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騎士訓練場の兄
しおりを挟むフィーリアはレティシアと共に別館に訪れていた。途中、生徒達が大勢集まっている場所を見つけ、気になったため様子を伺いに行くことにした。
「……あれは、騎士クラブでしょうか?」
フィーリアはそう呟いて、レティシアと共に生徒達の間から顔を覗かせる。
生徒用騎士訓練場で、白髪の青年が一人中心に立ち、木刀を持った者達が彼を囲んでいた。
「……お兄様?」
見慣れた顔の青年だと思ったら、やはりヴィセリオだった。彼は軽く木刀を構え、余裕な顔で笑みを浮かべている。彼の髪が陽の光を反射し、銀色の輝きを放っている。あまりにも優雅な立ち姿に、フィーリアだけでなく周りの生徒達も感嘆の息を吐いた。
ヴィセリオは四方から切りかかる生徒を軽くいなし、最低限の動きでそれらを躱して反撃している。その動きを全て見ることはできず、あっという間にヴィセリオを囲んでいた者は皆膝をついていた。
周りの生徒達は盛り上がって歓声を上げる。女子達は黄色い悲鳴を上げていた。
フィーリアはヴィセリオが実際にこのように戦っているところを滅多に見ないので、珍しいものを見た気分になった。
「ヴィセリオ様は、相変わらずお強いですね。とてもかっこよかったです」
「はい。自慢の兄です」
レティシアの言葉に、フィーリアは兄に対する誇りを持ちながら微笑んだ。ヴィセリオを見ると、彼は他の生徒からタオルを受け取り、その人と話をしながら建物の中に姿を消した。
「レティシア様が興味のあるクラブはあるのですか?」
「そうですね……。音楽クラブ、美術クラブ、刺繍クラブ辺りでしょうか」
カルサリア王立学園はクラブも豊富で、本格的なものが多い。先程見た騎士クラブはその筆頭で、魔法クラブなども有名である。
レティシアが上げたクラブは、主に女子生徒に人気のものである。これらのクラブでは、将来に役立つ技術を得ることができる。フィーリアが過去に所属していたクラブは、美術クラブと刺繍クラブである。彼女は絵を描くことが好きだった。
「少し歌声が聞こえてきますね。音楽クラブはあちらの部屋にあるみたいですよ」
レティシアが指を向けた部屋に向かって二人は歩みを進める。その時、突然フィーリアの頭の上に手が乗せられた。
「フィア。クラブの見学かい?」
聞きなれた声が耳に入り、フィーリアは後ろを向く。制服姿ではなく、軽く動くための服を着たヴィセリオが立っていた。
「お兄様。先程は騎士訓練場にいらしたのではないのですか?」
「おや。あれを見られていたのか、恥ずかしいな。フィアが見ていたのなら、もっと気を引き締めて臨んだのに」
ヴィセリオは先程数名の生徒を打倒したと思えないような微笑みを浮かべ、フィーリアの隣に並ぶ。そしてレティシアに頭を下げた。
「昨日ぶりですね、レティシア様。妹がお世話になっております」
「いえいえ。わたくしがお願いしてフィーリア様にお友達になってもらいましたの。それよりも、先程のお姿を拝見しました。相変わらずのお強さですね」
「ありがたいお言葉です。私など、まだまだですよ」
ヴィセリオはいつもよりも嘘くさい笑みでレティシアと応対している。レティシアもそれに気が付いたのか、苦笑いを浮かべた。
「ヴィセリオ様はルーンと同じような笑みを浮かべていらっしゃいますね」
「……ルーンオードと? それはそれは……私としては喜べませんね」
ルーンオード、という名にフィーリアは反応し、思わず顔を上げる。しかし変に会話に混ざるのもおかしいので、すぐに顔を伏せた。挙動不審な動きをしたフィーリアに、幸いにも二人は気が付かなかったようだ。
「レティシア様は、これからどちらへ行かれる予定なのですか?」
「あちらの音楽クラブを見てみようとお話ししていたところです」
「ほう、音楽クラブですか。カルサリアの音楽クラブはレベルが高いことで有名ですから、見学するだけでも価値がありますよ。ちょっと、いやかなり変わった集団ではありますけど」
ヴィセリオはそのまま自然な流れでレティシアとフィーリアを案内しようと動く。それにフィーリアは疑問を覚え、口を開いた。
「お兄様は他にご予定はないのですか?」
「私にフィアよりも優先すべき予定はないよ。学園内は迷いやすいから、フィア達が迷うことがないように案内しようと思ってね」
ヴィセリオの言い方から、彼には他にするべきことがあるのだと考えられる。しかしそれを言っても、彼ははぐらかすばかりでフィーリアの元から離れようとしない。
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