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第7章 また混乱

23 博多攻囲戦 21 繁信、行方不明

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可也山側にほど近いルシアの塹壕付近

    ダミアン麾下第3騎馬師団第4大隊第1中隊第3小隊第1分隊10騎、指揮官はイワノフ・ミュラー少尉。実際の指揮はダルトン軍曹が取っている。

    なぜこんなところにいるか?迷ったからだ。志摩稲留の街から流れてくる煙が断続的に視界をさえぎる。ミュラー少尉、ドイツから流れてきた貴族の末裔だ。本隊と一緒に走っているつもりが、いつの間にやら分隊だけになっていた。

    「煙で何も見えんな。」

    「クソいまいましいマジックシゲノブのせいで、ここがどこかもわかりません。」

    ダルトン軍曹が答える。

 ミュラー少尉は士官学校を出たてのヒヨコだ。なので軍曹が【提案】することは、その通りにするようにしている。上官からもそう言われている。どこの軍隊でもそうだが、たたき上げの軍曹・曹長に不遜な態度を取る士官は長続きしない。大きな声では言えないが、軍にとって新米の少尉と熟練の軍曹ではどちらが大切か言うまでもない。

    「どうしたらいい?」

    「さあて、迷ったときは動かんことです。」

    そういう話をしているところに、まったく突然に煙の中から皇国の騎馬集団が現れた。十数騎ぐらいだろうか。どちらがより驚いたかはわからない。双方とも驚いたのは確かだ。ひとりは皇国の高級将校がつける黒い制服の肩に金星が5つ並んでいた。その周囲の士官連中は参謀飾緒を付けていた。金星が5つ、このころにはルシアの無知な兵でも金星5つが大将であることは知っていた。この戦場で敵において【大将】はただひとりであると。

    ダルトンが叫ぶ。

    「て、敵の司令官、マジックシゲノブだあ~!う、うてえ~!」

    パアーン!パアーン!~

    あせって撃ったものだから、あまり当たらない。それでも数騎が落馬する。

    皇国側も撃ち返す。ルシア側も数名が落馬する。

    弾込めしている時間はない。繁信が叫ぶ。参謀は全員士官なので刀を持つことが許されていた。

    「全員、抜刀!」

    刀を鞘から引き抜く音が響く。逃げても背中を狙い撃ちされるだけだ。

    「とつげきい~にい~うつれ~い!」

    ガガガッ!

    馬蹄の音が響く。繁信の愛馬、赤雷(せきらい)が一番早い。先頭をきる。

 「遅れるなあ!真田公をお守りしろお!」

 参謀連が追いかける。


    ルシア側もダルトン軍曹が叫ぶ。

    「全員、ちゃっけ~ん、着剣だあ!銃に剣をつけろ!むかえうてえ~!」

    このころにはルシア側も銃剣を採用していた。

 「相手はマジックシゲノブだあ!2階級特進は確実だぞお!やれえ!」

 ダルトン軍曹、このときには少尉のことなど頭から飛んでいる。こんなことは2度とないのはわかっていた。千載一遇の好機だ。このダルトンの名はルシア軍にひびきわたるだろう。ダルトンが先頭を走る。

 繁信とダルトンがぶつかり合う。

 繁信が剣を横なぐりにふるう。ダルトンが銃剣で受ける。

 ガイ~ン!

 力比べだ。グググという音が聞こえてきそうなほど、双方力が入っているのがわかる。まわりでも参謀連とルシア兵の死闘が繰り広げられている。

    と、そこへ赤雷がダルトン軍曹の馬に馬体をぶつけた。

    ドン!

    赤雷はかしこい馬だ。指示されなくても、これぐらいはこなす。ダルトン軍曹の馬は踏んばろうとする。が、足の下に地面がなかった。実はルシア軍が放棄した塹壕のそばだったのだ。

    ぐらりとなった馬体のせいでダルトン軍曹の体勢もくずれる。その機を繁信はのがさなかった。

    ズブリ!

    繁信の備前長船(びぜんおさふね)がダルトン軍曹の腹をえぐる。それで勝負はついた。だが、赤雷の馬体もこらえきれない。ダルトン軍曹と軍曹の馬と一緒に塹壕の中に落ちて行く。横になった体勢のまま塹壕の底の地面に激突する。





皇国軍右翼騎馬隊副司令官土橋大佐

    「おかしい、真田公はまだもどられんのか?予定を大幅に過ぎている。・・・おい、誰か捜索隊を出せ。遅すぎる。」


皇国軍左翼平澤少将

    「なに?真田公がまだ騎馬隊に帰られていない?ばかな、もうとっくに帰っている時間だ。」


皇国軍中央島津久豊

    「真田公がもどられない?まさか、まさか。」


    夕闇がせまっていた。太陽はまさに落ちんとしていた。    
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