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第二章 キャシーは陽気に笑う
④
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「あの、ちょっとお伺いしますけど」と僕はおそるおそる尋ねる。「旅行に行かれていたんじゃないのですか?」
「旅行? わしらがか?」庄三さんが怪訝な顔をする。「どこへ?」
「いや、それは僕が聞きたいことなんですけど」僕は首を振る。「いえ別に、聞きたいわけでもないですけど」
庄三さんはじっと僕の顔を見ていたけれど、やがて唇をめくらせて笑った。「あんた、わしらが旅行に行くと聞いて、この車を使おうと考えたのかね?」
しまったと僕は思った。墓穴を掘った感じ。やれやれだ。
「そうなのか?」修太郎さんが驚いたように僕の顔を見る。「人様が旅行に行っている隙を狙って、この車を乗っ取ろうと思ったのか? 俺たちを道連れにして」
修太郎さん。いい根性してますね。僕は横目で悪魔の化身のようなハンサム男を睨んだ。その後ろでは、姉貴が必死に笑いをこらえていた。二人とも、地獄に堕ちろ。
どういうふうに言い訳しようかと悩んでいたとき、昌枝さんが一歩前に出た。相変わらず、ちびちびとお茶を飲んでいる。「どこでそんな話になったのかわかりませんけど、私たち、旅行には行っていませんよ。ただ、うちの人が昨日だけ検査入院をしましたけどね」
「検査入院、ですか?」僕はポカンと口を開けた。「なんだ、旅行と全然違いますね。たぶん、うちの母の勘違いだと思います。ものすごくそそっかしいから」
お母さんならあり得るあり得る、と後ろで姉貴が小声で同意する。
「話を戻そう」庄三さんがせき払いをする。「さっき、あんたたちは、車の鍵を探していた。つまり、この車を動かそうとたくらんでいたわけだ。それに相違ないか?」
「ええ、まあ」と僕。いや、僕がたくらんでいたわけじゃないけど。返事、しないほうがよかったかも。
「わかった。車を貸そう」庄三さんが車のキーを差し出した。それを修太郎さんがつかむ。「動かしていいぞ」
「へえ。この車を走らせていいのかい?」修太郎さんがキーを手の中でもてあそびながら意外そうな顔をする。「じゃあ、ドライブしてきていいんだね?」
「ああ。いいぞ。目一杯走らせてくれ」
「わかった。じゃあ、遠慮なく借りるよ。さて、どこへ行こうかな。どうせなら、日本海でも見に行くか。カニを腹一杯、食べたくなったぞ」
「あ、いいねえそれ」姉貴が手を叩いた。
「ちょっと待て。誰が日本海へ行っていいと言った」庄三さんが顔の前で手を振った。「行き先は、わしが指定するぞ」
「な? あんたが行き先を決めるって?」まさかの庄三さんの言葉に、さすがの修太郎さんも驚きを隠せない。「おいおい、なんだよそれ。好きなところへドライブしてもいいんじゃないのかい?」
「行き先は、わしが指定することが条件だ。そして、わしと昌枝も同乗する。この二つの条件が飲めないのなら、車を貸すことはできん」
「わかったわかった。要するに、あんたが行きたい場所へ連れて行けってことだろ? ま、しょうがないな。俺たち、どうせ暇なんだし、その条件を飲んでやるよ」修太郎さんが両手を上げた。「で? どこへ行きたいんだい? 将来を見据えて、老人ホームの見学かい? それとも、骨休めに温泉かい? 温泉なら、近場でいいとこ知ってるぜ」
「花火を見に行きたい」庄三さんがぽつりと言った。
「は? 花火?」修太郎さんが目をパチクリさせる。「花火といやあ、あの花火だよな。そんなのが見たいのかい? 俺たち、昨日の夜、公園でやったぜ。なんならまた買ってきてやろうか?」
「そんなチャチな花火ではない。わしが言っているのは、業者が打ち上げる盛大な花火大会のことだ」
