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第三章 出会いは風のごとく
③
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「おいおい、マジかよ」修太郎さんが苦笑する。「やられたな、あの婆さんに。やっぱり劇団に紹介しとくんだった」
「いい息子さんなんだろうね」ポツリと庄三さんが言う。
「庄三さん、お子さんは?」菜々実がポッキーをかじりながら尋ねる。
庄三さんが昌枝さんと顔を見合わせた。寂しそうに笑う。「息子が一人おった。だが、親不孝者でな。親より先に逝ってしまったよ」
え、と菜々実が気まずそうな顔をする。「あの、ごめんなさい」
「亡くなったんですか?」嫌な沈黙を避けるために、僕は菜々実の背中を軽く叩いてからフォロー役に回った。「家にいらっしゃらないのは聞いていましたから、どこかで働かれているのかと」
「ま、運命は受け入れないとな」庄三さんが微笑んだ。「この歳になると、どんな運命も受け入れる用意があるもんだ。半ば、悟りの境地みたいなものかな」
そう言って笑う庄三さんとは対照的に、昌枝さんは無言のままお茶を飲んでいる。
「なんだなんだ。後ろのほう、暗いぞ。お通夜か?」運転しながら修太郎さんが明るい声を出す。「俺たちは花火を見に行くんだぞ。そんなんじゃ、花火に申し訳ないだろ」
「おお、そうだったな」庄三さんがしっかりした声を出す。僕と菜々実の手を握った。「すまんな、忘れてくれ」
「おいおい、またかよ」修太郎さんがキャシー号のブレーキをかける。「なんだ、あいつ。なぜ俺たちを止めようとする?」
僕は前方へ目を向けた。スーツを着たビジネスマン風の男性が、道路から半ば身を乗り出すようにして手を上げている。明らかにキャシー号へ向けた意思表示だ。
「何なの、あれ」姉貴が亀のように首を突き出して男性を見る。「道路を渡りたいから手を上げているわけではなさそうね。キャシー号を止めようとしているみたい」
「しようがねえな」修太郎さんが舌打ちする。「ま、轢くわけにもいかねえしな」
キャシー号をビジネスマンの直前で止めた。窓から顔を出して応対したのは姉貴だ。
「あの、このスクールバスって、幼稚園に行くんですよね? よろしかったら、乗せていってもらえませんか?」
「はあ? スクールバス? 幼稚園?」姉貴が不思議そうな顔をする。「なんで幼稚園なの? あたしたち、園児に見える?」
「え? 違うんですか? ヘンなひまわりの絵が描かれているから、園児が描いたのかと」
「ヘンなひまわりの絵?」花ちゃんと一緒にポッキーを食べていた菜々実が、案の定、身を乗り出した。窓から顔を出す。「ちょっとあなた。絵心がないのね。ダメ。ぜんぜんダメ。そんな人は、このスクールバスには乗せてあげられないわ」
スクールバスと言うなって。僕は首を振ったとき、花ちゃんが僕の口元にポッキーを差し出した。僕は菜々実を横目で見ながらそれをくわえる。ハムスターのように急いで食べた。証拠隠滅。花ちゃんがクスリと笑う。
「なあ、あんた。さっき乗せていってくれと言ったよな? 幼稚園に何か用があるのかい?」修太郎さんが興味深そうな目をする。
「いえその、もしかしたら、そこで働き手を募集してはいないかと思いまして」
「働き手? 要するに、仕事を探しているのかい?」
「そうです。私、会社をリストラされたばかりなんです。次の働き口を探さないと食べていけないわけでして。あ、それと住むところも。子供は好きですから、幼稚園なら何か雑用的な仕事でもあるのではないかと」
そのビジネスマンは、ちょっと大きめのデイパックを背負っていた。
「住むところって、あなた」姉貴がビジネスマンの体を上から下までながめた。「まさか『荷物はこのデイパック一つでござい』なんて、マンガみたいなことを言うんじゃないでしょうね」
「その通りですが、何か問題でも?」
