曇りのち晴れはキャシー日和

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第一章 箱に集う人々

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 お隣さんの敷地を抜けて道路に出た僕は、そこから見える我が家に目を向けた。二階の僕の部屋と姉貴の部屋には、当然のことながら電気が点いていない。下に目を向けると、リビングの明かりがカーテンの隙間から細く漏れていた。いつもとなんら変わりがない。たぶん両親はエアコンのよく利いたリビングで、見もしないテレビを付けっぱなしにしたまま、父さんはゴルフ雑誌、母さんはパソコンのショッピングサイトを見ているはずだ。姉貴の友人宅に僕と一緒に泊まると書き置きしてきたから、安心しているのだろう。暗闇の中で、僕が自宅を見上げているなんて想像もできないと思う。
 そう思ったとき、なぜだか急に複雑な気持ちが次から次へとわき起こってきた。それらがマーブル模様のように混じり合って渦を描き、僕を覆い尽くすような感覚に捕らわれる。
 姉貴が僕の背中を叩いた。「どうしたのよ。はやくもホームシック? ナイフ強盗犯にしちゃ、ナイーブ過ぎない?」
「違うって」僕は姉貴を睨んだ。「とりあえず、大事に至っていないことが確認できて安心しているんだよ」
「そう?」姉貴は平和な光を放つリビングを数秒間見つめたあと、僕の顔に目を向けた。「たしかになんの変化も見られないわねえ。いつも通りの我が家だこと。だから公彦ちゃん、安心してるのね。それとも、もしかして落胆した? 自分が突然いなくなっても、何にも変わらない家に」
「だから、違うって」僕は家に背を向けた。「だって、姉貴が僕の書き置きを書き換えてきたんだろ? だったら何の問題もないじゃないか。親が心配するはずないよ。僕たちは今、姉貴の友だちのところに泊まりに行っているはずだからね」僕は遠くに目を向けた。外灯に照らされた道路には誰もいない。「そうさ。僕たちがこんなところにいるなんて、夢にも思ってやしないだろうし」
 つぶやくようにそう言ったとき、ふと修太郎さんがいないことに気づいた。「あれ? 修太郎さんは?」
「ああ、彼、ちょっと用事があるって言ってた。すぐに戻るから、何か適当な食料を買っておいてくれって」
「そう。じゃ、コンビニ行く?」
 僕が歩き出すと、姉貴はすぐに追いついて、僕の腕に自分の腕を絡ませた。
「ちょっと、何するんだよ。やめろって」僕は腕を振りほどいた。
「いいじゃない。誰も見ていないんだから。昔、よくこうして歩いたじゃない。懐かしいなあ」再び僕の腕をとる姉貴。「昔と違うのは、あたしが公彦ちゃんを見上げるようになったことね。いつの間にか背だけは高くなっちゃって、このモヤシ男」
「背だけって何だよ」僕は文句を言ったけれど、腕を振りほどくことは諦めた。「コンビニに近づいたら、腕、離してよ」
「はいはい。あんたの一番変わっていないところは、その優しさだねえ。こりゃ、菜々実ちゃんも喜ぶはずだわ」
「ほっといてくれ」僕はもうしゃべるつもりはなかった。あとははやくコンビニが見えてこないかということだけを考えて歩いた。
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