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(くっそ!どうなっている)
隠れ家で目を覚ますと金貨も宝石もなくなっていた。一緒に逃げてきた妻や娘の姿も見えない。
城で働いていた娘が髪を振り乱し帰って来たのが3日前。
「父上、今すぐに逃げましょう!国王陛下とサーブル王子が幽閉されたわ」
「なんだと!どういうことだ」
「分からないわよ!どういう訳かウラーラ王妃の薬が効いていないのよ。それに、今日の会議でボーロ商会の裏帳簿が提出されたと聞いたわ。裏帳簿の管理はお父様がしていたはずよ」
慌てて金庫のある部屋に向かった。金庫は壊された形跡もなく、いつも通りダイヤルを回す。
「ない・・・裏帳簿が」
裏帳簿以外にも脅迫に仕えそうなネタがこの金庫に入っていた。それがいつ盗まれたのか見当もつかず途方に暮れていると、そこに1枚の紙切れが見えた。
“貴方の秘密は私がもらったわ ~アミスティ~”
「あのアマ!」
アミスティは1週間前に娼館で買った女だ。酒と彼女の性技に踊らされ、ベラベラと調子に乗ってしゃべった記憶が蘇る。あの後何度娼館に通っても彼女と会えなかった。
「誰よ。アミスティって?」
「・・・・それより屋敷にあるだけの金貨と宝石を集めろ、すぐに屋敷を出る」
「急いで今はお父様の言うことを聞くのよ」
***
私はボーロ商会のひとり娘ウェンディス。
平民の出だが両親が貴族より資金を潤沢に持っていたので王宮で働くことができた。
でも、王宮では真面目に働いてもボーロ商会の娘と言うだけで、みんな顔を背ける。どうせ羨ましがって陰口でも言っているのだろう。お父様が裏でやましいことをしていると言って来る輩もいるが『騙される奴が悪い』と言い返した。
ザーブル王子がたまにお茶に呼んでくれるけど、流石に王子と結婚できるなど甘い考えは持っていない。あくまでもビジネスの関係だ。私が狙うのはこの国の将軍を務めるバッカム侯爵なのだ。
背も高く、鍛えた身体は軍服が良く似合う。短く切りそろえた黒髪もキリっとした眉もとにかく格好いい。私は少し太っていて、顔もそこそこだけどお父様の力があれば婚約も夢ではない。
そのうえバッカム様は、代々将軍職を務める家系で家柄も文句のつけようがないのだ。お父様も爵位のある男性と結婚させたいようで、話を進めるとおしゃってくれた。ボーロ商会の資金とバッカム様の家柄があれば怖いものなしだ。
釣書を何度か送ったが返事はいつも『有難い申し出だが、我が家はお金に困っていない』という返事ばかり。適齢期を過ぎたバッカム様だ。ひとまわりも違うぴちぴちな私に遠慮をしているのかもしれない。
「ああ、私から告白した方がいいのかしら」
バッカム様の練習風景を覗いていると、いつも嫌味を言って来る女が話しかけてきた。
「クスクス、貴方も可哀そうな人ね」
「どういう意味よ?」
「バッカム卿はウラーラ王妃様をお慕いしているともっぱらな噂よ」
「嘘よ!王妃様は恐ろしい人よ。人を平気で殺せる女を好きになるわけないでしょ!」
「貴方・・・いつも王妃様を恐ろしい人と言うけど、王妃様は何も悪い事なんてしていないじゃない」
「アンタが何も知らないだけでしょ!私はお父様から聞いて知っているのよ。どうせ誰も見ていないところで悪さをしているんだわ」
「ねえ、もう行きましょう。この子といると私たちまで不敬罪で捕まりかねないわ」
「え、ええ。そうね」
仲間の侍女たちは遠巻きに見てくるだけで、誰も話しかけて来なくなった。寂しくはない私はバッカム様がいればそれでいいのだ。
「ふんっどいつもこいつも」
毎日バッカム様が通りそうな場所で時間を潰している。通りゆく人たちから少し気味悪がられたが、一度でいいから彼と話がしてみたかった。そしてある日バッカム様から声をかけてくださったのだ。
「君が、ウェンディス嬢か?」
「バッカム様!バッカム様が私の名前を・・・」
「ああ、報告書で君の名前を読んだ。君が私のストーカーをしているというのは本当なのか」
「いえ、私はただバッカム様のお姿を遠目から見たいだけで、けっして危害を加える気はございません」
