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第二章 キャシーは陽気に笑う
⑥
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「四国に渡るといっても、時間はたっぷりあるからな」修太郎さんが腕時計をながめる。「フェリーに車を乗っければ、三時間ほどで松山に着くはずだ。その前後の走行を含めても、五時間もあれば十分だ。花火大会には余裕で間に合う。そこで、だ」
修太郎さんが車のボディをパンパンと叩いた。「この車を、少しばかりオシャレにしてやりたいと思う。ほかでもない、我らが庄三爺さんの旅立ちだ、かっこよくペイントしたい」
「わしはまだ旅立つつもりはないんだが」庄三さんがポツリと言った。「できればもう少しだけ長生きしたい」
「ちょっとした言葉の綾だ。細かいことを気にしていては、体に悪いぞ」修太郎さんが庄三さんの肩を叩いた。「とにかく、この味気のない真っ白なボディに、なんらかの絵を描きたい。どうせなら派手にいこうぜ。了解してくれるかい、爺さん?」
「いいよ。どうせ誰も乗らない車だ。好きにしてくれ」
「オーケー」修太郎さんが微笑む。「で、誰が絵を描く? この中で絵心のある者はいるか? 静香。お前、描けるんじゃないのか?」
「あー、あたしは無理。絵だけは超苦手なのよねえ」
「そんなことないだろ。ちょっと描いてみろ。そうだ、ドラえもんの絵なんかどうだ?」修太郎さんが手帳とペンをポケットから取り出した。それを姉貴に渡す。
姉貴は無理よドラえもんなんて、と言いながらも、紙の上にペンを走らせた。出来上がった絵を修太郎さんに見せる。
「……やめといたほうがよさそうだな」修太郎さんが手帳を見ながらつぶやく。
他のみんなが姉貴の絵をのぞき込んだ。全員、声にならない声で必死に笑いをこらえている。僕はうずくまって笑いをこらえた。姉貴が僕の頭をパシンと叩いた。
結局、誰も描けないとわかったとき、姉貴が手を叩いた。「そうだ。公彦、あんたの彼女、たしか美術部だったよね?」
「彼女じゃなくて女友達なら美術部にいる」僕は顔をそむけた。
「なんでもいいわ。呼び出して」
「呼び出すって、まさか」
「そのまさかよ。彼女に絵を描いてもらうの」
「だから、彼女じゃないって」僕の額に汗が吹き出したのは、夏のせいばかりじゃないだろう。「わかったよ。連絡してみるよ」
僕はスマホを取り出して菜々実に電話をかけた。でも、どういうふうに説明していいものか。僕の舌が滑らかに動かなかったのは、夏のせいばかりじゃないだろう。
じれったさに耐えきれなくなった姉貴が、僕からスマホをひったくった。菜々実と直接話をしていた。
「すぐ来てくれるって」スマホを僕に返しながら姉貴が言う。「助かったわ。あんたの彼女が美術部で」
だから、彼女じゃ──言いかけて口をつぐむ。もういいや、なんでも。
僕たちは手分けして菜々実が来るまでに車のボディをきれいにした。
二十分、経つか経たないかで、菜々実が自転車を飛ばしてきた。自転車のカゴには、塗料やスプレー缶などが押し込まれている。みんなへのあいさつを簡単に済ませた菜々実は、僕を睨みつけた。
「なんでもっとはやく言わないのよ」菜々実は腰に手を当てて頬を膨らませる。「あんた、夏休みの楽しみを独り占めする気?」
僕は天を仰いだ。やれやれ。もう一匹、悪魔が来たよ。おーい、神さまはどうしているんだ?
