18 / 95
第一章 囚われの日々
犯人
しおりを挟むユイナートが自室に戻り、しばらく椅子に座って待っていると、扉が叩かれた。彼が入室を許可すると、トアが一人の男を半ば引っ張る形で入って来た。
「殿下、遅くなり申し訳ございません。これが薬を混ぜた犯人です」
ユイナートは微笑を浮かべながらゆっくりと目を鋭くさせる。トアが男を手放すと、男は必死になって彼の前で跪き、床に額が当たるほど頭を下げた。
「お、王太子殿下! 大変申し訳ありませんでした!」
「言い訳はいりません。何故薬を盛ったのですか? 理由によっては今この場で貴方を処分します」
彼が言うと同時にトアは剣を抜いて男の首元にそれを添えた。男は顔を青ざめて頭を下げながら震える声で述べる。
「……しょ、食事に薬を混ぜたら、金を渡すと言われ、それに乗りました。俺には病気の妹がいて、今すぐ金を集めて病院に連れて行かないととあいつは死んでしまう。そんな時に、知らない男が声をかけてきて。大金を渡すから、料理にこの薬を盛れと言われました。前金もかなりの量でした。俺はとにかく金が欲しかった。だがら俺は」
「食事に薬を盛った、と。金に飛びつく愚か者の典型例ですね」
ユイナートは嘲笑を浮かべ、男を見下ろす。
「もしその薬が毒であった場合、お前の処刑は勿論のこと、お前の親族も道ずれとなったでしょうに」
ユイナートの言葉に男は床に額を擦り付けながら体を震わせる。
「す、全て俺の独断です。妹は関係ありません。妹だけは助けてください」
「僕がお前の願いを聞く義理などない。……と言いたいところですが、少々気になる点があります」
彼は手を上げるとトアは剣を引いて鞘に戻した。男はゆっくりと顔を上げる。
「お前に薬を渡した男はどんな姿でしたか? その者は自分について何か話していましたか?」
「……フードを被っていて、顔は良く見えませんでした。全身が白いローブで覆われていて、ただ声は若い男のように聞こえました。男は自分を『神の使徒』と言いました」
「神の使徒……」
ユイナートは少し思案し、しかし直ぐに男に目を向ける。
「先程前金を受け取ったと言いましたよね。完全な報酬はいつ貰うのです?」
「明日、そいつと出会った場所で渡すと言っていました」
彼は頷き、足を組み直して問う。
「お前はその食事がどこに届けられるか知っていましたか?」
「知りませんでした。ただ、お師匠が作る料理に薬を入れろとだけ言われたので、器によそわれたスープに入れました」
「……成程。大体奴の目的は分かりましたよ」
男は驚いたような顔を見せたが、ユイナートの凄みのある笑みを見て直ぐに顔を真っ青にする。
「確実にお前が奴の元へ行くと、始末されるでしょうね。そして、一人の料理人見習いが食事に薬を混ぜ、その罪悪から自殺した、ということになるのでしょう」
「……そんな」
「本来媚薬はリゼッテル王国の来賓も口にするであろう食事に混ぜられると想定されていた。しかしお前は誤って違う食事にそれを入れた。これが事の顛末でしょう。お前が間違えたお陰で、アルテアラ王国とリゼッテル王国が戦争にならなくて済みました」
ユイナートは肩を竦めて首を振った。男はそんなに大層なことが起こるとは思っておらず、死人のような顔色になっている。
「……さて。お前の処分ですが」
彼が男を見ると、男は慌てて頭を下げる。自らの心臓の音が耳でうるさく鳴り、男は息を飲む。
「お前が僕と契約魔術を結ぶのであれば、軽いもので済ませましょう。契約魔術はご存知ですか? 魔力で相手を縛り、契約に反する行為をすると魔力が毒と変化するものです」
ユイナートは立ち上がり、一枚の紙を男に見せる。
「一つ、甲は乙に決して逆らわない。一つ、甲は乙の部下に従う。一つ、甲は決して他人にこのことを口外しない」
ユイナートが箇条文を読み上げる事に、紙に彼の言った言葉が刻まれていく。その後も彼は項目を制定し、男の眼前にそれを置いた。