「なるほど、花火大会ね」姉貴が口をはさんだ。「でも、今日は花火大会、あったかしら? それに、どのみち夜じゃないと見えないわよ」
「わしが行きたいのは、松山の花火大会だ」
「旅行? わしらがか?」庄三さんが怪訝な顔をする。「どこへ?」
「いや、それは僕が聞きたいことなんですけど」僕は首を振る。「いえ別に、聞きたいわけでもないですけど」
庄三さんはじっと僕の顔を見ていたけれど、やがて唇をめくらせて笑った。「あんた、わしらが旅行に行くと聞いて、この車を使おうと考えたのかね?」
しまったと僕は思った。墓穴を掘った感じ。やれやれだ。
「そうなのか?」修太郎さんが驚いたように僕の顔を見る。「人様が旅行に行っている隙を狙って、この車を乗っ取ろうと思ったのか? 俺たちを道連れにして」
修太郎さん。いい根性してますね。僕は横目で悪魔の化身のようなハンサム男を睨んだ。その後ろでは、姉貴が必死に笑いをこらえていた。二人とも、地獄に堕ちろ。
どういうふうに言い訳しようかと悩んでいたとき、昌枝さんが一歩前に出た。相変わらず、ちびちびとお茶を飲んでいる。「どこでそんな話になったのかわかりませんけど、私たち、旅行には行っていませんよ。ただ、うちの人が昨日だけ検査入院をしましたけどね」
「検査入院、ですか?」僕はポカンと口を開けた。「なんだ、旅行と全然違いますね。たぶん、うちの母の勘違いだと思います。ものすごくそそっかしいから」
お母さんならあり得るあり得る、と後ろで姉貴が小声で同意する。
「話を戻そう」庄三さんがせき払いをする。「さっき、あんたたちは、車の鍵を探していた。つまり、この車を動かそうとたくらんでいたわけだ。それに相違ないか?」
「ええ、まあ」と僕。いや、僕がたくらんでいたわけじゃないけど。返事、しないほうがよかったかも。
「わかった。車を貸そう」庄三さんが車のキーを差し出した。それを修太郎さんがつかむ。「動かしていいぞ」
「へえ。この車を走らせていいのかい?」修太郎さんがキーを手の中でもてあそびながら意外そうな顔をする。「じゃあ、ドライブしてきていいんだね?」
「ああ。いいぞ。目一杯走らせてくれ」
「わかった。じゃあ、遠慮なく借りるよ。さて、どこへ行こうかな。どうせなら、日本海でも見に行くか。カニを腹一杯、食べたくなったぞ」
「あ、いいねえそれ」姉貴が手を叩いた。
「ちょっと待て。誰が日本海へ行っていいと言った」庄三さんが顔の前で手を振った。「行き先は、わしが指定するぞ」
「な? あんたが行き先を決めるって?」まさかの庄三さんの言葉に、さすがの修太郎さんも驚きを隠せない。「おいおい、なんだよそれ。好きなところへドライブしてもいいんじゃないのかい?」
「行き先は、わしが指定することが条件だ。そして、わしと昌枝も同乗する。この二つの条件が飲めないのなら、車を貸すことはできん」
「わかったわかった。要するに、あんたが行きたい場所へ連れて行けってことだろ? ま、しょうがないな。俺たち、どうせ暇なんだし、その条件を飲んでやるよ」修太郎さんが両手を上げた。「で? どこへ行きたいんだい? 将来を見据えて、老人ホームの見学かい? それとも、骨休めに温泉かい? 温泉なら、近場でいいとこ知ってるぜ」
「花火を見に行きたい」庄三さんがぽつりと言った。
「は? 花火?」修太郎さんが目をパチクリさせる。「花火といやあ、あの花火だよな。そんなのが見たいのかい? 俺たち、昨日の夜、公園でやったぜ。なんならまた買ってきてやろうか?」
「そんなチャチな花火ではない。わしが言っているのは、業者が打ち上げる盛大な花火大会のことだ」
「なるほど、花火大会ね」姉貴が口をはさんだ。「でも、今日は花火大会、あったかしら? それに、どのみち夜じゃないと見えないわよ」
「わしが行きたいのは、松山の花火大会だ」
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