大砲と馬と 戦術と戦略の天才が帝国を翻弄する

高見信州翁

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第7章 また混乱

29 博多攻囲戦 27 最後の死闘 その前にマリーネ

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ルシア軍司令部アーネン・ニコライ

    一時的に中央の松平の司令部が全軍の司令部となっている。ここに右翼のクツーゾフも呼び寄せている。

    「何?マジックシゲノブを取り逃がしたと?」

    クツーゾフを振り返る。

    「・・・複雑な気持ちになるが・・・生きていてくれてよかった。シゲノブならば休戦に応じてくれる可能性がある。」

    「まことに。シゲノブの弔い合戦になっていたら、休戦は出来なかったでしょう。」

    「兄上さえ健在であれば望むところだったのだがな。シゲノブのいない皇国など、たわいないものよ。圧倒出来た。だが、もはやその時間がない。」

    「一刻も早く帝都にお帰りにならねば、なにがあるかわかりませぬ。」

    「うむ。時間との勝負だな。だが、あせったら逆に足元をすくわれる。勝てないまでも、押し返して膠着状態を作る必要がある。」

    「危険はおかさず、このまま休戦を申し出られては?」

    「・・・新潟を渡すのは良い。朝鮮もな。だが、ウラジオストックは確保しておきたい。今回の戦を通じて皇国の経済力を思い知った。短期間で千門の砲を揃えて見せた。それに鉄軌道な。ルシアより先にあんなものを運用しておる。敵対より友好に転じるべきだな。それに不凍港はルシアの悲願だ。港がなければ海軍力も養えん。ウラジオストックは皇国との良い交易港となろうよ。」

    「そこまで、お考えでしたか。臣、クツーゾフ、老骨に鞭打って陛下のために今一度、一働きいたしましょうぞ。」

    「松平を呼んでくれ。彼にも話をしておかないといけない。いつまでも密談をしていると邪推されかねない。」

    「はっ。」



    「おお、家光殿、康本殿、お話があります。」

    さすがに家光、康本を手元において監視している。目を離して三条の戦いのようなことをされてはたまらない。

    「何でござろうか?」

    「実はわが兄の病が重いのです。すぐに帝都に帰らねばなりません。」

    「なんと!今、皇太弟殿下がいなくなれば我らはどうなりもうす?」

    「そこです。ウラジオストック周辺で領地をご希望でしたな?」

    「いかにも。」

    「博多で負けたら、新潟も取られるでしょう。おそらく、朝鮮も。ウラジオストックも。」

    「なんと。」

    「さあ、そこで相談です。承服しがたいでしょうが、皇国と休戦することに同意願いたい。交渉となれば、ウラジオストックだけはもぎ取ることが出来る可能性があります。当然、ウラジオストック周辺の土地も。」

    家光が何か言いかけるのを手で止める。

    「私は帝都に帰らなければならない。そうなればマジックシゲノブに勝てるモノはいなくなる。休戦するしかないのです。それに博多から引き上げるにしても松平勢3万が乗れる船まではない。ああ、松平勢を置き去りにするという意味ではない。ただただ、船がないだけです。今の船の数ではどうしても2往復しなければならない。そしてシゲノブはそんな余裕は与えてくれない。休戦するしかないのですよ。」

    家光が強くアーネンを見つめる。

    「真田繁信がルシアに大津(ウラジオストックのこと)を渡すものか。元々皇国のものだったのだ。休戦するなら元の状態に戻せと言うに決まっている。」

    アーネン・ニコライ、大きくうなずく。

    「さあ、そこです。認めさせるには勝つしかない。だが、お互いに手強さがわかってきている。簡単には圧倒出来ない。戦わずして、新潟・博多・朝鮮が戻るなら、まあいいかという気分にさせるのです。そのためには、この戦いに勝つか、あるいはガンとして引かないところを見せれば交渉出来る。私がしてみせる。」

    家光の肩に手を置く。

    「さあ、ウラジオストック周辺に領地を手に入れるのは家光殿しだい。なあに私が皇帝になれば、土地の広さだけなら前の領地より広い土地を差し上げますよ。シゲノブに勝てば良いのです。それは松平勢の努力にかかっている。」

    頑張ってもらわねば、軍の半分は松平なのだ。

    「なあに、今日一日踏ん張ってくれれば私が必ず良い条件を引き出しますよ。任せてください。」

    アーネンも自分で言ってるほど、自信があるわけではなかったが。
    

    

    


