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第五章 打ち上げ花火は幸せ花火
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「終わったなあ、花火」修太郎さんが首筋を叩いた。「これにて任務完了だ。じゃあ、そろそろ帰るとするか」
「でも、最終のフェリー、もう出ちゃってますよ」立石さんが腕時計を見る。「どうするんですか?」
「ええっ。フェリー、もうないの? それじゃ帰れないじゃない」姉貴が不安そうな顔になる。「さすがにこの人数で車中泊はできないわよ」
「なあに、戻れるさ」修太郎さんが両手を広げる。「西瀬戸自動車道があるじゃないか。船がダメなら橋を渡ればいいだろ」
「あ、しまなみ街道ね。なるほど」姉貴が手を叩いた。「今治から尾道まで橋を渡るってわけね。そうか、その手があったか」
「あー、しまなみ街道!」菜々実がうれしそうに叫んだ。「あたし、一度通ってみたかったんだ。よかったあ」
「俺も初めてだけどな」修太郎さんが首をコキコキと鳴らした。「ようし、キャシー号でぶっ飛ばすぞ」
「え? キャシー号って、まだあるんですか?」大二郎さんが驚く。
「ああ。少しばかりメイクを施したけどね。健在だよ」
「へえ。懐かしいな」
「そういえば、キャシー号は大二郎がまだ家にいるときに購入した車だったな」庄三さんが思い出したような顔をする。「購入してすぐに、キャシー号という名前をつけたんだ。名前の由来は」
「あ-、だから、それはいいって」修太郎さんが手を振った。「今度、ゆっくり聞かせてもらうよ」
「そうか。残念だ」庄三さんがつまらなさそうな顔をする。
「ここは混んでいるから、あのビルの向こう側に停めているんだ」修太郎さんが、四つ角の細長いビルを指さす。「今はボディにひまわりの絵が描かれている。まったくの別物に生まれ変わったという感じだよ」
「ひまわりの絵? キャシー号に?」大二郎さんが興味深そうな顔をする。「へえ。面白そうだね。誰が描いたの?」
あたしです、と菜々実がすかさず一歩前に出た。その顔には自信がみなぎっている。「高校では美術部に所属していますから」
「ほう、それはすごいね」大二郎さんが感心する。「一度、見てみたいな」
見なくていい、見ないほうがいい、という大合唱がその場に起こる。菜々実がつきたての餅のように膨れっ面になる。
花ちゃんが広誠連合の人を呼び寄せた。何か伝えると、その人は「わかりました!」と威勢のいい声で答え、全力疾走でどこかへ消えた。と思いきや、すぐに戻ってきた。ミニひまわりを抱えている。そうか、キャシー号から取ってきたんだ。
「三代目、持ってきました!」荒い息をつきながら、連合の人が言った。
「あ、ご苦労さま」花ちゃんがミニひまわりを受け取る。
「三代目って?」大二郎さんが不思議そうな顔をする。
「いえ、なんでもないです」花ちゃんが微笑みながらミニひまわりを大二郎さんに差し出した。「これ、差し上げます。キャシー号のひまわりを見るのは、帰省したときということで、楽しみにしていてください」
「そうだね。そうするよ。これ、ありがとう」大二郎さんがミニひまわりを見てうれしそうな顔になる。「俺の作った花火に似ているな。大事にするよ」
「ようし、じゃあ、キャシー号の乗組員たち。広島に帰るぞお」修太郎さんが拳を突き上げた。みんなも拳を突き上げる。
庄三さん親子三人の写真を撮ってから、僕たちは大二郎さんに別れを告げた。大二郎さんは、庄三さんと昌枝さんに近いうちに帰省するからと約束していた。そして、手を振りながら去っていった。
「三代目」広誠連合のリーダー、渋谷さんが声をかけてきた。「今から、しまなみ、走るんですか?」
「はい。それで広島に帰る予定です」花ちゃんがうなずく。「あなたたちも、ご一緒しますか?」
「え? いいんですか」渋谷さんが目を輝かせる。「三代目とご一緒させていただけるとは、こんな幸せなことなない」サングラスを外し、目頭を押さえた。「おっしゃ。燃えてきちまったぜ」
いや、別に燃えてほしくないんですけど。もう事が大きくなるのは勘弁してほしいんですけど。
「野郎ども! しまなみ走るぜ。命がけの爆走だ。広島モンの走りを、広誠連合の走りを見せてやらんかい!」渋谷さんが広誠連合の人たちに向かって拳を突き上げた。
おう、おう、おう、おう、おう、と伝言ゲームのような気合いが、連合の人たちの間を流れていく。もちろん、拳の突き上げと一緒に。
「渋谷さん」花ちゃんが感情のない目を渋谷さんに向けた。「念のために言っておきますが、一般車両に迷惑をかけた人は、私が個人面談させていただきますね。忘れないでくださいね」
「こ、ここ、個人面談」渋谷さんの顔から血の気が引いた。ゴクリと唾を飲み込んでつぶやく。「さ、三代目との──血花の龍さんとの個人面談……と、とんでもない。恐ろしすぎる」
渋谷さんがあわてて広誠連合の人々のほうを向いた。拳を突き上げる。「野郎ども! しまなみを走ることは走るが、おとなしく静かに爆走しろよ。広島モンの、広誠連合のマナーの良さを見せてやらんかい!」
