死に戻り令嬢は逃げ出したい ~前世で私を殺した暗殺者が、「一生離しません」と忠犬になって追いかけてきます~

ラム猫

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第33話 翡翠の王子

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 その日のセレンは、一輌の馬車によって静寂を奪われた。金箔を惜しみなくあしらった白亜の馬車が、場違いな蹄の音を響かせて薬屋の前に停まる。街の人々が足を止め、バルドスの部下たちが武器に手をかける中、薬屋の扉が開いた。

 降り立ったのは、太陽をそのまま凝縮したような眩い存在だった。

 艶やかな金髪に、彫刻のように深く整った顔立ち。そして何より目を引くのは、健康的に日焼けした美しい褐色肌と、爛々と輝くエメラルドの双眸だ。彼は異国の香油の匂いを漂わせながら、大仰な仕草で広場を見渡した。

「ほう、ここが聖女の隠れ家か。潮風は少々きついが、なるほど。愛着の持てそうな街だ」

 エルセリアは、店に入ってきた彼を見るなりその場に固まった。

「……えっ、あの……どちら様でしょうか?」

 彼女が戸惑いながら声をかけると、エドワードは音もなく距離を詰め、彼女の目の前で優雅に片膝をつく。

「カインの奴。奴め……! 報告書には善良なお人好しとしか書いていなかったが、肝心なことが抜けているではないか」

 彼は小さな声で何かを囁くと、彼女の手を取り、その甲に熱い吐息を吹きかけるように口づけを落とした。

「初めまして、可憐な薬師。私はエドワード。君を迎えに来た、君の運命の男だ」
「……え?」
「一目見て確信した。私の隣に座るべきは、クレイウスのどの公女でもない、君だ。エルセリア、私と結婚してくれ。君のために、海を渡る新しい離宮を建てよう。宝石が欲しければ山一つ買い取ってやる」

 あまりに唐突、かつド派手な求婚。エルセリアがフリーズしたその瞬間、彼女の背後からこの世の終わりのような音が聞こえてきた。

 メキ、メキメキメキ……。

 ギルベルトが手にしていた薬草の乾燥用トレイが、凄まじい力で粉砕される音だ。恐る恐る振り返ると、そこには漆黒の闇を纏い、瞳を完全に闇に染めたギルベルトが立っていた。その手には、いつの間にか抜身の短剣が握られている。

「……ギル、待っ……」
「エルセ、下がってください。……今すぐ、この不潔な黄金の猿の首を刎ね、その褐色の皮を剥いで、当店の新しい玄関マットにします」
「待て待て待て! ギルベルト、早まるな!」

 いつの間にか店に入っていたカインが、必死の形相でギルベルトの腕を抑え込んだ。

「閣下! 何を考えているんですか! あれにはしつこい程来るなと書いたつもりでしたが……」
「カイン、あの程度で私を止められると思ったのか? ……それにしてもこの番犬、報告書通りだな。いい殺気だ、気に入った。私の部下に加えたいほどだよ」
「……あぁ? 貴様、誰を部下すると言った……?」

 ギルベルトの殺気が物理的な突風となってエドワードを襲うが、彼はそれを快楽でも感じるかのように楽しげに笑い飛ばした。

「良い。実に良い! 愛する女のために牙を剥く獣、そしてその中心で困惑する女神。……エルセリア、改めて言う。私の妃になれ。君をこの港町から連れ出し、世界で最も輝く場所へ連れて行ってやる」
「お断りします!!」

 エルセリアが反射的に叫ぶと、エドワードは驚いたように目を見開いた。

「……何故だ? 私の元へ嫁げば、将来は安泰だぞ?」
「そういう問題ではありません! 私の居場所はここなんです。……それに、ギルをもののように扱う方のところには、絶対に行きません!」
「エルセ……! いま、俺のために……俺のために……!」

 ギルベルトがその場に崩れ落ち、感動のあまり嗚咽をもらし始めた。だが、エドワードは少しも挫けていない。

「ふむ、難攻不落か。ますます気に入った。……よし、決めたぞ。落とすまで帰らん。カイン、宿をもう一部屋用意しろ。今日から私は、この街で過ごす」
「閣下ぁぁぁ!!」

 カインの絶望的な叫びがセレンの空に響き渡った。


「……エルセ。明日までに、あの男の部屋に致死量の猛毒植物を活けておきますね」
「ギル、絶対にダメですからね!!」
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