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王子との遭遇
しおりを挟む「シオンさん、ヴィヴィアンさんお久しぶりです。 ヴィヴィアンさんは、兄上と居られた時より晴れやかなお顔で安心致しました。
ご子息のお誕生日おめでとうございました。僭越ながら北の国の珍しい植物を贈らせて頂きました」
変声期を迎えたばかりの少し霞む声で、ダニエル王子は丁寧に挨拶をしてくれた。
しっかりしていて驚く。年の頃は14歳位なのに紳士的で礼儀正しい。
旦那さまがシリウスの誕生日プレゼントのお礼を言うと、私もそそくさとカーテンシーをした。
「誉れ高き獣人騎士団に、僕の領地視察に同行して頂けるなんて法外の喜びです。詳しいお話をしたいのですが宜しいですか?」
「承知しました。ダニエル王子はどの領地から回られるおつもりでしょうか?」
「遠く国境に隣接するモーシャン地方。そこに農作物を荒らす狂暴な魔物が多数出没し、甚大な被害を受けていると王城に嘆願書が届いております」
「………モーシャン地方は、ジャスティス王子が治める領地の一つと記憶しておりますが。我々獣人騎士団に魔物退治の要請は届いておりません」
「……農民たちは何度も兄上に訴えたそうですが、門前払いされたようです」
「門前払い?なぜそのような対応を?
モーシャン地方は肥沃な大地の一大小麦産地です。食べ物が荒らされたら人々の食料も足りず、飢饉になりかねません。税収にも響くと思われます」
理解出来ないと眉間の皺を深める旦那さま。
「兄上は、華のある領地アレドリアの歓楽街に夢中ですから。田舎くさいモーシャン地方は自分にはふさわしくないそうです」
え?ふさわしくないから、訴えを無視するってなに?会ったことないけどジャスティス王子ってどれだけ自分勝手なんだろう?
「困ったことです」
ダニエル王子は、大きく溜め息をつくと旦那さまに向き直る。
「僕は、モーシャン地方のような、農家の人々がこの国を支えていると思っています。シオンさん、未熟な僕に力を貸して下さい」真摯な眼差しで旦那さまを見据えた。
「獣人騎士団の力、存分にお使い下さい。
ダニエル王子のご都合が整うなら今からでもモーシャン地方に同行します」胸に手を当てて、旦那さまが力強く頷いた。
「宜しいのですか!?国王陛下、僕たちは直ちに出発します」
「そうか許可を出そう。シオン、ダニエルを頼んだぞ」
「御意……ヴィヴィアンすみませんが、今日は一緒に寝られそうにありません。寂しいと思いますが我慢して下さい。シリウス、ママを頼みます」
国王陛下に敬礼したその足で私に近づくと、シリウスごと私を抱きしめた。
「まあ!」
「これは、これは」王妃と王がら驚きの声があがる。
ちょっと旦那さま!嬉しいですが、国王陛下、王妃、ダニエル王子の前ですよ~。不敬罪にならないかな~?
「マアマっ。まもるよー」
任せてと小さな拳を高くあげるシリウス。
「旦那さまっ!怪我をしない下さいね。でもでも寂しいので魔物を倒したら、出来るだけ早く帰って来て下さい」名残惜しく、ふわふわな猫耳を撫でた。
大怪我をしたらどうしよう、帰ってこないなんてことは……嫌な想像ばかりしてしまう。
でも、ここは騎士団長の奥さんとして気丈に振る舞い笑顔で送り出そう。
「旦那さま、私は一緒に行けないので変わりにこの子を連れていって下さい」
私は、おっぱいの間に潜ませていた黒丸くん改を取り出した。ぎょっとする旦那さまの手のひらに小石ほどの大きさの黒い塊を乗せた。
「こっそり改良したんです。当てた相手を闇に包み込んで、身動きとれなくしますよ~」
「……こっそりですか?次からは私に許可を求めて下さい。魔力が暴走する可能性もありますので、貴女に何かあったらシリウスも心配します」
暗に自分も心配してると含ませて、旦那さまは私を見下ろした。
「……貴女の気持ち、ありがたく受け取らせて頂きます」黒丸くんはカサカサ動くと、結婚指輪の中に吸い込まれて行った。
あれ?魔法の指輪にそんな使い方があるなんて、知ってたらおっぱいに挟まなかったのに。うわあ、恥ずかしい。
旦那さまは途中で獣人騎士団詰所に寄り、団員と合流してからモーシャン地方に向かうという。急ぎ出立する旦那さまとダニエル王子を見送った。
◇◇◇
旦那さまが出立したあと、王妃エレナさまにお茶会のお誘いを受けた。
