僕は僕じゃないけど、君をきっと迎えに行きます。

亜久里遊馬

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1:明日への恐怖

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「……明日だね」

「うん」

「今更だけど、何か心残りなこととかある?」

「ううん、別に」

 四方に監視カメラを設置された部屋の中で、彼女の魂はすでに抜け落ちているように見えた。あまりにも生気のないその姿に、ドアの側で待機している看守も逃亡の可能性はないと踏んだのか、視線をそらしている。

 強化ガラスを一枚挟んだ向こうには、死の空間ができあがっていた。

 無理もない、とは思う。

 人間にとって死と消滅は同義だ。大抵の人間は自分をごまかし、深く考えないようにすることで死の恐怖から逃げているけれど、今回はもう、逃げることは出来ない。その存在は今、明日という具体的な時間を伴って彼女を追いつめているのだ。

 そんな彼女にかける言葉を、僕は持っていない。

 いや、そもそも僕がここにいることが、彼女に大きな苦痛を与えているはずなのだ。

「ねえ、死ぬのって痛いのかな?」

 夢を見ているように、彼女が呟く。

「さあ、僕にはわからないよ。薬を使うって言ってたから……きっと眠るように逝けると思う。でも、死ぬってこと自体がとても痛いことなのかもしれない。もしかしたら、死んだ後もずっと痛いのかもしれない。何も、確実なことなんか言えないよ」

 ああ、また僕の中にいる奴が余計なことを口走る。いつものように、彼女の怯える姿を想像して心の中でほくそ笑んでいる。

でも、今日の彼女は笑った。全てをあきらめたのか、それともただの強がりなのかはわからない。ただ笑って、そして静かに話し始めた。

「昔ね、そう確か幼稚園ぐらいの頃だったかな? 布団に入ってさあ寝ましょうっていう時に、ふと思いついちゃったことがあるの。このまま寝て、もし明日が無かったらどうしようって」

「明日があるなんてその時までは当たり前だと思ってたから、どうして自分がそんな事考えたのかわからなかった。何変なこと考えてるんだろうって、早く寝ようって自分に言い聞かせた」

「でも、駄目だったんだよね。もう、知ってしまったから、気づいちゃったから。明日が確実にあるかどうかなんて、誰にもわからない。明日で突然、生きている私がプツンって途切れちゃうかもしれないんだって」

 気が付くと、彼女は震えていた。巨大な物から身を守るように自分をかき抱きながら、カタカタと震えていた。

「怖くて怖くて、涙がこぼれた。最初はじんわりとした不安だったのに、考えれば考えるほど、どうしようもなく怖くなって……大声で泣いちゃった。お母さんたち、驚いたろうなあ。娘が突然、しかも今までにないほど大声で泣き始めるんだから。怪我したんじゃないか、とか気が気じゃなかっただろうね」

 震えながら、薄く笑う。

「……気づいたら母親に抱かれて、大丈夫だから大丈夫だからって呪文みたいに繰り返される言葉を聞いてた。大丈夫。今聞いたら、何て無責任なって怒り出しそうな言葉だけど、その時は不思議とそれで安心できたの。やっぱり子供だったからかな。そのうちに、母親の腕の中で眠っちゃって、朝起きたときにはあんなに泣いたことも忘れて、すっかり元気になってた」

「本当、馬鹿だよね。死が消えてしまった訳じゃないのに」
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