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ヒミツの舞台裏
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ウガツ先輩から勝負の申し出を受けた次の日。
休み時間にボーッと外を見ていると、隣の席のセントがつぶやいた。
「そういえば、昨日は大丈夫だったのか」
「何が?」
「ウガツ先輩だよ。会わずに帰れたのか」
私はふるふると首を振った。
「なんか朗読を披露しろって言われた」
「ははっ。なんだ、それ」
不思議そうに言うセントに、私もつられて「ふふっ」と笑う。
「こっちが聞きたいよ。本当に変な先輩だよね。発想がつきぬけてて」
「朗読を見せて、それでどうするんだ?」
「審査員を納得させるくらいの朗読を見せたら、私を勧誘するのを止めるって」
「審査員って、誰がやるの?」
「読み聞かせで読んだ絵本でいいって言ってたし、知り合いの小学生の子とかじゃない?」
セントは「なるほど」と言うと、机に頬杖をついてこちらを覗き込んできた。
「マシロ。路上演劇って、知ってる?」
「まあ、言葉の並びで大体予想はつくけど」
「ここ、十六夜市で毎年行われる、大演劇祭ってあるだろ。大会には路上演劇部門か屋内演劇部門それぞれあって、どちらも〝年齢を問わず〟出場できる。そして去年、その路上演劇部門で大賞をとったのが、ウガツ先輩だ」
私はシャープペンシルをカチカチやりながら、首をかしげた。
「すごいこと、なんだろうけど知らない世界だからピンと来ないなあ。そんなにすごいの?」
「つまり、小道具やセットはなし。ほとんどがアドリブでのパフォーマンス。それで、大賞に選ばれたってこと」
「……中学生だからじゃない? だから、スゴイってなったとか」
「それは、否定できない」
あっさりとうなずいたセントに、私は拍子抜けた。
「なんだ。やっぱりそうなんじゃん」
「だから、お前を勧誘しようとしているらしい」
「……は?」
何を言われようとしているのわからなくて、まるでマンガのように首を傾げてしまう。
「先輩は今年、屋内演劇部門に出ようとしている。路上演劇部門と屋内演劇部門の二冠を達成すれば、〝ホンモノ〟になれるだろ」
「じゃあ私は……」
「マシロはそのために、劇団ヒミツ基地の新しい風として選ばれたってこと。期待の新人ってやつだな!」
何それ!
私、何を期待されてるの?
「てか、セント。やたらウガツ先輩のことについてくわしくない? ファンなの?」
「いや、ファンって。……このくらい、十六夜中の人間なら知ってて当然なんだよ」
「どうせ、私は何も知らないですよ~」
不満げに唇を尖らせてやる。
そして持っていたシャープペンシルをぎゅ、とにぎりしめると私は叫んだ。
「とにかく、ウガツ先輩の思い通りになんてさせないんだからっ!」
「いいね。パッションが溢れてる!」
耳に入って来た聞き覚えのある声に、反射的に背筋が悪寒が走る。
顔を上げると、案の定ウガツ先輩がニッコリとほほ笑んでいる。
「な、なんですか。ウガツ先輩」
「勝負の日程を伝えに来たんだよ。本日、放課後! 場所は、劇団ヒミツ基地の舞台小屋にて。ルールは単純明快……審査員を納得させることだ!」
ひとたび、ウガツ先輩がしゃべるだけで、もうそこは舞台の上のようだ。
こんな人が、どうして私を勧誘してくるんだろう。
ウガツ先輩が、私の肩をポンと叩いた。
「沈丁花くん。僕の劇団が、どうしてヒミツ基地という名前なのか、わかるかい?」
「……なんですか、突然。そんなの知りませんよ」
「ヒミツ基地って響き、とてもわくわくするだろう? つい、笑顔になってしまわないかい?」
「それは……まあ」
「みんなを笑顔にする朗読、楽しみにしているよ!」
そのとき、私の心臓がドキン、とはねた。
「みんなを笑顔にする、朗読……」
今の私に出来るのだろうか。
そんな、素晴らしい朗読——あるいは読み聞かせが。
ゾクっと背筋が震える。
また、私の読み聞かせで目の前のみんなが笑顔になる瞬間が……見たい。
いよいよ……ウガツ先輩との勝負の時間だ。
私はウガツ先輩に連れられて、劇団ヒミツ基地へとやってきた。
一冊の絵本をトートバッグに入れて。
ヒミツ基地は、見たところ昔ながらの普通の家だった。
しかし、玄関にかけられた木製の掛け看板には、こう書かれている。
【劇団ヒミツ基地 演劇小屋】と。
なかに入ると、玄関からもうそこは……ヒミツ基地だった!
古い家でよく見る段差〝上がりかまち〟って言うらしいんだけど、それがモザイクタイルで可愛らしくリノベーションされていて。
壁は緑色! なんだか海外ドラマの家みたい。
その壁には、カラフルな三角フラッグのガーランドが飾られていて、見ているだけでわくわくする。
なんだか、ここ……ちょっと素敵じゃないっ?