「簡潔に言えば、僕の手足となり僕に従うという内容です。ここにサインをすると、契約は完了します」
男はトアから手渡された羽根ペンを片手にしばらく契約書を見つめ、震える手で拙く自らの名前を記入した。トアが契約書を拾い上げてユイナートに手渡す。彼が呪文を唱えると、契約書は黄金の炎に包まれ、燃えてなくなった。
「貴方の名は、バルドと言うのですね。これからよろしくお願いします。早速貴方に仕事を与えましょう」
男――バルドは緊張した顔でユイナートを見上げる。彼は椅子に座り直し、笑みを浮かべた。
「明日、貴方の隣に立つ騎士トアと共に『神の使徒』と対峙し、奴を生け捕りにしてください」
トアは彼の言葉に頭を頭を下げたが、バルドは難しそうな顔で俯く。
「……どうしたのです。目の前で契約に殺される者を見たくないのですが」
「ち、違います! 決して貴方様に逆らおうという訳では……。ただ、俺は戦えないし、戦力にならないと思って」
「囮役で充分ですよ。トアがいたら簡単に終わります」
ユイナートは有無を言わさぬ笑みでバルドを黙らせ、トアに目を向けた。トアは頷いて恭しく頭を垂れる。
「ありがたいお言葉です」
彼は満足そうに微笑んで、再びバルドを見た。
「そうだ。貴方の妹がいる場所を後でトアに伝えておいてください。騎士達に頼んで病院に運ばせます」
「……え?」
バルドは目を丸めてユイナートを見る。彼はにっこりと良い笑顔を見せたが、それ以上は何も言わなかった。
ユイナートは二人に部屋を出るよう述べ、バルドはトアに連れられ立ち上がる。部屋を出る直前、バルドはユイナートに深く頭を下げた。彼は変わらず微笑んでいた。
1
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない
千堂みくま
恋愛
細々と仕事をして生きてきた薬師のノアは、経済的に追い詰められて仕方なく危険な仕事に手を出してしまう。それは因縁の幼なじみ、若き公爵ジオルドに惚れ薬を盛る仕事だった。
失敗して捕らえられたノアに、公爵は「俺の人生を狂わせた女」などと言い、変身魔術がかけられたチョーカーを付けて妙に可愛がる。
ジオルドの指示で王子の友人になったノアは、薬師として成長しようと決意。
公爵から逃げたいノアと、自覚のない思いに悩む公爵の話。
※毎午前中に数話更新します。
心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。
三月べに
恋愛
古川七羽(こがわななは)は、自分のあか抜けない子どもっぽいところがコンプレックスだった。
新たに人の心を読める能力が開花してしまったが、それなりに上手く生きていたつもり。
ひょんなことから出会った竜ヶ崎数斗(りゅうがざきかずと)は、紳士的で優しいのだが、心の中で一目惚れしたと言っていて、七羽にグイグイとくる!
実は御曹司でもあるハイスペックイケメンの彼に押し負ける形で、彼の親友である田中新一(たなかしんいち)と戸田真樹(とだまき)と楽しく過ごしていく。
新一と真樹は、七羽を天使と称して、妹分として可愛がってくれて、数斗も大切にしてくれる。
しかし、起きる修羅場に、数斗の心の声はなかなか物騒。
ややヤンデレな心の声!?
それでも――――。
七羽だけに向けられるのは、いつも優しい声だった。
『俺、失恋で、死んじゃうな……』
自分とは釣り合わないとわかりきっていても、キッパリと拒めない。二の足を踏む、じれじれな恋愛模様。
傷だらけの天使だなんて呼ばれちゃう心が読める能力を密かに持つ七羽は、ややヤンデレ気味に溺愛してくる数斗の優しい愛に癒される?
【心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。】『なろうにも掲載』
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる