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魔女と奴隷の相入れない感情
しおりを挟む魔女にギイトから触れるようになり数日経過したある日。一人町を歩くギイトの姿があった。
生体義装具のお客も来ない何も無い久しぶりの休日。ギイトは気分が良かった。鼻歌を歌い出しそうな自分が居る。
こんなに気分が浮わつくのは奴隷に落とされてから、いや、産まれてから初めてかもしれない。
帰路を急ぐギイトは小脇に抱えた紙袋に大量の本を抱えていた。
魔女に文字を教わったギイトは読書を好んだ。暇を見つけては足しげく本屋に通い。子ども向きの絵本から料理本まで様々なジャンルを読み漁った。
近々、剣術大会が王都で開かれる。地方の大きな大会を優勝したギイトも参加予定だ。
王都まで馬車で長期間移動する。そのための暇潰し用の本をつい多く買いすぎてしまった。
道の端に立ち止まり、ギイトは紙袋を開け、中の本を確認した。
ぎっしり詰め込まれた、薄い桃色の表紙の本を取り出し表紙を眺め舌打ちした。
「つい買ってしまったが……本当にわかるのか?あの魔女の気持ちとやらが…」
光沢を放つ表紙の文字、そこには『猿でもわかる女心。彼女の気持ちを丸裸にする本』と書かれていた。
戦場しか知らないギイトにとって女心は未開の地だった。いや、魔女に通常の女心があるかは甚だ疑問だが。
『達してしまいます』と、下品な言葉を淀みなく発し、欠損部位を舐め恍惚の表情を浮かべる。性に奔放かと思いきやギイトから積極的に触れようとすると慌てふためき身を翻す。
サクヤは風呂場でギイトを洗うのにいつも服を着ていた。ギイトがサクヤを洗おうとスポンジを奪い、服を脱がしにかかれば魔導人形を呼んで悲鳴をあげて真っ赤な顔で脱兎のごとく逃げる始末。今さら恥ずかしがる意味がわからなかった。
嫌われている訳ではない。
好かれている筈だ……妙な自信がギイトにはあっな。
人に見せられる裸じゃないのか?ただ、俺に裸を見られたくないだけなのか?
「お前が欠損奴隷のギイトだな?」
考えながら歩き始めたギイトを暴漢たちが取り囲んだ。柄の悪い男たち四人がギイトに剣を向けた。
「なんだ……お前たちは?」
本を守るように間合いを取ると暴漢を睨み付けた。
「死ねー!!」
問答無用と剣を掲げ斬りかかる暴漢たち。
ギイトは剣を抜かない。舌打ちすると戦闘用義装具の右手で殴りにかかった。気を失い道端に累々と転がる暴漢。哀れな彼らに目もくれずギイトは家路を急いだ。
後日、本を読破しても魔女の気持ちはわからない。サクヤは相変わらずギイトの世話を焼きたがった。仕事の手伝いをすれば感謝の言葉とともに気持ち悪い笑顔でくねった。
自分が外出する際は必ずギイトを伴い。些細な意見も聞いてくれた。自分で義装具の管理をしたいと願えば、漬け込む培養液を安価なポーションで代用できるように改造してくれた。これで魔女から自分を買い取っても一人で生体義装具の手入れが行える。僅かな光明だ。
就寝時、抱き枕にされる時パジャマの上からガリガリの体をまさぐれば、サクヤは「ぎょへーっ!」とか「ひゃへーっ!」と、奇声をあげてもくすぐったそうに身をよじるが何故かベッドから逃げない。
寧ろ「……ギイトも雄なんですね。奴隷の性処理も主人のお仕事です…」と、ぐふふと手で慰めてくれることもあった。
時たま寝ぼけ眼で太ももの欠損部位を足の間に挟み、ゆるりと陰部を押しつけ擦り付けたりした。
熱を発散する筈が中途半端に与えられ、その先を知っているギイトは堪らない。
俺は弄ばれているのか?
