曇りのち晴れはキャシー日和

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第三章 出会いは風のごとく

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 キャシー号が住宅街に入る。地元の人間しか知らないような道を滑り抜けた車は、国道を目指して走った。
 鼻歌交じりでハンドルをさばく修太郎さんは、姉貴の差し出すキャンディを口に放り込んだこと以外は景色を楽しむことに集中して、僕たちとは接触がない。
 運転手以外の乗客は、改めて自己紹介を行った。一番見知らぬ人が少ないのは僕で、庄三さん夫妻以外の人については、多少の知識がある。だから、みんなの自己紹介を聞いても、驚くほどのことはなかった。菜々実以外は。
 菜々実は自己紹介のとき、「一応、公彦君の彼女をしています」と胸に手を当ててにっこり笑った。僕はウーロン茶を吹き出した。それがズボンの裾にかかった庄三さんは、「おニューが、おニューのズボンが」と半ばパニック状態になったので、僕は昌枝さんとともに庄三さんをなだめるのに苦労した。
 キャシー号が大きく左にボディを揺すりながら角を曲がった。そこからは商店街と平行に走る道になる。僕たちが住んでいる地域よりも、ずっと開けた光景が目の前に展開された。
 なんの前触れも告知もなく、修太郎さんがキャシー号を路肩に寄せて停めた。
「どうしたの、修太郎」姉貴が修太郎さんと窓の外を交互に見る。「何かあったの? それとも、トイレ?」
「いや、ちょっと知り合いを見かけたんだ」修太郎さんは運転席のドアを開けた。「ちょっと挨拶してくる」
 予期せぬ行動にみんながあっけにとられているうちに、修太郎さんは車を下りて道路の反対側に渡った。
 僕は窓ガラスに顔をつけた。他の全員が僕のわきから窓ガラスの隙間を横取りしようとするので、僕の顔は、ますますガラスに密着する。
 修太郎さんと同年代の男性が歩いているのが見える。修太郎さんがその人に走り寄った。後ろから肩に手を置く。男性が振り向くと同時に、修太郎さんの拳が男性のアゴにヒットした。男性はねじれた消しゴムが戻るように体をひねり、道路に転がった。
 修太郎さんが小走りで戻ってきた。運転席に座る。
「な、何なのよ」姉貴が目をまん丸くする。いや、そのときの全員が丸い目をしていたはずだ。「修太郎、今の、どういうこと? あの人はいったい」
「なあに、たいしたことじゃない。出発式の景気づけだ」修太郎さんがキャシー号をスタートさせながら言う。「ピストルが鳴ったぞ。さて、ぶっ飛ばすか」
「ちょっと、説明しなさいよ」姉貴が食い下がる。「冗談にしては質が悪いでしょ」
 僕は窓の後方を見た。倒れた男の人は、まだ立ち上がった様子はない。
「簡単に言えば、俺の昔の女を寝取った野郎さ」修太郎さんがニヤリと笑う。「ゲス野郎だ」
「え? 誰よそれ」と姉貴。「さっきの人じゃなくて、女のほう」
「知らなくていい」
「いいから、言いなさいよ」
 僕は、顔つきが次第に変わっていく姉貴を修太郎さんから引きはがした。運転に影響が出て、こんなところで全員が天に召されるのはごめんだ。
 最初からこれか、と僕はため息をついた。先が思いやられる。
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