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王子妃との遭遇②
しおりを挟むええ~!!ミリヤ妃がなんでここにー?
驚きすぎて、間抜けに口を開ける私とは対照的に鍛練中の騎士団員たちが驚き止まったのはたったの一瞬だった。
旦那さまは私とシリウスをミリヤ妃の視線に入らないよう背中の後ろに隠した。
すかさずワタルさんがシリウスを抱き抱え、建物中に避難した。タスクさんが右手を挙げると団員4人がワタルさんの後を追っていく。
「あら、やっとシオン様から離れたのね。私のシオン様なのに酷い人だわ~」
ミリヤ妃は私が視界から消えたから離れたと勘違いしたみたい。ちょっとミリヤ妃、旦那さまは私のですよ!
彼女は能面のような表情をした侍女と、初老に近い顔色の優れない護衛騎士を一人連れていた。
その後ろから申し訳なさそうに、騎士団の獣人たちがぴったりと付いてきていた。
「団長すいません!何度もお止めしたのですが、団長と約束していると押しきられました」と、深く頭を下げた。腐っても王子妃、手荒な真似は出来ないので強引に侵入したみたい。
「情けねえな、首根っこ捕まえて外に放り出しときゃあいいのによ」
いやいやスージーさん仮にも王子妃だからね。野良猫じゃないんだよ。罪なき団員さんが、不敬罪で捕まってしまう。
「ミリヤ妃。私は約束した覚えはありません。何をしに来られたのですか?」
冷ややかに団長さまが睨む。周りを騎士団員が警戒するように見守るなか、ミリヤ妃は口を開いた。
「うふふ、私とシオン様の間に約束なんて無粋なモノは必要ありませんの……今日は、騎士団に慰問にきたのです!疲れた皆さんを聖女の私が癒して差し上げますわ」薄い胸を張るミリヤ妃。
「あれ?
俺の記憶が確かなら今日は教会に慰問の日だったと思ったけど……まさか王子妃で聖女のミリヤ様がお忘れになんかなりませんよね?」
タスクさんがわざとらしく大きな声で質問した。
「あら?あれですか?年寄りばかりでつまらないし、私が施す必要はありませんわ!」
「話が違いますミリヤ様!獣人騎士団の見学が終わったら慰問に行く約束です……だからご迷惑を承知で騎士団にお連れしたのです」
顔色の悪い護衛騎士が胸を抑えながら、ミリヤ妃に切々と訴えた。
「ねえ、シオン様。酷いと思いませんか?
私の護衛騎士はこんな汚いおじいさん一人なんですよ。だからね、早くシオン様がミリヤの専属護衛騎士になって守って下さいな」
酷いのはお前だよー!みんなの目が物語ってる。
ミリヤ妃は必死な護衛騎士の訴えをまるっと無視し、旦那さまにねっとりした視線を送る。多分、若い護衛騎士がつかない理由はそこだと思うよ。
「何度言われても、答えは同じです。私は貴女の護衛騎士にはなりません」きっぱり旦那さまが拒否する。
「そうよね。シオン様には騎士団長のお仕事がありますものね!ですから今日はとても良い提案をお持ちしましたの~。紅茶でも飲みながらお話ししましょう……早く紅茶とお茶菓子を出して下さいな」
にっこり微笑みながら、ミリヤ妃は戸惑う旦那さまの腕を引いた。
「お茶を飲んでる場合ではありません。貴女には、慰問会があります」
「お話を聞いてくれたらちゃんと行きますわ~」
拝むように護衛騎士が旦那さまに頭を下げた。慰問会を待っているお年寄りを引き合いに出されたら弱い。旦那さまはしぶしぶ妥協した。
「わかりましたお話を聞きましょう」
急遽、鍛練場の一画でお茶会をすることになってしまった。でも、能面みたいな侍女は動こうとしない。え?なんでこの人は何もしないのだろう?
