曇りのち晴れはキャシー日和

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第三章 出会いは風のごとく

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「ねえ立石さん、運転だいじょうぶなの?」姉貴が心配そうな顔をする。「あなたペーパードライバーなんでしょ? 軽自動車ならともかく、これ、十人乗りのワゴンよ」
「はあ。さっきから修太郎さんの運転を舐めるように見ていましたから、なんとかなると思います。きっちりマネさせていただきます」
「見ていましたって」姉貴が呆れ顔になる。「そんなんで運転できれば、あたしなんかレーサーになれるわよ。ああもう、不安だなあ」
「だいじょうぶだよ。すべては模倣から始まるんだ。素直に模倣できる人間は、何事もうまくいくものさ。人間、素直さが大切なんだ」修太郎さんが立石さんの肩を叩いた。「何もマネしたくないなんて言ってるやつは、何も作れないんだからな」
「サルバドール・ダリの言葉ね」菜々実が言った。
「お、やるね菜々実ちゃん」修太郎が人差し指と親指を立ててピストルを模った。それを菜々実に向ける。「さすが美術部だ」
「見直した?」菜々実が胸を張った。まだ元気を回復しきっていない僕の肩を強く叩く。「ねえ公彦、見直した? ねえったら」
 今すぐにどこかへ瞬間移動がかなうのなら、僕は三か月分の小遣いを差し出してもいい。
 それでも、時間が解決してくれるとはよく言ったもので、心地よい揺れを与えてくれるキャシー号に身を任せているうちに、僕の精神状態も次第に安定してきた。
「とりあえず、無事に出発できましたね」僕は修太郎さんに声をかけた。気持ちの余裕から、少しくらいは微笑んでいたかもしれない。「それにしても、立石さんが免許を持っていてよかったです。そうでなかったら、花火大会どころの話じゃなかったかも」
「そうね。拾い物に福あり、ってね。あ、別に立石さんが拾い物ってわけじゃないのよ」姉貴があわてて手を振った。
「拾い物に福あり? そんなことわざ、あったっけ?」僕は首をひねった。「また、姉貴が適当なことを言って──」
 僕は言葉を切った。立石さんをじっと見る。スーツ姿が規則正しく左右に揺れていた。「ちょ、ちょっと! 立石さん、寝てるんじゃないの?」
 僕の声に修太郎さんが「え?」と声を上げた。「おいおい、マジかよ」と言いながら腕を伸ばし、ハンドルをつかむ。「おい静香。立石氏を起こしてくれ!」
 姉貴は驚いた顔をキープしながらも、必死で立石さんを揺り動かした。でも、立石さんはなかなか起きない。
 姉貴が立石さんの頭をパンと叩いた。
「おお、あれは効いたぞ」と、後部座席にいる庄三さんがうなった。その声に応えるかのように、頬に平手一発。
 姉貴の平手打ちの甲斐があったのかどうか、立石氏が目を開けた。首を振ったあと、修太郎さんの顔を見る。「あ、寝てましたか?」
「この状況で、なんで寝れるのよ!」姉貴が悲鳴のような声を上げる。「あなた、ほんとに人間なの? 人間なら、かなり特殊な人だわ」
「ええ。人間だとは思いますけど、かなり特殊なんです」立石さんがため息をつく。「実は私、持病があるんです。ナルコレプシーといいまして、極度の緊張状態に置かれると、ふっと眠ってしまうのです」
「ナルコレプシー? ああ、それなら知ってる」修太郎さんがおそるおそるハンドルから手を離した。もう立石さんに任せてもだいじょうぶだろうと判断したらしい。「その病気って、突然、眠ってしまうらしいな。自分でコントロールできないんだろ?」
「そうなんです。それで、今まで何度失敗してきたことか」立石さんが悲しそうな顔をする。「だから、車の運転もしなかったんです」
「それならそうと、はやく言ってよ」姉貴が唇を尖らせる。「まあでも、さっきは立石さんのおかげで助かったんだけどね」
「もしかして、それがリストラの原因なんですか?」菜々実が口をはさんだ。
「ええ、まあ」
「それって、ひどくないですか? 持病があるだけで、簡単に人を切ってしまうなんて。信じられない。最悪の会社ね」
「いえ、すばらしい会社です」立石さんが微笑む。「さっきも言いましたように、寮完備で家具なんかもついて」
「だからあ」姉貴が鬱陶しそうな声を出す。「あなたはその素晴らしい会社にリストラされたんでしょ? なのに、その余裕はなに? どこからくるの?」
「とにかくだ。もうだいじょうぶだから俺が運転するよ」修太郎さんが立石さんの肩に手を乗せた。「ご苦労さん。向こうのバス停までなら運転できるだろ? あそこで交代しよう」
「はい。わかりました。がんばります」立石さんがハンドルを握った。緊張のためか笑顔が引っこむ。
 とたん、頭がカクッと垂れた。その反動でハンドルを切ってしまい、キャシー号がふらついた。
「またかよ!」修太郎さんがハンドルを操作して、なんとかキャシー号を進行方向に戻す。
 でも、少し遅かった。左にぶれたキャシー号のバンパーが、路肩に停めてあった車に接触したのだ。
 停車している車のボディが鈍い悲鳴を上げた。キャシー号はそのまま走り、バス停で停まった。
「ふう。なんとかバス停で停止しました」立石さんが額の汗をぬぐった。「私、がんばりました」
「そんなことはどうでもいい」修太郎さんが窓から顔を出して後方の車を確認する。「まいったな。あの車、たぶん傷モノになっちまったぞ。ガンメタリックの塗装が台無しだな」
「ボディに文字が書いてあったわね」姉貴も窓から顔を出す。「メーカーの名前かしら? よく見えなかったわ」
「広誠連合」花ちゃんがポツリと言った。「そう書いていました」
「は? 広誠連合?」姉貴が素っ頓狂な声を上げる。「それって、昔の暴走族の名前でしょ? 市内で幅を利かせていた連中よね。でも、今はもう解散していないはずでしょ? なんで名前が」
「おい、ヤバいぜ」修太郎さんが舌打ちする。「車の持ち主が戻ってきやがった。ボディの傷跡を見て怒り狂っているぜ」
 ああ、と僕はため息をついた。不安がまた僕を拘束する。一難去ってまた一難。ありえないだろ、こんなドライブ。
 僕は窓から顔を出して後方を見た。ガンメタ車の持ち主がこっちを指さしてなにやら叫んでいる。いかにもって感じのアブナそうな服に身を包んでいる男は、携帯電話を取りだした。たぶん、仲間にかけるのだろう。どう転んでも、警察にかけているんじゃないと思う。
 あの様子じゃ、キャシー号が犯人ってことは完全にバレているだろう。まいったな、はやくなんとかしなきゃ。
 修太郎さんに対処を尋ねようと思ったとき、何台かの車がガンメタの車の近くに集まって来た。仲間に違いない。ああ、どうしよう。
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