連合の人たちが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきで固まった。
「でも、最終のフェリー、もう出ちゃってますよ」立石さんが腕時計を見る。「どうするんですか?」
「ええっ。フェリー、もうないの? それじゃ帰れないじゃない」姉貴が不安そうな顔になる。「さすがにこの人数で車中泊はできないわよ」
「なあに、戻れるさ」修太郎さんが両手を広げる。「西瀬戸自動車道があるじゃないか。船がダメなら橋を渡ればいいだろ」
「あ、しまなみ街道ね。なるほど」姉貴が手を叩いた。「今治から尾道まで橋を渡るってわけね。そうか、その手があったか」
「あー、しまなみ街道!」菜々実がうれしそうに叫んだ。「あたし、一度通ってみたかったんだ。よかったあ」
「俺も初めてだけどな」修太郎さんが首をコキコキと鳴らした。「ようし、キャシー号でぶっ飛ばすぞ」
「え? キャシー号って、まだあるんですか?」大二郎さんが驚く。
「ああ。少しばかりメイクを施したけどね。健在だよ」
「へえ。懐かしいな」
「そういえば、キャシー号は大二郎がまだ家にいるときに購入した車だったな」庄三さんが思い出したような顔をする。「購入してすぐに、キャシー号という名前をつけたんだ。名前の由来は」
「あ-、だから、それはいいって」修太郎さんが手を振った。「今度、ゆっくり聞かせてもらうよ」
「そうか。残念だ」庄三さんがつまらなさそうな顔をする。
「ここは混んでいるから、あのビルの向こう側に停めているんだ」修太郎さんが、四つ角の細長いビルを指さす。「今はボディにひまわりの絵が描かれている。まったくの別物に生まれ変わったという感じだよ」
「ひまわりの絵? キャシー号に?」大二郎さんが興味深そうな顔をする。「へえ。面白そうだね。誰が描いたの?」
あたしです、と菜々実がすかさず一歩前に出た。その顔には自信がみなぎっている。「高校では美術部に所属していますから」
「ほう、それはすごいね」大二郎さんが感心する。「一度、見てみたいな」
見なくていい、見ないほうがいい、という大合唱がその場に起こる。菜々実がつきたての餅のように膨れっ面になる。
花ちゃんが広誠連合の人を呼び寄せた。何か伝えると、その人は「わかりました!」と威勢のいい声で答え、全力疾走でどこかへ消えた。と思いきや、すぐに戻ってきた。ミニひまわりを抱えている。そうか、キャシー号から取ってきたんだ。
「三代目、持ってきました!」荒い息をつきながら、連合の人が言った。
「あ、ご苦労さま」花ちゃんがミニひまわりを受け取る。
「三代目って?」大二郎さんが不思議そうな顔をする。
「いえ、なんでもないです」花ちゃんが微笑みながらミニひまわりを大二郎さんに差し出した。「これ、差し上げます。キャシー号のひまわりを見るのは、帰省したときということで、楽しみにしていてください」
「そうだね。そうするよ。これ、ありがとう」大二郎さんがミニひまわりを見てうれしそうな顔になる。「俺の作った花火に似ているな。大事にするよ」
「ようし、じゃあ、キャシー号の乗組員たち。広島に帰るぞお」修太郎さんが拳を突き上げた。みんなも拳を突き上げる。
庄三さん親子三人の写真を撮ってから、僕たちは大二郎さんに別れを告げた。大二郎さんは、庄三さんと昌枝さんに近いうちに帰省するからと約束していた。そして、手を振りながら去っていった。
「三代目」広誠連合のリーダー、渋谷さんが声をかけてきた。「今から、しまなみ、走るんですか?」
「はい。それで広島に帰る予定です」花ちゃんがうなずく。「あなたたちも、ご一緒しますか?」
「え? いいんですか」渋谷さんが目を輝かせる。「三代目とご一緒させていただけるとは、こんな幸せなことなない」サングラスを外し、目頭を押さえた。「おっしゃ。燃えてきちまったぜ」
いや、別に燃えてほしくないんですけど。もう事が大きくなるのは勘弁してほしいんですけど。
「野郎ども! しまなみ走るぜ。命がけの爆走だ。広島モンの走りを、広誠連合の走りを見せてやらんかい!」渋谷さんが広誠連合の人たちに向かって拳を突き上げた。
おう、おう、おう、おう、おう、と伝言ゲームのような気合いが、連合の人たちの間を流れていく。もちろん、拳の突き上げと一緒に。
「渋谷さん」花ちゃんが感情のない目を渋谷さんに向けた。「念のために言っておきますが、一般車両に迷惑をかけた人は、私が個人面談させていただきますね。忘れないでくださいね」
「こ、ここ、個人面談」渋谷さんの顔から血の気が引いた。ゴクリと唾を飲み込んでつぶやく。「さ、三代目との──血花の龍さんとの個人面談……と、とんでもない。恐ろしすぎる」
渋谷さんがあわてて広誠連合の人々のほうを向いた。拳を突き上げる。「野郎ども! しまなみを走ることは走るが、おとなしく静かに爆走しろよ。広島モンの、広誠連合のマナーの良さを見せてやらんかい!」
連合の人たちが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきで固まった。
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