ルシア帝都モスコー    オトイアーン宮殿紫蘭宮

皇帝崩御の翌日

    皇后マリーネは私室で行きつ戻りつしている。宮城の門はきのうから全て閉じられている。通過出来るのは食料のみ。それも人は通さない。門で食料を受け取り、運搬してきた者は追い返される。

    「報告いたします。市内10ヶ所に告知板を立てたとのこと。また既に各諸侯あての急使派遣は完了しております。」





モスコーエカテリーナ広場

    告知板が立てられている。宮城の門が閉じられ、市民も何事かと注目している中での告知板である。その前は黒山の人だかりである。



    今般、皇帝陛下より【農奴解放】の是非についてご下問あらせられ、今日より30日後に諸侯会議の議題とされる。出席資格のある各諸侯は内容を吟味の上、賛成・反対を含め意見を述べよ。本件については皇帝陛下は学界・法曹界・商業界・産業界・宗教界の意見も求められる。各界代表は諸侯会議にて意見を述べよ。

    なお事前に意見表明をして構わない。その場合はエカテリーナ広場の告知板を使用すること。告知板の面積の関係から400字以内にまとめること。

案骨子

    1    農奴に職業選択の自由を与える

    2    農奴という呼び方は今後禁止し、農夫と呼称する

    3    農夫の雇い主は毎年学界が審議した最低賃金を農夫に支払う

    4    皇帝は労働庁を新設し、最低賃金の支払い状況を監督する

    なお、皇帝陛下は公正を保つため諸侯会議当日まで、いかなる人物との面談もなされない。宮城の門は諸侯会議当日まで開かれない。


    反応は激烈だった。当然に領地貴族は反対した。農奴がいてこそ領地経営は成り立っているのだ。だから貴族が一枚岩で反対したかというと、そうはならなかった。帝都を中心とする役職貴族は農奴に頼っていない。重要な役職を世襲に近い形で独占していることが役職貴族の力の源泉である。そして4条目の労働庁の新設。これは役職貴族にとって大歓迎である。役職が増えるのだから。そして何より領地貴族と役職貴族は仲が悪い。

    学界も色めき立った。政府が毎年我々に意見を求めるだって?学者たちの自尊心はくすぐられた。モスコー大学の経済学の重鎮カローネン教授が音頭を取り2日後にはエカテリーナ広場に告知板が立てられる。



   学界は【農奴解放】に賛成する。ヨーロッパにおいて農奴制はもはや時代遅れである。西ヨーロッパでは産業革命が始まっている。農奴制はルシアの後進性をあらわしている。経済学的に見ても都市が必要とする人口の流入を阻害している。

        ーールシア経済学界代表理事モスコー大学経済学部教授カローネンーー



    だが学界も一枚岩ではなかった。翌日、反対意見が掲示される。



    農学界は性急な【農奴解放】に反対する。確かに農奴制は弊害が多い。だが、性急すぎる改革はきしみを生む。ここはもっと議論を重ねるべきである。

        ーールシア農学界代表理事モスコー大学農学部教授トトーキンーー



    いやはや同じ大学で意見が対立している。ここに【農奴解放】に絡む侃侃諤諤(かんかんがくがく)が始まった。
みんな自らの意見を表明するのに一生懸命で皇帝が諸侯会議まで誰にも会わないと言ったことを深く考えなかった。




オトイアーン宮殿紫蘭宮

    皇后マリーネ、近衛隊隊長、モスコー市長が集まっている。みんなマリーネの同調者だ。帝国宰相もいるが、こちらは宮殿に呼ばれて、そのまま拘束されたくちだ。領地貴族に情報を漏らす可能性もあった。役職貴族の筆頭ではあるのだが、職務上で領地貴族ともつながりをもっている。表面上は仲間として扱われている。

    「思わぬ騒ぎになって、今のところ意識がそらされているわね」

    マリーネの言葉にモスコー市長が答える。クツーゾフの3男アレクセイだ。クツーゾフには珍しく軍人にならなかった男だ。

    「【農奴解放】などとよく思いつきましたね。一番もめるやつだ。良い案だ。皇太弟殿下がお戻りになる時間が稼げる。」

    「カローネンの持論よ。ヨーロッパから帰ってきて、意見が過激になった。」

    この時間稼ぎのためにやったことで、のちにマリーネは【農奴解放の提案者】と呼ばれ、アーネン・ニコライは【農奴解放の実行者】と呼ばれるようになる。



ーーーー
    次回こそ繁信とアーネンの決着です。


   
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