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魔界喰虫の王①
しおりを挟む大きく穴の空いた建物、折れかけの街灯。散乱する瓦礫。逃げ惑う人々をかき分け王城に向かう。
同行していたダクソンは、途中瓦礫に挟まれた無数の人の呻く声を聞き、「逃げ遅れた馬鹿どもが!」と、悪態を吐きながらも部下と共に救助を開始した。無表情のリリスもダクソンの後方に従う。
救助を手助けしようとしたギイトに「お前は魔界喰虫をどうにかしろ、これ以上民に被害を出すな」と、怒鳴り先を促した。
この先に居るのは自分達では、太刀打ち出来ない化け物であると軍人のダクソンは理解していたのだ。ギイトはサクヤと共に先を急いだ。
巨大な魔界喰虫は確かにそこに存在していた。歴史ある白城にどす黒く醜い場違いな細長い生き物が巻き付いていた。まるで宿り木のようだ。
紫色の胴体をくねくねと動かせば、びしりと城の軋む音が響き、外壁が無惨に崩れ落ちる。退化し目はない。洞窟のようなぽっかり開いた大きな口にはびっしりと黒い牙が生え、波状に蠢く。隙間から絶えず滝のように唾液が流れる。異様な禍々しさ、圧倒的な存在感にギイトも怯んだ。
「……化け物め、大きいな」
「ぐひゃー。
今まで小さいのとは、大きさも魔力も段違いです。さしずめ魔界喰虫の親玉。王様みたいな存在ですかね?」
気持ち悪い魔女も驚きを隠しきれない。
無慈悲な王は邪悪な口で憐れな城砦にかぶりついた。瓦礫すら残さずない。存在を喰われぽっかりとそこだけ巨大な虚空が空く。ばくりばくりと際限なくかぶりついていく。既に城は半分以上食べられ荘厳だった面影はなく、ただ悲鳴をあげ逃げ惑う人達を吐き出す。
「くそっ、なぜ城を喰ってるんだ?訳がわからない」
「術者の命令で動いています。城の中に術者の殺したい人が居るんでしょうね。ぐふふ、本命ですよきっと」
「城の中にいる本命……まさかタイソ国王か?
……でもな、ちがうんじゃないのか?穏健派は襲われているが、国王は小さな魔界喰虫にさえ襲撃されたことがないんだろう?」
「あんな小さな魔界喰虫の襲撃では手足は喰えても命までは取れません。
ぐひ、護衛の目を欺き用意出来る数匹ぐらいなら、ダクソンの兵士ごときに倒されちゃうますよ。
それに一度失敗したら、警戒が強まります。次に近づくことさえ困難になる。
魔界喰虫に襲われた穏健派の人たちは国王に信頼されていた重臣たちでしたから、国王の味方を排除する目的もあったのかもしれません」
「……仮に国王が狙われているとして、すでに城ごと喰われていたとしたら魔界喰虫を倒せば国王は元に戻るのか?」
「ぐひ、欠損位の小さな被害なら術者を殺せば元に戻ります。
ですが、こんなに大きな時空の歪みに全身を飲み込まれて五体満足で居られるとは思いません……ぐふふ、残念無念ですが国王は生きてはいないでしょうね」
事も無げにサクヤは告げた。ギイトは後悔に拳を握りしめる。
「くそっ、こいつが倒れるまで魔導砲をぶちこんでやる」
色んな意味で言いにくいギイト砲から強く抗議し名前を魔導砲に変更させていた。
魔界喰虫の王を焼き払おうとギイトは高く右手を掲げた。
「待ってくださいギイト。あんな化け物相手に無謀ですよ」
サクヤの制止も聞かずギイトは魔導砲を発射させた。炎を纏った光の球体は瞬く間に巨大な魔界喰虫に襲い掛かる。
異変に気付き巨躰をぶるりとくねらせた魔界喰虫の王は光球に向かいぱかりと大きく口を開いた。
ドオンーーー。
「やったか?」
反動で地面に転がったギイト。
城から白い煙がもうもうと上がる。浮かび上がる細長いシルエット。
「ぐひ、やってませんね」
「……まったく、効かないのか?」
魔界喰虫の王は傷一つなく立ち尽くす。
口をモゴモゴと動かし、何かを咀嚼した。嚥下すれば、細胞に添って淡く光った。ぬるぬるの忌まわしい巨体は一回りぐっと大きくなった。
「なんて奴だ……魔導砲を喰ったのか?」
「ぐふふ、自分の糧にしちゃいましたね?万事休すというやつです」
万事休すと言いながらサクヤに焦りは見られない。城が全壊しても中の人が全滅しようとも、魔女のサクヤにはどうでも良いことだ。
魔導砲を食らい堆積を増した魔界喰虫の王は、自らを攻撃したギイトを排除しようともせず、城への蹂躙を再開した。
お前などいつでも殺せると言うように。
すでに城の6割は王の腹の中に納まった。
「くそっ、どうしたらいいんだ?」
だんとギイトは地面を叩いた。
「魔界喰虫の王は無視して、術者を殺しましょう」
「やはり術者は、魔界喰虫の死骸を食ったマイク・モアーズなのか?」
サクヤが花鎮祭で垣間見た面白いものは、魔界喰虫の死骸を貪り食らうマイクだった。
「……術者ははマイクさんですね。彼は今までずっと魔界喰虫の死骸を集めて喰らい糧にしてきた。
ぐひ、今まで理由が分かりませんでしたが、魔界喰虫の王を呼ぶためだったんですね。王を呼ぶには大量の魔界喰虫の死骸が必要です。小さな虫たちの怨みつらみ嘆き、黒い魔力そんな負の源エネルギーを糧にして王様は召喚された。
今思えば、ギイトに魔界喰虫を殺させる為に花鎮祭でけしかけてきたのかも知れませんね。
ぐふう、もしかして、スティーブさんの護衛すらマイクさんに仕組まれていた可能性もあります。上手くしてやられましたね」
「俺に…殺させるため?何故だ?」
「理に反するので、術者には自ら召喚した者を殺すことは出来ません」
利用されていたと知り、ギイトは益々苛立ち眉間の皺を深めた。燃えるような瞳で城を蹂躙する虫の王を睨む。
「奴の上官のスティーブは何も知らないのか?」
「ぐふふ、知らない訳ありませんよ。寧ろマイクさんに魔界喰虫の事を教えたのは……」
「そう、私です」
サクヤの言葉を遮り、二人の後ろから話しかけてきたのは、暗い顔をしたスティーブだった。
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