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はじめて①

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「ディーン詰めが甘いわよっ!」  
「エリカこそっ!!」
  
 女神騎士団宿舎の広場、一組の男女と呼ぶには幼い二人の影。 
 一心不乱に剣を交える二人は5ヶ月前から見習い隊から第1騎士団に配属されたばかりの新人だ。 
 一人は同年代と比べ身長の高い、すらりとした体躯の褐色の肌の美少女。高貴な猫を思わせるつり目がちな大きな深紫色の瞳。 
 気の強さを表す上がり気味の眉とツンと高い鼻梁。唇はぷっくりと瑞々しく官能を刺激した。髪の毛は肩甲骨まであり、極上の絹糸のようふわりと波打つ。髪色は日差しの強い日の向日葵を思わす黄色だった。 
 前髪を後ろ毛と同様に伸ばし、前に落ちて邪魔にならないよう、両サイドを細かく編み込み後ろ毛と一つに縛り、いつもおでこを出していた。 
 綺麗なつるりとしたおでこだった。彼女の名前を知らなくても「おでこの子」で通るほど。 
 手足は長く、繰り出される剣技は舞のように美しい。そして、中級魔法が使えた。魔法使い手は貴重だ。エリカは身体強化魔法を駆使し、屈強な騎士団の対格差をその魔法で補っていた。 
  
 彼女は都市より遥か遠方の辺境伯の娘で、名をエリカ・バーンズワームと言った。 
  
 エリカは辺境にこの人有りと言わしめた、守りの要、筋肉の壁ことダンテ伯爵と伯爵に命を助けられ一目惚れした前王妹ローズマリー姫(姫が押して押して押し倒した)との間に生まれた。  
 エリカには跡取りの兄とすでに隣国に嫁いだ姉そして、歳の離れた弟がいた。 
 貴重な魔法の使い手の彼女はまだヨチヨチ歩きの時から魔人を殲滅するよう、父親ダンテより鍛え抜かれて成長してきた。 
 
 女神の敵――魔人。 
 その絶対数こそ少ないが魔物を従え残虐で気まぐれな性格だった。ある時は村を焼き、女を凌辱し、男と子供、年寄りを切り刻み魔物の餌とした。 
 魔人の厄介な点は巧妙に人の営みに入り込み、争いを引き起こすことだった。 
 とある国に紛れ込んだ魔人は、王位継承の持つ王子達を疑心暗鬼に追い込み、同士討ちさせ国を内乱に導いた。 
 違う国では絶世の美女に化け、国王を誘惑し国を傾けさせた。 
 またある時、気まぐれな魔人は、病気の子供に妙薬を与え命を助けたりもした。見返りとして両目を抉ったが。
 魔人は人間が辛酸を舐め破滅し絶望に染まることになにより歓喜し、恍惚の表情を浮かべ、その血を啜った。  
  
 辺境は魔境と女神の国との境の歪みにあり古代より女神の敵、魔人と敵対してきた過酷な土地。そこに住む人々も屈強で強靭だった。  
  
 彼女は筋肉粒々の軍男と薔薇の君と称えらた美姫の遺伝子を受け継いだ。 
 その結果、花顔柳腰なのに戦闘狂と至極厄介な人格を形成し、お年頃の娘達のように着飾ることより剣を振り回すことをなにより好んだ。 
 その麗しい見た目から、甘言を吐きすり寄る男をことごとく蹴散らした。 
 齢14の令嬢にして婚約者の一人も居なかった。彼女の願いはただひとつ、強く有り辺境を守護すること。 
 そのため彼女は、父親に土下座した騎士団に入団し強き猛者と切磋琢磨し力を付けたいと。
 
  
 もう一人はハーフエルフのディーン・サムエル・フォン・オリジン。エルフ特有の先の尖った耳。明るい茶色のサラサラの髪、切れ長の涼しげな深緑色の瞳。長く美しい睫毛。整った鼻梁に桃色の唇。シミ一つない美しい白肌。儚い美少女と見間違えるほどの美貌の少年だった。 
 齢12、エルフの血を引く彼の成長過程は遅く、体の線はまだ細く幼い。変声期を迎えていない声は甲高く小鳥のさえずりのよう。 
 剣より花を愛でることの似合う容姿の彼がこの騎士団に入団した経緯は、彼の産まれに奇縁する。 
 ディーンがこの世に産声を上げた時、共に双子のように産まれたものがあった――魔剣イシュグム。魔人を屠りその魂を喰らう剣は魔人の天敵に他ならず。魔剣の唯一無二の使い手、ディーンが女神騎士団に入団するのは必然と言えた。 
 特にエルフ族は女神を盲目的に崇拝していたので、ディーンの誕生は大歓迎された。こちらも幼き時から、魔剣の名に恥じぬよう、日々体を鍛えられ剣を磨いてきた。
 
