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第7章 また混乱
21 繁信VSアーネン対決 の7日前 ルシア宮廷
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ルシア・オトイアーン宮殿紫蘭宮(皇后の住まい)
「報告致します。皇帝陛下が御危篤(きとく)にございます。」
ガタン!
皇后マリーネ、椅子を蹴立てて立ち上がる。
「何ですって?どういうことなの?順序立てて説明しなさい!」
「は、ははっ、今朝ほど皇帝陛下は青蘭宮(側妃イサンドラの住まい)をお訪ねになり、パーシバル(皇帝の生まれたばかりの息子)殿下を膝に抱えられてイサンドラ妃と談笑されておられましたが、突然腹痛を訴えられ、お倒れになられました。」
「なんてこと!」
「そして、イサンドラ様とパーシバル殿下も同じ症状にて既にお亡くなりに。」
「・・・すぐにオトイアーン宮の全ての門を閉じよ。急げ、こうて、いや、皇后(自分のこと)が御危篤のため全ての門を閉じる。急げ。誰も外に出すな。」
「は、直ちに。」
「ヤマイネを呼べ!」
ヤマイネは後宮の監察部の長である。
「ヤマイネ、これに。」
「ヤマイネ、ただ今から後宮は一切の出入り禁止じゃ。箝口令(かんこうれい)を徹底させよ。余計な詮索をさせるな。今から現場に行く。ついてまいれ!」
「ははっ。」
マリーネが青蘭宮についたときには、皇帝は既にこときれていた。テーブルの上には朝食の皿が散乱している。床の上には3人のうちの誰かが吐いたのだろう嘔吐物があった。皇帝・イサンドラ・パーシバルの遺体が倒れている。
もうひとり、侍女が倒れている。口のあたりの床に吐瀉物が撒き散らかされているので、同じ症状のようだ。ブルブルふるえているイサンドラ付きの侍女長キャスパー夫人にたずねる。
「 キャスパー、どうなっている?」
キャスパー夫人はびくりとするとヒステリックに、わめき始める。
「こ、皇帝陛下は昨夜青蘭宮にお泊りになられ、今朝ほどお三方で食事を召し上がられているときに突然苦しみ始められ、こ、このようなことに。ああ~、イサンドラ様。」
「あそこに倒れている侍女は誰だ?」
「わたくしの部下でございます。時を同じくして苦しみ始め、このようなことに。」
「ヤマイネ!医師団を呼べ!毒味役と食膳部を取り調べよ!」
そう大きな声で言った後、ヤマイネの腕をつかみ、部屋の隅に連れて行く。
「極秘の役目じゃ。後で密書を書く。皇太弟殿下に知らせまいらせるのじゃ。こうなっては皇太弟殿下に一刻も早くオトイアーン宮に戻ってもらわねばならぬ。」
「は、かしこまりました。信用の出来る者達を3人ほど選びます。」
「いかほどで届く?」
「7日ほど。」
「往復で14日、半月か・・・。」
サンクトペテルブルク製銅所 支配人ヤコブ
イサンドラがレールモントフ武器商会と結託して、従来サンクトペテルブルク制銅所に卸していた銅を横流ししたために制銅所には銅が入荷しなくなってしまった。まずいことに5割近くを頼っていたために取引先に銅が納入出来なくなってしまった。
銅鉱山の取引窓口の担当者に抗議しても柳に風、暖簾に腕押し。問い詰めて、ようやくイサンドラが関係していることを漏らした。主家の意向なのでやむを得ないと。貴族は金儲けの商売は自分で出来ない。それはいやしいことであるという暗黙の了解があるのである。どうするか。自分の息のかかった元執事とかに経営をやらせるのである。従って当然主家の意向には逆らえない。悪いとは思っているのだが、どうしようもない。契約違反で責めてみても、のらりくらりと逃げるばかり。かといって裁判に訴えてもサンクトペテルブルクを領有する大貴族の鉱山である。勝てる見込みはなかった。サンクトペテルブルクでサンクトペテルブルクを領有するドローネン辺境伯の鉱山を訴えるのだ。結果は明らかであった。
