33 / 63
第33話 翡翠の王子
しおりを挟むその日のセレンは、一輌の馬車によって静寂を奪われた。金箔を惜しみなくあしらった白亜の馬車が、場違いな蹄の音を響かせて薬屋の前に停まる。街の人々が足を止め、バルドスの部下たちが武器に手をかける中、薬屋の扉が開いた。
降り立ったのは、太陽をそのまま凝縮したような眩い存在だった。
艶やかな金髪に、彫刻のように深く整った顔立ち。そして何より目を引くのは、健康的に日焼けした美しい褐色肌と、爛々と輝くエメラルドの双眸だ。彼は異国の香油の匂いを漂わせながら、大仰な仕草で広場を見渡した。
「ほう、ここが聖女の隠れ家か。潮風は少々きついが、なるほど。愛着の持てそうな街だ」
エルセリアは、店に入ってきた彼を見るなりその場に固まった。
「……えっ、あの……どちら様でしょうか?」
彼女が戸惑いながら声をかけると、エドワードは音もなく距離を詰め、彼女の目の前で優雅に片膝をつく。
「カインの奴。奴め……! 報告書には善良なお人好しとしか書いていなかったが、肝心なことが抜けているではないか」
彼は小さな声で何かを囁くと、彼女の手を取り、その甲に熱い吐息を吹きかけるように口づけを落とした。
「初めまして、可憐な薬師。私はエドワード。君を迎えに来た、君の運命の男だ」
「……え?」
「一目見て確信した。私の隣に座るべきは、クレイウスのどの公女でもない、君だ。エルセリア、私と結婚してくれ。君のために、海を渡る新しい離宮を建てよう。宝石が欲しければ山一つ買い取ってやる」
あまりに唐突、かつド派手な求婚。エルセリアがフリーズしたその瞬間、彼女の背後からこの世の終わりのような音が聞こえてきた。
メキ、メキメキメキ……。
ギルベルトが手にしていた薬草の乾燥用トレイが、凄まじい力で粉砕される音だ。恐る恐る振り返ると、そこには漆黒の闇を纏い、瞳を完全に闇に染めたギルベルトが立っていた。その手には、いつの間にか抜身の短剣が握られている。
「……ギル、待っ……」
「エルセ、下がってください。……今すぐ、この不潔な黄金の猿の首を刎ね、その褐色の皮を剥いで、当店の新しい玄関マットにします」
「待て待て待て! ギルベルト、早まるな!」
いつの間にか店に入っていたカインが、必死の形相でギルベルトの腕を抑え込んだ。
「閣下! 何を考えているんですか! あれにはしつこい程来るなと書いたつもりでしたが……」
「カイン、あの程度で私を止められると思ったのか? ……それにしてもこの番犬、報告書通りだな。いい殺気だ、気に入った。私の部下に加えたいほどだよ」
「……あぁ? 貴様、誰を部下すると言った……?」
ギルベルトの殺気が物理的な突風となってエドワードを襲うが、彼はそれを快楽でも感じるかのように楽しげに笑い飛ばした。
「良い。実に良い! 愛する女のために牙を剥く獣、そしてその中心で困惑する女神。……エルセリア、改めて言う。私の妃になれ。君をこの港町から連れ出し、世界で最も輝く場所へ連れて行ってやる」
「お断りします!!」
エルセリアが反射的に叫ぶと、エドワードは驚いたように目を見開いた。
「……何故だ? 私の元へ嫁げば、将来は安泰だぞ?」
「そういう問題ではありません! 私の居場所はここなんです。……それに、ギルをもののように扱う方のところには、絶対に行きません!」
「エルセ……! いま、俺のために……俺のために……!」
ギルベルトがその場に崩れ落ち、感動のあまり嗚咽をもらし始めた。だが、エドワードは少しも挫けていない。
「ふむ、難攻不落か。ますます気に入った。……よし、決めたぞ。落とすまで帰らん。カイン、宿をもう一部屋用意しろ。今日から私は、この街で過ごす」
「閣下ぁぁぁ!!」
カインの絶望的な叫びがセレンの空に響き渡った。
「……エルセ。明日までに、あの男の部屋に致死量の猛毒植物を活けておきますね」
「ギル、絶対にダメですからね!!」
21
あなたにおすすめの小説
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
3回目巻き戻り令嬢ですが、今回はなんだか様子がおかしい
エヌ
恋愛
婚約破棄されて、断罪されて、処刑される。を繰り返して人生3回目。
だけどこの3回目、なんだか様子がおかしい
一部残酷な表現がございますので苦手な方はご注意下さい。
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです
春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。
ここは通過点のはずだった。
誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。
触れない客。
身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。
「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」
突然の身請け話。
値札のついた自分と向き合う三日間。
選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、
通過点は終わりになる。
これは救いではなく対等な恋の話。
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる