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第6章 反撃
2 ルシアの後宮
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ルシア帝国首都モスコー・オトイアーン宮殿
後宮の一角、紫蘭宮(皇后の住まい)
ルシアでは国母として皇后に後宮の管理権を与えている。後宮では皇后が最高権力者なのだ。とはいえ、その上に皇帝がいるので皇帝の寵愛が他の側室に移ったりすると権勢の構図が簡単に変わる。複雑怪奇・魑魅魍魎(ちみもうりょう)の跋扈(ばっこ)する魔界と言われるゆえんだ。
朝、下働きの端女(はしため)たちが掃除のために玄関の扉を開ける。そこにあったのは・・・。
「きゃあああ!」
血まみれの豚の首だった。1人が気を失って、崩れ落ちる。こともあろうに皇后の住まう紫蘭宮で起きた怪事件。しかし、皇后はすぐさま箝口令(かんこうれい)を敷く。
皇后マリーネ、鎮定軍の正軍師クツーゾフ侯爵の娘だ。皇帝との間に子がないため、権力基盤は盤石とは言い難い。
「監察部を呼んで参れ。」
監察部は後宮の風紀取締を担う部署だ。後宮内の部署なので、全員女性だ。
「監察部長ヤマイネ参りました。」
「調べるふりをせよ。深く突っ込まないで良い。犯人を探す必要もない。」
犯人はわかっている。イサンドラの指図だろう。皇帝の子を生んでからは増長している。まあ、わからないでもない。【たねなしドンキホーテ】に初めての子が出来たのだから。それゆえ、不義の子だとの噂さえ立っている。
イサンドラのやり口は陰湿で、罪のない端女を犯人に仕立て上げるのが常套手段だ。今回は豚だから、食膳部の端女の部屋から豚の胴体が発見されるのだろう。
監察部だとて側妃には手が付けられない。イサンドラも子供を生んで、大人しくしていれば父親の辺境伯の立場も安泰なのにわかっていない。子供だって3歳まで生きられるかわからないのだ。それなのに天下を取った気で我が物顔に振舞っている。
このままでは危ない。雰囲気でわかる。どす黒い負の瘴気が渦巻いている。だがマリーネとイサンドラの力関係は逆転しつつある。
イサンドラ!イサンドラ!自重しないと自分の首を絞めることになるわよ。
マリーネとイサンドラ、役職貴族と領地貴族、この2つだけで後宮の力関係が成り立っているわけではない。巨大な力を持つ商人。ルシア正教教会の役職者。学識を持って皇帝に使える学者。数多の触手が後宮にまとわりついている。
後宮の一角、青薔薇宮(イサンドラの住まい)
「で、どう?マリーネの様子は?」
「箝口令を出したようでございますわ、動く様子がありません、お嬢様。」
キャスパー夫人が答える。イサンドラの乳母の子供であり、乳姉妹である。但し、イサンドラとは10ほど違う。
「そう、身代わりの端女まで用意したのにつまらないこと。」
「お嬢様、デスラン夫人がご挨拶に参られております。」
「そう、お通しして。」
デスラン夫人はレールモントフ武器商会の取次人だ。レールモントフ武器商会の依頼でイサンドラに話を通して仲介料をもらっている。
「皇妃様にはご機嫌麗しく、ご尊顔を拝することが出来、恐悦至極にございます。」
「今日は何の用?」
「はい、レールモントフではこの度、大砲の増産を計画しており、つきましてはお父上様の御領地にあるアキライネン鉱山の銅を優先的に回していただきたいのでございます。もちろん、便宜をはかっていただいた皇妃様には5パーセントほど、差し上げるつもりでおりまする。」
「あそこはねえ、サンクトペテルブル製銅所が顧客になってくれてるのよ。急に供給を止められないわ。10パーセント。」
「お父様にも損はさせません。3パーセント増しで引き取らせていただこうと考えておりますので10パーセントはとても。7パーセント。」
「仕方ないわね。7パーセントでいいわ。特別サービスしといてあげる。」
「ありがとうございます。レールモントフ武器商会も喜ぶでしょう。なにしろ今は戦時。軍からは矢の催促で困っておりますの。」
イサンドラにとっては何気ない、この商談が後に命取りになるとは知る由もない。
オトイアーン宮食膳部
アンナは食膳部の端女だ。食膳部は皇族の食事を作る大膳課と後宮に働く者たちの食事を作る食膳課に分かれる。皇族は数十人しかいないが、後宮に働く者の数は千人に及ぶ。だから食膳課は百人近い端女が働いている。アンナも食膳課だ。早く大膳課に行きたいと思っている。朝・昼・晩・おやつと休む間もなく働き続けている。
「あ~、疲れた。」
食膳部に入って10年、中堅となったアンナには個室が与えられている。まあ、ベッドがあるだけの部屋だが。だが、今日はベッド以外に別のものがあった。血まみれの首なし豚の胴体が。
「きゃああああ!」
腰を抜かすほど、驚いた。あわてて上司に報告する。ほどなくして監察部の女官が現れた。なんと監察部長のヤマイネ様ご自身だ。
「・・・豚の死骸をかたずけよ。今晩の内に料理にして食べてしまえ。アンナと言ったか。今宵のことは他言無用。・・・アンナよ、運が良かったな。」