誰も侍女に声をかけないので仕方なく。女主人の嗜みとしてシャーリングさんに教わったことを反芻しながら、お茶会の準備を進めた。タスクさん、スージーさんの力を借り、テーブル、椅子を運びシーツを敷き、綺麗に整えた。白いお皿に差し入れに持ってきたお菓子を乗せ、紅茶好きな団員から拝借した茶葉で紅茶を淹れた。カンタさんが摘んできた花で飾り、なんとかお茶会の呈を整えた。
「ふう……紅茶はまあまあね。お菓子は美味しいのに」紅茶を一口飲むと、ミリヤ妃は頼んでいない採点した。ヤバい、こめかみがピクピクします。
「この私の侍女になればうまく淹れられるようになりますわ」ミリヤ妃は睨むように私を見つめた。
「……そのお話はお断りしたはずです」
旦那さまを真似してきっぱりお断りします。
「侍女?初耳です。なんの話ですか?」
訝しげに旦那さまが尋ねてきた。そうだ、旦那さまは知らないんだった。
「そうですわ!シオン様もヴィヴィアンさんを説得して下さいな。私の専属侍女になるようお願いしているのに、意地悪して拒否するんですよ。酷いですよね~?」私が説明する前にミリヤ妃が口を開き捲し立てた。
旦那さまの顔色がみるみる悪くなり、眉間の皺がより深く刻みこまれた。
「……ミリヤ妃。
王子妃付きの侍女になった場合、最悪ジャスティン王子のお手付きになる可能性がありますが、どのように思われますか?」
「お手付きになれば、憂いなく公妾になれますわ。そこで良い提案なんです!ヴィヴィアンさんが公妾になった暁には夫婦交換をしましょう?まあ、王家は書類上は離縁出来ませんけど、私はシオン様の妻としてマクガイヤ家で生活するんです!ねぇ、素晴らしい思い付きでしょう?」
頬を薔薇のように赤らめ、嬉々として語るミリヤ妃。
「………ヴィヴィアンは、王子の婚約者として数年間も血の滲むような努力をしてきました。
それを真実の愛とやらを盾にミリヤ妃とジャスティン王子は踏みにじった。あまつさえ貴女はヴィヴィアンの死刑を望み、彼女を犠牲にして今の王子妃の地位に付いているんです……簡単に交換出来ると本気でお考えですか?」
地下から地鳴りのような音が響き、床が旦那さまを中心にピキピキ凍り付いた。折角用意したテーブルも椅子も氷浸けに。
ひええー、怒ってる!旦那さま、もの凄く怒ってるよー。冷気で温かいはずの紅茶も氷に、冷たい空気に呼吸するのさえ苦しい。
「シオン様、大袈裟ですわ!
死刑は、そのヴィヴィアンさんが私を襲わせようとしたので気が動転して言っただけで、本心ではありません!」
ミリヤ妃は白い息を吐き、凍り付いた椅子から立ち上がり必死に訴える。
「だってヴィヴィアンさんは罪人じゃないですか?」ガタガタ震えながら、ミリヤ妃は私を指差した。
「……それなのですが、今しがた歓楽街アレドリアに偵察させていた部下から面白い話を聞きました」
獲物を狙う猫のようにスッと目を細めた。
「な、なんですの」
「アレドリアには命令を聞かない娼婦や奴隷に使用した珍しい薬があるそうです。
口から摂取するのではなく、お香のように鼻から吸わせる。効果は思考や記憶を奪うそうです。私はあの事件の時、お香の匂いを確かに嗅ぎました。その薬が使われていたなら闇魔法じゃない、ヴィヴィアンは冤罪になります。薬についてミリヤ妃、何か知りませんか?」
「し、知りませんわ!わ、私そろそろ慰問会に行かないとですから」
あからさまに動揺したミリヤ妃。旦那さまは脱兎のごとく逃げ出そうとするミリヤ妃の腕を掴んだ。
「そうでした……もう一つ部下からミリヤ妃に言付けです。男娼のアーサー、ネリ、ザボン、テリー、トーマスがいつでも遊びに来て下さいとのお誘いです」
「え?」
名前を聞いてミリヤ妃は固まった。
「ミリヤ妃、ずいぶん男遊びが盛んなようですね」
「シオン様!誤解ですわ」
慌てたミリヤ妃は旦那さまにすがった。
「夫婦交換?貴女と生活?笑わせないで下さい。貴女の遊びに付き合う暇は私たちにはありませんよ。
私の妻は貞淑なヴィヴィアンだけです!貴女じゃない。今さらジャスティン王子がヴィヴィアンの魅力に気付いても、もう遅いんです!彼女は私のです」
「そんなぁ……」
悲しげにペタリと氷の上に座り込んだミリヤ妃に能面侍女が近寄り、何かを耳打ちした。
そのとたんミリヤ妃の表情がパッと明るくなった。
「………うふふ、そうでしたの。また来ますから」
「本当にお騒がせしました」
謝礼を言う護衛騎士と能面侍女を従え、ミリヤ妃は笑顔で帰っていった。切り替えの早いミリヤ妃に唖然とする。
「もう二度と、来なくていいんだけどね」
ポツリとタスクさんが呟いた言葉は、みんなを代弁していた。
ミリヤ妃、ちゃんと教会に慰問に行ってね。サボりそうで心配です。
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