死に戻り令嬢は逃げ出したい ~前世で私を殺した暗殺者が、「一生離しません」と忠犬になって追いかけてきます~

ラム猫

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第45話 精霊の都

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 泉の縁で、エルセリアたちは一つの賭けに出ていた。

 ギルベルトが内側からエルセリアの魔力を利用して結界を閉じているのなら、外側からさらに巨大な、彼さえも拒絶できないほどの力をぶつければ、その防壁は道標へと変わるはずだ。

「エルセリア、私の手を取れ! 君の魔力を、私がこの国の土地神の加護を持って増幅させる!」
「僕も手伝います。こう見えても、魔力操作は得意ですよ。エルセの光を、針の穴を通すように泉の底へ誘導してあげる」

 エドワードがエルセリアの右手を、カインが左手を取る。マルタは背後で彼女たちの精神を安定させるための鎮静の術を編み、全員の心が一つに重なった。

「——お願い、ギル。私の声を、見つけて!」

 エルセリアが全力で魔力を解き放った瞬間、真珠色の結界がパキリと音を立てて砕け、まばゆい黄金の奔流となって泉の底へと突き刺さった。

 成功だ。そう確信した次の瞬間——。

「……え?」

 両手から感じていた、エドワードたちの体温が消えた。水音も、人々の叫び声も、熱い風も、すべてが唐突に遠ざかる。

 気がつくと、エルセリアは膝まで浸かるほど澄み渡った、美しい水の上に立っていた。

 そこは、禍々しい紫の澱みなど微塵もない、楽園のような場所だった。空は永劫の夕暮れのような柔らかな薄紅色に染まり、周囲には見たこともないほど巨大な睡蓮の花が咲き乱れている。水面は鏡のように穏やかで、一歩歩くたびに、清らかな光の輪が波紋となって広がっていく。

「ここは……泉の中? ギル、いるの?」

 呼びかけても、返事はない。ただ、遠くでかすかに、壊れたハープをかき鳴らすような、悲しい音が聞こえてくる。

『——やっと、来てくれたんだね』

 鈴を転がすような、幼い声が響いた。振り返ると、大きな睡蓮の葉の上に一人の少年が座っていた。

 十歳くらいに見えるその子は、透き通るような翡翠色の髪と、同じ色の大きな瞳を持っている。背中には、薄い羽のような光の残像が揺れていた。

「あなたは……精霊さん?」
『ボクは、この泉の記憶の欠片。……エルセリア、君が来るのをずっと待っていたよ。君の光が、ボクたちの絶望の檻を壊してくれたから』

 少年はふわりと宙に浮き、エルセリアの目の前までやってくると、その小さな手で彼女の指先に触れた。冷たいけれど、ひどく懐かしい、清らかな魔力。

「精霊さん、私の大切な人がここに来たはずなの。黒い服を着た、かっこよくて、少し怖い顔をした人……。彼を知らない?」
『あの人間のこと? ふふっ、彼は今、別の場所でボクの兄弟たちを守ってくれているよ。……でも、彼だけじゃダメなんだ。毒の根源は、もっと深いところにある』

 少年の翡翠の瞳が、悲しげに曇った。彼が指差した先——楽園の奥に、ひときわ巨大で、無惨に枯れ果てた樹が立っている。その根元には、黒い茨に雁字搦めにされた、巨大な光の繭が横たわっている。

『あれは、ボクたちの王様……精霊王様だよ。悪い魔法が王様を眠らせて、その夢を悪夢に変えてしまったんだ。王様が苦しむたびに、この国から水が消え、泉は毒に変わる』
「精霊王様が……」
『お願い、エルセリア。王様を助けて! 君の力なら、あの茨を溶かせる。王様が目覚めれば、あの人間も、君のところへ帰れるようになるから』

 少年の瞳から、翡翠の涙がこぼれ落ち、水面に波紋を作る。エルセリアは確信した。ギルベルトが自分を犠牲にしてまで彼女を遠ざけようとしたのは、この汚染された王が放つ絶望から、彼女を守るためだったのだ。

(……でもね、ギル。私はもう、守られるだけの弱い存在じゃないわ)
「案内して。精霊王様のところへ」

 エルセリアは少年の手を取り、水面を走り出した。

 クレイウスの民を救うため。囚われた精霊王を救うため。そして何より、あの大馬鹿者の彼を連れ戻すために。

 精霊の都に、力強い足音が響き渡った。
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