「まあ、一応将軍なわけで危害を加えられる気はないが。ボーロ殿にははっきりと婚約を断ったはずだ。このようなことをしても意味がない。もう辞めてもらえないか?」
「なぜです。バッカム様が私のことを知ればきっと気に入ってくださるはずです」
「・・・・・・」
「バッカム様が私と結婚すれば、ボーロ商会の潤沢な資金が手に入ります。それに私は平民の出ですが、ボーロ商会の功績が認められ王宮で侍女をしているのです。一緒に夜会に出ても馬鹿にされることはありません。それに」
「もういい、君は恥ずかしくないのか。若いといっても既に成人しているのだろう。父親の功績にしがみついているようだが、君自身が自慢できるものはないのか」
「私自身が・・・?」
「とにかく君がどれほど私を思ってくれても私には決めた人がいる。君と結婚する気はない」
「もしかして、ウラーラ王妃様ですか?」
「・・・・・・」
「あんな操り人形、好きになっても意味がないわ」
「貴様・・・彼女のことを何か知っているのか?」
バッカム様の殺気に腰を抜かしそうになったが、腕を掴まれ声が出ないでいると『彼女に何かあれば世界の果てまでお前を追いかけてやる』と言って去って行った。
一緒に逃げていたお父様の浮気が発覚し、お父様を見捨ててお母様と一緒にエスト王国を目指している。
「どうしてこんな大変な時に笑っていられるのよ。ちょっと変よ」
「だって、バッカム様が迎えに来てくれるんですもの」
エスト王国に着くとお母様と一緒に下町の食堂で働き始めた。数年が過ぎたころ新聞を読んでいると元ボーロ商会の会長だったボーロ氏が絞殺されたと書かれた小さな記事を見つけた。金目のものは手元に残して来なかったのに、しぶとく生きていたことに驚いた。
そして、母も亡くなり随分と時間が経った。
ある日井戸の水を汲んでいると水面に映る老婆が見えた。随分皺くちゃなお婆さんだなと不思議に思ったが、足元を見ればクローバーが咲いている。
「バッカム様を訓練場で初めて見た時もクローバーが一面に咲いていたわね。ああ、バッカム様早く迎えに来てくれないかしら」
私は汲んだ水を容器に移し仕事場に戻った。
隠れ家で目を覚ますと金貨も宝石もなくなっていた。一緒に逃げてきた妻や娘の姿も見えない。
城で働いていた娘が髪を振り乱し帰って来たのが3日前。
「父上、今すぐに逃げましょう!国王陛下とサーブル王子が幽閉されたわ」
「なんだと!どういうことだ」
「分からないわよ!どういう訳かウラーラ王妃の薬が効いていないのよ。それに、今日の会議でボーロ商会の裏帳簿が提出されたと聞いたわ。裏帳簿の管理はお父様がしていたはずよ」
慌てて金庫のある部屋に向かった。金庫は壊された形跡もなく、いつも通りダイヤルを回す。
「ない・・・裏帳簿が」
裏帳簿以外にも脅迫に仕えそうなネタがこの金庫に入っていた。それがいつ盗まれたのか見当もつかず途方に暮れていると、そこに1枚の紙切れが見えた。
“貴方の秘密は私がもらったわ ~アミスティ~”
「あのアマ!」
アミスティは1週間前に娼館で買った女だ。酒と彼女の性技に踊らされ、ベラベラと調子に乗ってしゃべった記憶が蘇る。あの後何度娼館に通っても彼女と会えなかった。
「誰よ。アミスティって?」
「・・・・それより屋敷にあるだけの金貨と宝石を集めろ、すぐに屋敷を出る」
「急いで今はお父様の言うことを聞くのよ」
***
私はボーロ商会のひとり娘ウェンディス。
平民の出だが両親が貴族より資金を潤沢に持っていたので王宮で働くことができた。
でも、王宮では真面目に働いてもボーロ商会の娘と言うだけで、みんな顔を背ける。どうせ羨ましがって陰口でも言っているのだろう。お父様が裏でやましいことをしていると言って来る輩もいるが『騙される奴が悪い』と言い返した。
ザーブル王子がたまにお茶に呼んでくれるけど、流石に王子と結婚できるなど甘い考えは持っていない。あくまでもビジネスの関係だ。私が狙うのはこの国の将軍を務めるバッカム侯爵なのだ。
背も高く、鍛えた身体は軍服が良く似合う。短く切りそろえた黒髪もキリっとした眉もとにかく格好いい。私は少し太っていて、顔もそこそこだけどお父様の力があれば婚約も夢ではない。
そのうえバッカム様は、代々将軍職を務める家系で家柄も文句のつけようがないのだ。お父様も爵位のある男性と結婚させたいようで、話を進めるとおしゃってくれた。ボーロ商会の資金とバッカム様の家柄があれば怖いものなしだ。
釣書を何度か送ったが返事はいつも『有難い申し出だが、我が家はお金に困っていない』という返事ばかり。適齢期を過ぎたバッカム様だ。ひとまわりも違うぴちぴちな私に遠慮をしているのかもしれない。
「ああ、私から告白した方がいいのかしら」
バッカム様の練習風景を覗いていると、いつも嫌味を言って来る女が話しかけてきた。
「クスクス、貴方も可哀そうな人ね」
「どういう意味よ?」
「バッカム卿はウラーラ王妃様をお慕いしているともっぱらな噂よ」
「嘘よ!王妃様は恐ろしい人よ。人を平気で殺せる女を好きになるわけないでしょ!」
「貴方・・・いつも王妃様を恐ろしい人と言うけど、王妃様は何も悪い事なんてしていないじゃない」
「アンタが何も知らないだけでしょ!私はお父様から聞いて知っているのよ。どうせ誰も見ていないところで悪さをしているんだわ」
「ねえ、もう行きましょう。この子といると私たちまで不敬罪で捕まりかねないわ」
「え、ええ。そうね」
仲間の侍女たちは遠巻きに見てくるだけで、誰も話しかけて来なくなった。寂しくはない私はバッカム様がいればそれでいいのだ。
「ふんっどいつもこいつも」
毎日バッカム様が通りそうな場所で時間を潰している。通りゆく人たちから少し気味悪がられたが、一度でいいから彼と話がしてみたかった。そしてある日バッカム様から声をかけてくださったのだ。
「君が、ウェンディス嬢か?」
「バッカム様!バッカム様が私の名前を・・・」
「ああ、報告書で君の名前を読んだ。君が私のストーカーをしているというのは本当なのか」
「いえ、私はただバッカム様のお姿を遠目から見たいだけで、けっして危害を加える気はございません」
「まあ、一応将軍なわけで危害を加えられる気はないが。ボーロ殿にははっきりと婚約を断ったはずだ。このようなことをしても意味がない。もう辞めてもらえないか?」
「なぜです。バッカム様が私のことを知ればきっと気に入ってくださるはずです」
「・・・・・・」
「バッカム様が私と結婚すれば、ボーロ商会の潤沢な資金が手に入ります。それに私は平民の出ですが、ボーロ商会の功績が認められ王宮で侍女をしているのです。一緒に夜会に出ても馬鹿にされることはありません。それに」
「もういい、君は恥ずかしくないのか。若いといっても既に成人しているのだろう。父親の功績にしがみついているようだが、君自身が自慢できるものはないのか」
「私自身が・・・?」
「とにかく君がどれほど私を思ってくれても私には決めた人がいる。君と結婚する気はない」
「もしかして、ウラーラ王妃様ですか?」
「・・・・・・」
「あんな操り人形、好きになっても意味がないわ」
「貴様・・・彼女のことを何か知っているのか?」
バッカム様の殺気に腰を抜かしそうになったが、腕を掴まれ声が出ないでいると『彼女に何かあれば世界の果てまでお前を追いかけてやる』と言って去って行った。
一緒に逃げていたお父様の浮気が発覚し、お父様を見捨ててお母様と一緒にエスト王国を目指している。
「どうしてこんな大変な時に笑っていられるのよ。ちょっと変よ」
「だって、バッカム様が迎えに来てくれるんですもの」
エスト王国に着くとお母様と一緒に下町の食堂で働き始めた。数年が過ぎたころ新聞を読んでいると元ボーロ商会の会長だったボーロ氏が絞殺されたと書かれた小さな記事を見つけた。金目のものは手元に残して来なかったのに、しぶとく生きていたことに驚いた。
そして、母も亡くなり随分と時間が経った。
ある日井戸の水を汲んでいると水面に映る老婆が見えた。随分皺くちゃなお婆さんだなと不思議に思ったが、足元を見ればクローバーが咲いている。
「バッカム様を訓練場で初めて見た時もクローバーが一面に咲いていたわね。ああ、バッカム様早く迎えに来てくれないかしら」
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