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第7章 また混乱

25 博多攻囲戦 23 赤雷(せきらい)

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    ふと、目覚める。ああ、気を失っていたのか。ここはどこだ?

    どうやらルシアが放棄した塹壕のようだ。高さは2メートルぐらいか。上からここに落ちたんだな。上体を起こす。少し頭がふらふらする。塹壕の壁に身をもたせながら自分の体を調べる。あっちこっちにすり傷があるが、致命傷はないようだ。

    あたりを見回す。敵の下士官の体が転がっている。完全に絶命しているようだ。そうだ、赤雷(せきらい)は?いた。敵の軍馬を下敷きにして横たわっている。ゆっくり立ち上げる。赤雷に近づき、調べる。息をしている。死んではいないようだ。体の具合を見る。あっちこっち傷があるが、こちらも大丈夫のようだ。敵の馬は落ちた衝撃かなにかで首の骨でも折ったようだ。赤雷の鞍にくくりつけていた水筒から水を飲む。

    赤雷の頬をペチペチたたく。

    「起きろ赤雷。」

    「ブルルっ。」

    赤雷が眼を覚ます。遭難したときに馬がいるのといないのでは天と地ほどの違いがある。ましてや戦場である。ついていた参謀たちもどうなったかわからない。1人になってしまったようだ。頼むぞ。お前がちゃんと走れるかどうかでオレの安全率は左右される。さて。気合いを込めて命令する。

    「立て!せきらい!」

    「ブヒヒヒヒ~ン!」

    赤雷が立ち上げる。

    「ブルルルルっ!」

    「よし!」

    いったん鞍やハミをはずしてやる。残っていた水筒の水を全て飲ませる。馬にはとうてい足りないだろうが、今はこれしかない。鞍につけた袋の中にリンゴを入れていたはずだ。赤雷の好物だ。

    「これしかないからな。食べたら一働きしてもらうぞ。帰ったら砂糖も食べさせてやるぞ。」

    赤雷の耳がピンと立つ。砂糖は赤雷の大好物だ。めったにもらえないやつだ。

    「ヒヒ~ン!」

    わかったというようにいななく。1個だけのリンゴをヒョイっと投げてやる。器用に空中でくわえる。シャクシャクとおいしそうに、食べる。

    「よしよし、しばらく休んでいろ。」

    この格好のままではまずい。味方なら良いが、ルシア側に見つかっては地獄の底まで追って来るだろう。死んだルシア側の軍馬の鞍につけられていた袋を物色する。あった。私物らしいボロボロの外套だ。オレならとっくに捨ててるよ。だがまあ軍服の外套でないのが良い。軍曹殿、悪いがいただくよ。死んだ軍馬にも水筒がくくりつけられていたので、それも赤雷に与える。まあ、それでも足りないだろうが辛抱してくれ。軍服の上からボロの外套を着て、外見をごまかす。

    「そろそろ、行くぞ。長居はあぶない。」




ルシア軍ミュラー分隊(ダルトン軍曹)最後の生き残りルーネン伍長

    彼は今、必死で馬を走らせていた。参謀団は全滅させたが、分隊も生きているのは彼ひとりだ。敵の大将がダルトンともつれ込みながら、塹壕に落ちて行くのをしっかり見ていた。この情報をダミアン将軍に知らせなければ。



ルシア軍左翼騎馬隊第3師団ダミアン少将

    部下があわてて駆けて来る。

    「ほうこくう~!はぐれていたミュラー分隊の生き残りが生還。敵、高級将校の集団と交戦したとのこと。ひ、ひとりは、い、いつつぼしの肩章だったそうです!」

    「な、なにい~。それは確かか?」

    第3師団の幕僚たちもざわめく。それが本当なら、あの【マジックシゲノブ】だということになる。今回の戦いで敵の五つ星はシゲノブだけだ。蜂須賀大将もいるが、小倉にいることは確認されている。
 
    「・・・麾下の兵力から五百を抽出する。5個中隊で【マジックシゲノブ】を捜索せよ。」

    今、戦場は志摩稲留の街の燃える煙で視界が悪い。なんとか気づかれずに5個中隊を分派し、【マジックシゲノブ】を討ち取りたい。



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    もう少し馬のターンが続きます。来週はひよどりごえの再現です。
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