なんで運が良かったのかアンナにはさっぱりだった。
後宮の一角、紫蘭宮(皇后の住まい)
ルシアでは国母として皇后に後宮の管理権を与えている。後宮では皇后が最高権力者なのだ。とはいえ、その上に皇帝がいるので皇帝の寵愛が他の側室に移ったりすると権勢の構図が簡単に変わる。複雑怪奇・魑魅魍魎(ちみもうりょう)の跋扈(ばっこ)する魔界と言われるゆえんだ。
朝、下働きの端女(はしため)たちが掃除のために玄関の扉を開ける。そこにあったのは・・・。
「きゃあああ!」
血まみれの豚の首だった。1人が気を失って、崩れ落ちる。こともあろうに皇后の住まう紫蘭宮で起きた怪事件。しかし、皇后はすぐさま箝口令(かんこうれい)を敷く。
皇后マリーネ、鎮定軍の正軍師クツーゾフ侯爵の娘だ。皇帝との間に子がないため、権力基盤は盤石とは言い難い。
「監察部を呼んで参れ。」
監察部は後宮の風紀取締を担う部署だ。後宮内の部署なので、全員女性だ。
「監察部長ヤマイネ参りました。」
「調べるふりをせよ。深く突っ込まないで良い。犯人を探す必要もない。」
犯人はわかっている。イサンドラの指図だろう。皇帝の子を生んでからは増長している。まあ、わからないでもない。【たねなしドンキホーテ】に初めての子が出来たのだから。それゆえ、不義の子だとの噂さえ立っている。
イサンドラのやり口は陰湿で、罪のない端女を犯人に仕立て上げるのが常套手段だ。今回は豚だから、食膳部の端女の部屋から豚の胴体が発見されるのだろう。
監察部だとて側妃には手が付けられない。イサンドラも子供を生んで、大人しくしていれば父親の辺境伯の立場も安泰なのにわかっていない。子供だって3歳まで生きられるかわからないのだ。それなのに天下を取った気で我が物顔に振舞っている。
このままでは危ない。雰囲気でわかる。どす黒い負の瘴気が渦巻いている。だがマリーネとイサンドラの力関係は逆転しつつある。
イサンドラ!イサンドラ!自重しないと自分の首を絞めることになるわよ。
マリーネとイサンドラ、役職貴族と領地貴族、この2つだけで後宮の力関係が成り立っているわけではない。巨大な力を持つ商人。ルシア正教教会の役職者。学識を持って皇帝に使える学者。数多の触手が後宮にまとわりついている。
後宮の一角、青薔薇宮(イサンドラの住まい)
「で、どう?マリーネの様子は?」
「箝口令を出したようでございますわ、動く様子がありません、お嬢様。」
キャスパー夫人が答える。イサンドラの乳母の子供であり、乳姉妹である。但し、イサンドラとは10ほど違う。
「そう、身代わりの端女まで用意したのにつまらないこと。」
「お嬢様、デスラン夫人がご挨拶に参られております。」
「そう、お通しして。」
デスラン夫人はレールモントフ武器商会の取次人だ。レールモントフ武器商会の依頼でイサンドラに話を通して仲介料をもらっている。
「皇妃様にはご機嫌麗しく、ご尊顔を拝することが出来、恐悦至極にございます。」
「今日は何の用?」
「はい、レールモントフではこの度、大砲の増産を計画しており、つきましてはお父上様の御領地にあるアキライネン鉱山の銅を優先的に回していただきたいのでございます。もちろん、便宜をはかっていただいた皇妃様には5パーセントほど、差し上げるつもりでおりまする。」
「あそこはねえ、サンクトペテルブル製銅所が顧客になってくれてるのよ。急に供給を止められないわ。10パーセント。」
「お父様にも損はさせません。3パーセント増しで引き取らせていただこうと考えておりますので10パーセントはとても。7パーセント。」
「仕方ないわね。7パーセントでいいわ。特別サービスしといてあげる。」
「ありがとうございます。レールモントフ武器商会も喜ぶでしょう。なにしろ今は戦時。軍からは矢の催促で困っておりますの。」
イサンドラにとっては何気ない、この商談が後に命取りになるとは知る由もない。
オトイアーン宮食膳部
アンナは食膳部の端女だ。食膳部は皇族の食事を作る大膳課と後宮に働く者たちの食事を作る食膳課に分かれる。皇族は数十人しかいないが、後宮に働く者の数は千人に及ぶ。だから食膳課は百人近い端女が働いている。アンナも食膳課だ。早く大膳課に行きたいと思っている。朝・昼・晩・おやつと休む間もなく働き続けている。
「あ~、疲れた。」
食膳部に入って10年、中堅となったアンナには個室が与えられている。まあ、ベッドがあるだけの部屋だが。だが、今日はベッド以外に別のものがあった。血まみれの首なし豚の胴体が。
「きゃああああ!」
腰を抜かすほど、驚いた。あわてて上司に報告する。ほどなくして監察部の女官が現れた。なんと監察部長のヤマイネ様ご自身だ。
「・・・豚の死骸をかたずけよ。今晩の内に料理にして食べてしまえ。アンナと言ったか。今宵のことは他言無用。・・・アンナよ、運が良かったな。」
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