「ここは、祖父母の家だったんだ。もう天国へ行ってしまったがね」
ウガツ先輩は、何でもないことのようにさらっとそう言った。
その横顔は、どこか寂しそうで。
そっか。ここ、ウガツ先輩の思い出の家なんだ。
「今日は、置いてあるルームシューズを履いてくれたまえ。次、レッスンがある時はレッスン用のシューズがあるといいだろうね」
「いやいや、まだ入団するつもりないんですけど……」
「奥には男女それぞれに更衣室がある。ジャージなどのレッスン着はそこで着替えてくれたまえ」
聞いてないな。まあ、慣れたけど。
上がってすぐの部屋に入るとそこは居間だった。
緑色の壁に映える、革ばりの茶色いソファ。
年代物っぽいけれど、まだしっかりとしている。
天井まである本棚には、絵本から難しそうな小説まで何でもつまっていた。
電気、ガス、水道まで通っているようで、冷蔵庫にはお菓子やジュースのペットボトルが入っていた。
「すごい……。本当にヒミツ基地なんですね、ここ」
「僕も気に入っているから、その褒め言葉はとても嬉しいよ。舞台はこっちだ」
居間を出て、一番奥の部屋に向かう。
引き戸を開けると、学校の教室くらいの広さの部屋が広がっていた。
「もともとは応接間だった場所を改造したんだ」
入って正面には、床から一段高いだけの小さな舞台。
これが、ヒミツ基地の舞台。
とてもささやかな舞台ではあるものの、それを見た瞬間、図書館での苦い記憶が蘇る。
また、声が出なくなるんじゃないかと言う恐怖に冷たい汗が一筋、背中を流れてゆく。
「あはは。何で私、こんなに緊張してるんですかね」
「それは今から、君がここで朗読劇をするからだ」
「朗読劇なんて、そんな。私はただいつも通り、読み聞かせをするだけです」
「ん。それは、どういうことだい」
「へっ?」
「読み聞かせと朗読は、違うものなのかい」
「そりゃ、そうですよ」
読み聞かせは、読み手と聞き手のコミュニケーションが大切なんだ。
読んでいる途中に、子どもたちからの感想が入ったら返してあげたり、質問があったら答えたり……それが、読み聞かせ。
一方、朗読は演技力がとても大事になってくる!
絵本と違って、絵がないから、読み手の演技力だけで物語を作り上げるんだ。
「読み聞かせと朗読劇は違うんです。私は、子どもたちに向けたものしか読んでこなかったので……」
ボランティアを辞めてからも、読み聞かせの練習はしてきた。
あれから少しは、成長したはず。
でも……また声が出なくなったら。
「……怖いのかい」
「えっ」
「鳥塚くんから聞いたよ」
「セントから、何を……?」
「君の、これまでのことをちょっとね」
そういえば、ウガツ先輩の趣味って。
———〝他人の人生を徹底的に知ること〟!
「悪趣味では……?」
「ふふ、よく言われる」
目を細めて笑う、ウガツ先輩。
まるで、その言葉が名誉でもあるかのように。
やっぱり、変わった人だ!
「ただひたすらに本を読めば、子どもたちは笑ってくれたのかい?」
「えっ……」
「心をこめなければ、観客は魅了されない。君の朗読は、素晴らしい。自信を持ちたまえ」
それは、劇団に初めて勧誘されたときに先輩に言われた言葉だった。
一気に、心が軽くなるのを感じる。
先輩に、たった一言言われただけなのに不思議だ。
トートバッグから、絵本を取り出す。
この絵本で、今から私はもう一度舞台に立つ。
私の舞台の幕が、また上がろうとしている。
「……さあ、審査員が入ってくるぞ」
舞台部屋の引き戸が、ガラッと開く。
「———え!」
入ってきたのは、小さい子ではなかった。
私と同年代の男の子だ!
しかも、一人だけ。
慌てて、舞台そでにいるウガツ先輩に問いかけた。
「どういうことですか? 審査員は保育園や幼稚園の子なんじゃ……」
「そんなこと、僕は一言も言っていない」
「そ、そんなっ」
先輩は、私が子供たちに読み聞かせをしていたことを知っていた。
だから、観客は小さい子だと思ってた。
いや……思い込んでた……。
「私、絵本の読み聞かせしか……!」
「沈丁花くん」
トン、と背中を押された。
「え、ちょっと……」
とたん、ぶわっと視界が広がる。
審査員の男の子がジッとこちらを見ている。
絵本を握りしめている右手に、ドバドバと手汗がにじんでくる。
舞台に、立ってしまった。
「目の前の舞台は、今からきみだけのものだ」
「私、だけの……」
もう、後戻りはできないってことか。
「……わかりました。私、読みます」
覚悟を決めよう。
目の前のたった一人の審査員に見せつけてやるんだ。
私が今までやってきたことの全てを。
いつもと違う、舞台。
いつもと違う、発声。
いつもと違う、聞き手。
ただ、一生懸命に読んだ。
「……おしまい」
最後のページまで読み終えると、汗びっしょりになっていることに気づいた。
拍手は聞こえてこない。
これが私の読み聞かせの評価ということか……。
緊張で冷たくなった手足を動かし、「ありがとうございました」と頭を下げた。
とぼとぼと舞台を降りる。
緊張と疲労で、もうふらふらだった。
すると、舞台袖でウガツ先輩が残念そうに眉を下げた。
「君の自信のなさが、今の読み聞かせに出てしまっていたな」
それに、私はパッと顔をあげる。
「……うそ」
「君はさっき〝自分は子どもに向けてしか読み聞かせは出来ない〟と言っていたね」
「は、はい……」
「それが原因だ」
「……なるほど」
「しかし君の自信のなさ、劇団ヒミツ基地に入れば全て解決する!」
唐突な急ハンドル。何、このズルい勧誘。
でも、確かにそうだ。
私は、絵本の面白さに頼ってばかりいたんだ。
無意識に、自分の実力に向き合おうとしていなかったのかも。
もっと、読み聞かせがうまくなりたい。
もっともっと成長したら、読み聞かせの世界に戻れるかもしれない!