断ることも出来ず、案内されたのは大きな温室だった。各国の珍しい植物が植えられ、綺麗な蝶も飼育されていた。昆虫好きなシリウスは目をキラキラさせる。うう、緊張する。変なこと言ったらどうしよう~。
「貴女が幸せそうで、わたくしは嬉しいわ」
たおやかにエレナさまは微笑み、優雅に紅茶に口をつけた。私の母より年上とは思えない美しさ。
「旦那さまとシリウス、屋敷のみんなのおかげです。あっ、シリウス。蝶々が葉っぱに止まりましたよ」
シリウスが葉っぱ目掛けて蝶に虫アミを振り下ろすが、ひらりと逃げてしまう。
「むうっ。ちょうちょまってて」
シリウスは耳をそばたて、しっぽをピーンとさせて転がりながら追い掛ける。立ち上がろうとした私をエレナ妃付きの侍女さんが止め、シリウスを立ち上がらせてくれた。
虫取りに夢中のシリウスをエレナ妃と微笑ましく見守る。和やかな雰囲気に私の緊張も徐々にほぐれた。
「……貴女、本当にヴィヴィアン?」
「ぶふうっ!エレナ様、な、なぜそのような……ごふっ、質問をっ」
核心を付いたエレナ妃の質問におもいっきりむせた。
「……おほほ、冗談ですわ。
記憶を無くし、固定観念やしがらみのないヴィヴィアンは素直でよい子だと思いましたの。
夫婦仲の冷えきっていたシオンとも今は仲睦ましいようで、安心しましたわ」
目を細めて私を観察するエレナ妃。侮れない人だわ、悟られないようにしないと。
作り笑いを浮かべ紅茶を啜ると、温室の入り口から言い争う声が聞こえた。
「ジャスティス王子!お控え下さい。誰も通すなと王妃様の命令です」
「うるさいっ!王子の俺に指図するな!騎士ぶぜいがっ!!」
すがり付く騎士を振り払い、ズカズカと大柄の青年が温室に入ってきた。
「母上、どういうことですかっ!?」
ドンとエレナ妃のテーブルを拳で叩いた、ガチャンと茶器が跳ね倒れた。白いテーブルクロスに琥珀色の液体が広がる。
「まあっ。ジャスティス乱暴ですこと?怖い顔でどうしましたの?お客様の前で失礼ですよ」
眉一つあげず、エレナ妃は紅茶を啜り続けた。しれっとした彼女の態度に激怒したジャスティス王子は吠えた。
「客人など、どうでもいいっ!!何故っ、俺とミリアの予算を減額したんだ」
「公務をサボり歓楽街に入り浸る王族に支払う余分なお金は、この国にはありませんのよ」
「金ならあるだろうっ!税金を上げ、国民から搾り取ればいいっ!」
おーい、国民は王子の財布じゃないよ。心の中で突っ込んだ。
「……ジャスティス、無理に税を上げれば国民の生活が逼迫し、反発心から暴動になりかねませんよ」
「ちっ、暴動など騎士団で押さえればいいんだ」
うわー、典型的な暴君になりそうだねこの人。
「国を国民を守るための騎士団ですよ。貴方の考えは自分をひいては国を滅ぼしかねませんわ……自重しなさいジャスティス。今ならまだ間に合いますわ」
紅茶をそっとテーブルに置くと、真摯にジャスティス王子を見据えた。
「……心を入れ換えて、ダニエル王子と協力して国民を守り国を発展させて下さい。それが……国王陛下とわたくしの願いです」
「はっ?ダニエルと!
アイツと協力するなんて死んでも嫌だ。公務が出来てもアイツは俺のスペアだ。国王に成るのは俺なんだから」
目を血走らせて、呪詛のように王子は吐き捨てる。
エレナ妃の温情を『嫌だ』で切り捨てた。この人、本当にダメダメだなぁ。
「ジャスティス、この度。ダニエルはめでたく成人しましたの。婚約者も決まりましたわ」
最後通告とばかりにエレナ妃はすっと目を細めた。
「なっ?」
それがなんだと、王子はエレナ妃の顔を見下ろす。
「立太子の条件は子を成せることです。ダニエルにも等しく機会を与えよとの国王陛下のお考えですわ」
それは--つまりダニエル王子に子が出来たら立太子にすると言っているに他ならない。
さすがに理解したのか、ジャスティス王子の表情が曇る。
「子を成せないのは、俺の責任じゃない……孕まないミリアが……悪い。くそっ、こんなことなら小うるささいが、ヴィヴィアンで我慢しておけばっ。孕みにくい獣人の子を産めたんだ。アイツならきっと……」
ぶつくさ言いながら、視界の端に私を入れた。その目が爛々と大きく見開かれる。
ひいい~!ちょっと、こっち見ないで~!!
嫌な予感しかしない。身震いして、お茶会を辞そうと立ち上がる私の肩にジャスティス王子が手を置いた。
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