巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第四集

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 沈若渓は因縁の相手、徐有蓉を殺そうと 牢屋に来ていた。
とうとう 兄上の無念を晴らせる。
匕首を高く振り上げた。

 一方その頃、俊豪は阻止せんと応時を従えて牢に急いでいた。
間に合ってくれ。

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 牢に着くと既に戸が開いていた。
(まずいな……)
急いで奥へと進むと牢の中に二人の女子を見つけた。後ろ姿だが確かめなくても若渓と小橘と分かる。
「急ぐぞ」
「御意」
丁度、若渓が匕首で切りつけようとしている処だった。応時と一緒に中に入ると素早く若渓の腕を掴んで止めた。
間一髪間に合った。
ここで徐有蓉が殺されては、真相が闇に葬られてしまう。天祐の無念を晴らすためにも黒幕を捕らえなくては終われない。若渓が炎のような目で睨みつけてきた。しかし、俊豪は、その目を静かに見返した。

2の6

 若渓は匕首を振り下ろそうとしたが、途中で腕を掴まれた。私の邪魔をするのは誰?
ギロリと睨みつけた。私を止めたのは俊豪様だった。
「放してくださいまし!」
「若渓。止めるのだ。こんな事をしても天祐は戻って来ぬぞ」
「重々承知しております。でも、この女だけは許す事ができませぬ」
汚名を返上出来ないなら恨みだけでも晴らしたい。この気持ちは徐有蓉を殺さないかぎり消はしない。強引に腕を振りほどこうとするがビクともしない。
「あいつはそんな事望んでない」
「例えそうだとしても私が望んおりまする」
離せと自分を掴んでいる俊豪の手をがぶりと咬んだ。それでも俊豪様は離さない。
「若渓……」
宥めるような声音も俊豪様の目も駄目だと言っている。若渓はその瞳に嫌だと訴えた。
だけど、俊豪が静かに首を横に振る。それでも気持ちが治まらない。匕首を握り返すと腕を捻り上げられた。
「っ」
痛さに握っていた匕首が落ちて、私の手を離れてしまった。床を転がる匕首は私の復讐心と同じだ。すかさず応時が匕首を拾ってしまった。武器が無くなった私を俊豪が解放した。


 たいして痛くない腕をさすりながら恨みがましい顔で俊豪を見た。
(少しは悪いと言う気持ちを持てばいいんだ)
そんなつまらない憂さ晴らしをしても慰めにもならない。そんな事を思っている私に小橘が駆け寄ってくる。
「お嬢様」
「………」
小橘にも苦労を掛けた。それなのに……。
目を合わせられない。あと少しだった。私に二度目は無いのに失敗してしまった……。
殺しても足りない位憎い相手なのに……。
兄上の無念を晴らせなかった。悔しさにわなわなと唇が震える。この手で仇を討てる好機だったのに。開いた手には何も無い。すると、その手を小橘が包み込む。
「お嬢様……」
「小橘……。ごめん……」
「いいえ……」
小橘が首を横に振る。
私の気持ちを誰よりも知っているのは小橘だ。もう自分でケリを付ける事は出来なくなった。陛下の下したものを受け入れるしかない。

 此処にいても後悔ばかりだ。もう帰ろう。
「……殺してください」
そう思って踵を返そうとしたが、弱弱しいがやけに耳につく言葉が耳に入った。誰なのかと辺りを見まわす。俊豪様達も辺りを見回している。すると、もう一度声がした。
「……私を殺してください」
声のする方を向くとひび割れた唇を動かす徐有蓉と目が合う。
「お願いです。……私は……何も知りません。本当です」
今迄拷問にも耐え抜いた女だ。その女が殺してくれと言うの?
涙で頬を濡らしながら哀願する徐有蓉の姿に気味の悪さを覚えて後ろに下がった。隣に立っている小橘も同じように驚いた顔をしている。言葉を交わした事は無いが見かけた事も逸話を聞いた事もある。その印象と違う。
一体どんな拷問をしたら此処まで性格が変わるものなの?
静かに泣いているその姿は到底本人と思えない。気位の高い徐有蓉が人前で泣くなど天地がひっくり返っても有り得ない事だ。
もしかして……薬? 薬を使ったの? だからなの?
真意を問うように俊豪を見ると私以上に驚いている。

2の7


 泣き出した徐有蓉を俊豪は信じられない気持ちで見ていた。幻でもあり得ないことだ。
私の知る限り有蓉は女子とは到底思えぬ執念深く、強かさでは右に出る者が無い。
その徐有蓉の口から出た言葉なのか?
落ちるにしても落ち方がおかしい。俊豪は目の前の徐有蓉に違和感がする。だが、徐有容の演技は天下一品。これも演技かも知れない。手心を加えて本人だったら取り返しが付かない。情報と引き換えに延命を言ってくるなら分かるが……。
じっと徐有蓉を見つめている応時に視線を向けるが首を横に振られる。

殺してくれ? 我々に同情を誘う演技なのか? それともとうとう諦めたのか?
しかし 知らないと言う。
どうも ちぐはぐな印象だ。本心を確かめるようと目を覘き込む。目は口ほどに物を言う。
自分を見返す目には絶望にも似た深い哀しみ以外何の感情も浮かんでいない。俊豪はその目を何処かで見たことがあると思った。
取り調べをすれば色んな人間の欲や恨み辛み、業のようなものと接する回数も増える。
(何処かでこれと同じ物を……)
脳裏に李睦の夫人の顔が浮かぶ。毎日夫に暴力を振るわれて泣き暮らしていた女だ。虐待され続けている者が見せる諦めの目だ。
その目に、徐有蓉のような強かな女が、経った五日でなった。
解せない状況に首をひねる。
何かある。それは何だ?
「………」
(自分が命令した以外にも陰で拷問していたのか?)
傷の有無を確かめようと徐有蓉の周りを一周しながら衣の乱れや血が滲んだ跡がないかと見て回った。しかし何の痕も無い。男の私が近づいてもびくつくことも無い。
甚振られた様子も穢された様子も無い。
それなのにどうして心が折れたんだ?

 眉間に皺を寄せて自分の中の違和感の正体を見極めようとした。絶対に何かがある。
その目が徐有蓉の生え際の傷に留まる。殴られて出来た傷だ。しかも随分古い。徐有蓉の顔を間近で見たことがあるが、あの時そんな傷は無かった。グイッと顔を近付けると手で生え際の毛を除ける。
「俊豪様!」
「何をなさる気なの。お待ちになって」
応時たちが騒ぎだしたが無視した。傷は生え際より先頭の奥の方まで延びている。こんな目立つ傷忘れるはずがない。
「お前は誰だ?」
私の言葉に全員が息を飲んだ。有り得ぬ話だ。しかし、そんな中、徐有蓉だけが笑顔を見せる。
「気付いてくれたんですね。そうです。私は確かに徐有容と言う名前です」
「………」
「えっと、あの……たっ、確かに字は似てますけど……」
「似てる?」
「あっ、はい。私は容器の容です。
その……んー……あっ、芙蓉の花の蓉じゃありません」
何を言うのかと思えばあまりにも 稚拙な言い訳だ。呆れてものも言えない。その容の字だってユウヨウと読める。だからこそ別人だと思える。だが、別人だと断定するには証拠が無い。何か 明確な違いがなくては駄目だ。

 俊豪は徐有容の袖を掴むと引き千切る。
左右の腕に罪人としての証である刺青をしたのにそれが無い。刺青が消えるはずが無い。
「俊豪様、今度は何をなさるきですか? 」
「俊豪様!」
「これ以上なさってはいけません」
罪人と言えど女子だ。着ているものを破くなど 道義に反する。しかし、今は真実を確かめることが重要だ。念のためもうもう片方の袖も引き千切った。やはりこちらも無い。
「あれ?」
「いかがなさいました?」
応時も気づいたようだ。
「刺青がない」
「そんなハズは……」
三人が代わる代わる腕を確かめている。
刺青を入れる間中、徐有蓉の口からは、ありとあらゆる呪いの言葉が吐かれた。
自分の美貌に絶対的な自信があった徐有蓉にとって慰み者になるより辛いことだっただろう。それが無い。しかし代わりに焼けた痕があった。


 縄を解くと腕を見せろと前に突き出させた。確かに火傷の方が見た目はましかもしれないが、その為に火コテを押し付けるなど狂っているとしか言いようがない。
(一歩も牢を出ていないのに。どうやって……)
手助けする者がいるのか?
「これは、どう言う事でしょう?」
「分かりますか、お嬢様?」
「いいえ、私も初めて見るわ」
「見ろ。刺青が消えて同じ部分に火傷の痕がある」
応時の疑問に皆が首を横に振る。火傷の傷が数日で完治するなど聞いたことも無い。奇跡的に治ったとしても肌の色が落ち着くには時間がかかる。
「刺青を火傷で消したのですか?」
「………」
そうだと決めつけるのは疑問の方が大きい。徐有容の腕を表に裏にひっくり返しながら火傷の痕を詳しく見てみる。小さな円形だ。それが無数にある。刺青を隠すと言うより適当に火コテを押し付けたと言う感じだ。
「これはお父さんに付けられた根性焼きのアトです」
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