「ウガツ先輩。私……入団します! 先輩の劇団に!」
「そうか!」
ウガツ先輩が満面の笑みで、私の両手をぎゅうっと握りしめてきた。
「ようこそ、沈丁花くん! 鳥塚くんも、長らく待っていたぞ」
「えっ?」
———何それ……どういうことッ?
「何だ、知らなかったのかい。美術部である鳥塚くんは、たびたびヒミツ基地の裏方を手伝ってくれていてね。舞台装置や音響監督、衣装に舞台メイクなどなど。もはや、劇団の影の功労者なのだよ」
そうか……!
だからセントのやつ、あんなにウガツ先輩のことにくわしかったのか!
「沈丁花くん。僕はね、きみの〝スキル〟を買っている。だから、ぜひ頑張ってくれたまえ」
「スキル……?」
何それ? 私にそんなすごいものがあるの?
それってなんですか、って聞こうとしたけれどウガツ先輩はさっさと部屋から出て行こうとしていた。
そういえば、さっきの審査員の男の子は……あれ? いなくなってる。
結局、誰だったんだろう。
「沈丁花くん。稽古場を案内するよ。もともと祖父の趣味の部屋だったところでね」
言いながら、ウガツ先輩はさっさと部屋を出ていく。
ウガツ先輩は歩幅が広いから、追いかけるのが大変なんだ。
廊下をはさんだ向かいが、稽古場らしい。
引き戸のカラフルな擦りガラスに、人影が見えた。
なかに、誰かいるみたい。
ガラッと戸を引くと、きれいな花の刺繍がされたレースのカーテンが引かれた大きな窓から、淡い陽光がこぼれていた。
さっきの部屋と同じくらいの広さ。
壁一面に大きな鏡が設置してある。
その前で、誰かが柔軟体操をしていた。
あれは———さっき私の読み聞かせを聞いていた、審査員の男の子!
その時、ポンと誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、セントがひらひらと手を振っている。
「おお、来たなあ。マシロ」
「セント。あんた、この劇団に出入りしてたの。さっき先輩から聞いたよ」
「ふはは。悪い悪い。びっくりしたか? 大成功だな」
にっこりとほほ笑む、セント。
セントって昔っから、こうやって人の驚く顔を見るのが好きなんだよね。
こちらとしては、ビックリするから止めてほしいんだけど。
「マシロがヒミツ基地に入団したら、楽しくなるだろうなって思ってたんだ。だから、嬉しいよ」
でも、毎回こういうことをいうから許しちゃうんだよね。
「マシロがここにいる……と、言うことは。ウガツ先輩との勝負、負けたってことだな?」
「ま、負けたわけじゃない。ここにくれば、成長できると思ったから来ただけで」
「なるほど、マシロらしいな。まあ、これから一緒に楽しもうな!」
セントとは、付き合いが長いからわかってしまう。
心の底から、私を歓迎してくれていること。
そして、そんなセントとは反対なのが、さっきの審査員さん。
不機嫌丸出しで私のことをチラチラと盗み見ながら、柔軟をしている人物。
「ウガツ先輩。あの人は劇団員の方なんですよね?」
「ああ、もちろん。だが順番に行こう」
すると、ウガツ先輩は手のひらを上に向け、まずはセントの方に向けた。
「沈丁花くんは彼とは古い付き合いのようだね。劇団ヒミツ基地の影の功労者・鳥塚セントくんだ。こちらでもよろしく頼むよ」
ニヤッと口角を上げ、「よろー」と裏ピースをするセント。
ウガツ先輩は次に、仏頂面の劇団員さんに手のひらを向けた。
「彼は苅安賀ハイドくん。僕と同じ二年生だ」
紹介されているにも関わらず、苅安賀先輩は頭を下げるでもなく柔軟を続けている。
目を合わせてもくれない。
「あの、ウガツ先輩」
意を決して、私はウガツ先輩に耳元で相談する。
「私、苅安賀先輩に何かしたんでしょうか」
しかし先輩はなんてことのないようにケロッと恐ろしいことを言った。
「ハイドは、新入りに厳しいのさ」
「何でですか?」
「自分に厳しいからね、ハイドは。自然と他人にも厳しくなるのさ。新入りは特に」
「じゃ、じゃあ私はどうすればいいんですか?」
「すまないが気に入られるように、頑張ってくれたまえ」
「はあああっ?」
ジロッと苅安賀先輩を恨めし気に見上げる。
すると、その二倍の鋭い眼光でズドンとにらまれた。
ビクッと、肩が震える。
すごい。鋭すぎて、本当に目から矢が発射されたのかと思ったよ。
さすが、〝あの〟ウガツ先輩の劇団の団員なだけはある。
私みたいな一般人が、こんなすごい劇団でやっていけるのかな~……。
苅安賀先輩の目力にビクビクしていると、セントがそっと隣にやってきた。
「マシロ。俺も苅安賀先輩には苦労した。安心しろ、俺も協力してやる」
「セント……よかったっ。早々に辞めます、って言うところだったよ」
「マジか。そんなこと言うなよ。ただでさえ人数が欲しいところなんだから」
苦笑するセントに、目を丸くする私。
「そうなの? 劇団って言うくらいだし、団員もこれだけじゃないんでしょ」
「いや、ここにいるメンバーで全員だよ」
「えっ」
この劇団、全員で三人なの? 嘘でしょ!
