死に戻り令嬢は逃げ出したい ~前世で私を殺した暗殺者が、「一生離しません」と忠犬になって追いかけてきます~

ラム猫

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第47話 狂犬の咆哮

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 その頃、泉の底の隔離空間では極めて異様な光景が繰り広げられていた。

「いいか、よく聞け。エルセリアの指はな、朝露に濡れた百合の花弁よりも繊細で、しかしその芯には大樹のような強い愛が宿っている。あのお方に一度でも微笑みかけられれば、お前たちのような吹けば飛ぶような小精霊ですら、一瞬で最上位精霊に進化するほどの救済を得られるのだ」

 茨の鎖に手をかけ、呪毒をその身に逆流させながら、ギルベルトは朗々と語っていた。周囲に囚われていた水の精霊たちは、最初は恐怖に震えていたものの、今やその狂気に毒気を抜かれ、呆然と彼を見上げている。

『アノ……ニンゲンサン……』
「なんだ。エルセリアの素晴らしさについて、何か質問があるか?」
『ソノ、腕……ドス黒クナッテルヨ……。痛クナイノ?』

 精霊が言うように、ギルベルトの腕は鎖から逆流した呪いによって血管が浮き出し、見るも無惨な色に変色していた。だが、彼は鼻先で笑い飛ばす。

「痛み? 冗談を言うな。この呪いへの怒りが、痛覚などといういらぬ感覚を焼き切っている。それよりも、エルセリアの髪の匂いについて知りたいか? 摘みたてのラベンダーに、ほんの少しだけ朝の陽光を混ぜたような——」
『……コノ人、ホントニ頭ガオカシイ……』『デモ、コノ人ガ呪イヲ引キ受ケテクレルカラ……ボクタチ、楽ニナッタネ……』

 ギルベルトは、精霊たちを縛る呪いの大半を自らの頑強な身体で強引に受け止めている。彼が語り続けるのは、意識を保つための呪文のようなものであり、また同時にこの絶望的な状況において唯一無二の存在を再確認するための方法でもあった。

「お前たちも、解放されたらエルセリアに感謝を捧げるんだな。あのお方は、俺のような血塗れた獣にさえ居場所をくださった。お前たちのような弱き者を見捨てるはずがない。さあ、次はあのお方が薬を調合する際の手際の美しさについて——」

 その時だった。

 饒舌だったギルベルトの言葉が、唐突に途切れた。
 カラン、と。彼の魂の奥底で、何かが致命的に壊れた音がした。

「……っ!?」

 ギルベルトの全身に、落雷を受けたような衝撃が走る。心臓を冷たい鉄の刃で貫かれたような、凄まじい悪寒。それは、彼の生命活動そのものが拒絶反応を起こしているかのような、悍ましい感覚だ。

「え……るせ、りあ……?」

 ギルベルトの瞳から光が消え、底なしの闇が広がる。彼とエルセリアの間に結ばれた、目に見えない魂の糸。それが今、急速に細くなり、消え入りそうになっているのを、彼の野生の直感が察知した。

『ニンゲン……サン……? 急ニ、スッゴク恐イ顔ニ……』

 精霊たちが怯えて後ずさる。ギルベルトの周囲の空気が、物理的に歪み始めた。彼が引き受けていた呪毒が、彼の内側から溢れ出す殺意に押し潰され、霧散していく。

「……エルセリアが、泣いている」

 低く、地を這うような声。

「あのお方が、傷ついた。……俺が、目を離した隙に。……誰だ? 誰が、エルセを汚した」

 ギルベルトは無造作に手を振り抜き、精霊たちを繋いでいた茨の鎖を魔力の爆発だけで粉々に砕いた。

『ア……ボクたち、自由……?』『待ッテ、ドコニ行クノ!?』

 ギルベルトは振り返りもしない。彼の視線は、空間のさらに奥の深淵を射抜いている。

「おい、精霊ども。……お前たちの王は、あっちにいるんだな」
『ウ、ウン……。デモ、アッチハ、スッゴク強イ呪イガ……』
「関係ない。今からそこへ行く。邪魔をするものは、王だろうが呪いだろうが塵一つ残さず消し去る。……お前たちは、ここで震えて待っていろ。俺がすべてを片付けてくる」

 ギルベルトは地面を蹴った。水面を走るその姿は、もはや人間のものではない。黒い外套を翻し、血の混じった魔力を霧のように纏いながら、愛する人の気配を追って突き進む。
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