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第二章 キャシーは陽気に笑う
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修太郎さんは姉貴に缶コーヒーをもらって、それを一口飲んだ。ふう、うめえなあ、と湯船に浸かった老人のようなかすれ声でつぶやいてから、みんなの顔を見回した。
「今、俺たちは軽いキャンプ生活を楽しんでいるよな。だが、このままここでワイワイやっていてもつまらないと思わないか?」
「そうね、昨日でもうできることはやり尽くしたかも」姉貴がうなずく。「でも、他にできることなんてないしねえ。公彦ちゃんのプチ家出の予定は、あと二日間あるんだけど、何をしようかってあたしも考えてたのよねえ」
「その二日間を、今日一日に凝縮して、一気に楽しむ方法がある」修太郎さんがニヤリと笑う。「ま、おたくらに冒険心があることが前提だけどな」
「まさか、移動するおつもりですか?」花ちゃんが小さな口からカフェオレのストローを離した。「この車で」
「その通り」修太郎さんがサムズアップする。「なあ、みんな。どうせならどこかへドライブしてみないか? そのほうが、格段に楽しめるぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください」僕は慌てて両手を振った。「そんな恐ろしいことを。それって、ヤバいですよね? れっきとした犯罪ですよね? イヤです。僕は行きません」
「おいおい、公彦君。家出という思い切った行動に出た割には、小さなことを気にするんだな。それじゃあ家出した意味がないぞ。やるなら徹底的にやらないとな」
「でも、犯罪は嫌です。それに家出じゃありません。プチ家出です。家出の規模は小さくていいんです」
公彦君、と修太郎さんが僕をじっと見つめる。そして、窓の外を指さす。「障子を開けてみよ。外は広いぞ」
「は? なんですか、それは」
「TOYOTAグループの創始者、豊田佐吉の言葉だ。いいか。扉の外にこそ、君の成長があるんだ。それを自分の目で確かめてみろ。チャンスを無駄にするな」
だから、この車の中でつつましく時を過ごせばいいんですってば。多くは求めません。余計なお世話です──そう思っても口に出せない僕はため息をついた。
「あの、ちょっと」花ちゃんが運転席に目を向けた。「お話中、申し訳ありませんが、鍵がないんです」
「鍵? ない? 鍵って、車のキーのことか?」修太郎さんが運転席のほうへ顔を突き出した。「ありゃ、ほんとだ。昨夜、俺はキーを差したままにしておいたぞ。どういうことだ?」
「鍵がなければ車は動きませんよね」僕は胸をなで下ろした。「よかった。じゃあ、ドライブという案は却下ですね」
「おいおい、公彦君。姑息な手段は感心しないな」立てた人差し指を左右に振りながら、修太郎さんが苦笑する。「いくらドライブに気乗りがしなくても、キーを隠すなんてことは」
「僕は隠していません」僕は修太郎さんの言葉をさえぎった。「だいたい、ドライブに行くことなんて思いつきもしなかったです。それなのに、キーを隠すわけがないでしょう?」
「そうか。そういうことか」修太郎さんが姉貴を振り向く。「姉弟愛もいいけどな、静香。そういうのは弟の成長のためにかえってマイナスになるぜ。男は冒険心が」
「だから、あたしがキーを隠したって言うの?」姉貴も修太郎さんの言葉をさえぎる。「あら、修太郎。意外とあたしのこと、わかってないのねえ。冒険を何よりも好むあたしのことを」
ふむ、と修太郎さんが腕組みをする。「たしかにそうだな。お前のはず、ないか。なら、どういうことだ?」
「今、俺たちは軽いキャンプ生活を楽しんでいるよな。だが、このままここでワイワイやっていてもつまらないと思わないか?」
「そうね、昨日でもうできることはやり尽くしたかも」姉貴がうなずく。「でも、他にできることなんてないしねえ。公彦ちゃんのプチ家出の予定は、あと二日間あるんだけど、何をしようかってあたしも考えてたのよねえ」
「その二日間を、今日一日に凝縮して、一気に楽しむ方法がある」修太郎さんがニヤリと笑う。「ま、おたくらに冒険心があることが前提だけどな」
「まさか、移動するおつもりですか?」花ちゃんが小さな口からカフェオレのストローを離した。「この車で」
「その通り」修太郎さんがサムズアップする。「なあ、みんな。どうせならどこかへドライブしてみないか? そのほうが、格段に楽しめるぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください」僕は慌てて両手を振った。「そんな恐ろしいことを。それって、ヤバいですよね? れっきとした犯罪ですよね? イヤです。僕は行きません」
「おいおい、公彦君。家出という思い切った行動に出た割には、小さなことを気にするんだな。それじゃあ家出した意味がないぞ。やるなら徹底的にやらないとな」
「でも、犯罪は嫌です。それに家出じゃありません。プチ家出です。家出の規模は小さくていいんです」
公彦君、と修太郎さんが僕をじっと見つめる。そして、窓の外を指さす。「障子を開けてみよ。外は広いぞ」
「は? なんですか、それは」
「TOYOTAグループの創始者、豊田佐吉の言葉だ。いいか。扉の外にこそ、君の成長があるんだ。それを自分の目で確かめてみろ。チャンスを無駄にするな」
だから、この車の中でつつましく時を過ごせばいいんですってば。多くは求めません。余計なお世話です──そう思っても口に出せない僕はため息をついた。
「あの、ちょっと」花ちゃんが運転席に目を向けた。「お話中、申し訳ありませんが、鍵がないんです」
「鍵? ない? 鍵って、車のキーのことか?」修太郎さんが運転席のほうへ顔を突き出した。「ありゃ、ほんとだ。昨夜、俺はキーを差したままにしておいたぞ。どういうことだ?」
「鍵がなければ車は動きませんよね」僕は胸をなで下ろした。「よかった。じゃあ、ドライブという案は却下ですね」
「おいおい、公彦君。姑息な手段は感心しないな」立てた人差し指を左右に振りながら、修太郎さんが苦笑する。「いくらドライブに気乗りがしなくても、キーを隠すなんてことは」
「僕は隠していません」僕は修太郎さんの言葉をさえぎった。「だいたい、ドライブに行くことなんて思いつきもしなかったです。それなのに、キーを隠すわけがないでしょう?」
「そうか。そういうことか」修太郎さんが姉貴を振り向く。「姉弟愛もいいけどな、静香。そういうのは弟の成長のためにかえってマイナスになるぜ。男は冒険心が」
「だから、あたしがキーを隠したって言うの?」姉貴も修太郎さんの言葉をさえぎる。「あら、修太郎。意外とあたしのこと、わかってないのねえ。冒険を何よりも好むあたしのことを」
ふむ、と修太郎さんが腕組みをする。「たしかにそうだな。お前のはず、ないか。なら、どういうことだ?」
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