「俺が入るまではウガツ先輩一人で、役者も裏方もこなしていたらしい」
「もしかして、それが理由でセントはウガツ先輩に勧誘されたの?」
「そういうことになるな」
やっぱり、私のときみたいにゴーインな勧誘だったのかな。
「もともと舞台装置には興味があったし、美術部に入ったのもモノ作りがやりたかったからだしな。美術部の方は……最近、行けてないけど」
「でもさ、たったこれだけの人数で演劇なんてできるの?」
———バンッ
壁を叩く、強烈な音。苅安賀先輩だ。
「一年生。お前、演劇のことを何も知らないようだな」
物凄い威圧感。
これが、役者かっ。オーラがハンパない。
「ハイド先輩。そんな言い方ないんじゃないですか」
セントがフォローしてくれるけれど、苅安賀先輩の表情は変わらない。
「無知は恥だ。特に役者にとってはな。さっきのお前の舞台、見させてもらったが……がっかりした。俺にはお前がこの劇団ヒミツ基地に入団できるレベルとは到底思えない」
何なの、このヒドイ言われよう!
初対面の人にここまで言われる筋合いなんてないんですけど!
「私はただの読み聞かせボランティアです! 劇団にもたった今入団したばかりですし。知らなくても仕方ないんじゃないですか」
「———ん? お前……今、読み聞かせをしていたと言ったか?」
突然、苅安賀先輩の目の色が変わる。
「は、はあ。それが何か」
さっきまで私に向けられていた鋭い視線が、今度はウガツ先輩に向けられる。
何々、一体どうしたっていうの。
「ルイ。この読み聞かせボランティアがそうなのか」
「ああ、そうだよ。まさしく、彼女だ」
ウガツ先輩がニッコリと頷く。
「あ、あのう。何の話ですか」
すると苅安賀先輩は、なんとも渋い顔をしながら私のほうに顔を寄せてくる。
「お前、以前図書館でルイの甥っ子に『チョコレート惑星』という絵本を読み聞かせたらしいな」
「チョコレート惑星……」
確かに、ボランティアをしていたとき、その絵本を選書したことはあるけれど。
「その読み聞かせボランティアをこの劇団に勧誘すると、ルイは言っていた。それが、お前だ」
「ええ!」
ウガツ先輩が「そうなんだ」と続ける。
「姉に頼まれて、甥っ子を図書館に連れて行ったんだよ。そうしたら、ちょうど読み聞かせの時間でね。とてもよかったよ。沈丁花くんは声がいい」
こんなにストレートに褒められることもなかなかないので、自然と顔が熱くなってくる。
ウガツ先輩って、本当に褒めるのがうまいよね。
「鳥塚くんから、沈丁花くんが読み聞かせボランティアをしていたことを聞いてね。そして、授業での音読を聞いて確信したよ。君が、あの時の読み聞かせボランティアだったことをね」
そういう経緯で、私は勧誘されたってわけか。
まさか、ウガツ先輩に甥っ子がいたなんて驚いたなあ……。
———バンッ
あわわ。苅安賀先輩がまた壁を叩いた! 痛くないのかな?
