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魔界喰虫の王②
しおりを挟む「……魔女殿とギイトさんを利用する形になってしまいすみませんでした」
二人に頭を深く下げたスティーブ。
急いで駆けつけたのか、息をきらし、衣服は所々ほつれ血が付着していた。
「お前っ!魔界喰虫の護衛も嘘だったのか?」
ギイトは項垂れるスティーブの襟首を強引に掴み上を向かせた。
「……っ、ぐっ。すいませんマイクに頼まれまして……つ、ぇ」喉を締められスティーブの言葉尻が小さくなっていく。
「げふ、落ち着いて下さいギイト」
必要な事を聞く前に殺されてはたまらないとサクヤが慌てて割って入る。スティーブはゼィゼィと肩で息をし、青白い顔で呼吸を整えた。
「利用していたのはお互いさまです。あたしたちは術者を殺したい。近づく為にスティーブさんの護衛をしていたに過ぎません」
サクヤは何処までも平坦だ。
「スティーブ…何故だ?あんな危険な虫の存在をマイクに教えたんだ」
「それは……」
スティーブは言い淀む。
サクヤはニチャアと笑うとスティーブを指差した。
「今さら取り繕わないで下さい。全て自分の為ですよね?
スティーブさんはドドキア戦争がタイソ帝国の介入で終わる事を知った。キサール国は消滅し終戦後に居場所はありません。
貴方は新天地で新たな地位を確率するため、適正のあるマイクさんに魔界喰虫を召喚させたんですよね?
そして、タイソ帝国に魔法兵器を売り込み軍に入隊し、新しい地位を得ました。
でも、思ったように軍の上層部には食い込めない。貴方が所属する穏健派は昔から国に使える忠臣が数多くいましたから、入り込む余地がなかった。だから、味方の振りをして魔界喰虫に襲わせた。表舞台から排除して自分が上り詰める為にです」
「……ふふ、全てお見通しですか?」
力なく項垂れるスティーブは手で顔を覆う。見えた唇の端は僅かに上がっていた。
「待て、マイクとスティーブがしてきたことは理解出来たが、今まさに魔界喰虫の王を呼び城を襲ってるのは何故だ?」
「……復讐です」
苦しそうにスティーブは言った。
「復讐??」
「マイクは、戦場に捨てられたこの国の第二王子なんです」
「本当に戦場にうち捨てられた第二王子…なのか?よく苛烈な戦場を生き抜いたな」
戦場の現状を身を持って知っているギイトは驚きを隠さない。
「ぐふっ、第二王子ときましたか?面白いですね」何が可笑しいのか気持ち悪く笑う魔女を一瞥するとスティーブは話を続けた。
「………彼は幸運に恵まれました。
元側室の母親は慰安婦に身を落としていましたが、戦場で司令官に見初められ彼の情婦になり終戦後に見受けされました。その時、魔力が高く聡明な彼は将来性があると司令官と養子縁組をした。その後司令官は戦死、母親は病死したようですが……」
マイクとはドドキア戦争で同じ魔導兵器部隊に配属され、隊長と部下という立場を越えて信頼関係を築いた。
戦争末期、彼から生い立ちの秘密を聞き、自らの戦後利益と彼の復讐の手助けの目的で魔界喰虫の存在を教えたと、目を伏せつらつらとスティーブは語った。
「……そうだったのか」
ギイトに復讐する彼を責める気持ちは少しも沸かなかった。ギイトもマイクと同じ戦争の被害者だ。豊かな王宮暮らしから母と共に凄惨な戦場に落とされた。彼の絶望がどれほど深く、心身ともに傷痕を残したかわかる気がした。
ーー理解できないのは薄く笑う魔女1人。
「ぐふふ、理由はあたしにはどうでもいいんですよスティーブさん。ただ、あなたはマイクさんの居場所を知っていますよね?教えて下さいますか?」
「……マイクを殺すのですか?」
スティーブは長く陰影を作る睫毛を伏せた。
「ぐひ、そうですよ?