 女神騎士団は、王立騎士団より敷居が低い。実力さえあれば種族、身分関係なくなれた。給料、福利厚生全て高待遇で人気があり、その為、入団試験に毎年数多く参加した。 
 狭き門を見事試験に合格しても、厳しい見習い期間がある。ここで脱落する者も多かった。 
  
 エリカとディーンは年も近い。剣の腕は同期より頭ひとつ抜きん出ていたし、背格好も似ていた。どちらも負けず嫌いなところもだ。 
  
 訓練でも模擬戦でも優秀な二人はぶつかり争う。二人とも尊敬する女神騎士団総隊長ピサロ・グレードに認めてもらいたかったからだ。 
 半神半人のピサロは春の女神と人間との間に産まれた。齢500を越えても一向に歳を取らず、男気溢れる伊達男。女神騎士団の創立者にして統率者だった。
 
 エリカはディーンの事を私の方が二つ年上なのに、弟みたいな分際で生意気よ……と、思っていた。 
 ディーンはエリカの事を気の強い口煩い女の子だ、絶対に負けたくないと思っていた。
  
 二人が言い争う様は、まるで姉弟のよう……そこに男女の艶っぽいものは皆無だった。

  
 夕日の残光が消え、辺りが薄暗くなっても二人の汗と剣の動きは止まらなかった。そこに飽きれきった声が懸かる。 
 
「お前たち、自主鍛練はほどほどにしとけよ…明日の訓練に響くぜ」 
 残光の中浮かんで見えたのは、二人の憧れ尊敬してやまないピサロ・グレードその人だった。 
「ピ、ピサロ様!」 
「どうしてこちらに!?」  
 エリカもディーンも剣を下ろし、騎士の礼を行う。ピサロは、手を上げ頭を掻き「ははっ」と笑い続けた。 
「俺はよ堅苦しいのはごめんだ……二人とも頭を上げてくれ」 
 ピサロは命令通り頭を上げた二人を満足げに見つめた。そして、彼はエリカに向き直る。 
 
「エリカ・バーンズワーム。女神騎士団総隊長として頼みたいことがある。今から俺の執務室に来てくれるか?」 
「は、はい!!」 
 憧れの総隊長の執務室に行けるなんて夢のよう、ピサロの申し出にエリカは目を輝かせた。

 
  
 この世界レタは四人の女神によって創られ、護られている。四季を現す女神のうちの1人、秋の女神ニーニャ。豊穣、実りを司る彼女はどの四季の女神より好戦的な性格だった。 
  
 地上を女神が闊歩していた神話の時代、ニーニャは自ら先頭に立ち戦乙女を従え、魔人を駆逐し魔境に追いやる。魔境の境目に夏の女神マーヤが火の壁を建てた。魔人により汚された土地を清浄を司る冬の女神ヴィヴィが浄化し、春の女神アイリスが祝福を与え人間の住まう場所にしたと言う。
  
 秋は収穫祭、この祭は女神ニーニャに収穫した供物と感謝を捧げる。そして毎年神託の下った行事を行う。去年は狩猟大会だった。例年より小麦の収穫の多かった今年の行事は―――。  

「戦乙女となり女神様に剣の舞を捧げるのですか?」 
 魔人を蹴散らした戦乙女は強き者に成りたいエリカの憧れだ……私が選ばれるなんて!嬉しい! 
 無理やり総隊長の執務室についてきた横で話を聞いていたディーンは唇を噛み悔しそうだ。女性騎士団の数はまだまだ少ない。それでも、ディーンが選ばれなかったのに私は選ばれたわ! 
 僅かな優越感にエリカは浸る。 
 
「そうだ。代々受け継がれる戦乙女の遺品に身を包み、秋の収穫祭に民衆の前で舞を披露してほしいのだ」 

「はい!私、頑張ります!」 
 エリカが勢いそのままに快諾したそのあと、ほっとしながらピサロは、後だしじゃんけんのごとく、二人の前にビキニアーマーをコトリと置いた。 
 
「えっ?」  
「な、何ですかコレ?水着?」
「すまん、エリカ着る衣装はこれなんだ」 
 本当に申し訳なさそうにピサロは言う。

 ビキニアーマー、その圧倒的な存在感。 
 大事な臓器をことごとく露出し、防具としての存在意義を問い正したくなる。水着のような、下着のような心許ない防具だった。 
  
 戦乙女の遺品ソレは材質こそ最高級だが、胸部の三角の面積は極少。下のショーツ型の鎧の三角部位も狭くその角度は恐ろしいほど鋭角。隠すつもりが有るのかないのか、極めて卑猥で扇情的な逸品だった。 

(えっ!これを着るの私?ちょっと舞ったらおっぱいと、大事な場所が見えそうよ!それに……私は……) 

「こんな卑猥な衣装!無理!無理!絶対に無理だわーーーー!!!!!」 
 敬語を忘れたエリカの声は執務室の外の騎士団詰所の壁を震わせたのだ。  

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