曇りのち晴れはキャシー日和

mic

文字の大きさ
47 / 49
第五章 打ち上げ花火は幸せ花火

しおりを挟む
「終わったなあ、花火」修太郎さんが首筋を叩いた。「これにて任務完了だ。じゃあ、そろそろ帰るとするか」
「でも、最終のフェリー、もう出ちゃってますよ」立石さんが腕時計を見る。「どうするんですか?」
「ええっ。フェリー、もうないの? それじゃ帰れないじゃない」姉貴が不安そうな顔になる。「さすがにこの人数で車中泊はできないわよ」
「なあに、戻れるさ」修太郎さんが両手を広げる。「西瀬戸自動車道があるじゃないか。船がダメなら橋を渡ればいいだろ」
「あ、しまなみ街道ね。なるほど」姉貴が手を叩いた。「今治から尾道まで橋を渡るってわけね。そうか、その手があったか」
「あー、しまなみ街道!」菜々実がうれしそうに叫んだ。「あたし、一度通ってみたかったんだ。よかったあ」
「俺も初めてだけどな」修太郎さんが首をコキコキと鳴らした。「ようし、キャシー号でぶっ飛ばすぞ」
「え? キャシー号って、まだあるんですか?」大二郎さんが驚く。
「ああ。少しばかりメイクを施したけどね。健在だよ」
「へえ。懐かしいな」
「そういえば、キャシー号は大二郎がまだ家にいるときに購入した車だったな」庄三さんが思い出したような顔をする。「購入してすぐに、キャシー号という名前をつけたんだ。名前の由来は」
「あ-、だから、それはいいって」修太郎さんが手を振った。「今度、ゆっくり聞かせてもらうよ」
「そうか。残念だ」庄三さんがつまらなさそうな顔をする。
「ここは混んでいるから、あのビルの向こう側に停めているんだ」修太郎さんが、四つ角の細長いビルを指さす。「今はボディにひまわりの絵が描かれている。まったくの別物に生まれ変わったという感じだよ」
「ひまわりの絵? キャシー号に?」大二郎さんが興味深そうな顔をする。「へえ。面白そうだね。誰が描いたの?」
 あたしです、と菜々実がすかさず一歩前に出た。その顔には自信がみなぎっている。「高校では美術部に所属していますから」
「ほう、それはすごいね」大二郎さんが感心する。「一度、見てみたいな」
 見なくていい、見ないほうがいい、という大合唱がその場に起こる。菜々実がつきたての餅のように膨れっ面になる。
 花ちゃんが広誠連合の人を呼び寄せた。何か伝えると、その人は「わかりました!」と威勢のいい声で答え、全力疾走でどこかへ消えた。と思いきや、すぐに戻ってきた。ミニひまわりを抱えている。そうか、キャシー号から取ってきたんだ。
「三代目、持ってきました!」荒い息をつきながら、連合の人が言った。
「あ、ご苦労さま」花ちゃんがミニひまわりを受け取る。
「三代目って?」大二郎さんが不思議そうな顔をする。
「いえ、なんでもないです」花ちゃんが微笑みながらミニひまわりを大二郎さんに差し出した。「これ、差し上げます。キャシー号のひまわりを見るのは、帰省したときということで、楽しみにしていてください」
「そうだね。そうするよ。これ、ありがとう」大二郎さんがミニひまわりを見てうれしそうな顔になる。「俺の作った花火に似ているな。大事にするよ」
「ようし、じゃあ、キャシー号の乗組員たち。広島に帰るぞお」修太郎さんが拳を突き上げた。みんなも拳を突き上げる。
 庄三さん親子三人の写真を撮ってから、僕たちは大二郎さんに別れを告げた。大二郎さんは、庄三さんと昌枝さんに近いうちに帰省するからと約束していた。そして、手を振りながら去っていった。
「三代目」広誠連合のリーダー、渋谷さんが声をかけてきた。「今から、しまなみ、走るんですか?」
「はい。それで広島に帰る予定です」花ちゃんがうなずく。「あなたたちも、ご一緒しますか?」
「え? いいんですか」渋谷さんが目を輝かせる。「三代目とご一緒させていただけるとは、こんな幸せなことなない」サングラスを外し、目頭を押さえた。「おっしゃ。燃えてきちまったぜ」
 いや、別に燃えてほしくないんですけど。もう事が大きくなるのは勘弁してほしいんですけど。
「野郎ども! しまなみ走るぜ。命がけの爆走だ。広島モンの走りを、広誠連合の走りを見せてやらんかい!」渋谷さんが広誠連合の人たちに向かって拳を突き上げた。
 おう、おう、おう、おう、おう、と伝言ゲームのような気合いが、連合の人たちの間を流れていく。もちろん、拳の突き上げと一緒に。
「渋谷さん」花ちゃんが感情のない目を渋谷さんに向けた。「念のために言っておきますが、一般車両に迷惑をかけた人は、私が個人面談させていただきますね。忘れないでくださいね」
「こ、ここ、個人面談」渋谷さんの顔から血の気が引いた。ゴクリと唾を飲み込んでつぶやく。「さ、三代目との──血花の龍さんとの個人面談……と、とんでもない。恐ろしすぎる」
 渋谷さんがあわてて広誠連合の人々のほうを向いた。拳を突き上げる。「野郎ども! しまなみを走ることは走るが、おとなしく静かに爆走しろよ。広島モンの、広誠連合のマナーの良さを見せてやらんかい!」
 連合の人たちが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきで固まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...