もう王城どころの騒ぎじゃない。首都ごと壊滅します……スティーブさんもそれをお望みですか?」
「…………いいえ。ただ、私はマイクの死を望まないだけです」
たっぷりの間を置いてスティーブは苦悶の表情で囁く。
「……今さらですよ。
魔界喰虫を召喚した時点で、こうなることは想定内ですよね?」
「……っ、全て私の責任です」
魔女の意地悪な質問にスティーブは額を抑えた。
「スティーブ、城はすでに原型もない。王は死んだんだろう?マイクの復讐は終わった。これ以上無駄な犠牲を出したくない……頼む教えてくれ」
「ギイトさん……貴方は復讐を望まないのですね?戦闘用生体偽装具を持つ貴方なら倒せるかもしれない……マイクはそこに居ます」
スティーブがかすかに震える右手が指し示した先にはーーー。
ーー城を食い付くし、次の捕食対象を見つけ、広間の中央の時計塔に巻き付き。今まさに食らい付こうと口をぱかりと開いた魔界喰虫の王、その者だった。
「……待て。
魔界喰虫の王が……マイク?どういうことだ?」
「ぐふ、小さな魔界喰虫だけでは贄が足らなかった。仕方なく術者自身を贄したと、そんなところですよ」
ギイトの疑問に答えを呈したのはスティーブではなく、サクヤだった。
「……さすが時渡りの魔女殿です。
魔界喰虫の王と化したマイクは私の呼ぶ声に反応しませんでした。彼はもう人では無く、空虚な空腹を満たす為だけの存在になってしまった」
後悔を噛む閉めスティーブは、ギイトの両手を掴んだ。
「……マイクを楽にしてやって下さい」
「了解したが、あんな化け物どうやって倒したらいい?策はあるのか?」
頷くスティーブは、ギイトとサクヤに策を授けると人々を周囲から避難させるとその場を離れた。
サクヤも、大至急、時計塔広場から離れるように魔導人形を一体ダクソンの元に警告に向かわせた。
時計塔が喰われ、断末魔のように鐘の音が鳴る。大きな破片ががらがらと音を立てて地面に落ちた。人々の怒号、悲鳴と泣き叫ぶ声。大混乱の中、建物のあちこちに火の手が上がった。
ドンっ!
混乱の最中、ギイトは魔界喰虫の王の口を目掛け、魔導砲を打った。
巨大な王はパクリと口を開け、高エネルギーの魔導砲を食った。細胞から吸収され淡く体が光るとぐんと一回り太る。
ドンっ!ドオオン!
ギイトは次々に魔導砲を打つ。光る球体が美味しいのか魔界喰虫の王は涎をだらだら垂らし、追いかけて咀嚼した。山のような巨体が更にぐぐっと大きく太く成長していく。頭部はむっちり丸くはち切れそうな胴体は、もう素早く動けないようだ。
「ちっ、本当にこの作戦で上手くいくのか?」
「ぐひひ、死のごと言わず続けてください。あたしも手伝いますから。ギイトに魔女なところをお見せしますよ」
サクヤはもごもごとなにやら呟くと時計塔上空に隕石の塊が無数現れた。
「なっ!!おいっ!」
太陽のような熱と眩しさに目が開けられない。
「ぐふふふ、サクヤ印の隕石雨です。美味しいですよー!」
流れ星のように降り注ぐ熱の塊を魔界喰虫の王は限界まで口を開けて迎え入れた。
ぐしゃぐしゃと汚い咀嚼音が聞こえる。
ーー魔界喰虫の体が光った。
再び、急激に成長する。高エネルギーの魔力を立て続けに極限まで吸収した体は、風船のように丸くパンパンだった。細長いミミズのような体の面影はない。
もうこれ以上成長出来ない。
完全な飽和状態にピキリピキリと弱い細胞から割けていく。
「ギイト!今です」
「ああっ!わかった」
ギイトは渾身の力で右手の戦闘用義装具を振りかざした。そして、魔界喰虫の王の腹に重い一撃を喰らわせた。
ーー弱く割けていた細胞はその鋭い一撃に耐えらない。
バァンっ!!
風船が破裂するかのごとく、魔界喰虫の王は弾け飛んだ。
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