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11 わくわく! 歴史に名を刻め
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翼をたたみ、ポインセチアたちを見おろしている翼竜は、大きく育ったクルミの木よりもはるかに大きい。
十メートルくらいはあるだろう。
「でっか」
ポインセチアが思わずつぶやくと、ソーダが翼竜の足をそっとなでた。
「どうか、ちからを貸してほしい。ケツァルコアトルス」
金色の翼竜は高らかに鳴く声をあげると、赤銅卿目がけて空を滑走した。
むくろとセベックも、ケツァルコアトルスに続く。
赤銅卿が、くちびるのはしをつり上げて笑う。
「ケツァルコアトルスか。面白そうだ。どこまで持つか、見ものだな」
杖を天へとふりかぶる赤銅卿に、ソーダは悔しそうに顔をゆがめた。
「コアトルスも、ぼくの魔力では時間稼ぎにしかならないよ。急ごう、ポーチ」
ソーダはポインセチアを横抱きにすると、走りだした。
「それで、どこへ向かえばいいの」
「ベルリラ・プリンガレットの屋敷へ向かえ」
「え」
夜がふけていく。
赤い満月がぽっかりと浮かぶ星空は、おだやかに流れていく。
ベルリラの屋敷は、しんと静まり返っていた。
外で召喚獣たちと魔法師のぶつかりあいが行われているとは思えないほどの静寂。
ポインセチアとソーダが歩くたびに、カツカツという靴音が響く。
「ベルさん。いまだに、書庫で禁書を読んでいるのかな」
「まあ、たいていは日がな一日読書の人だからな。私にいわれたから、とかではなく」
前をソーダ、後ろをポインセチアと、地下への階段をおりていく。
ひんやりとした空気が、下からのぼってくる。
今よりももっと小さな子どものころには、よくこの地下書庫でかくれんぼしていた。
だが、大きくなるにつれ、いつしかそんなこともなくなっていった。
いや、自分の祖父の破天荒ぶりに、あきれはてたから、ともいえる。
こんな人にはなりたくない、という反抗だったのだろう。
「でも、今はあの人のちからが必要だ」
「誰のちから?」
ふたりの階段をおりる足が、ピタリと止まった。
ポインセチアの背後から、身長の高いひょろりとした影がおりる。
「ポーチ。どうしたの、こんなところで」
「お、おじいさまこそ、いつ私の背後に立ったのですか?」
「さっきからいたよ。ふたりともちっとも気づかないから、つまらなくて、つい声をかけちゃったよ」
ふたりの背筋に、ゾゾゾッと、恐怖にも似た寒気が走る。
足音も、気配も、なにも感じなかった。
いたずらにしては、いささかレベルが高すぎる。
「ポーチの邪魔をしちゃいけないと思って読みはじめた本だけれどね、すごく面白かったんだ。めちゃくちゃぶあついから、何年かかるかわからないなあ、って思ってたんだけど、あっというまだった。ついさっき読み終わってさ。外に散歩でも行こうかなと思ってたんだよ。でもさ、いやあ、なんだか外が騒がしいね」
深い闇のように笑う祖父に、ポインセチアはくしゃりと顔をしかめた。
「おじいさま。私はあなたに話があって、ここへ来ました」
「おや、なんだい」
「……小さいころ、この屋敷の書庫で読んだ本のことを思い出したのです。おそらく、あれは禁書だったのでしょうね」
「ほう……」
ベルリラが口をぱかり、と開く。
同時に、ソーダがおののいた。
「禁書って……まさか、不老不死の、とかか?」
「いや……昨日、トットの魔法を見て、思い出したんだ。私が読んだ禁書は、魂連結の魔法だった」
「ああ、その本なら確かに書庫にあるよ~」
軽い雰囲気でいわれ、ポインセチアは「はあ」と息をついた。
ベルリラが、階段をおりた書庫から、一冊の本を持って来る。
表紙には確かに、『禁書』と書かれている。
ソーダがぱらぱらとなかをめくると、さまざまな禁止魔法が描かれていた。
いけないものを見ているような緊張感に、ソーダはぱたんと本を閉じた。
ポインセチアがそれを取り上げ、とあるページを開いた。
『魂連結の魔法』のページ。
「やはり……」
ポインセチアは、一瞬何かを考えてから、本を閉じた。
ベルリラに向き直ると、静かに頭をさげた。
「おじいさま。どうか、おちからをお貸しください」
真剣なポインセチアの頼みに、ベルリラは間髪入れずにピースサインを作った。
「もちろんだよ。めちゃくちゃ面白そうだしね」
ケツァルコアトルスが、じゅわあ、と消える。
赤銅卿の風の斬撃が、金色の翼竜をついに倒したのだ。
「ふう。やはり、サイズがデカいと倒すのは、骨が折れるぜ」
あやしくほほえむ赤銅卿は、少しも疲れたようすを見せていない。
むくろとセベックは、金色の翼竜が消えたあとに向かって、吠えた。
コアトルスがいなくなった今、主人らが戻ってくるまでに、なんとかこの魔法師を叩かねばならないと体勢を立て直す。
しかし、もはや立っていることすら、ままならない状態だった。
「さて。ポインセチアは、どーせベルリラのところか。あのジジイを引っぱりだすということは、おれと戦わせるつもりだな。面白い。ベルリラとおれが、ついに大魔法戦争か……」
