死に戻り令嬢は逃げ出したい ~前世で私を殺した暗殺者が、「一生離しません」と忠犬になって追いかけてきます~

ラム猫

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第13話 解かれた鎖

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 結局、ギルベルトのあまりに憔悴ぶりとバルドスの「このまま家の前に居座られるのも面倒だから入れてやれ」という投げやりな許可により、彼はエルセリアの滞在する客間のすぐ外、廊下で番犬のように座り込んで夜を明かした。

「……ギル、おはよう。体調は悪くなっていない?」

 早朝。エルセリアが扉を開けると、そこには一睡もしていないはずなのに、彼女の顔を見た瞬間に全身から後光が射したかのような表情をする青年がいた。

「エルセが中にいると考えている間に、夜が明けました。あなたに会えない苦しみに比べたら、この程度どうってことありません」

(……なんだか、少し離れていた間に、重さが一段増している気がしますわ)

 エルセリアは心の中で溜息をつきつつも、どこか安心している自分に気づく。彼が隣にいない時間は、彼女にとっても、思いのほか心細いものだったのだ。

「ギル、昨日は冷たくしてごめんね。あなたのことが嫌いになったわけではないの。ただ、あなたにも自分の人生を楽しんでほしくて……」

 彼女がそう言うと、ギルベルトは彼女の手を取り、その掌に深く顔を埋めた。

「俺の人生は、あなたを愛し、守り、あなたの傍に常にいること、それだけです。それ以外に楽しめることなど、この世には存在しない。……エルセ、もう俺を置いていかないでください。次は、本当に心臓が止まってしまいます」
「もう、あなたが嫌がるように距離を取ることはしないわ。……ねえ、今日のお仕事も、手伝ってくださる?」

 ギルベルトは弾かれたように顔を上げ、金色の瞳を輝かせた。

「もちろんです。喜んで!」



 ◇ ◇ ◇
 


 バルドスの屋敷の広い中庭を借りて、エルセリアは薬草の整理を始めた。港町ならではの強い陽光を浴びながら、昨日仕入れたばかりの月光草や、潮風を含んだ海藻ハーブを広げていく。

「ギル、その月光草は根を傷つけないように、一本ずつ影干しにしてね」
「……任せてください。エルセの役に立てるなら、俺は世界一精密な道具になります」

 かつて、一瞬で標的の頸動脈を断ち切っていたであろうその指先が、今は壊れ物を扱うように、一本の草を丁寧に並べていく。その真剣な横顔は、暗殺者というよりは芸術家のようだ。

「エルセ様、すごーい! このお花、キラキラしてる!」

 すっかり元気になったリナがトコトコと駆けてきて、広げた薬草の山に目を丸くする。エルセリアは彼女に、毒のないハーブの見分け方を教えながら、穏やかに手を動かした。

「これはね、リナちゃん。夜になると月の光を吸って、暗いところで少しだけ光るのよ。熱を下げてくれる、とっても優しいお薬になるの」
「へぇーっ! ……ねえ、エルセ様。あの黒いお兄ちゃん、さっきからエルセ様のことばっかり見てるよ? お薬、見てなくて大丈夫なの?」

 子供の観察力は鋭い。見れば、ギルベルトは手元の作業を完璧にこなしつつも、首だけは180度近くエルセリアの方へ固定され、瞬きもせずに彼女を見つめていた。

「ギル、作業に集中してください。……リナちゃん、あの方はそういう『病気』のようなものですから、気にしなくていいのよ」
「病気!? エルセ様、治してあげないの?」
「……治らないし、治していただく気もない。これは、俺が一生かけて患う病なんだ」

 ギルベルトがボソリと呟く。リナは「変なのー!」と笑いながら、また薬草拾いに戻っていった。



 ◇ ◇ ◇



 昼下がり。作業がひと段落し、エルセリアたちは庭の木陰でバルドスが用意してくれた軽食をとっていた。潮風がハーブの香りと混ざり合い、鼻腔をくすぐる。

 彼女は、自分の手を見つめた。泥を投げつけられ、絶望の中で焼死したことにした、あの夜。 今の彼女の手は、薬草の香りが漂い、誰かを救うために動いている。

(前世では、こんな風に誰かと笑いながらご飯を食べるなんて、想像もできなかったわ)

 隣では、ギルベルトが彼女のためにパンにバターを塗り、食べやすい大きさに千切って差し出している。その献身は、確かに重い。時として息苦しいほどに。

 けれど、彼がエルセリアを見つめる金色の瞳の中に、かつての「虚無」がないことに、彼女は何よりの救いを感じていた。

「ギル。……ありがとう。あなたがいてくれて、よかった」

 エルセリアが不意にそう告げると、ギルベルトはパンを持ったまま硬直した。やがて、彼は耳まで真っ赤にし、視線を泳がせる。

「……エルセ。そういうことを不意に言うのは、心臓に悪いです。……今の言葉だけで、俺はあと百年は戦えます」
「ふふ、大袈裟だわ」

 そんな穏やかな会話を、屋敷の二階からバルドスが眺めていた。彼の隣には、いつの間にか屋敷に来ていたマルタが立っている。

「……なぁ、あの二人。あれで『付き合ってない』ってのは、無理があるんじゃねえか?」

 バルドスの問いに、マルタは微かに顎を引いた。

「お嬢様は天然の聖母ですから。そしてあちらの狂犬は、自分が人間ではなく『所有物』だと本気で思い込んでいますからね。前途多難ですよ。……さて、バルドスさん。甘い空気はここまでです。……例の『鼠』の件、詰めましょうか」
「あぁ。……お嬢さんにゃ、知らせるなよ。あんな綺麗な笑顔、曇らせたくねえからな」

 平和な中庭。薬草を干すエルセリアの笑い声が響く裏側で、男たちの視線は、水平線の彼方——王都から迫る影へと向けられていた。
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