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第46話 渦巻く呪詛
しおりを挟む翡翠色の髪をした少年に導かれ、エルセリアは楽園の最奥へと辿り着いた。そこに鎮座していたのは、もはや神聖とは程遠い、冒涜的な光景だった。
巨大な光の繭——精霊王を閉じ込めたその器は、禁忌の魔術が混ざり合った、どす黒い茨に雁字搦めにされている。茨からは、触れるものすべてを腐食させるような、悍ましい紫の煙が立ち昇っていた。
『……ここから先は、ボクたち精霊には近づけない。……気をつけて、エルセリア。あの茨は、絶望を喰らって動くんだ』
少年の声が震える。エルセリアは一歩、繭に向かって踏み出した。その瞬間、周囲の空気が一変する。
キチキチ、キチキチッ!
不快な音を立てて、茨が生き物のように蠢き、鎌首をもたげる。それは単なる植物ではない。クレイウスの歴史の中で、野心に溺れた貴族たちが禁忌として封印した呪いが、魔導具を核にして実体化したものだった。
「下がって。……綺麗なここは、汚されるべきじゃない」
エルセリアは両手を広げ、自身の魔力を盾のように展開した。真珠色の光が周囲を照らす。けれど、茨はその光を嘲笑うかのように、一斉に彼女へと襲いかかってきた。
「はぁっ……!」
エルセリアは掌から浄化の奔流を放つ。光の波が茨を焼き切り、一時的に道を作る。だが、切っても切っても、茨は闇から無限に湧き出してきた。それどころか、茨に触れた彼女の魔力が、少しずつ黒く染まっていくのを感じたのだ。
(……この呪い、私の魔力を逆流させて、私を内側から壊そうとしている……!?)
かつて前世で味わった、あの心臓を握り潰されるような恐怖が蘇る。無能だと罵られ、道具として使い潰された日々の記憶。孤独、絶望、諦め。呪いは彼女の心の隙間を見逃さず、そこへ毒を流し込んでくる。
「……負けない……私は、もう……一人じゃないのだから!」
脳裏に、ギルベルトの笑顔が浮かぶ。ちょっと暴走しがちで、言動が物騒で、けれど誰よりも温かく彼女を抱きしめてくれた、あの腕。頼ってばかりのマルタ。セレンの街のみんな。バルドス、リナ。待っていてくれる人がいる。
エルセリアは限界を超えて、魔力を絞り出した。真珠色の光がひときわ強く輝き、精霊王を縛る茨の根源を焼き払おうとする。あと少し、あと少しで中心にある呪いの核に届く——。
その時だった。
ドクンッ、と。足元の水面から、太い茨の槍が猛然と突き出した。
「あ……」
回避は間に合わなかった。鋭い茨の先端が、彼女の脇腹を深く貫いた。
「……あ、がっ……!」
熱い、痛みが走る。それと同時に、傷口から直接、膨大な量の呪毒が体内に流れ込んできた。視界が急速に色を失い、真っ赤な鮮血が、翡翠色の水面に広がっていく。
『エルセリア!!』
遠くで、少年の悲鳴が聞こえた。
膝から崩れ落ちる。脇腹を貫いた茨が、まるで彼女の命を吸い取るかのように脈動している。指先から力が抜け、あれほど輝いていた浄化の光が、砂時計の砂のようにこぼれ落ちて消えていく。
「……ごめん……なさい……ギル……」
意識の輪郭が、急速に溶けていく。冷たい。あんなに温かかったはずの精霊の都が、今はただ、死の世界のように凍てついて感じられた。
倒れ伏した彼女の頬を、自分の血が濡らす。精霊王の繭は依然として黒い茨に閉ざされたままで、エルセリアの力は届かなかった。
(……ああ……私、ここで……終わっちゃうのかな……)
最後に見たのは、虚無で満たされた金色の瞳。それをいつ見たのかを思い出すよりも先に、彼女の意識は深い、深い闇の底へと沈んでいった。
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