にやり、と笑んだ赤銅卿のほほを月光が照らした。
「ポインセチアたちはごまかしていたが、あのジジイは確実に、不老不死になっている。ということは、不老不死同士の魔法合戦だ。楽しみでしかねえな。まあ、不老不死になったとはいえ、しょせん、肉体は老人のまま」
得意げに、ローブのえりもとをピシッと正す、赤銅卿。
「昨夜までの、幻覚魔法で若いころのすがたに見せていたおれとは違う。ほんものの、若いぴちぴちの肉体を手に入れた! 今までのおれとはわけが違うぜ」
「そのジジイに、きさまはやられるのだ。覚悟しろ、赤銅卿!」
ポインセチアがむくろに駆け寄り、その足をなでた。
「よくやったな……相棒」
「きゅうん」
ソーダも、セベックの肩を抱きしめた。
「そうか、コアトルスが……」
すがたの見えない翼竜に、ソーダがつぶやく。
「赤銅卿! ここで会ったが、きさまの最後だ。この大魔法戦争で勝つのは、私。ポインセチア・プリンガレットなのだから!」
「それはいいが、ベルリラはどこだ?」
「あのスーパージジイなら、ここにいる」
ポインセチアが指さしたのは、自分の胸元だ。
「なんだと……!!」
つまり、それは。
「結合したのか、魂を! おれとトットのように!」
「その通りだ」
「たしかに、ベルリラの魔力を感じる……! 禁止魔法だぞ、いいのか! 赤い月のルールをやぶるんだな!」
「お前にいわれたくないわ!!!!! お前がやっているんだから、私だってやる!!!!!! ルールなんぞ、クソくらえだ!!!!! 私は、歴史に名を残す、大魔法師になるのだ、ルールに捕らわれていては、偉人になどなれん!!!!!」
ポインセチアのあいかわらずの自信家ぶりにソーダはつい、顔がにやけてしまう。
あの子は、こうでなければ、と。
ぱらり、と禁書のページを開く。
魂連結の魔法。
ソーダは禁術の項目を、歌うように読みあげていく。
「……魂連結の魔法には二種類がある。ひとつは、完全に魂と魂を混ぜあわせ、ひとつとなる呪文。そしてもうひとつ。ひとつの魂とひとつの意識を混ぜあわせる、仮の呪文。これは、一定時間のみの効果となる。タイムリミットは、三十分」
ソーダはぱたん、と禁書を閉じた。
「ポーチは、ベルさんの意識のみを借り、ちからを得たっていってた。今、ベルさんは、屋敷のベッドの上で眠っている。三十分で、ベルさんへ意識を返さなければ、魂ごと貰ってしまうことになる……急げ、ポーチ」
緊張したようすのソーダに、ポインセチアは「ふう」と息をつく。
「ああ、せっかく不老不死になったのに、孫のわがままでおじゃんになっては、カワイソウだからな。さっさとお返ししなければ」
ポインセチアの持っている杖が、きらきらと光りだす。
「なっ……私の杖が……!」
赤い花びらが美しい、生まれたときに父から授かった杖が、あのときと同じ銀色の杖へとすがたを変えていく。
「やはり、素質があったようだな。ベルリラの孫だから、まさかとは思いながら教えたことだったが」
星のようなまぶしい杖に、赤銅卿が不敵にほほえむ。
「赤銅卿! 私の杖にまた何かしたのか!」
「おれじゃねえよ。これはな、罪を背負った魔法師のあかしだ」
「な、なんだと……」
「魔法師の杖とは、魔力の次に大切なもののひとつ。家族の血潮が流れる、一族のほこりだ。それを禁術で汚したとなれば……それは罪だろう」
「そんな」
「ぷっぷぷ~。恥ずかしいよなあ。それを持っているということは、禁術をおかしましたと自分でいいふらしているようなもんだもんな!」
へらへら笑っている赤銅卿の笑い声が、どんどん遠のいていく。
ポインセチアの心臓が、どくん、どくん、と踊りだす。
このままひっくり返って、口から飛びだすんじゃないかと思うほど。
なんてことをしてしまったんだろう。
父から授かった、大切な杖を自分からなくしてしまっただなんて。
「待って! それじゃあ、きみはあのときポインセチアにわざと、禁術を教えたってこと?」
ソーダが、怒鳴るように叫ぶ。
赤銅卿は、ゆっくりとうなずいた。
「そうだが? だって、困ってただろーが。人助けだよ、人助け」
「はあーーーーーーーーーー」
ポインセチアは、全身の酸素を吐き出す。
不安も、動揺も、焦りも、全部、しぼりだすように。
「このさい、はっきりいおう」
「ん?」
赤銅卿が、ぴくりと反応した。
ポインセチアはびしりと人さし指の先を、赤銅卿に突きつける。
「お前は、そうとうなクソジジイだ。ベルリラ・プリンガレットよりも」
「っはあ~~~~~~~?????」
目ん玉がぽろーん、と落ちてしまいそうなほど、ひんむく赤銅卿。
「おまっ、おれの、どこがっ、はあ??????」
赤銅卿の杖が、じわりと光る。
どろりとした声で、呪文が流れはじめる。
「散れ」
ごおおおおおおッ!!!!!
強風が、あたり一面に吹きすさぶ。
むくろが、ポインセチアを抱くようにして、風から守ってくれる。
景色は、パピルス川へと戻って来ていた。
水面が、風でぶわりと舞いあがり、雨のように吹きあがる。
「散れ、散れ、散れ」
追加の呪文で風がさらに強くなる。
もはや、台風だ。
「轟け」
ぴしゃああああん!!!!!