苛立ちのまま、呑気に寝息をたてる魔女の鼻を摘まんでやった。ふがふがと苦しそうに顔を歪め、口で大きく息を吸う魔女に溜飲が下がった。
魔女は狡猾で淫乱、多情だと図書館の文献に記録されていた。
俺の他に奴隷は居ない、館には情婦の影もない。サクヤが娼館に通っている形跡も見られない。
魔女は何処で性欲を解消しているのか?
次の日の早朝、悶々とするギイトが一人で庭で剣を振るい鍛練をしていると、飲み物をお盆に掲げた魔導人形が一体近づいてきた。 気を効かせたサクヤが命令したようだ。
甘い果物をすりおろし布でこし、レモンで味を整えたジュースを一気に飲み干す。
飲み終わるのを待っていた魔導人形のお盆にコップを戻すとカタカタと乾いた音を奏でサクヤの部屋に帰っていく。
魔導人形の目も鼻も口もない無機質な顔。中性的でつるりとした美しい体。形の良い臀部。長い手足。
ギイトは気づいた。
そうだ……彼らが居た。ギイトに出会うずっと前からそして今もサクヤの側に。
あいつらか……。
サクヤは処女ではないだろう。
俺の目を盗み魔導人形を相手に性欲を解消しているに違いない。睨み殺すように部屋を出る白い背中を目で追った。
欠損奴隷の俺より人形が良いのか?
俺は欠損以外価値がないと言うのか?生体義装具の一部か?
どうしようもない苛立ちで目頭が熱い。頭が打たれたかのように痛む。
ああ、そうだ。壊せばいい。一体残らず叩き壊す。俺以外、居なくていいように。
台風のような激情、嫉妬、独占欲が渦巻く。ゆらりとギイトの巨体が揺れた。
◇
ギイトが感情の台風に飲まれている頃、何も知らない魔女は机から顔を上げ、大きく伸びをした。
「ぐふ、町でギイトを襲った暴漢たちは弱過ぎました。警告と言うことでしょう」
そしてつまらなそうに『生体義装具作りを中止しろさもなければ殺す』と、書かれた脅迫状をびりびり破った。
床に散らばった紙クズを魔導人形が箒で履いて綺麗にした。
そろそろお昼だ。サクヤは町のレストランを予約していた。
郊外に青い屋根の子洒落た建物。釜戸で焼き上げたニシンのパイが美味しい高級レストラン。お金を払えば奴隷と同伴でも個室が使える。サクヤのお気に入りだった。
美味しいお昼を食べたら、サクヤはギイトにサプライズを用意していた。
生体義装具の販売の助手、剣術大会の選手としてもギイトは結果を出し良く働いてくれている。
ギイトは真面目で堅実な人柄だ。愚直とも言える。嫌そうな顔で本来の奴隷ならと言った。きっと自分を奴隷という固定観念で縛っているのだ。
だから、溜まっているのに娼館で娼婦を買おうとしない。血迷って気持ちの悪い魔女に欲情している。奴隷じゃない自分を差し出そうとするほど錯乱してしまった。
サクヤは魔女だか、美しい姉たちと違って自分に自信がない。くれると言って抱きしめた後突飛ばしたギイトの発言を信じられない。 気の迷いだ、追い詰められてかわいそうに……と、魔女は思い、結論づけた。
ギイトを娼館にご招待しよう。
妖艶豊満ボディの娼婦を抱きまくればギイトはすっきり爽快!錯乱も気の迷いも全て治まるだろう。
その時ーー。
応接間の方から、バリバリと硬い金属を打ち付ける大きな破壊音とギイトの野太い声が響いた。
「敵襲ですか?…まさか魔術師かーーっ、ぐひい!」
転がるように応接間に駆け込むと、悪鬼のような形相で魔導人形を屠るギイトが居た。
ギイトがご乱心だ……かわいそうに、ここまで溜まっていたなんてーー。
勘違いしたサクヤはそっと目頭を押さえたのだ。
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