月華の王子様と『玩具』の愛姫 ~ヤンデレな王子様からは逃げられない~

ラム猫

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第一章 囚われの日々

犯人

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 ユイナートが自室に戻り、しばらく椅子に座って待っていると、扉が叩かれた。彼が入室を許可すると、トアが一人の男を半ば引っ張る形で入って来た。

「殿下、遅くなり申し訳ございません。これが薬を混ぜた犯人です」

 ユイナートは微笑を浮かべながらゆっくりと目を鋭くさせる。トアが男を手放すと、男は必死になって彼の前で跪き、床に額が当たるほど頭を下げた。

「お、王太子殿下! 大変申し訳ありませんでした!」
「言い訳はいりません。何故薬を盛ったのですか? 理由によっては今この場で貴方を処分します」

 彼が言うと同時にトアは剣を抜いて男の首元にそれを添えた。男は顔を青ざめて頭を下げながら震える声で述べる。

「……しょ、食事に薬を混ぜたら、金を渡すと言われ、それに乗りました。俺には病気の妹がいて、今すぐ金を集めて病院に連れて行かないととあいつは死んでしまう。そんな時に、知らない男が声をかけてきて。大金を渡すから、料理にこの薬を盛れと言われました。前金もかなりの量でした。俺はとにかく金が欲しかった。だがら俺は」
「食事に薬を盛った、と。金に飛びつく愚か者の典型例ですね」

 ユイナートは嘲笑を浮かべ、男を見下ろす。

「もしその薬が毒であった場合、お前の処刑は勿論のこと、お前の親族も道ずれとなったでしょうに」

 ユイナートの言葉に男は床に額を擦り付けながら体を震わせる。

「す、全て俺の独断です。妹は関係ありません。妹だけは助けてください」
「僕がお前の願いを聞く義理などない。……と言いたいところですが、少々気になる点があります」

 彼は手を上げるとトアは剣を引いて鞘に戻した。男はゆっくりと顔を上げる。

「お前に薬を渡した男はどんな姿でしたか? その者は自分について何か話していましたか?」
「……フードを被っていて、顔は良く見えませんでした。全身が白いローブで覆われていて、ただ声は若い男のように聞こえました。男は自分を『神の使徒』と言いました」
「神の使徒……」

 ユイナートは少し思案し、しかし直ぐに男に目を向ける。

「先程前金を受け取ったと言いましたよね。完全な報酬はいつ貰うのです?」
「明日、そいつと出会った場所で渡すと言っていました」

 彼は頷き、足を組み直して問う。

「お前はその食事がどこに届けられるか知っていましたか?」
「知りませんでした。ただ、お師匠が作る料理に薬を入れろとだけ言われたので、器によそわれたスープに入れました」
「……成程。大体奴の目的は分かりましたよ」

 男は驚いたような顔を見せたが、ユイナートの凄みのある笑みを見て直ぐに顔を真っ青にする。

「確実にお前が奴の元へ行くと、始末されるでしょうね。そして、一人の料理人見習いが食事に薬を混ぜ、その罪悪から自殺した、ということになるのでしょう」
「……そんな」
「本来媚薬はリゼッテル王国の来賓も口にするであろう食事に混ぜられると想定されていた。しかしお前は誤って違う食事にそれを入れた。これが事の顛末でしょう。お前が間違えたお陰で、アルテアラ王国とリゼッテル王国が戦争にならなくて済みました」

 ユイナートは肩を竦めて首を振った。男はそんなに大層なことが起こるとは思っておらず、死人のような顔色になっている。

「……さて。お前の処分ですが」

 彼が男を見ると、男は慌てて頭を下げる。自らの心臓の音が耳でうるさく鳴り、男は息を飲む。

「お前が僕と契約魔術を結ぶのであれば、軽いもので済ませましょう。契約魔術はご存知ですか? 魔力で相手を縛り、契約に反する行為をすると魔力が毒と変化するものです」

 ユイナートは立ち上がり、一枚の紙を男に見せる。

「一つ、甲は乙に決して逆らわない。一つ、甲は乙の部下に従う。一つ、甲は決して他人にこのことを口外しない」

 ユイナートが箇条文を読み上げる事に、紙に彼の言った言葉が刻まれていく。その後も彼は項目を制定し、男の眼前にそれを置いた。

「簡潔に言えば、僕の手足となり僕に従うという内容です。ここにサインをすると、契約は完了します」

 男はトアから手渡された羽根ペンを片手にしばらく契約書を見つめ、震える手で拙く自らの名前を記入した。トアが契約書を拾い上げてユイナートに手渡す。彼が呪文を唱えると、契約書は黄金の炎に包まれ、燃えてなくなった。

「貴方の名は、バルドと言うのですね。これからよろしくお願いします。早速貴方に仕事を与えましょう」

 男――バルドは緊張した顔でユイナートを見上げる。彼は椅子に座り直し、笑みを浮かべた。

「明日、貴方の隣に立つ騎士トアと共に『神の使徒』と対峙し、奴を生け捕りにしてください」

 トアは彼の言葉に頭を頭を下げたが、バルドは難しそうな顔で俯く。

「……どうしたのです。目の前で契約に殺される者を見たくないのですが」
「ち、違います! 決して貴方様に逆らおうという訳では……。ただ、俺は戦えないし、戦力にならないと思って」
「囮役で充分ですよ。トアがいたら簡単に終わります」

 ユイナートは有無を言わさぬ笑みでバルドを黙らせ、トアに目を向けた。トアは頷いて恭しく頭を垂れる。

「ありがたいお言葉です」

 彼は満足そうに微笑んで、再びバルドを見た。

「そうだ。貴方の妹がいる場所を後でトアに伝えておいてください。騎士達に頼んで病院に運ばせます」
「……え?」

 バルドは目を丸めてユイナートを見る。彼はにっこりと良い笑顔を見せたが、それ以上は何も言わなかった。
 ユイナートは二人に部屋を出るよう述べ、バルドはトアに連れられ立ち上がる。部屋を出る直前、バルドはユイナートに深く頭を下げた。彼は変わらず微笑んでいた。
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