今度は雷だ。
ポインセチアたちの足元に、びりり、と的確に落ちてくる。
「やわき真砂のしゃくらよ、長きその身のうねりを見せよ。しゃっくん、つらぬけ! 雷をからめとるんだ!」
白銀の杖を振り、魔ミミズが召喚される。
後ろでお約束の悲鳴をあげるソーダを無視して、ポインセチアは杖を雷へと杖を振る。
赤銅卿が、「ふん」といやらしくくちびるを曲げた。
「生ぬるい。やはりベルリラの血筋だな」
「……なんだと」
ごごごごごごご……
おかしな音だ、と思った。
何かが裂けるような。
ごごごごごごご……
「いけない、ポーチ。地割れだ!」
ソーダが悲鳴まじりにいった。
「ソーダ、しゃっくんに乗れ! むくろ、セベックを頼む!」
「ふふふ……」
赤銅卿は、笑いをこらえきれないとばかりにこぼした。
「この雷はな、蜜のかけらを探知して落ちていたんだよ」
「……なッ」
「くふふ。この大魔法戦争はトット・ベリーマフィンが勝つ。ルールブックに乗っ取ってな」
「いい加減にしろ、この孫ばか!」
ポインセチアがしゃっくんに支持を出そうとするが、一歩遅かった。
まばゆい光が、地面からふきこぼれる。
蜜色の光。
蜜の紋章のかけらが、ふわりふわりと地面のなかから浮びあがる。
ポインセチアが叫んだ。
「しゃっくん、あれを取るぞ」
主人の声に反応し、魔ミミズは光目がけて突っこんだ。
ポインセチアは、光へと手を伸ばす。
「ぬるいぜ。しかも、遅い。ベルリラのちからを借りても、未熟な魔法師ではこのていどか」
ポインセチアの眼前に、赤銅卿の鼻先が触れた。
ガンッという鈍い音とともに、しゃっくんはパピルス川へと吹っ飛ばされた。
ポインセチアも川に投げ出され、衝撃にしぶきがばしゃあん、とあがる。
いっしょに乗っていたソーダも、川岸に倒れていた。
むくろとセベックが、主人のもとへとその身をよせた。
赤銅卿の手のなかに、蜜の紋章のかけらがおさまっている。
「さあ、トット・ベリーマフィンの願いを叶えてもらおう。我が手で創造されし魔工衛星、赤い月よ。その蜜を地上へと垂らし、我が願いを叶えよ」
蜜色の光が、赤い月へと伸びる。
ポインセチアは、川のなかから身を起こし、それを見た。
急いで立ちあがり、阻止しようとするが、からだがうまく動かない。
淡い蜜の光に、からだじゅうがからめとられているようだ。
「人々に安らかなる眠りを。人々に不老不死とは反対の安らぎを……」
満足そうに宣言する赤銅卿に、ポインセチアは叫んだ。
「止めろ! そんな願いが本当に幸せだと思っているのか。お前は不老不死になりたかったんだろう。孫の願いとは、正反対じゃないか!」
すると、赤銅卿の表情から、すっと色が消える。
「トット・ベリーマフィン……最愛の我が子孫。何代あとの孫なのかは、もう数えるのもおっくうだが、血の繋がりからくる可愛さには何物にも代えがたい。だからこそ、禁術によって魂から繫がったときに見えた、この子の境遇には、おののいたもんだ」
ぽつぽつと、赤銅卿が語りだす。
蜜の紋章のかけらに、月から琥珀にも似た美しい光が、ぽとりぽとりと降りそそぐ。
かけらが、少しずつかたちとなっていく。
「ベリーマフィン家は、ずっとおれの再来を待っていた」
「お前の?」
「そうだ。天才魔法師として名をはせたおれのような魔法師を、一族はずっと待っていた。おれは、ベリーマフィン家のほこりだからな」
「自分でいうな」
鼻高々にいう赤銅卿に、ポインセチアは「さっさと話を終わらせろ」とツッコんだ。
「トットは、生まれながらにして、強大な魔力を持っていた。ベリーマフィン家は、おれの生まれ変わりだと喜び、名前をトットと名づけた。あとはもう、ご想像の通りだな。トットは最強にして偉大な魔法師となるよう、小さなころから徹底的にしつけられた。生まれ変わりとして、大魔法戦争では必ず蜜の紋章を手に入れられるように、苦しい修業がくり返された。ひどいあつかいともいえるようなこともされていたな」
「そうだったのか……」
「そこで、トットは思ったんだ。もう、大魔法戦争はこれで終わりにしなければ、とな」
人々に、不老不死の反対を。
トットの願いにあった、底でくずぶっていた思いを知り、ポインセチアはくちびるを噛んだ。
「だからといって、なんの関係もない人たちを巻きこむことなど、私は許さない」
ポインセチアは、川に落ち、ずっくりと水を吸いこんだローブをしぼる。
「私の祖父は、ベルリラ・プリンガレット。歴史に名を残すであろう、偉大なる天災魔法師だ。その孫である私が、負けるわけがない」
「ふん、すごい自信だな」
「当たり前だ。私には、自信しかないのだから!」
ポインセチアの杖が、まばゆく白銀に輝く。
「鐘が鳴る。黄金色の享楽を鳴らし、わが眼前にほほえみをもたらせ」
ぱあああああああ
パピルス川一面に、銀色と金色が折り重なり、あふれかえる。
ポインセチアに背中を向け、川岸にゆらりと降り立ったのは。
ベルリラ・プリンガレット。
高身長の影がローブをなびかせ、赤銅卿を見おろした。
「な、なぜ……きさまがここに……?」
わなわなと震える赤銅卿に、ベルリラは首を傾げた。
「え? どうしてって?」
「お前は、ポインセチアと魂を結合させたんじゃ」
「そんなことしてないよ」
「はあ!?!? だって、魔力もたしかにポインセチアからしたし!!」
「そんなの、マーキングの要領でちょちょっとやれば、すぐじゃない」
「はあ~~~!?!?」
驚いたのは、赤銅卿だけではない。
ソーダも、あわててポインセチアをふり返った。
ポインセチアは気にしたふうもなく、びしょぬれの服をしぼっている。
ベルリラは、目を白黒させている赤銅卿を見て、おかしそうに話を続けた。
「魂なんて結合させてないよ。せっかく不老不死になったんだから、からだを手放すなんてもったいない」
「それじゃあ、なぜここにいきなり現れた?」
「ポーチに召喚されたから」
「……まさか、お前」
「そうだよ。ぼくは、不老不死。だから、もう人間ではない。つまり、ポーチと契約することができる。あの子の召喚獣として」
「……ば、ばかな」
ベルリラの長い指が、赤銅卿の首元へと伸びる。
はあ、はあ、と荒くなった息を必死に抑えようとする、赤銅卿。
その時、ぱあああ、と完成した琥珀の光が、赤銅卿の手からあふれる。
「み、蜜の紋章だ!!! おれのものだ!!!! さあ、願いを叶えろ!!!!! トット・ベリーマフィンの切なる願いを!!!!!!」
カッ、と目を開けていられないほどの光が、世界をおおいつくした。
それは、大魔法戦争の終結を意味していた。
勝者は、トット・ベリーマフィン。
あるいは、赤銅卿。
ポインセチアは、何もかも真っ白になった視界のなかで、ゆらゆらとあたりを漂っていた。
「……終わった、のか? 何も果たせることもなく」
ぽつり、とつぶやいた。
誰も聞いていない言葉は、まっ白な空間に飲みこまれる。
「私は、まだ終わっていないのに。まだまだ、やれるのに! こんな何もないところでは、続きを願うことすら叶わないではないか!」
ぽろり、と涙がこぼれる。
どうせ、この涙も、どこに落ちるわけでもなく、まっ白のなかへと消えていくんだろう。
そう思ったとき。
ふわり、と風が吹いた。
ぽとん、と涙を受け止める音がした、気がした。
「お前のとりえは、自信だけだろ。ポーチ」
自信。
そうだ。
まだ、この炎は消えていない。
召喚しろ。
私の自信を受け継いだ、私の召喚獣たちを!