手の平の皮がそうとう厚いとみた。
「話を戻すぞ」
自分から話題をそらしたんじゃないですか。
次は何を言い出すんだ……。
「沈丁花マシロ。お前の演劇知識のなさは致命的だ。と、言うわけで」
ビシッと向けられる、苅安賀先輩の人差し指。
ウガツ先輩と言い、この先輩と言い、やっぱり演劇をやっている人たちの動きは一挙手一投足がハデハデだ。
「俺はこの一年生に、今からエチュード対決を申し込む」
休み時間にボーッと外を見ていると、隣の席のセントがつぶやいた。
「そういえば、昨日は大丈夫だったのか」
「何が?」
「ウガツ先輩だよ。会わずに帰れたのか」
私はふるふると首を振った。
「なんか朗読を披露しろって言われた」
「ははっ。なんだ、それ」
不思議そうに言うセントに、私もつられて「ふふっ」と笑う。
「こっちが聞きたいよ。本当に変な先輩だよね。発想がつきぬけてて」
「朗読を見せて、それでどうするんだ?」
「審査員を納得させるくらいの朗読を見せたら、私を勧誘するのを止めるって」
「審査員って、誰がやるの?」
「読み聞かせで読んだ絵本でいいって言ってたし、知り合いの小学生の子とかじゃない?」
セントは「なるほど」と言うと、机に頬杖をついてこちらを覗き込んできた。
「マシロ。路上演劇って、知ってる?」
「まあ、言葉の並びで大体予想はつくけど」
「ここ、十六夜市で毎年行われる、大演劇祭ってあるだろ。大会には路上演劇部門か屋内演劇部門それぞれあって、どちらも〝年齢を問わず〟出場できる。そして去年、その路上演劇部門で大賞をとったのが、ウガツ先輩だ」
私はシャープペンシルをカチカチやりながら、首をかしげた。
「すごいこと、なんだろうけど知らない世界だからピンと来ないなあ。そんなにすごいの?」
「つまり、小道具やセットはなし。ほとんどがアドリブでのパフォーマンス。それで、大賞に選ばれたってこと」
「……中学生だからじゃない? だから、スゴイってなったとか」
「それは、否定できない」
あっさりとうなずいたセントに、私は拍子抜けた。
「なんだ。やっぱりそうなんじゃん」
「だから、お前を勧誘しようとしているらしい」
「……は?」
何を言われようとしているのわからなくて、まるでマンガのように首を傾げてしまう。
「先輩は今年、屋内演劇部門に出ようとしている。路上演劇部門と屋内演劇部門の二冠を達成すれば、〝ホンモノ〟になれるだろ」
「じゃあ私は……」
「マシロはそのために、劇団ヒミツ基地の新しい風として選ばれたってこと。期待の新人ってやつだな!」
何それ!
私、何を期待されてるの?
「てか、セント。やたらウガツ先輩のことについてくわしくない? ファンなの?」
「いや、ファンって。……このくらい、十六夜中の人間なら知ってて当然なんだよ」
「どうせ、私は何も知らないですよ~」
不満げに唇を尖らせてやる。
そして持っていたシャープペンシルをぎゅ、とにぎりしめると私は叫んだ。
「とにかく、ウガツ先輩の思い通りになんてさせないんだからっ!」
「いいね。パッションが溢れてる!」
耳に入って来た聞き覚えのある声に、反射的に背筋が悪寒が走る。
顔を上げると、案の定ウガツ先輩がニッコリとほほ笑んでいる。
「な、なんですか。ウガツ先輩」
「勝負の日程を伝えに来たんだよ。本日、放課後! 場所は、劇団ヒミツ基地の舞台小屋にて。ルールは単純明快……審査員を納得させることだ!」
ひとたび、ウガツ先輩がしゃべるだけで、もうそこは舞台の上のようだ。
こんな人が、どうして私を勧誘してくるんだろう。
ウガツ先輩が、私の肩をポンと叩いた。
「沈丁花くん。僕の劇団が、どうしてヒミツ基地という名前なのか、わかるかい?」
「……なんですか、突然。そんなの知りませんよ」
「ヒミツ基地って響き、とてもわくわくするだろう? つい、笑顔になってしまわないかい?」
「それは……まあ」
「みんなを笑顔にする朗読、楽しみにしているよ!」
そのとき、私の心臓がドキン、とはねた。
「みんなを笑顔にする、朗読……」
今の私に出来るのだろうか。
そんな、素晴らしい朗読——あるいは読み聞かせが。
ゾクっと背筋が震える。
また、私の読み聞かせで目の前のみんなが笑顔になる瞬間が……見たい。
いよいよ……ウガツ先輩との勝負の時間だ。
私はウガツ先輩に連れられて、劇団ヒミツ基地へとやってきた。
一冊の絵本をトートバッグに入れて。
ヒミツ基地は、見たところ昔ながらの普通の家だった。
しかし、玄関にかけられた木製の掛け看板には、こう書かれている。
【劇団ヒミツ基地 演劇小屋】と。
なかに入ると、玄関からもうそこは……ヒミツ基地だった!
古い家でよく見る段差〝上がりかまち〟って言うらしいんだけど、それがモザイクタイルで可愛らしくリノベーションされていて。
壁は緑色! なんだか海外ドラマの家みたい。
その壁には、カラフルな三角フラッグのガーランドが飾られていて、見ているだけでわくわくする。
なんだか、ここ……ちょっと素敵じゃないっ?
「ここは、祖父母の家だったんだ。もう天国へ行ってしまったがね」
ウガツ先輩は、何でもないことのようにさらっとそう言った。
その横顔は、どこか寂しそうで。
そっか。ここ、ウガツ先輩の思い出の家なんだ。
「今日は、置いてあるルームシューズを履いてくれたまえ。次、レッスンがある時はレッスン用のシューズがあるといいだろうね」
「いやいや、まだ入団するつもりないんですけど……」
「奥には男女それぞれに更衣室がある。ジャージなどのレッスン着はそこで着替えてくれたまえ」
聞いてないな。まあ、慣れたけど。
上がってすぐの部屋に入るとそこは居間だった。
緑色の壁に映える、革ばりの茶色いソファ。
年代物っぽいけれど、まだしっかりとしている。
天井まである本棚には、絵本から難しそうな小説まで何でもつまっていた。
電気、ガス、水道まで通っているようで、冷蔵庫にはお菓子やジュースのペットボトルが入っていた。
「すごい……。本当にヒミツ基地なんですね、ここ」
「僕も気に入っているから、その褒め言葉はとても嬉しいよ。舞台はこっちだ」
居間を出て、一番奥の部屋に向かう。
引き戸を開けると、学校の教室くらいの広さの部屋が広がっていた。
「もともとは応接間だった場所を改造したんだ」
入って正面には、床から一段高いだけの小さな舞台。
これが、ヒミツ基地の舞台。
とてもささやかな舞台ではあるものの、それを見た瞬間、図書館での苦い記憶が蘇る。
また、声が出なくなるんじゃないかと言う恐怖に冷たい汗が一筋、背中を流れてゆく。
「あはは。何で私、こんなに緊張してるんですかね」
「それは今から、君がここで朗読劇をするからだ」
「朗読劇なんて、そんな。私はただいつも通り、読み聞かせをするだけです」
「ん。それは、どういうことだい」
「へっ?」
「読み聞かせと朗読は、違うものなのかい」
「そりゃ、そうですよ」
読み聞かせは、読み手と聞き手のコミュニケーションが大切なんだ。
読んでいる途中に、子どもたちからの感想が入ったら返してあげたり、質問があったら答えたり……それが、読み聞かせ。
一方、朗読は演技力がとても大事になってくる!
絵本と違って、絵がないから、読み手の演技力だけで物語を作り上げるんだ。
「読み聞かせと朗読劇は違うんです。私は、子どもたちに向けたものしか読んでこなかったので……」
ボランティアを辞めてからも、読み聞かせの練習はしてきた。
あれから少しは、成長したはず。
でも……また声が出なくなったら。
「……怖いのかい」
「えっ」
「鳥塚くんから聞いたよ」
「セントから、何を……?」
「君の、これまでのことをちょっとね」
そういえば、ウガツ先輩の趣味って。
———〝他人の人生を徹底的に知ること〟!
「悪趣味では……?」
「ふふ、よく言われる」
目を細めて笑う、ウガツ先輩。
まるで、その言葉が名誉でもあるかのように。
やっぱり、変わった人だ!
「ただひたすらに本を読めば、子どもたちは笑ってくれたのかい?」
「えっ……」
「心をこめなければ、観客は魅了されない。君の朗読は、素晴らしい。自信を持ちたまえ」
それは、劇団に初めて勧誘されたときに先輩に言われた言葉だった。
一気に、心が軽くなるのを感じる。
先輩に、たった一言言われただけなのに不思議だ。
トートバッグから、絵本を取り出す。
この絵本で、今から私はもう一度舞台に立つ。
私の舞台の幕が、また上がろうとしている。
「……さあ、審査員が入ってくるぞ」
舞台部屋の引き戸が、ガラッと開く。
「———え!」
入ってきたのは、小さい子ではなかった。
私と同年代の男の子だ!
しかも、一人だけ。
慌てて、舞台そでにいるウガツ先輩に問いかけた。
「どういうことですか? 審査員は保育園や幼稚園の子なんじゃ……」
「そんなこと、僕は一言も言っていない」
「そ、そんなっ」
先輩は、私が子供たちに読み聞かせをしていたことを知っていた。
だから、観客は小さい子だと思ってた。
いや……思い込んでた……。
「私、絵本の読み聞かせしか……!」
「沈丁花くん」
トン、と背中を押された。
「え、ちょっと……」
とたん、ぶわっと視界が広がる。
審査員の男の子がジッとこちらを見ている。
絵本を握りしめている右手に、ドバドバと手汗がにじんでくる。
舞台に、立ってしまった。
「目の前の舞台は、今からきみだけのものだ」
「私、だけの……」
もう、後戻りはできないってことか。
「……わかりました。私、読みます」
覚悟を決めよう。
目の前のたった一人の審査員に見せつけてやるんだ。
私が今までやってきたことの全てを。
いつもと違う、舞台。
いつもと違う、発声。
いつもと違う、聞き手。
ただ、一生懸命に読んだ。
「……おしまい」
最後のページまで読み終えると、汗びっしょりになっていることに気づいた。
拍手は聞こえてこない。
これが私の読み聞かせの評価ということか……。
緊張で冷たくなった手足を動かし、「ありがとうございました」と頭を下げた。
とぼとぼと舞台を降りる。
緊張と疲労で、もうふらふらだった。
すると、舞台袖でウガツ先輩が残念そうに眉を下げた。
「君の自信のなさが、今の読み聞かせに出てしまっていたな」
それに、私はパッと顔をあげる。
「……うそ」
「君はさっき〝自分は子どもに向けてしか読み聞かせは出来ない〟と言っていたね」
「は、はい……」
「それが原因だ」
「……なるほど」
「しかし君の自信のなさ、劇団ヒミツ基地に入れば全て解決する!」
唐突な急ハンドル。何、このズルい勧誘。
でも、確かにそうだ。
私は、絵本の面白さに頼ってばかりいたんだ。
無意識に、自分の実力に向き合おうとしていなかったのかも。
もっと、読み聞かせがうまくなりたい。
もっともっと成長したら、読み聞かせの世界に戻れるかもしれない!
