曇りのち晴れはキャシー日和

mic

文字の大きさ
18 / 49
第二章 キャシーは陽気に笑う

しおりを挟む
「四国に渡るといっても、時間はたっぷりあるからな」修太郎さんが腕時計をながめる。「フェリーに車を乗っければ、三時間ほどで松山に着くはずだ。その前後の走行を含めても、五時間もあれば十分だ。花火大会には余裕で間に合う。そこで、だ」
 修太郎さんが車のボディをパンパンと叩いた。「この車を、少しばかりオシャレにしてやりたいと思う。ほかでもない、我らが庄三爺さんの旅立ちだ、かっこよくペイントしたい」
「わしはまだ旅立つつもりはないんだが」庄三さんがポツリと言った。「できればもう少しだけ長生きしたい」
「ちょっとした言葉の綾だ。細かいことを気にしていては、体に悪いぞ」修太郎さんが庄三さんの肩を叩いた。「とにかく、この味気のない真っ白なボディに、なんらかの絵を描きたい。どうせなら派手にいこうぜ。了解してくれるかい、爺さん?」
「いいよ。どうせ誰も乗らない車だ。好きにしてくれ」
「オーケー」修太郎さんが微笑む。「で、誰が絵を描く? この中で絵心のある者はいるか? 静香。お前、描けるんじゃないのか?」
「あー、あたしは無理。絵だけは超苦手なのよねえ」
「そんなことないだろ。ちょっと描いてみろ。そうだ、ドラえもんの絵なんかどうだ?」修太郎さんが手帳とペンをポケットから取り出した。それを姉貴に渡す。
 姉貴は無理よドラえもんなんて、と言いながらも、紙の上にペンを走らせた。出来上がった絵を修太郎さんに見せる。
「……やめといたほうがよさそうだな」修太郎さんが手帳を見ながらつぶやく。
 他のみんなが姉貴の絵をのぞき込んだ。全員、声にならない声で必死に笑いをこらえている。僕はうずくまって笑いをこらえた。姉貴が僕の頭をパシンと叩いた。
 結局、誰も描けないとわかったとき、姉貴が手を叩いた。「そうだ。公彦、あんたの彼女、たしか美術部だったよね?」
「彼女じゃなくて女友達なら美術部にいる」僕は顔をそむけた。
「なんでもいいわ。呼び出して」
「呼び出すって、まさか」
「そのまさかよ。彼女に絵を描いてもらうの」
「だから、彼女じゃないって」僕の額に汗が吹き出したのは、夏のせいばかりじゃないだろう。「わかったよ。連絡してみるよ」
 僕はスマホを取り出して菜々実に電話をかけた。でも、どういうふうに説明していいものか。僕の舌が滑らかに動かなかったのは、夏のせいばかりじゃないだろう。
 じれったさに耐えきれなくなった姉貴が、僕からスマホをひったくった。菜々実と直接話をしていた。
「すぐ来てくれるって」スマホを僕に返しながら姉貴が言う。「助かったわ。あんたの彼女が美術部で」
 だから、彼女じゃ──言いかけて口をつぐむ。もういいや、なんでも。
 僕たちは手分けして菜々実が来るまでに車のボディをきれいにした。
 二十分、経つか経たないかで、菜々実が自転車を飛ばしてきた。自転車のカゴには、塗料やスプレー缶などが押し込まれている。みんなへのあいさつを簡単に済ませた菜々実は、僕を睨みつけた。
「なんでもっとはやく言わないのよ」菜々実は腰に手を当てて頬を膨らませる。「あんた、夏休みの楽しみを独り占めする気?」
 僕は天を仰いだ。やれやれ。もう一匹、悪魔が来たよ。おーい、神さまはどうしているんだ?
「悪かったよ」なんで謝る、公彦。「とにかく、急いで絵を描いてほしいんだ。この車のボディに」
「時間があんまりないんだってね。わかった。急いで何かを描くよ。走っていて気持ちのいい絵にしなきゃ。何がいいかなあ」
 そのとき、僕はふと疑問がわいた。それを菜々実にぶつける。
「あのさ、もしかして、菜々実も一緒に行こうなんて思ってない? あ、いや、僕の勘違いだとは思うんだけどね。一応、念のために聞いて──」
「当たり前なこと、聞かないでよ。そのために急いでいろいろと準備してきたんだから。お菓子なんかも、途中のコンビニで買ってきたし」菜々実は背中のデイパックを親指で指し示した。「さあ、急いで描くから、そこをどいて」
 僕の背中を冷や汗が伝い落ちたのは、夏のせいばかりじゃないだろう。夏のせいにしたいよ、ほんと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

【完結】『続・聖パラダイス病院』(作品260123)

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...