副長とはお前のことかな?」

 踏まれている影の表情は憎悪に満ちていた。間違いないらしい。先にハリュシュと共にあたりをつけたのはこの男だった。
 まだ若くキランシュよりも歳は下に見えるが、気配を周りに馴染ませるのが一番上手だった。何より彼を中心にそれとなく人が配置されていた。全員無意識にとっていた行動だろうが、普段からそうしていないとなかなかその動きにはならない。

「主人の為に任務で死ぬなら兎も角、純粋な勝負、しかも影に有利な状況を作ってやっての負けだよ。大人しく従うんだ。」

 投降を促すキランシュへ、周りにいた影達がジリジリと近付こうとしたが、その前に立ちはだかったハリュシュが双剣を抜いて構えた。
 
「………っ、っ、…分かった。」

 首にかかる負荷に、副長と思わしき人物は抵抗を止めた。どうみてもハリュシュを倒せる影がここにはいなかった。ここに集まっていたのは隊長クラスだった。配置した配下はほぼ一瞬で無力化された為、ここで総力を投じて勝負をつけるつもりだったのに、負けてしまったのだ。
 踏ん張っていた腕から力が抜けた。
 組み敷いた男が肩を落としたのを感じて、キランシュは首を踏んでいた足をそっと下ろした。





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