「ウガツ先輩。私……入団します! 先輩の劇団に!」
「そうか!」
ウガツ先輩が満面の笑みで、私の両手をぎゅうっと握りしめてきた。
「ようこそ、沈丁花くん! 鳥塚くんも、長らく待っていたぞ」
「えっ?」
———何それ……どういうことッ?
「何だ、知らなかったのかい。美術部である鳥塚くんは、たびたびヒミツ基地の裏方を手伝ってくれていてね。舞台装置や音響監督、衣装に舞台メイクなどなど。もはや、劇団の影の功労者なのだよ」
そうか……!
だからセントのやつ、あんなにウガツ先輩のことにくわしかったのか!
「沈丁花くん。僕はね、きみの〝スキル〟を買っている。だから、ぜひ頑張ってくれたまえ」
「スキル……?」
何それ? 私にそんなすごいものがあるの?
それってなんですか、って聞こうとしたけれどウガツ先輩はさっさと部屋から出て行こうとしていた。
そういえば、さっきの審査員の男の子は……あれ? いなくなってる。
結局、誰だったんだろう。
「沈丁花くん。稽古場を案内するよ。もともと祖父の趣味の部屋だったところでね」
言いながら、ウガツ先輩はさっさと部屋を出ていく。
ウガツ先輩は歩幅が広いから、追いかけるのが大変なんだ。
廊下をはさんだ向かいが、稽古場らしい。
引き戸のカラフルな擦りガラスに、人影が見えた。
なかに、誰かいるみたい。
ガラッと戸を引くと、きれいな花の刺繍がされたレースのカーテンが引かれた大きな窓から、淡い陽光がこぼれていた。
さっきの部屋と同じくらいの広さ。
壁一面に大きな鏡が設置してある。
その前で、誰かが柔軟体操をしていた。
あれは———さっき私の読み聞かせを聞いていた、審査員の男の子!
その時、ポンと誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、セントがひらひらと手を振っている。
「おお、来たなあ。マシロ」
「セント。あんた、この劇団に出入りしてたの。さっき先輩から聞いたよ」
「ふはは。悪い悪い。びっくりしたか? 大成功だな」
にっこりとほほ笑む、セント。
セントって昔っから、こうやって人の驚く顔を見るのが好きなんだよね。
こちらとしては、ビックリするから止めてほしいんだけど。
「マシロがヒミツ基地に入団したら、楽しくなるだろうなって思ってたんだ。だから、嬉しいよ」
でも、毎回こういうことをいうから許しちゃうんだよね。
「マシロがここにいる……と、言うことは。ウガツ先輩との勝負、負けたってことだな?」
「ま、負けたわけじゃない。ここにくれば、成長できると思ったから来ただけで」
「なるほど、マシロらしいな。まあ、これから一緒に楽しもうな!」
セントとは、付き合いが長いからわかってしまう。
心の底から、私を歓迎してくれていること。
そして、そんなセントとは反対なのが、さっきの審査員さん。
不機嫌丸出しで私のことをチラチラと盗み見ながら、柔軟をしている人物。
「ウガツ先輩。あの人は劇団員の方なんですよね?」
「ああ、もちろん。だが順番に行こう」
すると、ウガツ先輩は手のひらを上に向け、まずはセントの方に向けた。
「沈丁花くんは彼とは古い付き合いのようだね。劇団ヒミツ基地の影の功労者・鳥塚セントくんだ。こちらでもよろしく頼むよ」
ニヤッと口角を上げ、「よろー」と裏ピースをするセント。
ウガツ先輩は次に、仏頂面の劇団員さんに手のひらを向けた。
「彼は苅安賀ハイドくん。僕と同じ二年生だ」
紹介されているにも関わらず、苅安賀先輩は頭を下げるでもなく柔軟を続けている。
目を合わせてもくれない。
「あの、ウガツ先輩」
意を決して、私はウガツ先輩に耳元で相談する。
「私、苅安賀先輩に何かしたんでしょうか」
しかし先輩はなんてことのないようにケロッと恐ろしいことを言った。
「ハイドは、新入りに厳しいのさ」
「何でですか?」
「自分に厳しいからね、ハイドは。自然と他人にも厳しくなるのさ。新入りは特に」
「じゃ、じゃあ私はどうすればいいんですか?」
「すまないが気に入られるように、頑張ってくれたまえ」
「はあああっ?」
ジロッと苅安賀先輩を恨めし気に見上げる。
すると、その二倍の鋭い眼光でズドンとにらまれた。
ビクッと、肩が震える。
すごい。鋭すぎて、本当に目から矢が発射されたのかと思ったよ。
さすが、〝あの〟ウガツ先輩の劇団の団員なだけはある。
私みたいな一般人が、こんなすごい劇団でやっていけるのかな~……。
苅安賀先輩の目力にビクビクしていると、セントがそっと隣にやってきた。
「マシロ。俺も苅安賀先輩には苦労した。安心しろ、俺も協力してやる」
「セント……よかったっ。早々に辞めます、って言うところだったよ」
「マジか。そんなこと言うなよ。ただでさえ人数が欲しいところなんだから」
苦笑するセントに、目を丸くする私。
「そうなの? 劇団って言うくらいだし、団員もこれだけじゃないんでしょ」
「いや、ここにいるメンバーで全員だよ」
「えっ」
この劇団、全員で三人なの? 嘘でしょ!