紫の竜が、炎ですべてを焼きつくす。
魔ミミズが、空間をゆらす。
そして、のっぽの影が、ゆったりとほほ笑んだ。
「この杖は、禁忌をおかした罪のあかしなんかじゃないよ」
「……え?」
「ポーチの魔力を受け止める器が大きすぎるから、杖が勝手に変化したんだよ。あの若作りジジイに杖の作り方を教わったんでしょ。これは、ポーチが無意識に自分の杖を作り変えたんだよ。大魔法戦争が終わったら、ちゃんともとの杖にもどるから、安心して」
「……よかった」
「さあ、壊そう。こんなつまらない世界はいけない。もっと楽しい世界じゃないと。そうでしょ、ポーチ」
「あなたがいうと、怖いですけどね。でも、今回はばかりは、あなたのいう通りですよ」
ポインセチアは、呪文を唱える。
最強の召喚獣となった、最強の祖父に。
「壊せ」
ぱりーーーーーん
盛大に壊れていく、まっ白の世界。
ベルリラは、何もかもを壊した。
まっ白の世界も、蜜の紋章も、魔工衛星も。
気づけば、世界は元通りになっていた。
「間にあった……のか?」
「禁忌をおかした魔法師、しかも二つの魂を持ったものの願いだったからね。蜜の紋章も混乱したんじゃないかな」
ベルリラは不敵にほほえむ。
まさか、この祖父が何かしてくれたんだろうか。
そう思いながらも、ポインセチアは何も聞かなかった。
疲れに疲れて、祖父の腕のなかに倒れこんでしまったから。
赤い月は、すっかりきれいに消えていた。
赤銅卿のすがたも、なくなっていた。
ポインセチアの杖が、ゆっくりともとのすがたにもどっていく。
夜が、明けようとしていた。
こうして、大魔法戦争は、本当の終結を迎えたのだった。
ベリーマフィン家はそれから、大騒ぎとなった。
トットと赤銅卿の魂がいっしょになったということは、ベリーマフィンの誰も知らなかったようで、さらに大混乱。
トットを探せということになったが、どこを探しても見つからなかった。
「お嬢さまあ!!!!!!」
屋敷に戻ったとたん、玄関ホールからスサノヲが、ポインセチア目がけて突進してきた。
ソーダが前に出て、ポインセチアを後ろにかばう。
スサノヲは、ぎろり、とけもののように目をぎらつかせ、ソーダをにらみつけた。
「ソーダ・チョコレートパイン、きさまあ……。見ていたぞ」
「え、なにを?」
「パピルス川の水草の影から、ずっとお嬢さまを見守っていたのだ、おれはあ!」
また後をつけていたらしいスサノヲが、涙を流しながら、ソーダをどなりつける。
「ポーチさまを横抱きにして運んでいたよなあ!?!?」
ベルリラ邸への移動手段のことを怒っているようだ。
ソーダは「めんどうだな」と、ポインセチアの口癖がうつりそうになるのをなんとかたえる。
「それは仕方なくだよ。緊急事態だったんだからさ」
「許すわけがないだろう! 旦那さまにいいつけるからな!」
「いや、止めて……。きみが説明したら、あらぬ誤解を受ける……」
ソーダとスサノヲがいいあいをしているのを横目に、ポインセチアは広間へと急ぐ。
「これまでのこと、お父さまになんと報告したものか……」
「大丈夫だよ」
ポインセチアの背後からゆらり、とベルリラが現れる。
「ぼくが説明してあげる。なんとも面白いことになったんだよ、とね」
「いや、止めてください……。あなたの説明も、あらぬ誤解を受けますから……」
眉間をおさえながら、ポインセチアははっきりと、つい自分の口癖をこぼしたのだった。
「ああ、めんどうなことになった」
「……でも?」
ベルリラに、にこっとほほえまれ、ポインセチアは表情をくずした。
「ええ、面白いことになるでしょうね。偉大なる魔法師が、私の使い魔になったのだから」
ふわりと銀色の髪を肩からはらい、ポインセチアは広間の扉を開け放った。
「ポインセチア・プリンガレット、戻りました! 歴史に名を刻む、偉大なる魔法師が!!!!!」
おわり
十メートルくらいはあるだろう。
「でっか」
ポインセチアが思わずつぶやくと、ソーダが翼竜の足をそっとなでた。
「どうか、ちからを貸してほしい。ケツァルコアトルス」
金色の翼竜は高らかに鳴く声をあげると、赤銅卿目がけて空を滑走した。
むくろとセベックも、ケツァルコアトルスに続く。
赤銅卿が、くちびるのはしをつり上げて笑う。
「ケツァルコアトルスか。面白そうだ。どこまで持つか、見ものだな」
杖を天へとふりかぶる赤銅卿に、ソーダは悔しそうに顔をゆがめた。
「コアトルスも、ぼくの魔力では時間稼ぎにしかならないよ。急ごう、ポーチ」
ソーダはポインセチアを横抱きにすると、走りだした。
「それで、どこへ向かえばいいの」
「ベルリラ・プリンガレットの屋敷へ向かえ」
「え」
夜がふけていく。
赤い満月がぽっかりと浮かぶ星空は、おだやかに流れていく。
ベルリラの屋敷は、しんと静まり返っていた。
外で召喚獣たちと魔法師のぶつかりあいが行われているとは思えないほどの静寂。
ポインセチアとソーダが歩くたびに、カツカツという靴音が響く。
「ベルさん。いまだに、書庫で禁書を読んでいるのかな」
「まあ、たいていは日がな一日読書の人だからな。私にいわれたから、とかではなく」
前をソーダ、後ろをポインセチアと、地下への階段をおりていく。
ひんやりとした空気が、下からのぼってくる。
今よりももっと小さな子どものころには、よくこの地下書庫でかくれんぼしていた。
だが、大きくなるにつれ、いつしかそんなこともなくなっていった。
いや、自分の祖父の破天荒ぶりに、あきれはてたから、ともいえる。
こんな人にはなりたくない、という反抗だったのだろう。
「でも、今はあの人のちからが必要だ」
「誰のちから?」
ふたりの階段をおりる足が、ピタリと止まった。
ポインセチアの背後から、身長の高いひょろりとした影がおりる。
「ポーチ。どうしたの、こんなところで」
「お、おじいさまこそ、いつ私の背後に立ったのですか?」
「さっきからいたよ。ふたりともちっとも気づかないから、つまらなくて、つい声をかけちゃったよ」
ふたりの背筋に、ゾゾゾッと、恐怖にも似た寒気が走る。
足音も、気配も、なにも感じなかった。
いたずらにしては、いささかレベルが高すぎる。
「ポーチの邪魔をしちゃいけないと思って読みはじめた本だけれどね、すごく面白かったんだ。めちゃくちゃぶあついから、何年かかるかわからないなあ、って思ってたんだけど、あっというまだった。ついさっき読み終わってさ。外に散歩でも行こうかなと思ってたんだよ。でもさ、いやあ、なんだか外が騒がしいね」
深い闇のように笑う祖父に、ポインセチアはくしゃりと顔をしかめた。
「おじいさま。私はあなたに話があって、ここへ来ました」
「おや、なんだい」
「……小さいころ、この屋敷の書庫で読んだ本のことを思い出したのです。おそらく、あれは禁書だったのでしょうね」
「ほう……」
ベルリラが口をぱかり、と開く。
同時に、ソーダがおののいた。
「禁書って……まさか、不老不死の、とかか?」
「いや……昨日、トットの魔法を見て、思い出したんだ。私が読んだ禁書は、魂連結の魔法だった」
「ああ、その本なら確かに書庫にあるよ~」
軽い雰囲気でいわれ、ポインセチアは「はあ」と息をついた。
ベルリラが、階段をおりた書庫から、一冊の本を持って来る。
表紙には確かに、『禁書』と書かれている。
ソーダがぱらぱらとなかをめくると、さまざまな禁止魔法が描かれていた。
いけないものを見ているような緊張感に、ソーダはぱたんと本を閉じた。
ポインセチアがそれを取り上げ、とあるページを開いた。
『魂連結の魔法』のページ。
「やはり……」
ポインセチアは、一瞬何かを考えてから、本を閉じた。
ベルリラに向き直ると、静かに頭をさげた。
「おじいさま。どうか、おちからをお貸しください」
真剣なポインセチアの頼みに、ベルリラは間髪入れずにピースサインを作った。
「もちろんだよ。めちゃくちゃ面白そうだしね」
ケツァルコアトルスが、じゅわあ、と消える。
赤銅卿の風の斬撃が、金色の翼竜をついに倒したのだ。
「ふう。やはり、サイズがデカいと倒すのは、骨が折れるぜ」
あやしくほほえむ赤銅卿は、少しも疲れたようすを見せていない。
むくろとセベックは、金色の翼竜が消えたあとに向かって、吠えた。
コアトルスがいなくなった今、主人らが戻ってくるまでに、なんとかこの魔法師を叩かねばならないと体勢を立て直す。
しかし、もはや立っていることすら、ままならない状態だった。
「さて。ポインセチアは、どーせベルリラのところか。あのジジイを引っぱりだすということは、おれと戦わせるつもりだな。面白い。ベルリラとおれが、ついに大魔法戦争か……」
にやり、と笑んだ赤銅卿のほほを月光が照らした。
「ポインセチアたちはごまかしていたが、あのジジイは確実に、不老不死になっている。ということは、不老不死同士の魔法合戦だ。楽しみでしかねえな。まあ、不老不死になったとはいえ、しょせん、肉体は老人のまま」
得意げに、ローブのえりもとをピシッと正す、赤銅卿。
「昨夜までの、幻覚魔法で若いころのすがたに見せていたおれとは違う。ほんものの、若いぴちぴちの肉体を手に入れた! 今までのおれとはわけが違うぜ」