ヤコブもレゾーニン伯爵の元執事である。サンクトペテルブルク製銅所は、実質レゾーニン伯爵家の経営である。しかもレゾーニン伯爵の寄親(よりおや)はドローネン辺境伯なのだ。どうしようもない。
だが泣き寝入りでは済まない。サンクトペテルブルク製銅所はレゾーニン伯爵家の台所の8割を支えているのだ。すなわち、製銅所が破産すれば伯爵も破産する。
ヤコブがなまじっか能力があり、主家に忠誠心があったのがわざわいした。
「なんだ、言い出しっぺのイサンドラがいなくなれば問題解決じゃないか?」
既にヤコブは追い詰められた結果、視野狭窄(しやきょうさく)におちいっている。なお悪いことに後ろ暗い手段を行使するすべを知っていた。モスコーのマフィアとつながっていたのだ。モスコーのマフィアはサンクトペテルブルクのマフィアと抗争を繰り返していた。全国制覇をねらうモスコーマフィア。対してみずからの牙城を守るサンクトペテルブルクマフィア。
まずいことに(さいわいな?)モスコーマフィアには繁信の【真紅(しんく)】から武器や毒薬、あらゆるものが流れていた。
モスコーマフィアはヤコブと組んでイサンドラの周辺を調べ始める。モスコーマフィアのボスが皇帝の側妃と聞いたら止めたかもしれないが、指揮を取っていたのは現場の突撃隊長、猪突猛進で知られる若衆頭だった。
イサンドラの乳姉妹、キャスパー夫人の下の侍女たちの中にかっこうの侍女を見つけたのだ。彼女は毎日のようにキャスパー夫人にいじめられていた。本人にはいじめている意識はない。出来の悪い侍女をしかっているだけだ。だが、いじめられているほうはそうではない。日々、いじめられて暗い感情にとらわれて行く。
「サリーネ、朝は顔を洗うお湯をテーブルにおいておけと言ったろう。なぜない?」
「え?いや、あの?」
実は先輩侍女2人に使い走りをさせられていたのだ。この2人、そんなことはおくびにも出さない。
「ほんとにキャスパー様、サリーネって使えませんわね。」
「やっぱお仕置きですよね。いつものように首から告知板を下げて両手にバケツ!ほらほら、いいと言うまで立ってなさい。」
結局サリーネは後宮の人通りの多い廊下に半日立たされた。両手に持ったバケツには水がたっぷり。バケツにはひしゃくが差し込んである。首には屈辱的な内容が書かれた告知板。
【私は仕事が出来ないので、お仕置きされています。バケツが重くてたまりません。親切な方がいらしたら、どうか軽くするためにひしゃくで頭に水をかけてください。青蘭宮侍女、サリーネ。】
廊下を通る女性たちは又かと眉をしかめる者が大半だったが、サリーネに声をかける者はいなかった。青蘭宮の侍女いじめは有名で過去とりなそうとした女官がイサンドラに左遷(させん)された話は教訓として語りつがれている。
先輩2人は限度を知らない。自分でパシリをさせて、本来の仕事を邪魔しておきながら、さらにことばをあびせる。
「あ~ら、サリーネ、子爵家の令嬢が廊下に立たされているわ。お父様は知っているのかしら?まあ、バケツの水が重いのね。軽くしてあげるわ。水をかければ良いのね。お安いご用だわ。」
ひしゃくから水をくみ、サリーネの頭からバシャっとぶちまける。
「お~ほっほ、わたくしって、なんて親切なのかしら。」
サリーネ、たまりかねてポロポロ涙を流しながら、ついに声を出してしまう。
「ウエ~ン。」
基本、後宮の女たちは外には出られない。だが、上司の命令なら別だ。これが、けっこうある。後宮を預かるマリーネも、ある程度多めに見ていた。サリーネに目をつけたヤコブたちが、イケメンの貴族を雇って籠絡(ろうらく)するのに時間はかからなかった。
決定的な誤算は毒殺決行の日に、皇帝が青蘭宮を訪れてしまったことだ。ヤコブたちはイサンドラさえ、死んでくれればよかったのだが、ルシアの運命はこれで大転換することになる。
「報告致します。皇帝陛下が御危篤(きとく)にございます。」
ガタン!
