曇りのち晴れはキャシー日和

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第一章 箱に集う人々

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 窓辺に歩み寄り窓ガラスを開けた。昼下がりのもわりとした熱気が顔を襲ってくる。それに耐えながら、お隣さんの家に目をやった。大きな家。大きな庭。そう、お隣さんは僕の家とは違ってお金持ちだ。
 広島の安佐北区のこの辺りには、僕の家のような、まるでバンカースゲームで使う駒のような家が、板チョコのようにきっちりと並んで立っている。その一番端にある僕の家。その隣りに住んでいるのは、山をいくつも所有しているお金持ちだということを、小学生のときに父親から教えてもらった。そうか、だから、うちと違って家が大きいんだ。庭が広いんだ。まだ声変わりを果たしていない少年なりに、妙に納得したのを覚えている。
 僕はお隣さんの庭をじっと見つめた。その端に、豊かな木々に隠れるようにしてあるものが存在している。
 僕はニヤリとした。プチ家出だ。家出の期間、おそらく三日間……の予定。そして、行く先は。
 庭の片隅を目を凝らして見る。四角い箱──ハイエースワゴンが見えた。キャンピング仕様。あそこだ。あの車の中が、プチ家出に使う隠れ家だ。

 お隣りには老夫婦が二人っきりで住んでいる。息子さんが一人いるらしいのだけれど、僕は見たことがない。今は家には住んでいないようだ。聞くところによると、なんでも仕事のことで父親とケンカして家を出たらしい。それは、僕の求めるプチ家出みたいなチンケな規模じゃないのだろう。いや、チンケは取り消す。自分が情けなくなりそうだから。とにかく、息子さんは三年前に家を出たっきり、一度も帰っていないらしい。ううむ、見上げた根性だ。僕には無理な話だ。
 いや、息子さんの話はこの際関係ない。重要なのは、お隣りの老夫婦。今日から五日間ほど、その老夫婦が旅行に行くということを、うちの母親から聞いたのだ。だから、お隣りさんはもぬけの殻。いつ忍び込んでもだいじょうぶなのだ。おっと、忍び込むのはワゴンの中であって家の中じゃない。念のために言い添えておく。
 実は先日、僕はこっそりとお隣りさんの庭に忍び込んで下調べをしてきた。もちろん、ワゴンに関する下調べだ。汚れとホコリだらけの可哀想な車は、もうずっと前から使われていないことを僕は知っている。考えてみれば、老夫婦二人がこのワゴンを運転し、島根の海岸までサーフィンをしに行くとは思えない。いや、そこまででなくとも、町中に買い物に乗っていくことすらないだろう。運転席に積もっているホコリが、それを証明している。要するに、ずっと眠ったままの車なのだ。
 ワゴンは広い庭の片隅にあり、半ば木々に被われているのでお隣りの家からは見えない。それをいいことに、僕はワゴンの周りを一度回ってからなんとなくドアに手をかけた。神様は僕の味方をしてくれるらしい。ドアには鍵が掛かっていなかった。力を込めると、スライドドアは低い音を響かせながら開いた。驚いている場合じゃない。僕はすばやく中に入り、虫の侵入を防ぐために静かにドアを閉めた。
 車内を見て、思わず叫びそうになる。ワゴンは、まるで僕のプチ家出のために用意してくれたような作りだった。ワゴンをキャンピングカーに改造しているのだろう。ミニキッチンや水道設備、冷蔵庫にベッド、もちろんテレビやオーディオも完備している。至れり尽くせりだ。とはいっても、電気を使用するようなものは一切使うつもりはなかった。誰かに見つかればヤバいことになる。だから、とりあえず夜露を防ぎ寝起きができる場所、食事ができる場所として使用できればオーケーだ。トイレや食事の入手先は、コンビニってことでノープロブレム。
 そして特筆すべきは僕の家からの距離だ。僕の家になるべく近くて、それでいて両親に見つからないような場所であるこのワゴンは、もう完璧だ。キャンプ仕様というよりも、僕はあえてプチ家出仕様と呼びたい。
「僕の家になるべく近くて」というのは、別に甘えで言っているわけじゃない。そこには僕のちょっとした楽しみを含ませているのだ。僕の家出を知った両親が慌てふためく様をこの目で見る楽しさを放棄する気はないから。
 ちょっと待て、エアコンを使用しなくて熱帯夜をどう過ごす? いやいや、心配には及ばない。このワゴンの上は木々が深々と手を伸ばし合ってくれているので夏の日差しは一切届かないようになっている。この快適さ、まるで避暑地の別荘だ。要するに、すべてにおいて完璧だってことだ。
 ということで、僕のプチ家出の場所はこのキャンピングカー内で決定だ。さっそく荷造りしなきゃ。
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