「そのジジイに、きさまはやられるのだ。覚悟しろ、赤銅卿!」
ポインセチアがむくろに駆け寄り、その足をなでた。
「よくやったな……相棒」
「きゅうん」
ソーダも、セベックの肩を抱きしめた。
「そうか、コアトルスが……」
すがたの見えない翼竜に、ソーダがつぶやく。
「赤銅卿! ここで会ったが、きさまの最後だ。この大魔法戦争で勝つのは、私。ポインセチア・プリンガレットなのだから!」
「それはいいが、ベルリラはどこだ?」
「あのスーパージジイなら、ここにいる」
ポインセチアが指さしたのは、自分の胸元だ。
「なんだと……!!」
つまり、それは。
「結合したのか、魂を! おれとトットのように!」
「その通りだ」
「たしかに、ベルリラの魔力を感じる……! 禁止魔法だぞ、いいのか! 赤い月のルールをやぶるんだな!」
「お前にいわれたくないわ!!!!! お前がやっているんだから、私だってやる!!!!!! ルールなんぞ、クソくらえだ!!!!! 私は、歴史に名を残す、大魔法師になるのだ、ルールに捕らわれていては、偉人になどなれん!!!!!」
ポインセチアのあいかわらずの自信家ぶりにソーダはつい、顔がにやけてしまう。
あの子は、こうでなければ、と。
ぱらり、と禁書のページを開く。
魂連結の魔法。
ソーダは禁術の項目を、歌うように読みあげていく。
「……魂連結の魔法には二種類がある。ひとつは、完全に魂と魂を混ぜあわせ、ひとつとなる呪文。そしてもうひとつ。ひとつの魂とひとつの意識を混ぜあわせる、仮の呪文。これは、一定時間のみの効果となる。タイムリミットは、三十分」
ソーダはぱたん、と禁書を閉じた。
「ポーチは、ベルさんの意識のみを借り、ちからを得たっていってた。今、ベルさんは、屋敷のベッドの上で眠っている。三十分で、ベルさんへ意識を返さなければ、魂ごと貰ってしまうことになる……急げ、ポーチ」
緊張したようすのソーダに、ポインセチアは「ふう」と息をつく。
「ああ、せっかく不老不死になったのに、孫のわがままでおじゃんになっては、カワイソウだからな。さっさとお返ししなければ」
ポインセチアの持っている杖が、きらきらと光りだす。
「なっ……私の杖が……!」
赤い花びらが美しい、生まれたときに父から授かった杖が、あのときと同じ銀色の杖へとすがたを変えていく。
「やはり、素質があったようだな。ベルリラの孫だから、まさかとは思いながら教えたことだったが」
星のようなまぶしい杖に、赤銅卿が不敵にほほえむ。
「赤銅卿! 私の杖にまた何かしたのか!」
「おれじゃねえよ。これはな、罪を背負った魔法師のあかしだ」
「な、なんだと……」
「魔法師の杖とは、魔力の次に大切なもののひとつ。家族の血潮が流れる、一族のほこりだ。それを禁術で汚したとなれば……それは罪だろう」
「そんな」
「ぷっぷぷ~。恥ずかしいよなあ。それを持っているということは、禁術をおかしましたと自分でいいふらしているようなもんだもんな!」
へらへら笑っている赤銅卿の笑い声が、どんどん遠のいていく。
ポインセチアの心臓が、どくん、どくん、と踊りだす。
このままひっくり返って、口から飛びだすんじゃないかと思うほど。
なんてことをしてしまったんだろう。
父から授かった、大切な杖を自分からなくしてしまっただなんて。
「待って! それじゃあ、きみはあのときポインセチアにわざと、禁術を教えたってこと?」
ソーダが、怒鳴るように叫ぶ。
赤銅卿は、ゆっくりとうなずいた。
「そうだが? だって、困ってただろーが。人助けだよ、人助け」
「はあーーーーーーーーーー」
ポインセチアは、全身の酸素を吐き出す。
不安も、動揺も、焦りも、全部、しぼりだすように。
「このさい、はっきりいおう」
「ん?」
赤銅卿が、ぴくりと反応した。
ポインセチアはびしりと人さし指の先を、赤銅卿に突きつける。
「お前は、そうとうなクソジジイだ。ベルリラ・プリンガレットよりも」
「っはあ~~~~~~~?????」
目ん玉がぽろーん、と落ちてしまいそうなほど、ひんむく赤銅卿。
「おまっ、おれの、どこがっ、はあ??????」
赤銅卿の杖が、じわりと光る。
どろりとした声で、呪文が流れはじめる。
「散れ」
ごおおおおおおッ!!!!!
強風が、あたり一面に吹きすさぶ。
むくろが、ポインセチアを抱くようにして、風から守ってくれる。
景色は、パピルス川へと戻って来ていた。
水面が、風でぶわりと舞いあがり、雨のように吹きあがる。
「散れ、散れ、散れ」
追加の呪文で風がさらに強くなる。
もはや、台風だ。
「轟け」
ぴしゃああああん!!!!!
