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王子妃との遭遇①
しおりを挟む昨日タスクさんに言われた同時刻、騎士団詰所を訪れた。出払っていた馬車も馬も定位置に戻っていて、閑散としていた詰所内が騒がしく人に溢れていた。
あれ?もしかして……っ!
シリウスを抱きしめたまま、馬車から駆け降りる。引き止めるスージーさんの声、門には見知ったカンタさんの驚く顔が見えた。その隣にすらりと立つ、逞しい背中。麗しい銀糸髪が、長いしっぽが風に揺れた。
その広い背中にシリウスを間に挟んだままひしとしがみついた。私の世界で一番いとおしい人。
「うきゃぁ」
シリウスが歓喜の声をあげた。
「旦那さまお帰りなさい!お怪我はないですか?」
やっと旦那さまに会えた~!。
嬉しくてスリスリと頬を擦り付け、すうっと鼻腔いっぱいに旦那さまの匂いを吸い込んだ。ああ、草原の臭いみたい安心する。素晴らしい背筋の堅さを頬に感じる。
「ヴィヴィアンっ!シリウス。来ていたのですか?……うっ、くっ……ほ、頬を擦りつけすぎです」
首を後ろに向けた姿勢の旦那さまが私に訴えた。
「だって!四日ぶりに会えたんですから嬉しいんです~っ。もっと旦那を堪能させて下さいな」
旦那さまは私の高速スリスリに呻き声をあげる
「おとうちゃま、ぼくも~」
シリウスも私の真似をして旦那さまに頬を擦り付けた。
「はあっ……二人とも私に会えて嬉しいのはわかりますが、この体勢は苦しいので一度離れて下さい」
「はーい!」
「あーい!」
良い子の返事とともにパッと旦那さまから離れた。
旦那さまは私とシリウスに向き直ると「ただいま戻りました。良い子にしていましたか?」と、柔らかく口の端を上げて、シリウスを抱きしめ肩に乗せた。
はう、シリウス良いな~っ。貴重な笑顔と肩乗り抱っこ。我が子に嫉妬しそうな私の頭に、旦那さまが手を置いてポンポン叩いた。
「ふっ、そんなにシリウスが羨ましいですか?私に抱きしめてほしいですか?」
意地悪く、ニヤリと口角をあげる旦那さま。その横顔も見惚れるほどかっこよくて。
「羨ましいです~!旦那さま抱きしめてっ」
両手を広げ抱っこをぜがむと、旦那さまは満足そうに微笑む。空いた片手で私を抱き止め、腰に手を回した。長いしっぽが足に巻き付く。
旦那さまの広い胸にくっつき安心していると、呆れたようなタスクさんの声がした。
「おーい!シオン隊長。ここは隊長のうちの応接間じゃないんだぜ。イチャつくなら仕事終わってからにしてくれよ」
「イチャついてなどいませんよ」
「どう見ても、イチャついてたワン!羨ましいワン」カンタさんにまで突っ込まれ、旦那さまは私を抱きしめるのを止めた。
こほんと咳払いすると、どうして騎士団詰所に来たのか私に質問した。
「俺が昨日いいことあるから、この時間帯に来なよって誘ったんだ……ヴィヴィアンさん本当に良いことあったでしょう?団長も家族にいち早く会えて嬉しそうだね」得意気に耳を立てるタスクさんに感謝です。旦那さまに会えたから。
でも、旦那さまがモモサラ地方に出立してまだ四日目。どうして早く帰って来たんだろう?
旦那さま曰く。
『魔物の吹き溜まり』が形成される前で思ったより早くモモサラ地方の魔物を駆除出来たこと、同行した聖女アリアナが度重なる遠征により体調不良を起こし急ぎ王都に帰還したそうです。
「アリアナ様、体が心配ですね」
神々しい光を纏った素朴な少女を思い出した。ミリヤ妃が仕事しない負担が全面的に彼女にのし掛かっているみたいだし。
「そうですね。彼女は仕事を抱えすぎですし……それに、多分……アリアナ様は……」
下を向き言い淀む旦那さま。どうしたんだろう?言いにくいことかな?
「それより、ヴィヴィアン。私はこれからまた王城に報告やら提出する書類がありますので、今夜は帰れません」旦那さまは淡々と残酷な事実を述べた。
「ええ~っ!!そんなぁ今夜も一人寝ですか?そろそろ孤独死しますよ」
会えた喜びから一転して絶望に。乙女心を弄ぶ、旦那さまひどいです。
「勝手に孤独死しないで下さい。あと1日だけの我慢です。それに貴方にはシリウスが居ます」
ため息とともに肩に乗っていたシリウスを渡された。
「マアマ、さみしくない、ぼくとねんね~」
「シリウス~!ありがとー」
なんて、優しい子ですか?
シリウスをぎゅうぎゅうして頬にキスしちゃいますよー。
「……ヴィヴィアン」
「へっ」
低く、地を這うような声に振り替えると、不機嫌な顔で私を見下ろす旦那さまと目が合った。
え?なんで?怒ってるの?さっきまで機嫌良さそうだったのに。
「ど、どうしましたか?」
声が乾いてのどに引っ付いた。
「………私には、……その……しなくてよいのですか?」
周りに聞こえないよう、耳元でボソリと小さく囁かれた言葉。その意味を咀嚼する。
ええ~?
もしかして、旦那さまにキスしていいと言うことですか?
こんな周りに団員さん居る中で!
チラッと旦那さまを伺うと、心なしか頬が赤いような気もするし。
ああ、そっか。頬っぺにですね?それなら喜んでいくらでも致しましょう~。
「……はい!したいです!」
旦那さまの首に手を回し、その柔らかい頬っぺたにチュッとキスを落とす。
「ラブラブワン~」
「よかったね~団員」
「ああ、俺も早く家に帰ろう」
「はあっ……独り身には辛いです」
どよめき口々に声をあげる団員たち。その後ろから一際ヒステリックな声が上がった。
「ちょっと!ヴィヴィアンさん!どうして獣人嫌いの貴女かシオン様といちゃついてるのよー!
貴女はジャスティス王子の公妾になるの!その代わりにシオン様は私が貰うんだからー!!」
ピンク色の髪を振り乱し、可愛らしい顔を醜く歪めたミリヤ妃が絶叫していた。
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