貴方に抱かれると、死んでしまうので。

ラム猫

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街に現れた魔獣

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 それに素早く反応したルーンオードは、帯剣している剣の柄に手を触れながら、目を鋭くさせる。そんな彼を見ながら、レティシアは小さく首を傾げた。

「何かあったのでしょうか」
「……人々が騒ぎ始めています。安全が保てなくなる可能性があります。レティシア様、ここから離れましょう」

 ルーンオードはそう言って、悲鳴が聞こえてきた方向とは逆方向に視線を向ける。しかし、レティシアは眉を下げて彼とは逆の方向に目を向けた。

「怪我人がいるかもしれないのに、放っておけないわ。ねえ、ルーン」
「貴女様を危険な場所に連れていく訳にはいきません」
「危険な場所ということは、魔獣が出たの?」
「……今はフィーリア嬢もいらっしゃいます。ここは、街の騎士に任せましょう」

 レティシアとルーンオードはその後も言い争いを続ける。フィーリアは戸惑いながら二人の姿を交互に見た。
 街に魔獣が出るなど、大変なことである。フィーリアにとっては、一度目の人生で自分を殺した相手でもあるので、苦手意識は強い。

「なら、ルーンはフィーリア様を守っておいて。わたくしは様子を見てきます」
「貴女様は私を何だと思っていらっしゃるのですか? 貴女様を一人にするわけにはいきません」

 ……これは、自分が足を引っ張っている可能性がある。フィーリアは自分の力のなさを実感しながら、二人にある提案をするために口を開いた。

「わたしは一人でも大丈夫です。護衛は他にもいるので、安全なところで待機しておきます」

 フィーリアの言葉にレティシアとルーンオードは黙った。フィーリアは二人を後押しするため、にこりと微笑む。

「お二人は、どうか困っている人々を助けてください。聖女様と聖騎士様を、待っている方がいらっしゃるかもしれません」

 街に停留している騎士はいるが、到着に遅れることが多い。現れた魔獣がどれだけ強力かは分からないが、弱い魔獣であっても戦闘能力を持たない人々にとっては脅威である。魔獣による被害が出る前に、それを止めるには、この場で一番強いルーンオードが向かうことが最善だろう。
 それに、怪我人がいた場合、完璧に治療できるレティシアがいると、それほど心強いことはない。

「……ですが、フィーリア嬢」
「わたしは大丈夫です。自己防衛ができる程度の魔法は使えますから」

 渋るルーンオードの深い蒼い瞳を見つめ返す。彼は目をさ迷わせて逡巡していたが、最後は大きく息を吐いて首を振った。

「……危険ですので、絶対に、こちら側には来ないでください」

 ルーンオードの言葉に頷いて、フィーリアは彼らに背を向けた。兄ほどとは言わずとも、ある程度の実力を持っていたなら、彼らの力になれたのだろうか。持っていないことを望んでも、空しくなるだけだ。今は、彼らが怪我をすることなく、無事に魔獣に対処できることを願う方がいい。
 こっそりとフィーリアについてきていたユリース侯爵家の護衛と合流して、彼女はその場から離れた。


 魔獣が出たからだろうか、危険な場所から離れるために人々が逃げている。フィーリアも気持ち早足になりながら、広場まで逃げ込んだ。この辺りまで来れば安全だろうと、噴水の傍のベンチに腰掛けて、レティシアとルーンオードが戻ってくるのを待つことにする。
 一度目の人生では、ルーンオードは魔獣に対抗できる力を持っていないかった。それでも今はこうやって対抗できる。彼はとても強くなったのだということをしみじみと感じながら、フィーリアは小さく息を吐いた。

「お嬢様。お加減が優れないのですか?」
「……いえ、大丈夫です」

 護衛の一人から声をかけられ、フィーリアは笑みを浮かべた。護衛達は顔を見合わせて、心配が隠せていない顔でフィーリアを見ている。
 護衛が気分転換のために飲み物を差し出してくれたのでそれを口に含みながら、フィーリアは魔獣と戦っているであろう二人のことを考えていた。

 聖騎士であるルーンオードが戦う姿は、きっとかっこいいのだろう。過去の彼の戦い方は、剣舞のように美しかったことで印象が強い。

 聖女であるレティシアが人々を癒す姿は、きっと美しいのだろう。彼女の声や言葉には、人々を安心させる力がある。彼女がいたら、魔獣の手で傷ついた人がいても、救われるはずだ。
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