今度は雷だ。
ポインセチアたちの足元に、びりり、と的確に落ちてくる。
「やわき真砂のしゃくらよ、長きその身のうねりを見せよ。しゃっくん、つらぬけ! 雷をからめとるんだ!」
白銀の杖を振り、魔ミミズが召喚される。
後ろでお約束の悲鳴をあげるソーダを無視して、ポインセチアは杖を雷へと杖を振る。
赤銅卿が、「ふん」といやらしくくちびるを曲げた。
「生ぬるい。やはりベルリラの血筋だな」
「……なんだと」
ごごごごごごご……
おかしな音だ、と思った。
何かが裂けるような。
ごごごごごごご……
「いけない、ポーチ。地割れだ!」
ソーダが悲鳴まじりにいった。
「ソーダ、しゃっくんに乗れ! むくろ、セベックを頼む!」
「ふふふ……」
赤銅卿は、笑いをこらえきれないとばかりにこぼした。
「この雷はな、蜜のかけらを探知して落ちていたんだよ」
「……なッ」
「くふふ。この大魔法戦争はトット・ベリーマフィンが勝つ。ルールブックに乗っ取ってな」
「いい加減にしろ、この孫ばか!」
ポインセチアがしゃっくんに支持を出そうとするが、一歩遅かった。
まばゆい光が、地面からふきこぼれる。
蜜色の光。
蜜の紋章のかけらが、ふわりふわりと地面のなかから浮びあがる。
ポインセチアが叫んだ。
「しゃっくん、あれを取るぞ」
主人の声に反応し、魔ミミズは光目がけて突っこんだ。
ポインセチアは、光へと手を伸ばす。
「ぬるいぜ。しかも、遅い。ベルリラのちからを借りても、未熟な魔法師ではこのていどか」
ポインセチアの眼前に、赤銅卿の鼻先が触れた。
ガンッという鈍い音とともに、しゃっくんはパピルス川へと吹っ飛ばされた。
ポインセチアも川に投げ出され、衝撃にしぶきがばしゃあん、とあがる。
いっしょに乗っていたソーダも、川岸に倒れていた。
むくろとセベックが、主人のもとへとその身をよせた。
赤銅卿の手のなかに、蜜の紋章のかけらがおさまっている。
「さあ、トット・ベリーマフィンの願いを叶えてもらおう。我が手で創造されし魔工衛星、赤い月よ。その蜜を地上へと垂らし、我が願いを叶えよ」
蜜色の光が、赤い月へと伸びる。
ポインセチアは、川のなかから身を起こし、それを見た。
急いで立ちあがり、阻止しようとするが、からだがうまく動かない。
淡い蜜の光に、からだじゅうがからめとられているようだ。
「人々に安らかなる眠りを。人々に不老不死とは反対の安らぎを……」
満足そうに宣言する赤銅卿に、ポインセチアは叫んだ。
「止めろ! そんな願いが本当に幸せだと思っているのか。お前は不老不死になりたかったんだろう。孫の願いとは、正反対じゃないか!」
すると、赤銅卿の表情から、すっと色が消える。
「トット・ベリーマフィン……最愛の我が子孫。何代あとの孫なのかは、もう数えるのもおっくうだが、血の繋がりからくる可愛さには何物にも代えがたい。だからこそ、禁術によって魂から繫がったときに見えた、この子の境遇には、おののいたもんだ」
ぽつぽつと、赤銅卿が語りだす。
蜜の紋章のかけらに、月から琥珀にも似た美しい光が、ぽとりぽとりと降りそそぐ。
かけらが、少しずつかたちとなっていく。
「ベリーマフィン家は、ずっとおれの再来を待っていた」
「お前の?」
「そうだ。天才魔法師として名をはせたおれのような魔法師を、一族はずっと待っていた。おれは、ベリーマフィン家のほこりだからな」
「自分でいうな」
鼻高々にいう赤銅卿に、ポインセチアは「さっさと話を終わらせろ」とツッコんだ。
「トットは、生まれながらにして、強大な魔力を持っていた。ベリーマフィン家は、おれの生まれ変わりだと喜び、名前をトットと名づけた。あとはもう、ご想像の通りだな。トットは最強にして偉大な魔法師となるよう、小さなころから徹底的にしつけられた。生まれ変わりとして、大魔法戦争では必ず蜜の紋章を手に入れられるように、苦しい修業がくり返された。ひどいあつかいともいえるようなこともされていたな」
「そうだったのか……」
「そこで、トットは思ったんだ。もう、大魔法戦争はこれで終わりにしなければ、とな」
人々に、不老不死の反対を。
トットの願いにあった、底でくずぶっていた思いを知り、ポインセチアはくちびるを噛んだ。
「だからといって、なんの関係もない人たちを巻きこむことなど、私は許さない」
ポインセチアは、川に落ち、ずっくりと水を吸いこんだローブをしぼる。
「私の祖父は、ベルリラ・プリンガレット。歴史に名を残すであろう、偉大なる天災魔法師だ。その孫である私が、負けるわけがない」
「ふん、すごい自信だな」
「当たり前だ。私には、自信しかないのだから!」
ポインセチアの杖が、まばゆく白銀に輝く。
「鐘が鳴る。黄金色の享楽を鳴らし、わが眼前にほほえみをもたらせ」
ぱあああああああ
パピルス川一面に、銀色と金色が折り重なり、あふれかえる。
ポインセチアに背中を向け、川岸にゆらりと降り立ったのは。
ベルリラ・プリンガレット。
高身長の影がローブをなびかせ、赤銅卿を見おろした。
「な、なぜ……きさまがここに……?」
わなわなと震える赤銅卿に、ベルリラは首を傾げた。
「え? どうしてって?」
「お前は、ポインセチアと魂を結合させたんじゃ」
「そんなことしてないよ」
「はあ!?!? だって、魔力もたしかにポインセチアからしたし!!」
「そんなの、マーキングの要領でちょちょっとやれば、すぐじゃない」
「はあ~~~!?!?」
驚いたのは、赤銅卿だけではない。
ソーダも、あわててポインセチアをふり返った。
ポインセチアは気にしたふうもなく、びしょぬれの服をしぼっている。
ベルリラは、目を白黒させている赤銅卿を見て、おかしそうに話を続けた。
「魂なんて結合させてないよ。せっかく不老不死になったんだから、からだを手放すなんてもったいない」
「それじゃあ、なぜここにいきなり現れた?」
「ポーチに召喚されたから」
「……まさか、お前」
「そうだよ。ぼくは、不老不死。だから、もう人間ではない。つまり、ポーチと契約することができる。あの子の召喚獣として」
「……ば、ばかな」
ベルリラの長い指が、赤銅卿の首元へと伸びる。
はあ、はあ、と荒くなった息を必死に抑えようとする、赤銅卿。
その時、ぱあああ、と完成した琥珀の光が、赤銅卿の手からあふれる。
「み、蜜の紋章だ!!! おれのものだ!!!! さあ、願いを叶えろ!!!!! トット・ベリーマフィンの切なる願いを!!!!!!」
カッ、と目を開けていられないほどの光が、世界をおおいつくした。
それは、大魔法戦争の終結を意味していた。
勝者は、トット・ベリーマフィン。
あるいは、赤銅卿。
ポインセチアは、何もかも真っ白になった視界のなかで、ゆらゆらとあたりを漂っていた。
「……終わった、のか? 何も果たせることもなく」
ぽつり、とつぶやいた。
誰も聞いていない言葉は、まっ白な空間に飲みこまれる。
「私は、まだ終わっていないのに。まだまだ、やれるのに! こんな何もないところでは、続きを願うことすら叶わないではないか!」
ぽろり、と涙がこぼれる。
どうせ、この涙も、どこに落ちるわけでもなく、まっ白のなかへと消えていくんだろう。
そう思ったとき。
ふわり、と風が吹いた。
ぽとん、と涙を受け止める音がした、気がした。
「お前のとりえは、自信だけだろ。ポーチ」
自信。
そうだ。
まだ、この炎は消えていない。
召喚しろ。
私の自信を受け継いだ、私の召喚獣たちを!