皇后マリーネ、椅子を蹴立てて立ち上がる。
「何ですって?どういうことなの?順序立てて説明しなさい!」
「は、ははっ、今朝ほど皇帝陛下は青蘭宮(側妃イサンドラの住まい)をお訪ねになり、パーシバル(皇帝の生まれたばかりの息子)殿下を膝に抱えられてイサンドラ妃と談笑されておられましたが、突然腹痛を訴えられ、お倒れになられました。」
「なんてこと!」
「そして、イサンドラ様とパーシバル殿下も同じ症状にて既にお亡くなりに。」
「・・・すぐにオトイアーン宮の全ての門を閉じよ。急げ、こうて、いや、皇后(自分のこと)が御危篤のため全ての門を閉じる。急げ。誰も外に出すな。」
「は、直ちに。」
「ヤマイネを呼べ!」
ヤマイネは後宮の監察部の長である。
「ヤマイネ、これに。」
「ヤマイネ、ただ今から後宮は一切の出入り禁止じゃ。箝口令(かんこうれい)を徹底させよ。余計な詮索をさせるな。今から現場に行く。ついてまいれ!」
「ははっ。」
マリーネが青蘭宮についたときには、皇帝は既にこときれていた。テーブルの上には朝食の皿が散乱している。床の上には3人のうちの誰かが吐いたのだろう嘔吐物があった。皇帝・イサンドラ・パーシバルの遺体が倒れている。
もうひとり、侍女が倒れている。口のあたりの床に吐瀉物が撒き散らかされているので、同じ症状のようだ。ブルブルふるえているイサンドラ付きの侍女長キャスパー夫人にたずねる。
「 キャスパー、どうなっている?」
キャスパー夫人はびくりとするとヒステリックに、わめき始める。
「こ、皇帝陛下は昨夜青蘭宮にお泊りになられ、今朝ほどお三方で食事を召し上がられているときに突然苦しみ始められ、こ、このようなことに。ああ~、イサンドラ様。」
「あそこに倒れている侍女は誰だ?」
「わたくしの部下でございます。時を同じくして苦しみ始め、このようなことに。」
「ヤマイネ!医師団を呼べ!毒味役と食膳部を取り調べよ!」
そう大きな声で言った後、ヤマイネの腕をつかみ、部屋の隅に連れて行く。
「極秘の役目じゃ。後で密書を書く。皇太弟殿下に知らせまいらせるのじゃ。こうなっては皇太弟殿下に一刻も早くオトイアーン宮に戻ってもらわねばならぬ。」
「は、かしこまりました。信用の出来る者達を3人ほど選びます。」
「いかほどで届く?」
「7日ほど。」
「往復で14日、半月か・・・。」
サンクトペテルブルク製銅所 支配人ヤコブ
イサンドラがレールモントフ武器商会と結託して、従来サンクトペテルブルク制銅所に卸していた銅を横流ししたために制銅所には銅が入荷しなくなってしまった。まずいことに5割近くを頼っていたために取引先に銅が納入出来なくなってしまった。
銅鉱山の取引窓口の担当者に抗議しても柳に風、暖簾に腕押し。問い詰めて、ようやくイサンドラが関係していることを漏らした。主家の意向なのでやむを得ないと。貴族は金儲けの商売は自分で出来ない。それはいやしいことであるという暗黙の了解があるのである。どうするか。自分の息のかかった元執事とかに経営をやらせるのである。従って当然主家の意向には逆らえない。悪いとは思っているのだが、どうしようもない。契約違反で責めてみても、のらりくらりと逃げるばかり。かといって裁判に訴えてもサンクトペテルブルクを領有する大貴族の鉱山である。勝てる見込みはなかった。サンクトペテルブルクでサンクトペテルブルクを領有するドローネン辺境伯の鉱山を訴えるのだ。結果は明らかであった。
ヤコブもレゾーニン伯爵の元執事である。サンクトペテルブルク製銅所は、実質レゾーニン伯爵家の経営である。しかもレゾーニン伯爵の寄親(よりおや)はドローネン辺境伯なのだ。どうしようもない。
