死に戻り令嬢は逃げ出したい ~前世で私を殺した暗殺者が、「一生離しません」と忠犬になって追いかけてきます~

ラム猫

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第41話 砂漠の獅子

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 クレイウス王国の王都、サフィール。高くそびえる外壁を抜けると、そこには黄金色の石材で造られた壮麗な街並みが広がっていた。水不足で活気が失われているとはいえ、王宮へ続く大通りには、エドワードの帰還と救世の聖女の噂を聞きつけた市民たちが、祈るような眼差しで列を成している。

 王宮の謁見の間。高い天井から差し込む陽光が、床に敷かれた碧い絨毯を照らしている。その正面、獅子を象った玉座に座るのは、クレイウスの統治者、国王アルフレッド・フォン・クレイウスであった。

 エドワードと同じ輝きを放つ翡翠の瞳。かつて「砂漠の獅子」と謳われた彼は、威厳に満ちたオーラを放っている。

「お嬢様。背筋はそのまま、視線は三歩前へ。呼吸を整えて。……今のあなたは、この国の運命を握る賓客です。気圧されてはいけませんわ」

 背後からマルタの低い、けれど確かな指示が飛ぶ。エルセリアは深く息を吸い込み、ゆっくりと玉座の前へ進み出た。

 そして、彼女の隣。そこには、いつもの、エルセリアをこよなく愛する男の面影を完全に消し去り、完璧なまでの礼節を纏ったギルベルトがいた。漆黒の礼装を皺一つなく着こなし、指先まで洗練された動き。彼はマルタによる数時間に及ぶ「王族への対面マナー地獄特訓」を乗り越え、今や王都の筆頭騎士ですら見劣りするほどの、気高く静謐な従者として完成されていた。

「お招きに与かり、光栄に存じます、陛下」

 エルセリアが深々とカーテシーを捧げると、同時にギルベルトもまた、音もなく片膝を突き、騎士としての最敬礼を示した。

「……面を上げよ」

 アルフレッド国王の重厚な声が響く。彼は鋭い眼差しで彼女を、そして彼女の隣に控えるギルベルトと後ろのマルタをじっくりと観察した。

「エドワードから報告は受けている。枯死の村を救ったという奇跡……信じがたい話だが、君の瞳を見れば、それが偽りでないことは分かる。澄んだ、しかし強い意志を秘めた瞳だ」
「恐縮です、陛下」
「そして、そこの従者。……素晴らしい身のこなしだ。我が国の近衛ですら、これほどの静かな覇気を持つ者は稀だ。エルセリア嬢、君は良い守り手を持っているな」

 国王の称賛に、ギルベルトは表情一つ変えず、静かに頭を垂れた。

「——勿体なきお言葉。私のような者は、お嬢様の慈愛の端に連なる影に過ぎません。陛下の寛大なるご配慮に、心より感謝申し上げます」

(……ギルが、ギルが完璧な対応をしている……!)

 エルセリアは内心で驚愕していたが、これこそがマルタの教育の成果だった。「もし不敬を働けば、お嬢様がこの国で孤立し、結果としてお嬢様に恥をかかせることになる」というマルタの脅し文句が、ギルベルトの狂信的な忠誠心を完璧なマナーという形で出力させていたのだ。

「はっはっは! 堅苦しい挨拶は抜きにしよう。エルセリア嬢、君を歓迎する。君はこの国にとって、もはやただの客ではない。枯れゆく大地に光をもたらす、希望の象徴だ」

 アルフレッド国王は玉座から立ち上がり、自ら階段を降りてきた。彼はエルセリアの手を取り、温かい掌で包み込む。

「今夜はささやかながら歓迎の宴を用意した。まずは長旅の疲れを癒やすがいい。明日、改めて君に、この国の最深部にある『聖なる泉』を見ていただきたい」
「聖なる泉、ですか?」
「ああ。我が国の建国神話に語られる、涸れることのない水の源泉だ。それが今、毒に侵されたかのように濁り、死にかけている。……もし君の力が、あの泉をも蘇らせることができるなら、私は君をこの国の国母として、永遠に讃えることを誓おう」

 国王の言葉には、民を想う切実な願いが込められていた。エルセリアは、国王の瞳に映る誠実さを感じ、静かに頷く。

「精一杯、務めさせていただきます」

 謁見が終わり、豪華な客室へと案内された後。扉が閉まった瞬間、ギルベルトは「はぁぁぁ……っ」と激しい溜息をつき、その場に崩れ落ちた。

「……え、エルセ……。俺、頑張りました。あんな、エルセを国母などという重苦しい役職に縛り付けようとする髭面の前で、三十分間もナイフを抜かずに耐えました……。褒めてください、撫でてください、あるいは俺にご褒美を……」
「ええ、本当にかっこよかったわ、ギル。陛下も驚いていらしたもの」
「かっこよかった……! エルセに、かっこいいと言われた……! これで寿命が三百年延びました! 明日の泉の調査では、俺が水中に潜ってすべての不純物を素手で握り潰し、エルセのためにクリスタルのような輝きを取り戻してみせます!」

 いつものギルベルトを見て、エルセリアは少しだけホッとした。マルタは冷ややかな目で彼を見下ろし、 「明日もその調子で頼みますよ。もしいつものように煩く騒ぎ出したら、その口を縫い合わせますからね」と釘を刺した。
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