「俺が入るまではウガツ先輩一人で、役者も裏方もこなしていたらしい」
「もしかして、それが理由でセントはウガツ先輩に勧誘されたの?」
「そういうことになるな」
やっぱり、私のときみたいにゴーインな勧誘だったのかな。
「もともと舞台装置には興味があったし、美術部に入ったのもモノ作りがやりたかったからだしな。美術部の方は……最近、行けてないけど」
「でもさ、たったこれだけの人数で演劇なんてできるの?」
———バンッ
壁を叩く、強烈な音。苅安賀先輩だ。
「一年生。お前、演劇のことを何も知らないようだな」
物凄い威圧感。
これが、役者かっ。オーラがハンパない。
「ハイド先輩。そんな言い方ないんじゃないですか」
セントがフォローしてくれるけれど、苅安賀先輩の表情は変わらない。
「無知は恥だ。特に役者にとってはな。さっきのお前の舞台、見させてもらったが……がっかりした。俺にはお前がこの劇団ヒミツ基地に入団できるレベルとは到底思えない」
何なの、このヒドイ言われよう!
初対面の人にここまで言われる筋合いなんてないんですけど!
「私はただの読み聞かせボランティアです! 劇団にもたった今入団したばかりですし。知らなくても仕方ないんじゃないですか」
「———ん? お前……今、読み聞かせをしていたと言ったか?」
突然、苅安賀先輩の目の色が変わる。
「は、はあ。それが何か」
さっきまで私に向けられていた鋭い視線が、今度はウガツ先輩に向けられる。
何々、一体どうしたっていうの。
「ルイ。この読み聞かせボランティアがそうなのか」
「ああ、そうだよ。まさしく、彼女だ」
ウガツ先輩がニッコリと頷く。
「あ、あのう。何の話ですか」
すると苅安賀先輩は、なんとも渋い顔をしながら私のほうに顔を寄せてくる。
「お前、以前図書館でルイの甥っ子に『チョコレート惑星』という絵本を読み聞かせたらしいな」
「チョコレート惑星……」
確かに、ボランティアをしていたとき、その絵本を選書したことはあるけれど。
「その読み聞かせボランティアをこの劇団に勧誘すると、ルイは言っていた。それが、お前だ」
「ええ!」
ウガツ先輩が「そうなんだ」と続ける。
「姉に頼まれて、甥っ子を図書館に連れて行ったんだよ。そうしたら、ちょうど読み聞かせの時間でね。とてもよかったよ。沈丁花くんは声がいい」
こんなにストレートに褒められることもなかなかないので、自然と顔が熱くなってくる。
ウガツ先輩って、本当に褒めるのがうまいよね。
「鳥塚くんから、沈丁花くんが読み聞かせボランティアをしていたことを聞いてね。そして、授業での音読を聞いて確信したよ。君が、あの時の読み聞かせボランティアだったことをね」
そういう経緯で、私は勧誘されたってわけか。
まさか、ウガツ先輩に甥っ子がいたなんて驚いたなあ……。
———バンッ
あわわ。苅安賀先輩がまた壁を叩いた! 痛くないのかな?
手の平の皮がそうとう厚いとみた。
「話を戻すぞ」
自分から話題をそらしたんじゃないですか。
次は何を言い出すんだ……。
「沈丁花マシロ。お前の演劇知識のなさは致命的だ。と、言うわけで」
ビシッと向けられる、苅安賀先輩の人差し指。
ウガツ先輩と言い、この先輩と言い、やっぱり演劇をやっている人たちの動きは一挙手一投足がハデハデだ。
「俺はこの一年生に、今からエチュード対決を申し込む」
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