曇りのち晴れはキャシー日和

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第一章 箱に集う人々

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 ワゴンのドアを乱暴に開ける音、続いて、待たせたな、という太い声。修太郎さんの登場は、太陽がすっかり隠れてしまい、懐中電灯を使わなきゃ相手の顔が判別できない時間になってからだった。
「仕事の切りが悪かったからな。遅くなっちまった」修太郎さんは、ほい差し入れと言いながら、紙袋を僕によこした。それを姉貴がぶんどる。
「F&Fのケーキじゃない。気が利くねえ。さすが修太郎」姉貴は鼻歌が奏でるリズムに手足を泳がせながら、紙皿に三人分のケーキを取り分けた。
「しっかし、面白いことを考えたじゃないか。公彦君」修太郎さんが僕の肩を叩いた。「プチ家出かあ。しかも、隣家の所有するキャンピングカーの中に籠城するとは、なかなかの策士だ」
「でしょお」姉貴がクリームの付いた指を舐めながら僕の顔を見る。「さすが我が弟ね。無断侵入、無断使用なんてへっちゃら、ここの家の老夫婦がショックで倒れてもお構いなし」
「別に倒れてないでしょ」僕は口を尖らせる。「そんな大げさなこと、言わないでくれる? ただ僕はちょっとだけ……ふう、もういいや」僕は反論を諦めて、ケーキにかぶりついた。
 僕の目の前に姉貴の手があった。姉貴は僕の口端に付いているクリームを指でとり、舐めた。「いいじゃん、感心してるのよ。あんたにもちょっぴり度胸があったんだってね」
「度胸なら十分あるぜ」修太郎さんが付け加える。「彼は喫茶店で見事に俺の補佐役を演じきった。初めてとは思えないほど、自分の役割を理解しきった動きをしていたよ。今度、マスターの劇団に入れてもらえばいい。役者の素質十分だ」
「そんな。演技とわかっていても、足がガタガタ震えてしまって。僕にはとても役者なんて」
「そうかな? 君は俺が指示した通りに動いたんだが、レジから出したのが金じゃなくチケットだとわかったとき、俺に合図しようと思ったろ? ありゃ、どうしてだ?」
「え? だって、いくら演技でも、袋に詰めているのが紙幣じゃなくチケットだったら、迫力に欠けるかなと思ったから」
「ってことは、あそこはやっぱり本物の紙幣を使うべきだったと言うんだな?」修太郎さんがにやりと笑った。
「ええまあ……そのほうがさらに真に迫った演技ができたんじゃないかなって」
 修太郎さんが僕の顔をじっと見つめた。目をかっと見開く。「犯罪だ。この男、根っからの犯罪者だ! おい静香。お前の弟は、将来、とんでもない悪党になるぞ!」
「そうらしいわねえ。あたしも公彦ちゃんの秘められた黒い部分、初めて見ちゃった。なんかショック」
「なんでそうなるんだよ!」僕はのけぞった。「いったい誰のためにわざわざ話し合いなんかに」
「あはははは」姉貴が体を丸くして笑う。笑いながらも、手にした皿の中のケーキが飛び出さないようにバランスをとっている。「はいはい。わかってるって。冗談よ。あんたには感謝してるわよ」
 姉貴は目尻に溜まった涙を拭きながら、修太郎さんに目を向けた。姉貴にしては珍しく、ちょっぴり頬が赤くなっている。「で、初デート、どこに連れていってくれるの、修太郎?」
「そうだなあ、釣り堀なんかどうだ? エキサイティングだぞ。川や海と違ってすぐ釣れるから女子供でも楽しめるしな。手が生臭くなるのもエキゾチックだ。石鹸で洗っても、匂いがなかなかとれない。超クールだ」
「いいね、それ。楽しみだなあ。二人は臭い仲ってね」
 勝手にやっとれ、と僕はケーキの皿をちょっぴり乱暴に置いた。窓際に行き、ガラス窓を少しだけ開けた。懐中電灯の明かりが届いている範囲は辛うじて木々の存在が認められるけれど、それ以外の場所は暗闇に被われていて何も見えない。まるで大きな森だ。隣りの敷地に僕の家があるなんてとても信じられない。
 僕は窓を閉めて二人を見た。「食料、買い出しにいかなきゃ。それとトイレも。三人で行くでしょ?」
 姉貴と修太郎さんがうなずく。よかった。二人がここに残るなんて言ったときはどうしようかと思った。僕がいない間に、ふたりがここで、その、ちょっぴりよからぬことになったりなんかしたあかつきには。そう考えて、僕は赤面する。咳払いでごまかしたあと、首を振った。しかし、なんなんだこのプチ家出は。他人の心配をするために、僕はここへ来たんじゃないんだけれど。
 尻ポケットに財布が入っていることを確認し、僕は先に車を出た。懐中電灯を切ってから、修太郎さんと姉貴が車を下りる。それを確認してから、僕は先に歩き始めた。
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