紫の竜が、炎ですべてを焼きつくす。
魔ミミズが、空間をゆらす。
そして、のっぽの影が、ゆったりとほほ笑んだ。
「この杖は、禁忌をおかした罪のあかしなんかじゃないよ」
「……え?」
「ポーチの魔力を受け止める器が大きすぎるから、杖が勝手に変化したんだよ。あの若作りジジイに杖の作り方を教わったんでしょ。これは、ポーチが無意識に自分の杖を作り変えたんだよ。大魔法戦争が終わったら、ちゃんともとの杖にもどるから、安心して」
「……よかった」
「さあ、壊そう。こんなつまらない世界はいけない。もっと楽しい世界じゃないと。そうでしょ、ポーチ」
「あなたがいうと、怖いですけどね。でも、今回はばかりは、あなたのいう通りですよ」
ポインセチアは、呪文を唱える。
最強の召喚獣となった、最強の祖父に。
「壊せ」
ぱりーーーーーん
盛大に壊れていく、まっ白の世界。
ベルリラは、何もかもを壊した。
まっ白の世界も、蜜の紋章も、魔工衛星も。
気づけば、世界は元通りになっていた。
「間にあった……のか?」
「禁忌をおかした魔法師、しかも二つの魂を持ったものの願いだったからね。蜜の紋章も混乱したんじゃないかな」
ベルリラは不敵にほほえむ。
まさか、この祖父が何かしてくれたんだろうか。
そう思いながらも、ポインセチアは何も聞かなかった。
疲れに疲れて、祖父の腕のなかに倒れこんでしまったから。
赤い月は、すっかりきれいに消えていた。
赤銅卿のすがたも、なくなっていた。
ポインセチアの杖が、ゆっくりともとのすがたにもどっていく。
夜が、明けようとしていた。
こうして、大魔法戦争は、本当の終結を迎えたのだった。
ベリーマフィン家はそれから、大騒ぎとなった。
トットと赤銅卿の魂がいっしょになったということは、ベリーマフィンの誰も知らなかったようで、さらに大混乱。
トットを探せということになったが、どこを探しても見つからなかった。
「お嬢さまあ!!!!!!」
屋敷に戻ったとたん、玄関ホールからスサノヲが、ポインセチア目がけて突進してきた。
ソーダが前に出て、ポインセチアを後ろにかばう。
スサノヲは、ぎろり、とけもののように目をぎらつかせ、ソーダをにらみつけた。
「ソーダ・チョコレートパイン、きさまあ……。見ていたぞ」
「え、なにを?」
「パピルス川の水草の影から、ずっとお嬢さまを見守っていたのだ、おれはあ!」
また後をつけていたらしいスサノヲが、涙を流しながら、ソーダをどなりつける。
「ポーチさまを横抱きにして運んでいたよなあ!?!?」
ベルリラ邸への移動手段のことを怒っているようだ。
ソーダは「めんどうだな」と、ポインセチアの口癖がうつりそうになるのをなんとかたえる。
「それは仕方なくだよ。緊急事態だったんだからさ」
「許すわけがないだろう! 旦那さまにいいつけるからな!」
「いや、止めて……。きみが説明したら、あらぬ誤解を受ける……」
ソーダとスサノヲがいいあいをしているのを横目に、ポインセチアは広間へと急ぐ。
「これまでのこと、お父さまになんと報告したものか……」
「大丈夫だよ」
ポインセチアの背後からゆらり、とベルリラが現れる。
「ぼくが説明してあげる。なんとも面白いことになったんだよ、とね」
「いや、止めてください……。あなたの説明も、あらぬ誤解を受けますから……」
眉間をおさえながら、ポインセチアははっきりと、つい自分の口癖をこぼしたのだった。
「ああ、めんどうなことになった」
「……でも?」
ベルリラに、にこっとほほえまれ、ポインセチアは表情をくずした。
「ええ、面白いことになるでしょうね。偉大なる魔法師が、私の使い魔になったのだから」
ふわりと銀色の髪を肩からはらい、ポインセチアは広間の扉を開け放った。
「ポインセチア・プリンガレット、戻りました! 歴史に名を刻む、偉大なる魔法師が!!!!!」
おわり
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