だが泣き寝入りでは済まない。サンクトペテルブルク製銅所はレゾーニン伯爵家の台所の8割を支えているのだ。すなわち、製銅所が破産すれば伯爵も破産する。
ヤコブがなまじっか能力があり、主家に忠誠心があったのがわざわいした。
「なんだ、言い出しっぺのイサンドラがいなくなれば問題解決じゃないか?」
既にヤコブは追い詰められた結果、視野狭窄(しやきょうさく)におちいっている。なお悪いことに後ろ暗い手段を行使するすべを知っていた。モスコーのマフィアとつながっていたのだ。モスコーのマフィアはサンクトペテルブルクのマフィアと抗争を繰り返していた。全国制覇をねらうモスコーマフィア。対してみずからの牙城を守るサンクトペテルブルクマフィア。
まずいことに(さいわいな?)モスコーマフィアには繁信の【真紅(しんく)】から武器や毒薬、あらゆるものが流れていた。
モスコーマフィアはヤコブと組んでイサンドラの周辺を調べ始める。モスコーマフィアのボスが皇帝の側妃と聞いたら止めたかもしれないが、指揮を取っていたのは現場の突撃隊長、猪突猛進で知られる若衆頭だった。
イサンドラの乳姉妹、キャスパー夫人の下の侍女たちの中にかっこうの侍女を見つけたのだ。彼女は毎日のようにキャスパー夫人にいじめられていた。本人にはいじめている意識はない。出来の悪い侍女をしかっているだけだ。だが、いじめられているほうはそうではない。日々、いじめられて暗い感情にとらわれて行く。
「サリーネ、朝は顔を洗うお湯をテーブルにおいておけと言ったろう。なぜない?」
「え?いや、あの?」
実は先輩侍女2人に使い走りをさせられていたのだ。この2人、そんなことはおくびにも出さない。
「ほんとにキャスパー様、サリーネって使えませんわね。」
「やっぱお仕置きですよね。いつものように首から告知板を下げて両手にバケツ!ほらほら、いいと言うまで立ってなさい。」
結局サリーネは後宮の人通りの多い廊下に半日立たされた。両手に持ったバケツには水がたっぷり。バケツにはひしゃくが差し込んである。首には屈辱的な内容が書かれた告知板。
【私は仕事が出来ないので、お仕置きされています。バケツが重くてたまりません。親切な方がいらしたら、どうか軽くするためにひしゃくで頭に水をかけてください。青蘭宮侍女、サリーネ。】
廊下を通る女性たちは又かと眉をしかめる者が大半だったが、サリーネに声をかける者はいなかった。青蘭宮の侍女いじめは有名で過去とりなそうとした女官がイサンドラに左遷(させん)された話は教訓として語りつがれている。
先輩2人は限度を知らない。自分でパシリをさせて、本来の仕事を邪魔しておきながら、さらにことばをあびせる。
「あ~ら、サリーネ、子爵家の令嬢が廊下に立たされているわ。お父様は知っているのかしら?まあ、バケツの水が重いのね。軽くしてあげるわ。水をかければ良いのね。お安いご用だわ。」
ひしゃくから水をくみ、サリーネの頭からバシャっとぶちまける。
「お~ほっほ、わたくしって、なんて親切なのかしら。」
サリーネ、たまりかねてポロポロ涙を流しながら、ついに声を出してしまう。
「ウエ~ン。」
基本、後宮の女たちは外には出られない。だが、上司の命令なら別だ。これが、けっこうある。後宮を預かるマリーネも、ある程度多めに見ていた。サリーネに目をつけたヤコブたちが、イケメンの貴族を雇って籠絡(ろうらく)するのに時間はかからなかった。
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