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陰キャ魔女の誤算
しおりを挟む「お前の方がガリガリだ…もっと食べろ」
サクヤの唇に押し付けられたのは香ばしいウィンナーだった。
「うひぇ、た、食べろ??な、なぜ??ギイトが?」
両目を信じられないと見開き、唇を戦慄かせることしか出来ない魔女。
それはギイトが初めて自らサクヤに触れた翌日から唐突に始まった。
サクヤが義装具をまだ装着していない不自由な体のギイトにニチャア笑いで食べさせる。半年続くいつもと朝食の時間になる筈だった。少なくともサクヤはそう思っていた。
だが、今、ギイトは利き手じゃない左手でサクヤからフォークをひったくるように奪うと、自らの皿のウィンナーをぷすっと差し、サクヤの唇に押し付けた。まるでいつもと逆でギイトが餌付けするというように。
「…嫌か?
本来なら奴隷の俺が主人に食わせるべきだ」
眼帯上の太い眉を不快そうにひそめた。
「ぐふふ、そんなに嫌そうに言われても。
本来は気にしなくて良いんですよ。わたしがギイトに食べさせたくてしてることですから……前にも説明した通り趣味と実益を兼ねてます」
またもやくねくね気持ち悪く身をくねらす魔女。
「……やはり趣味と実益か」
「そうです…ぐひひ、だから大人しく餌付けされて下さい」
「残念だったな。
俺も趣味と実益を兼ねさせてもらう。大人しく主人に従う奴隷じゃないんでな」
ギイトはフォークを奪い返そうとするサクヤを制し勝ち誇ったように言ったのだ。
◇
ーーぐひぃ。どうしたら……。
サクヤは混乱していた。
全ての現況は目の前の奴隷のせいだ。昨夜のことなんてなかったかのように、何が楽しいのか奴隷はサクヤの口に矢継ぎ早に食事を運ぶ。
奴隷のお世話をしたことはあってもされたのは初めてのことだった。
ギイト……戦争に翻弄された哀れで醜い、でも誰よりも誇り高い魂。
美しく鍛え上げた体躯に見るも無惨な欠損。完璧な左右対称より酷く魅力的な造形と存在感。それはサクヤのの性癖に付き刺さった。美しくない魔女には勿体ない位に。
魔女は傷ついたギイトを愛玩動物のように愛でた。その欠損ごと。胡散臭い魔女に戸惑い、信用しない、決して心は拓かない。でも時折僅かに揺ぐギイトの葛藤は見ていて飽きなかった。
だから、ギイトが一番嫌悪し憎悪する欠損を毎日舐めた。
特に生理現象で勃起した快楽と嫌悪感に苛まれたギイトの苦悶の顔が堪らない。思い出しただけでも達しそうなほど。得難い快感に儀式のように欠損を舐めた。奴隷のギイトが主人を拒否出来ないことなど解っているのに了解を求めた。性格が悪いのは魔女だから。許してほしいとは言わない。気持ち悪いと嫌われることに慣れているから大丈夫。
サクヤは性に奔放な魔女の母が種違いで産んだ五人姉妹の末の子供だった。
他の美しい姉たちと違い見劣りし魔力も低いサクヤは居ない子どもとして扱われた。
母を含む彼女達はサクヤに興味すらなかった。虐められることはなかったし、使用人に日々の食事を与えられ困らなかった。ただ愛情はもらえなかった。寂しさを埋めるように彼女は引きこもり本を貪り読んだ。
それはサクヤに『時渡りの魔女』と神託が下るまで続いた。
『時渡りの魔女』、世界を創りし創造神の目と耳となり、大動脈を流れる血液のように八百万の世界を巡る存在。
たどり着いた世界から新たな知識を得るのもその世界に存在しない新たな知識を与えるのも魔女の自由。
ただ一つの世界に長期間留まることは出来なかった。停滞した水が濁るこどく、その体は爛れて腐ってしまう。ただ半永久的に世界を揺蕩うしかない。
根なし草のような生き方でもサクヤは嬉しかった。八百万の世界には、きっとこんな自分を受け入れてくれる人がいるかもしれない。
期待に胸を膨らませるサクヤを待っていたのは、残酷な事実だけだった。何処まで揺蕩っても自分は理解されない気持ち悪い存在なのだと。
打ちのめされたある世界で美しい奴隷を買った。彼は美しい顔を歪め主人のサクヤに媚びに媚びた。
まるで犬がしっぽを振るみたいに滑稽に。彼の願うままに与えてみた。最初は些細な物だった。食事に洋服、温かい寝床。
サクヤが奴隷を人として扱い気前よく与えるうちに愛されていると勘違いしたのか、やがて奴隷の要求は膨れ上がっていく。
豪華な食事、装飾品、豪勢な部屋を歯の浮くような台詞とともにねだるのだ。
何処までいくと満足するのか?