「ふうん、面白いな」修太郎さんがニヤリと笑った。「とにかく、乗りなよ。走りながら話を聞こう。幼稚園には連れて行ってやれないとは思うがね」
「いい息子さんなんだろうね」ポツリと庄三さんが言う。
「庄三さん、お子さんは?」菜々実がポッキーをかじりながら尋ねる。
庄三さんが昌枝さんと顔を見合わせた。寂しそうに笑う。「息子が一人おった。だが、親不孝者でな。親より先に逝ってしまったよ」
え、と菜々実が気まずそうな顔をする。「あの、ごめんなさい」
「亡くなったんですか?」嫌な沈黙を避けるために、僕は菜々実の背中を軽く叩いてからフォロー役に回った。「家にいらっしゃらないのは聞いていましたから、どこかで働かれているのかと」
「ま、運命は受け入れないとな」庄三さんが微笑んだ。「この歳になると、どんな運命も受け入れる用意があるもんだ。半ば、悟りの境地みたいなものかな」
そう言って笑う庄三さんとは対照的に、昌枝さんは無言のままお茶を飲んでいる。
「なんだなんだ。後ろのほう、暗いぞ。お通夜か?」運転しながら修太郎さんが明るい声を出す。「俺たちは花火を見に行くんだぞ。そんなんじゃ、花火に申し訳ないだろ」
「おお、そうだったな」庄三さんがしっかりした声を出す。僕と菜々実の手を握った。「すまんな、忘れてくれ」
「おいおい、またかよ」修太郎さんがキャシー号のブレーキをかける。「なんだ、あいつ。なぜ俺たちを止めようとする?」
僕は前方へ目を向けた。スーツを着たビジネスマン風の男性が、道路から半ば身を乗り出すようにして手を上げている。明らかにキャシー号へ向けた意思表示だ。
「何なの、あれ」姉貴が亀のように首を突き出して男性を見る。「道路を渡りたいから手を上げているわけではなさそうね。キャシー号を止めようとしているみたい」
「しようがねえな」修太郎さんが舌打ちする。「ま、轢くわけにもいかねえしな」
キャシー号をビジネスマンの直前で止めた。窓から顔を出して応対したのは姉貴だ。
「あの、このスクールバスって、幼稚園に行くんですよね? よろしかったら、乗せていってもらえませんか?」
「はあ? スクールバス? 幼稚園?」姉貴が不思議そうな顔をする。「なんで幼稚園なの? あたしたち、園児に見える?」
「え? 違うんですか? ヘンなひまわりの絵が描かれているから、園児が描いたのかと」
「ヘンなひまわりの絵?」花ちゃんと一緒にポッキーを食べていた菜々実が、案の定、身を乗り出した。窓から顔を出す。「ちょっとあなた。絵心がないのね。ダメ。ぜんぜんダメ。そんな人は、このスクールバスには乗せてあげられないわ」
スクールバスと言うなって。僕は首を振ったとき、花ちゃんが僕の口元にポッキーを差し出した。僕は菜々実を横目で見ながらそれをくわえる。ハムスターのように急いで食べた。証拠隠滅。花ちゃんがクスリと笑う。
「なあ、あんた。さっき乗せていってくれと言ったよな? 幼稚園に何か用があるのかい?」修太郎さんが興味深そうな目をする。
「いえその、もしかしたら、そこで働き手を募集してはいないかと思いまして」
「働き手? 要するに、仕事を探しているのかい?」
「そうです。私、会社をリストラされたばかりなんです。次の働き口を探さないと食べていけないわけでして。あ、それと住むところも。子供は好きですから、幼稚園なら何か雑用的な仕事でもあるのではないかと」
そのビジネスマンは、ちょっと大きめのデイパックを背負っていた。
「住むところって、あなた」姉貴がビジネスマンの体を上から下までながめた。「まさか『荷物はこのデイパック一つでござい』なんて、マンガみたいなことを言うんじゃないでしょうね」
「その通りですが、何か問題でも?」
「ふうん、面白いな」修太郎さんがニヤリと笑った。「とにかく、乗りなよ。走りながら話を聞こう。幼稚園には連れて行ってやれないとは思うがね」
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