「悪かったよ」なんで謝る、公彦。「とにかく、急いで絵を描いてほしいんだ。この車のボディに」
「時間があんまりないんだってね。わかった。急いで何かを描くよ。走っていて気持ちのいい絵にしなきゃ。何がいいかなあ」
そのとき、僕はふと疑問がわいた。それを菜々実にぶつける。
「あのさ、もしかして、菜々実も一緒に行こうなんて思ってない? あ、いや、僕の勘違いだとは思うんだけどね。一応、念のために聞いて──」
「当たり前なこと、聞かないでよ。そのために急いでいろいろと準備してきたんだから。お菓子なんかも、途中のコンビニで買ってきたし」菜々実は背中のデイパックを親指で指し示した。「さあ、急いで描くから、そこをどいて」
僕の背中を冷や汗が伝い落ちたのは、夏のせいばかりじゃないだろう。夏のせいにしたいよ、ほんと。
修太郎さんが車のボディをパンパンと叩いた。「この車を、少しばかりオシャレにしてやりたいと思う。ほかでもない、我らが庄三爺さんの旅立ちだ、かっこよくペイントしたい」
「わしはまだ旅立つつもりはないんだが」庄三さんがポツリと言った。「できればもう少しだけ長生きしたい」
「ちょっとした言葉の綾だ。細かいことを気にしていては、体に悪いぞ」修太郎さんが庄三さんの肩を叩いた。「とにかく、この味気のない真っ白なボディに、なんらかの絵を描きたい。どうせなら派手にいこうぜ。了解してくれるかい、爺さん?」
「いいよ。どうせ誰も乗らない車だ。好きにしてくれ」
「オーケー」修太郎さんが微笑む。「で、誰が絵を描く? この中で絵心のある者はいるか? 静香。お前、描けるんじゃないのか?」
「あー、あたしは無理。絵だけは超苦手なのよねえ」
「そんなことないだろ。ちょっと描いてみろ。そうだ、ドラえもんの絵なんかどうだ?」修太郎さんが手帳とペンをポケットから取り出した。それを姉貴に渡す。
姉貴は無理よドラえもんなんて、と言いながらも、紙の上にペンを走らせた。出来上がった絵を修太郎さんに見せる。
「……やめといたほうがよさそうだな」修太郎さんが手帳を見ながらつぶやく。
他のみんなが姉貴の絵をのぞき込んだ。全員、声にならない声で必死に笑いをこらえている。僕はうずくまって笑いをこらえた。姉貴が僕の頭をパシンと叩いた。
結局、誰も描けないとわかったとき、姉貴が手を叩いた。「そうだ。公彦、あんたの彼女、たしか美術部だったよね?」
「彼女じゃなくて女友達なら美術部にいる」僕は顔をそむけた。
「なんでもいいわ。呼び出して」
「呼び出すって、まさか」
「そのまさかよ。彼女に絵を描いてもらうの」
「だから、彼女じゃないって」僕の額に汗が吹き出したのは、夏のせいばかりじゃないだろう。「わかったよ。連絡してみるよ」
僕はスマホを取り出して菜々実に電話をかけた。でも、どういうふうに説明していいものか。僕の舌が滑らかに動かなかったのは、夏のせいばかりじゃないだろう。
じれったさに耐えきれなくなった姉貴が、僕からスマホをひったくった。菜々実と直接話をしていた。
「すぐ来てくれるって」スマホを僕に返しながら姉貴が言う。「助かったわ。あんたの彼女が美術部で」
だから、彼女じゃ──言いかけて口をつぐむ。もういいや、なんでも。
僕たちは手分けして菜々実が来るまでに車のボディをきれいにした。
二十分、経つか経たないかで、菜々実が自転車を飛ばしてきた。自転車のカゴには、塗料やスプレー缶などが押し込まれている。みんなへのあいさつを簡単に済ませた菜々実は、僕を睨みつけた。
「なんでもっとはやく言わないのよ」菜々実は腰に手を当てて頬を膨らませる。「あんた、夏休みの楽しみを独り占めする気?」
僕は天を仰いだ。やれやれ。もう一匹、悪魔が来たよ。おーい、神さまはどうしているんだ?
「悪かったよ」なんで謝る、公彦。「とにかく、急いで絵を描いてほしいんだ。この車のボディに」
「時間があんまりないんだってね。わかった。急いで何かを描くよ。走っていて気持ちのいい絵にしなきゃ。何がいいかなあ」
そのとき、僕はふと疑問がわいた。それを菜々実にぶつける。
「あのさ、もしかして、菜々実も一緒に行こうなんて思ってない? あ、いや、僕の勘違いだとは思うんだけどね。一応、念のために聞いて──」
「当たり前なこと、聞かないでよ。そのために急いでいろいろと準備してきたんだから。お菓子なんかも、途中のコンビニで買ってきたし」菜々実は背中のデイパックを親指で指し示した。「さあ、急いで描くから、そこをどいて」
僕の背中を冷や汗が伝い落ちたのは、夏のせいばかりじゃないだろう。夏のせいにしたいよ、ほんと。
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