面白くなったサクヤは自由になるお金を奴隷に渡した。その世界では魔導人形に金鉱石を掘らせていたのでお金には困らなかった。
奴隷は酒に溺れ賭け事をし、女を侍らすようなった。仕事もせずお金のあるうちはサクヤの家に寄り付かない。お金が欲しいときだけサクヤに媚びた。
「俺を愛しているなら助けてほしい」と、嘘八百を並べて。
呆れたサクヤが拒否すれば「気持ち悪いお前の相手をしてやるんだ感謝しろ」と、何を勘違いしたのか罵倒する始末。脆弱で傲慢、醜い魂に吐き気がした。
そのまま魔導人形に手足の骨を折らせ、奴隷商に二束三文で売り払った。
何処の世界の奴隷も似たり寄ったりだった、サクヤに媚びへつらい。与え続けると増長するらしい。
だから、主人に媚びないギイトの意見は新鮮で面白い。与えても猜疑心の塊なところも好感が持てる。深く知りたくて奴隷なのに意見を聞いて意思を尊重したいほどに。
もちろんただ愛玩のために欠損奴隷を買った訳じゃない。理由はある。
ギイトなら制御が難しい戦闘用生体義装具も使いこなせると思ったからだ。
今、ギイトには給金と賞金を与えている。遠くない未来、サクヤから自分を買い取るだろう。その前に魔術師を見つけて殺し魔界喰虫を全て魔界に戻す必要があった。
なぜならーー魔界喰虫のせいで空間が喰われて歪み、時を渡れないから。
狙い通りギイトの高い戦闘力のお陰で大会に優勝し生体義装具は大陸で有名になった。そして軍関係者からの依頼が殺到した。その大部分は魔界喰虫の犠牲者たちで、犠牲者の人物は皆、共通点があったのだ。
彼らは揃い物揃って軍縮と和平案を掲げていた。
実に下らない。何処の世界でも争いは常に存在していた。
推測すると……彼らの思想を疎ましく思う第三者が魔界喰虫の魔術師に彼らの排除を依頼したのかもしれない。もしくは魔術師自身が彼らを疎ましく思い魔界喰虫に襲わせた可能性も考えられる。
生体義装具を得た彼らは再び表舞台に返り咲き、軍縮と和平案を訴え始めた。魔術師がそろそろギイトとサクヤの存在を疎ましく思う頃だ。何らかの動きがあるかもしれない。
ーー本当にギイトは良い仕事をしてくれました。でも、困りましたね。
何も知らないギイトにチクリとサクヤの薄い胸に僅かな罪悪感が浮かんだ。
昨夜のギイトの熱を思い出すと動悸がする。なぜだろう?心臓の病気かもしれない。
にわかに信じられないが、この酔狂な奴隷はサクヤが望めば奴隷じゃない自分をくれるらしい。
「食べないのか?」
ギイトが不服そうに眉間の皺を深める。
「げっふぅ……あたしには量が多いですよ。残りはギイトにあげます」
口許を抑え、フォークを押し返す。
「魔女は少食過ぎた……抱きごごちが悪い。もう少し太れ」
「だっ!げぶっ!けほっ、げほ、けほっ」
ギイトの発言にサクヤは驚き盛大にむせた。
「はっ……何やってるんだ?汚い」
冷たく言いながらもサクヤの口をハンカチで拭き、背中を何度も擦る。
「…っげほっ。
ぎ、ギイトが!セクハラ発言をするように……っ、はっ!とうとうあたしに惚れてしまいました?…抱きたいですか?ぐふふ、恥ずかしいですねー。なっ、うぐぅぅ!!」
「…黙れ」
苛立ったギイトはくねくね身悶えする魔女の口に容赦なくウインナーを捩じ込んだのだ。
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