貴方に抱かれると、死んでしまうので。

ラム猫

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好成績


 考査を終えた数日後、成績優秀者の名前が張り出される。フィーリアはその紙を見上げる。
 フィーリアの順位は、上から数えて五番目だった。好成績を取れたと安心し、彼女は他の学年の順位に目を移す。

 ヴィセリオは、当然のように一番の成績を取っている。しかもその点数は、ほとんど満点に近いものだった。学園の考査で満点を取った生徒は、数えるほどしかいない。それでもヴィセリオは過去に何度も満点を取っている、本当に恐ろしい人だ。今回は満点ではないようだけど。

「やっぱりフィアは天才だね」

 頭の上に手を乗せられ、フィーリアは顔を動かしてその人物を見た。にこりと笑みを浮かべたヴィセリオは、膝を屈めて彼女と目を合わせる。

「流石、私の妹だ」
「……お兄様が仰ると、嫌味に聞こえます」

 む、とフィーリアは膨れ面になり、ヴィセリオをジト目で見る。彼は笑い声を上げてフィーリアの頭を撫でた。

「膨れたフィアも可愛い」

 髪をかき混ぜられ、フィーリアはその手から逃れようと体を横に動かした。すると、誰かとぶつかってしまい、彼女は慌てて謝る。

「申し訳ありませ……」

 その人物の顔を見て、フィーリアはエメラルドの瞳を見開いた。

「おや。ルーンオードが順位表を見に来るなんて、珍しい」

 目をさ迷わせ、動きを止めたフィーリアを隠すように、ヴィセリオが前に出た。ルーンオードは、貼り付けたような笑みを浮かべ、ヴィセリオを見る。

「ヴィセリオ殿がいらっしゃる方が珍しいことですけど」
「フィアの姿が見えたからね」

 フィーリアは順位表に目を向け、ルーンオードの名を探した。二学年の欄で、彼の名は三番目に位置している。彼は昔から頭が良かったと、フィーリアは納得した。

「ここは学園です。他人と触れ合いすぎることは、周りからも良く思われませんよ」

 ルーンオードは目を鋭くさせてヴィセリオを睨んだ。彼の言葉に、フィーリアは慌ててヴィセリオから離れようと一歩下がる。しかし、腕を掴まれてそれ以上離れることができなかった。
 離れるどころか、腕を引き寄せられ、ヴィセリオと体が触れ合う。

「私達は他人じゃなくて家族だから」
「……訂正します。家族であっても、学園内で触れ合うことは、いらぬ誤解を生みますよ」
「フィアとだったら、どんな誤解が生まれても私は許容するよ」

 ルーンオードとヴィセリオは睨み合いながら言い合いを続ける。ああ言えばこう言う状態になっている。フィーリアは周囲の生徒達の迷惑になっていないか周りを見たが、誰も気にしていないようだ。
 二人は笑顔を浮かべているので、周りからは考査の結果について議論しているだけのように見えるのかもしれない。フィーリアははっきりと話の内容が聞こえるので、居たたまれない気持ちになっている。

「もう、お兄様。これ以上ルーンオード様に変なことを仰らないでください。それに、ルーンオード様が仰っていらっしゃることは全て正しいです。学園内では、必要以上にわたしに触れないでください」

 フィーリアは顔を上げて、ヴィセリオの空色の瞳をまっすぐと見て言った。目に見えて、彼の笑みが固まる。
 ふ、と笑う声が聞こえ、彼女はルーンオードに目を向けた。彼は口角を上げ、面白いものを見たかのような笑みを浮かべている。いつもの貼り付けた笑みではなく、自然に漏れた笑みのようだった。フィーリアは、顔に熱が集まるのを感じた。

「ヴィセリオ殿。ご愁傷様です」

 悪い笑みを浮かべるルーンオードだが、ヴィセリオは何も言葉を返さなかった。彼はずっとフィーリアを見つめて固まっている。

「フィア、嘘だよねフィア。私は君に触れることができなかったら、生きていけない自信がある」

 ヴィセリオはフィーリアの両手を大きな手で包み込んで、懇願するように彼女を見た。その空色の瞳がまるでおねだりをする大型犬のように見え、フィーリアは思わず目を逸らす。

「フィア。ごめんね、君に嫌な思いをさせていたのか。私は、なんてことをしてしまったのだろう」

 肩を落として、彼の表情が落ち込んだものになった。フィーリアの手が解放され、温かい手が離れる。無意識のうちに、その熱を追いかけてフィーリアは彼の手を掴んでいた。

「わ、わたしは、お兄様に触れてほしくないわけではありません。ただ、明らかに距離が近いと思われるような触れ合いさえ避けていただけたら、十分です」

 自分でも、兄に甘いという自覚はある。それでも、兄が落ち込んだ姿をこれ以上見ていられなかった。
 フィーリアの言葉を聞いて、ヴィセリオは顔をぱぁっと明るくさせた。その笑顔が眩しくて、フィーリアは思わず目を細める。
 しかし、近くから冷気のようなもの感じ、ゆっくりとそちらに目を向けた。

「お、お兄様。これ以上、お戯れは止めてください。ルーンオード様が見ていらっしゃいます」

 フィーリアは兄の袖を引きながら、凍った笑みを浮かべるルーンオードから目を離した。ヴィセリオは優しい微笑みを浮かべる。

「そうだね。家に帰ってから存分にフィアに触れるようにするよ」

 ……お兄様が余計なことを仰るせいで、ルーンオード様からあの禍々しい力が出てきています!
 フィーリアはヴィセリオの前に立って、深い蒼い瞳と目を合わせた。温度のない視線と、フィーリアの視線が交わる。

「申し訳ありません、ルーンオード様。貴方様を不快な気持ちにさせてしまいました」
「……いえ。貴女は何も悪くありません。私こそ、お二人の関係に口出しをしてしまい、申し訳ない」

 ルーンオードは貼り付けた笑みを浮かべ、彼から出ていた力が収まる。フィーリアは小さく息を吐いて、微笑んだ。

「先日の勉強会のお陰で、良い成績をとることができました。ありがとうございます、ルーンオード様」

 フィーリアの言葉に、ルーンオードはかすかに口角を上げ、深い蒼い瞳に熱が籠った。その瞳に見惚れたが、ヴィセリオに目を覆われて見えなくなってしまった。

「フィアが私以外の男を見ているだけで、落ち着かない気分になるよ」

 ヴィセリオの手をどけて、フィーリアは兄を見上げた。優しい空色の瞳が彼女を見つめ返し、温かい気持ちになると同時に、自分はいつか結婚できるのだろうかと心配になった。兄の愛が重いせいで、嫁げないこともあるかもしれない。
 ルーンオードは冷たい目でヴィセリオを見て、首を振った。

「……邪魔をしてしまいましたね。私は先生に呼ばれているので、そろそろ行きます」

 彼は頭を下げて、フィーリア達に背を向けた。フィーリアも頭を下げ、他の生徒達の間を縫って歩いていく彼を見ながら、フィーリアは再び小さく息を吐いた。そんな彼女の頭の上に、大きな手が乗せられる。
 学園内では距離感を考えると約束したところなのに、ヴィセリオは守るつもりがないということが一瞬で分かった。
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